取り戻すために
「わあっ、すごい!」
氷の妖精との『契約』を済ませた女の子は楽しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていました。
自分の身長と同じくらいまで軽々と飛び上がる体に、思わず動かさずにはいられないといった様子です。
「君からもらったエネルギーで、僕が君の体を強化してるからね。絶対にケガをしないという訳でもないから、無理はしないでね」
氷の妖精も『契約』のおかげでエネルギーを得ることができ、先ほどまでのような弱弱しさは無くなっています。
「うん、わかった」
飛び跳ねるのをやめた女の子は、妖精に向き直って返事をしました。
女の子は続けて尋ねます。
「それで、冬を探す手掛かりはあるの?」
「それなら任せて」
答えた妖精は女の子の頭の上あたりの高さまで浮かび上がり、まとった青白い光を明滅させながら言葉を次ぎます。
「僕たちは『冬』から力をもらうからね。ある程度はそのエネルギーの場所を感じ取ることが出来るんだ」
「じゃあ早くいかなきゃ」
「そうだね。他の氷や雪の妖精たちがいつまでもつか分からない。急いで探そう。……こっちだ」
うなずいた女の子を先導するように公園の向こうへ広がる林の中へ進んでいきます。
妖精について静かな林の中を進んでいきます。
秋も終わりに近づいた林の空気は一切の冷たさを感じさせず、まるで温度を失ってしまったかのよう。
風すらも眠りについたかのような静けさが支配する木々の間をゆっくりと歩いていきます。
「この向こう、みたいだ」
空中で静止した妖精は、行く先に広がる大きな池を眺めて言いました。
学校のプールの数倍はありそうです。
普段はあまり人が来ない場所なのでしょう。特に整備をされている気配もなく、柵で囲われているわけでもない池には、ボートなどの姿もありません。
「回り込んでいくしかないみたいだね」
女の子が言葉を返したその時、女の子のものでも妖精のものでもない声が後ろから聞こえました。
「ったく、本当に来やがった」
驚いて振り返った先に立っていたのは、真っ赤な男の子でした。
見た目の年は女の子よりも一つか二つ上くらい。燃え上がるような赤い髪に、赤い服、赤いズボン、そして赤い靴。全身を赤で包んだ彼の褐色がかった肌さえも、少し赤みを帯びて見えます。
「氷だの雪だのの妖精の類は『冬』が来ねぇせいで力を失ってるって話なのによぉ。まさか人間と『契約』してまで取り戻りに来るたぁな」
女の子を、というよりも氷の妖精を睨みつけて頭をかきむしった少年は、
「にしてもよりによって俺のとこに来んなっての、めんどくせぇ」
「……君が、『冬』を奪ったの?」
押し黙っていた妖精は上ずった声で赤い男の子に問いかけます。
「ああ?びびってんのか、妖精?」
その気迫に気圧されるように少し後ろに下がる氷の妖精。
「そりゃあ、そぉだよな?てめぇは妖精、俺は精霊だ。明らかに格が違う」
言い返せないでいると、少年はさらに畳みかけます。
「人間と『契約』してるっても、相手がそんなガキじゃあな。とっとと降参して帰った方がいいぜ?」
「ねぇ、ようせいさん。どういうこと?」
話についていけていない女の子は、妖精に説明を求めました。
妖精は目の前の相手に注意を向けたまま返答します。
「彼は炎の精霊。精霊っていうのは、妖精よりもずっと力の強い存在なんだよ」
その言葉を聞いて男の子、炎の精霊は満足げに笑います。
「よく分かってんじゃねぇか。そこまで分かってんなら自分がどうするべきかも、分かってんだろ?『冬』を諦めて大人しく帰るってんなら俺も何もしねぇよ」
「……そうだね」
氷の妖精は力無げに声を発しました。
「確かに僕じゃ君には勝てっこない。それに、この子を危険にさらすわけにもいかない。ここは……」
言いかけた言葉を断ち切るように、
「ダメだよっ!」
女の子の声が静かな林に響きました。
言葉を交わしていた妖精と精霊も、思わず女の子に視線を向けます。
「ようせいさんは、みんなを助けるために必死で『冬』を探してたんじゃないの?ふらふらになりながらでも、やっとの想いで私を見つけたんじゃないの?……それとも、自分は『けいやく』で助かったから、他のことはもうどうでも良くなっちゃったの?」
「それは……」
「こういうことになるって事も予想してたはずでしょ?私はそれを聞いて、それでも助けたいって思ったから…今ここにいるの。私を危険な目にあわさないように、なんて、私を言い訳にしないでよ……!」
どこまでも素直でまっすぐな言葉。
妖精は気づかされました。
この小さな女の子の覚悟に頼りすぎていたということに。助けを求めた自分を、訳も分からないままに助けると言ってくれた少女の覚悟に甘えすぎていたということに。そしてその想いを踏みにじってしまったということに。
妖精は自分自身に問いかけます。
自分には女の子の想いに応えられるだけの覚悟が足りていなかったんじゃないか。戦う覚悟。傷つく覚悟。そしてそれに無関係な女の子を巻き込む覚悟が。
「……ごめん」
言葉とともに、妖精は前へ出ます。
「僕には、何もかもが足りてなかったよ。けど、もう大丈夫」
女の子を振り返って、女の子に向き合って、妖精は質問します。
「僕と一緒に、戦ってくれるかい?」
「もちろん!」
笑顔を浮かべて、女の子は迷いなく答えました。
「なんだか分かんねぇが、どういうこった?」
やり取りを眺めていた炎の精霊は眉をひそめて言います。
池を背に向き直った氷の妖精は、精霊に向かって言い放ちます。
「何が何でも『冬』は返してもらうってことだよ」
「てめぇら、マジで俺に勝てると思ってんのか?」
「これは勝てるかどうかの問題じゃないんだよ」
反論した妖精の言葉を、隣に並んだ女の子が引き継ぎます。
「絶対に勝たなきゃいけないんだ」
その自信に満ちた表情に、精霊は口元をゆがめました。
「面白れぇ。……ならやってみろよ」
広げた両手から、ボウッ!と炎があがり、温度を失った林の空気を熱く染め上げます。
「俺は相手が子供だろぉが妖精だろぉが、手加減はしねぇぞ」