繰り返される毎日に
遠慮も手加減もなく吹き付ける突風に、女の子の体は落ち葉みたいに軽く宙に飛ばされてしまいます。
そのまま女の子は落下して、温度の無い土にたたきつけられました。
「きゃぁあああ……っ!」
痛みに耐えながら、必死に立ち上がります。
服はあちらこちらが土で汚れていますが、妖精の力で強化された体には今のところケガはありません。
体中は痛いし、泣きたいし逃げ出してしまいたいけれど、まだ心は折れていません。
「大丈夫かい?」
青年に視線を向けたまま、女の子は無言でうなずきました。
続けて青年の腕が振るわれます。
ひゅううううううっ!
切り付けるような音を伴って襲い来る風の前に、妖精が割り込んで攻撃を打ち消しました。
冷たい空気は重たくなります。氷の妖精は飛んでくる『風』の一部を急激に冷やすことで、その流れを乱したのです。
「へえ、やるね」
意外そうな表情を浮かべながらも攻撃を続けるために、青年は腕を振りかぶります。
続く暴風も妖精によってかき消されます。
「攻撃がワンパターンだね。さすがにもう読めたよ」
「これは確かに。一筋縄じゃ行かなそうだ」
妖精の言葉に苦笑を返しながら、青年は姿勢を低く構えます。
まばたきの間に目の前に現れた青年は女の子に回し蹴りを放ちました。とっさに腕で自分をかばいますが、そのまま後ろに吹き飛ばされて地面を転がります。
「……なるほど。風の力ですばやく移動することもできるんだね」
倒れている女の子を守る様に浮かびながら、妖精が言葉で相手をけん制します。
「すごいね、風の妖精は。だけど、風の妖精たちはプライドと責任感が強いって聞いたことがあるけど。どうして人間なんかに協力をしてもらってまで『冬』を奪おうとするんだい?」
氷の妖精の言ったことに反応して、風の妖精の一つが言葉をぶつけてきます。
「プライド?責任感?あんたたちが勝手に言ってるだけでしょ?」
いらだった様子でまくしたてるように言葉を続けます。
「私たちが毎日毎日、まじめに風を生み出し続けているから。だから周りが勝手にそう言っているだけ。本当に私たちが好きでやっていると思っているの?」
「君たち風の精は『朝』からエネルギーを得ているんだったね」
妖精たちの会話とは関係なく、青年からの攻撃はやって来ます。突風を搔き乱して威力を減らしながら氷の妖精は続けます。
「だから、流れ込んでくるエネルギーで『破裂』してしまわないように仕方なく力を使っているわけだ」
妖精たちは『冬』や『朝』からエネルギーを得ていますが、それは人間と『契約』して『ゲート』からエネルギーを得るのと似ているようで少し違っています。
『ゲート』からエネルギーを得るのは蛇口をひねるようなもので、自分の必要なタイミングで好きなだけ取り出すことが出来ます。しかし、『冬』や『朝』からは自分の意志と関係なくエネルギーが勝手に流れ込んでくるのです。
妖精がためて置けるエネルギーには限界があるため、勝手に流れ込んでくるエネルギーを詰め込みすぎると水風船のように『破裂』してしまいます。だから、妖精や精霊たちはそうならないように『寒さ』や『風』を生み出すことでエネルギーを使っています。
「そうよ。年に一度、冬の間だけ『仕事』をすればいい氷の妖精たちとは違う。私たちは毎日『風』を作ってるの。……生きるために」
「あなたたちは、それが嫌なの?」
吹き飛ばされて、たたきつけられてもまだ諦めない女の子はまっすぐに風の妖精を見つめて問いかけます。
その視線から逃れるように、青年は風の力で女の子の背後に回り込みます。
何とか振り返りますが、振るわれた腕は既に女の子の顔に当たっています。しかし、女の子もやられっぱなしではありません。ほっぺたを打つ腕に両手でしがみつきました。
「なっ!?」
宙を舞う女の子の体に引っ張られるように、青年も空中に飛び上がりました。
お互いに土の上を跳ねながら、女の子は口を開きます。
「あなたたちは風を作るのが嫌いなの?」
「違うわよ」
風の妖精が反論します。
「私たちが耐えられないのは、毎日同じことを繰り返すことよ。風を作るのは嫌いじゃないわ。けど、好きでもない」
青年を取り囲む妖精たちはみんな、悲しみのような、諦めのような、暗い雰囲気をまとっていました。
「だけどね。時々思うのよ。私たちは何のために生まれてきたんだろうって」
「少なくとも、こんなふうに毎日好きでも嫌いでもないことを繰り返すためじゃないはずでしょ?」
「ただ生きるために生きているみたいな、こんな日々のためじゃないはずでしょ?」
妖精たちは口々に、けれども同じ気持ちのこもった言葉を吐き出します。
彼女らのまとう空気は、青年すらも包み込むように広がっていきます。
「ああ、そうだ」
ぼそり、と。
「俺たちはこんなくだらない繰り返しのために生まれてきたんじゃない。こんな毎日は、もううんざりなんだよぉおおおおおおおおおおッ!」
感化されるように青年も空に向けて叫び声を噴き上げます。
「まずいね。たくさんの妖精と『契約』しすぎたんだ。妖精たちに共感しすぎて気持ちに抑えが効かなくなってきてる」
「なら、早く何とかしてあげないと」
「……そうだね」
どこまでも優しい女の子の言葉に、氷の妖精は微笑むように明滅しました。
「なんで邪魔するんだよ。『冬の女王』の力が完全になれば、つまらない日常をぶっ壊してくれるんだよ!」
「なにかもを、終わらせてくれるのよッ!」
疾風のように突っ込んでくる青年の体を、女の子の小さな体が正面から受け止めます。
「なんで……ッなんでだよ!!」
その心の痛みすら伝わって来そうな言葉までも正面から受け止めて。
じりじりと後ろに押されながらも言葉を返します。
「終わっちゃったら、困る人もいるから……!」
そんな言葉さえ弾き飛ばすような叫び声をあげながら、青年はさらに力をこめます。
「だったらそいつらは、何のために生きてんだよ!?本当はそいつらだって気づいているはずだ!!ただ生きてることに意味なんか無いって!!」
「……わかんないよ」
つぶやくように。絞り出すように。
小さな声は、目の前の相手にも負けないくらいの叫び声に変わっていきます。
「わかんないよ。何のために生きてるかなんて!けど、こんな風に誰かを傷つけるために生まれてきたわけじゃないってことは分かるよ!!誰かを悲しませるために生きてるわけじゃないってことくらいは、私にだってわかるよ!!!」
相手がほんの少し怯んだのを見逃さずに、女の子は自分の『ゲート』に意識を向けます。
「『ゲート』、開いてぇッ!!」
まだ扱いに慣れていない『ゲート』ですが、もてる全力を込めて青年に向かってエネルギーを流し込みます。
「何を……ッ?が、ああああああああああああ!?」
女の子の行動に疑問を投げかける間もなく、苦しみだした青年の体からは力が抜け、地面に膝をつきました。
「一体、何をしたの!?」
風の妖精の一人が慌てて青年に近寄りながら質問を投げます。
「『ゲート』にエネルギーを送り込んだんだよ」
肩で息をしている女の子に変わって氷の妖精が説明を始めます。
「その青年の『ゲート』はたくさんの風の妖精たちにエネルギーを送るためにだいぶ無理をしていたからね。そこにこの子がエネルギーを流し込むことで、『ゲート』の限界を超えたエネルギーが流れ込んで『ゲート』が破損した。少なくとも、しばらくの間は使えないはずだよ」
「そんな……ッ」
うろたえる風の妖精たち。
「やっと、やっと抜け出せると思ったのに……」
「毎日『風』を作り続ける日々から、解放されると思ったのに」
「生まれてきた意味を見つけるために、生きられると思ったのに」
「どうして……どうしてよぉ……ッ!」
呆然としたように、すべてを失ってしまったかのように、泣き叫ぶように声を上げる風の妖精たちに、氷の妖精が言葉を送ります。
「僕にだって生まれてきた意味は分からない。もしかしたら、ほんとは意味なんか無いのかもしれない」
「だったら、こんな毎日は……こんな世界は終わらせるべきでしょう?」
悲し気に吹いた風をなでるように羽を動かしながら、その言葉を優しく否定します。
「たとえ生まれてきたことに意味が無くたって、生きていく意味はこれらか作っていけるって僕は思うんだ。それはたぶん、どこかに落ちてるものでも、誰かが教えてくれるものでもない。世界が終わっちゃったら、それこそ何もわからないままになっちゃうでしょ?」
氷の妖精は、風の妖精たちに寄り添うように、あたたかく包み込むように語りかけました。
「だから、ちゃんと生きていかないとね」