冬の訪れ
「氷の妖精ども。『女王』に取り込まれちまったとは言え、『冬』との『繋がり』は完全に無くなってる訳じゃねぇんだろ?」
背後から現れた妖精や精霊たちに、炎の精霊は言葉を放ります。
「だったら、吸えるだけ力を吸っちまえ!」
いくら『冬』とは言っても本質は『ゲート』とそう変わりません。引き出せるエネルギーの総量には限界があります。妖精や精霊たちが力を使い続ければ、少しは『冬の女王』の力を制限することは出来るはずです。
「この人たちは……?」
「その辺でくたばりかけてから連れてきてやったんだよ」
女の子の質問に、炎の精霊は面白そうに口元をゆがめて答えました。
続いて氷や雪の妖精、精霊も女の子に声を掛けます。
「私たちも力を貸します」
「一緒に『冬』を取り戻そう!」
声を受けて、もう一度前を向くことが出来ました。
悔しそうな表情を浮かべる『冬の女王』は、わめくように言葉を吐き出しながら吹雪やツララをぶつけてきます。
「どいつもこいつも、邪魔をするな!もう少し……もう少しなのに!!」
吹雪は炎の精霊の熱気で打ち消され、ツララも冬の精たちによって砕かれていきます。
ぶつけられた言葉には、女の子の隣にいる氷の妖精が応えます。
「こんなことが、本当に君の望みなのかい?」
「……うるさい」
「何者かになれる、って言ったね?『冬』を奪って、『永遠の冬』とやらでみんなを支配することが君のやりたかったことなのかい?本当にそんなものになりたかったのかい?」
「うるさい!!」
数々の防御を抜けてきたツララが女の子を襲いますが、それは氷の妖精によって防がれました。
炎の精霊に阻まれていた吹雪も一層冷たさを増して二人にたたきつけます。
飛び散った冷たい破片に、女の子は思わず顔を伏せます。
「お前に、お前たちに何がわかる!?……私は、ずっと何者でもなかった。ただの『氷の精霊』でしかなかった。そんな私が、何者かになりたいと願うことはそんなに悪いことなの!?」
顔を上げて、前に踏みだします。
「『誰か』になることがそんなに大事なの?」
冷たい逆風に吹き付けられながら一歩、また一歩と近づいていきます。
「あなたは……『あなた』なんじゃないの?」
「だまれッ!!」
正確に狙いをつけてきたツララは、
「「「行って!」」」
背後から力強く吹き付けた風に押されて、走り出した女の子をとらえられずに地面に突き刺さりました。
ついに『冬の女王』の足元にたどり着いた女の子は、生み出されては砕かれる氷の欠片にも冷たい吹雪にも臆さずに氷の丘を登って行きます。
「私は、今までずっと『私』として――ただの氷の精霊として、生きてきた。ずっと思ってたよ。私の命なんかに意味はあるのかって。『冬』がやってきては、雪を生み出して、それ以外の時はただ『冬』が来るのを待つ日々だ」
彼女の冷え切っていく心に引っ張られるように、吹雪も冷たさを増していきます。
まとわりつく霜が女の子の足を緩やかに止めていきます。
「他の妖精や精霊と何も変わらない。私は繰り返される『世界』の一部でしかない。それが『私』でなければならない理由はどこにもない」
女の子は必死で手を伸ばします。
その、小さな冷え切った指が『冬の女王』に触れる――直前。
「そして、気が付いたんだ。自分自身に意味なんかは無いって」
体中を氷に包まれた女の子の体は、完全に動きを止めました。
「だから私は、私であることを辞めたんだ」
氷に自由を奪われて、それでも、口だけをやっと動かして女の子は言います。
「そんなの……違うよ」
『冬の女王』は、少女の言葉にピクリと眉を動かします。
「あなただって、今までずっと生きてきたんでしょ?楽しいことがあって、うれしいことがあって、苦しいことがあって、大変なことがあって……そうやって生きてきたんでしょ?」
「そうだ。その全て、無駄だったがな」
返される言葉に少女はフルフルと首を横に振ります。
「そうやって、あなたが生きてきた時間をなかったことにして、積み上げてきたものを否定して……奪った力を振りかざして『冬の女王』なんて名乗るのが、あなたの本当にしたかったことなの?」
「ああ、そうだ。私はずっと特別な何かが欲しかった。ずっと、特別な何かになりたかったんだ」
冷たい息を吐いて、もう一度吸い込んで、彼女は述べます。
「これでやっと、私は他の誰でもない『冬の女王』という存在になれる」
「それじゃ、あんまりにも……『あなた』がかわいそうだよ」
少女の瞳から一粒の雫が零れ落ちます。あたたかなそれは、冷たい氷をわずかに溶かしました。
「今のあなたの、どこに『あなた』がいるの?」
「なんだと?」
「これまでの『あなた』を否定して『誰か』になったって、そこに何が残ってるの?」
「何を……わかったようなことを……!高々数年生きた程度のお前に、何がわかる!?」
肌を切るような冷たい風が少女をたたきつける。
それすらも弾き返すように、少女は声を張り上げる。
「わからないよ!!」
あまりにも単純で、あまりにも悲痛なその声に、怯んだように風が弱まった。
「……だから、ちゃんと教えてよ……!私なんかよりずっと長く生きてるあなたが、ちゃんと教えてよ……ッ!生きることは楽しいんだって。生きるってすごいんだって。そう言って笑っててよ!!」
ゆっくりと、指が『女王』の頬に伸びます。
「私は、おとなになりたくない、なんて思いたくないよ」
ポロポロと落ちる雫が氷をどんどん溶かしていきます。
「『願い』をかなえたあなたが、そんな悲しそうな顔をしてるのが『正しい』なんて……私は信じたくないよ」
女の子の手が、そっと『冬の女王』に触れました。
エネルギーが流れ込み、『冬の女王』の『ゲート』を呼び覚ましていきます。
「やめろ……!やめてぇ……ッ!」
何かが零れ落ちていくのを怖がるように叫ぶ『冬の女王』に氷の妖精が語り掛けます。
「君だって本当は分かってるはずだ。君は『冬の女王』になんかなれない」
すべての力が剥がれ落ち、『冬の女王』と名乗っていた精霊はその場にくずおれました。
「『君』は『君』に戻るんだ。……戻っていいんだよ」
同時に体の力が抜けた女の子がもたれかかるように、寄り添うようにして氷の精霊を抱きしめました。
*
「あーあ、これでまた冬が来ちまうな」
「手伝ってくれたくせに」
「……るせぇ」
顔をそむけた炎の精霊に、思わず女の子が吹き出して笑っていると、彼が連れてきてくれた冬の精たちが近づいてきました。
「ありがとうございます。あなたのおかげです」
「これで今年も冬を楽しめるよ!」
次々に向けられる感謝の言葉に笑顔をこぼしながらも、女の子もお礼を忘れません。
「私の方こそ、あなたたちが来てくれなかったら……きっとどうしようもなかった。ありがとう」
そんな女の子の肩を、氷の妖精がちょんちょんと小突きます。
「あっち、見てごらん」
示された先には、木にもたれかかる青年とその周りを漂う風の精霊たちがいました。
女の子はそっちに駆け寄ると声をかけました。
「さっき背中を押してくれたのはあなたたち?」
その問いに風の精霊が応えます。
「実はこの人の『ゲート』、完全に使えなくなってる訳じゃなくて」
「少しなら力を引き出せたから、それを私たちの中にためて使ったの」
氷の妖精が心配そうに声を発します。
「破損した『ゲート』からエネルギーを引き出すなんて、ずいぶんと無茶をしたね」
その言葉に対して、青年が少し恥ずかしそうに言いました。
「その子みたいな小さな女の子に叱られっぱなしじゃ、かっこ悪いからね」
それより、彼女を放っておいて大丈夫かい?と聞かれた女の子は、
「そうだね。行ってくる」
『冬の女王』を名乗っていた精霊のそばへ歩いていきます。
何もかもを失ってしまったという様子の彼女は、女の子が近づいてくるのに気づいて先に話しかけてきました。
「私……これからどうすれば良いのよ」
「……さぁ?」
女の子は微笑んで首をかしげます。
「私にもわかんないけどさ、一緒に考えようよ」
うつむき気味だった精霊はつと顔を上げます。
氷の妖精が女の子の言葉を継いで口を開きます。
「うん。これからのことはこれから考えれば良いよ。探してる『答え』は見つからないかも知れないけど、きっと『答え』を探してもがいて、あがいて……その過程で残ったものに意味はあると思うから」
「ほんっと、最後の最後まで無責任なこと言ってくれるわね」
氷の精霊は吹っ切れたように笑って、空を見上げました。
「まぁ、せいぜいあがいてやるわよ」
つられて空を見上げた女の子は、ふわふわと落ちてくる白いものに気づいて声を上げます。
「あ、雪!」
「他の場所にいる冬の精たちも力を取り戻してきたみたいだね」
今年もまた、冬がやって来ます。
舞い降りる雪に女の子は手を伸ばします。
他の人たちにとってみれば、今年の冬は少し遅く訪れたいつもと同じ冬かもしれません。
ですが、女の子にとっては少しだけ冬を好きになれた、特別な冬の訪れでした。