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約束したから

 赤く、熱く燃える炎の球が妖精と女の子に向けて投げつけられます。

 それをかわすように、池の外周に沿って二人は走りました。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 攻撃をかわしながら走る女の子たちの意図に気づいた炎の精霊は、二人の走る先へ向かって炎の球を放ります。


 「そっちには行かせねぇっての!」


 精霊の攻撃を回避しながらでも、池を回り込んで目的地へ進もうという作戦は失敗のようです。

 仕方なく方向転換したところへ追撃。

 それをけられないと判断した妖精は力を使って女の子を守ります。青白い光が二人を覆い、飛んできた火の玉を打ち消しました。


 「てめぇらは俺にケンカを売ったんだよ。もうどこにも行かせねぇよ」


 次の攻撃を構えながら、声を低めて炎の精霊は言います。


 「てめぇらは、ここで潰す」


 続いて放たれたのは二人を飲み込まんばかりの炎の渦。さっきと同様に氷の妖精がバリアを作って防御します。


 「うっ!」


 「ようせいさん!!」


 うめき声をあげた妖精を心配する声が、女の子の口から発されます。


 「だいじょう、ぶ……!」


 光の壁に守られていながらも、熱気は女の子も感じることができました。

 このままではどうしようもありません。

 炎の渦が消えた瞬間、女の子は妖精の横を通りぬけて一気に前へ駆け出しました。


 「待って……!」


 妖精が止める間もなく、強化された体で風のように走る女の子。

 不意を突かれて適当に投げつけられた炎を横にかわしてさらに精霊に近づいていきます。

 その距離は、手を伸ばせば届くほど。


 「やああああああっ!!」


 がむしゃらに振るわれた女の子の腕を、真っ赤な少年は後ろへ跳んでかわしました。


 「おっとアブねぇ」


 相手を見定めるような笑顔を浮かべながら炎の精霊は問いを投げかけます。


 「ガキ、てめぇは何でそこまでする?」


 構わず突き出されたこぶしを横に避けて重ねて問います。


 「ろくに力の使い方も知らねぇガキが、何のためにそこまで体を張れる?」


 言葉を投げかけながら反撃に出た精霊の炎を、追いついてきた氷の妖精が受け止めます。

 続けて踏み込み、当たらない攻撃を繰り出しながら女の子はゆっくり言葉を返します。


 「やくそく、したから」


 「約束だぁ?」


 「そう、やくそく……したの!ようせいさんを助けるって。みんなを助けるって!!」


 声と拳を連続で放ちながら女の子はじわじわと前に出ます。目の前に突き出された小さな拳を精霊は片手で受け止め、身動きを止めた女の子の体へ炎をまとわせた蹴りを入れました。


 「きゃあああああああっ!」


 跳ねるように地面を転がり池の方に戻される女の子。慌てて妖精が寄り添う中、痛みに耐え、なおも炎の精霊から目を離すことなく立ち上がります。


 「くだらねぇな。何が約束だ。他人と交わした言葉なんざに何の意味があるってんだ!?自分で自分のこと縛りつけてんじゃねぇよ!」


 怒りの混ざった叫びと同時に放たれた攻撃が女の子を襲います。氷の妖精が女の子の前に出ます。受け止められた炎の球がはじけ、その後ろから勢いよく女の子が飛び出してきました。


 「ッ……!」


 胸の真ん中あたりにまっすぐ放り込まれた突きを、仕方なく手のひらで受け止めます。

 妖精の力で強化された体から放たれる攻撃は予想以上に重く、鋭く突き刺さりました。

 女の子は精霊に対して逆に質問します。


 「……だったら、あなたはどうしてこんなことをするの?」


 力ずくで女の子を振り払って、炎の精霊は返答します。


 「俺はな、『冬』が大嫌いなんだよ」


 続けて言葉を放ち、炎をぶつけます。


 「『冬』は熱を奪っていく。俺らみたいな熱を生み出す精霊からすりゃあ力を制限されていい迷惑なんだよ」


 「……それだけ?」


 氷の妖精が散らした炎のかけらの中で女の子はうつむき気味に声をらしました。


 「ああ?」


 炎の精霊が凄んだのにもひるまず続けます。


 「たったそれだけなの?冬が来たって、力が弱くなるだけなんでしょ?今までずっとそうしてきたんでしょ?」


 『冬』が来なくなってしまえば消えてしまう氷の妖精たちとは違う。炎の精霊は『冬』が来たからと言って消えてしまうわけではありません。

 炎の精が『冬』の間に力が弱まるのと同様に、氷の精は『夏』の間は力が弱くなり大人しくなります。

 今までそうやってお互いに、もちろんその他の妖精や精霊たちとも譲り合って四季を繰り返してきたのです。


 「それなのに、あなたは自分のためだけに他のみんなを苦しめるの?」


 「うるせぇよ!!この命は俺の命だ。力も時間も何もかも!全部俺のために使うんだよ!!それの何が悪いってんだよ!?」


 感情に任せて打ち付けられる火炎を氷の妖精は必死になって受け止め続けます。


 「僕たちは……僕の仲間たちは、『冬』が来ないと消えてしまうんだ。だから……返してよッ!」


 冷気の壁で炎を押し返すように、二人を覆う光の球を押し広げます。

 炎の精霊も負けじと攻撃の威力を増していきます。


 「生まれたくて生まれてきたわけじゃねぇんだよ!望んでもないのに勝手に生み出されたんだ!!だったらせめて!!どう生きて、どう死ぬかくらいは俺が決める!!!俺は誰でもねぇ自分のためだけに生きるって決めてんだよ!!!」


 「そんなの……ダメだよ……!」


 「てめぇに何が分かんだよ!!」


 妖精に守られながら、炎の熱に耐えながら女の子は声を振り絞ります。


 「だってそんなの、一人になっちゃうよ……!!」


 「だったら何だ!?上等だ!!俺は一人で生まれて、一人で生きて、一人で死んでいくんだよ!!!」


 目いっぱいの力を込めた炎の球に妖精のバリアは破られ、直撃した女の子は地面を転がりました。

 それでも女の子は諦めません。

 諦めずに、氷の妖精に向かって声を飛ばします。


 「ようせいさん、先に行って!!」


 「で、でも」


 「ようせいさんなら飛べるから池の上をまっすぐ行けるでしょ?だから早く!!」


 一瞬のためらいを見せた妖精ですが、女の子の真剣な目を見て気持ちが決まりました。一緒に戦うと言ってくれた彼女の言葉を信じてみようと思ったのです。


 「ごめん、ありがとう!」


 一目散に池に向かう妖精ですが、炎の精霊も簡単にはそれを許しません。


 「行かせるかよ!!」


 風のような速さで池の前に現れ、氷の妖精の行く手を阻もうとします。

 しかし、その体には妖精よりも先に女の子の体が勢いよくぶつかりました。走ってきた女の子が体当たりをしたのです。

 氷の妖精に集中していた精霊は対処しきれず、その体は宙を舞い、そのまま池の中へ。


 「ようせいさん!!」


 あまりのことに呆気にとられていた妖精ですが、声をかけられて我に返りました。目の前の状況を見て、すぐにその声の意味を理解します。


 「て付けぇええええええ!!」


 氷の妖精の力が水面上を走り、凍った水の中に炎の妖精を閉じ込めたのです。


 「……くそが」


 氷で覆われた池の中から顔だけが出た状態の炎の精霊が小さく悪態をつきました。

 そんな精霊に女の子は歩み寄っていきます。


 「気を付けて、僕くらいの力じゃ完全に熱を奪うことはできないんだ」


 注意を促した妖精に、精霊が言います。


 「すっかり頭冷やされちまったよ。もう争うつもりはねぇ」


 そして、目の前にやってきた女の子に向けて改めて投げかけます。


 「やっぱり、てめぇは俺が間違ってるって思うのか?」


 「思うよ」


 女の子は氷の上にしゃがんで、炎の精霊と視線を合わせるようにしながら答えました。

 その答えに、つまらなそうに舌打ちをして精霊は目を逸らします。

 女の子は柔らかな笑みを浮かべ、続けて言います。



 「だって、一人はさみしいもん」



 言葉を受けて、少し驚いたような表情で女の子の顔を見つめなおした精霊は、また目を逸らして、ほんの少しだけ小さく笑いました。


 「……そぉだな」


 小さくつぶやかれたその言葉はきっと二人には聞こえていなかったでしょう。

 けれど、それはきっととても大きな意味を持つ言葉でした。

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