94. 悪役令嬢、超!緊張しましたわ!
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side.Heroine
終わった、やっと終わった。
私は長く辛かった夏休みを終えてやっと学園の女子寮に帰って来てた。ああ、女子寮がこんなに懐かしいなんて……。
私は頑張った!回復魔法はギリギリだったけど中級のお墨付きをもらえた。治癒魔法は初級のままだったけど、一応使える様になっただけ評価して欲しいわ、今まで使ったこと無かったのよ。それに、肝心の浄化魔法も少し上達した。でもまだまだ『及第点』は貰えない。1日コップ1杯の水に手をかざし続け、2本のMP回復薬を飲む、それを3日掛けてやっと『及第点』。
私はやっと聖水が出来て嬉しかったのに、大神官には『コストが掛かり過ぎで使えない』とバッサリ切られた。公爵夫人は10ℓのガラス容器に聖水を生成するのにほんの一瞬だと言われた。そこまで実力が違うなんて!でも私は聖女って言うだけで価値ある人間なのよ?シナリオではそうなっているの。アル様の告白をそのまま受けていればこんなに苦労しなかったの?
思いがけなくご一緒出来たアル様のお誕生日は嬉しかったわ。
でもまだハーレムエンドが諦め切れないのよ。だって学園を卒業しちゃったら、殆どの攻略対象者達とは中々会う事が出来なくなってしまうの。特にジル様とランディ様、フィー様にはほぼ会えなくなる。彼らは社交場には最低限しか参加しないの。
翌日、女子寮の外受付前まで行くと、ジル様、ランディ様とジーン様が居た。これはあまり良く無い組み合わせなの、ジーン様はアル様の侍従でもあるから、アル様以外の異性との接近に特に目を光らせているみたいなのよね。つまりアル様の味方って訳。私が他の異性と仲良くならない様に目を光らせてるの!ああ、せっかく久しぶりに2人に会えたのに。
「ご機嫌よう、ジル様、ランディ様、ジーン様、夏休みはどう過ごされましたか?」
制服のドレスを両手でつまみながら、一応、当たり障りなく、返事を返しやすいような挨拶をしてみた。
「ご機嫌よう聖女様、わたしは特に変わらない日々を送っておりました」
「おはようございます、聖女様。 わたしも領地に戻ったり別邸に行ったり、特に変わったことはありませんでしたね」
「ご機嫌よう、聖女様。 わたくしは殿下の政務を多少整理させていただく手伝いをしたくらいでしたね。 それよりも、聖女様は夏休み中にも特訓をなされたとか、大変懸命になさっておられたと殿下から聞き及んでおります」
まともに返事が返って来たのはジーンだけだった。ええーっだってジル様とランディ様は一緒に鍛錬していたんでしょう?その事とか、ヘイム様だって一緒だったんだから冒険にだって行ったんじゃないの?もっと何か話を弾ませてよーぅ!
なんて、思っている内に教室に着いてしまった。もちろんジーンの所為でエスコート無し!ランディ様の表情は穏やかで優しげ、普段ならエスコートしてくれそうな雰囲気だったのに!ああ、ままならないわ。
その日は朝のミーティングで、1週間後の学力試験の事と、約1ヶ月半後の剣術の模擬試合の事が知らされた。
剣術の模擬試合と言えば、好感度上げの大チャンス!何しろ決まった色のハンカチを渡すだけで好感度がアップするのよ!優勝者によっても上昇数値が変わって来るらしけど、皆んな全員の好感度を上げるチャンスなの。逃す手はないわ!刺繍なら私だって出来るもの、大丈夫。
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「まぁ、代わり映えありませんわね」
そう言って、学力試験の結果を見ていた。あまり長居しないで戻ろうかと思ったけど、ちらっとお兄様方の順位を見た。そして自然と、大変申し訳無いのだけど私たちの学年の、リリーの順位を見てしまう。リリーは次席、つまり2位。対してリンデーンお兄様はやっと7位、それに続いて何故かフィンネル兄様は8位。
我が家的には問題無い。でもリリーの方が圧倒的に賢いってどうなの?ここは何が何でも剣術の模擬試合では格好良い所を見せていただかなくては!
ああそう、ヘルムルトにも飴を送り込んでヒロインが入る隙を完全に無くしてしまわなくては。私はこっそりディナに耳打ちした。「ハンカチにちょっとした手作りのお菓子を添えれば、とても喜んでくださるわよ」っとね。知った経緯をあまり詳しく話せないので、お兄様情報と言う事にしたわ。
それにしても、シナリオイベント時期の変更なんて不安しかないわ。どうして模擬試合の日程が半月も繰り上がっているの?
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side.Boys
「……」
いつもと順位は変わらない。だが、主席は当然エリンで、次席は皇太子アーノルド、ただし点差が開いていた。そして僅差でジルアーティーが3位。ここ最近の上位3位の順位こそ変わらないのだが、アーノルドは内容が不満だった。恐らくこの場で一番不機嫌だ。愛しい聖女が近くにいる手前抑えてはいるが、隣の学年をちらりと見れば不機嫌さがずっと増した。
「あの女は”城塞”にも家庭教師を連れて行くのか」
あの女、が誰の事を指すのかは一目瞭然だ。一年下の主席は満点だった。もうお馴染みの人物、皇太子の婚約者ルナヴァイン嬢だ。
今回ヘルムルトは5位に上げていた。婚約者であるタナディアナ・ローザナス嬢に好かれたいが為だ。幸いディナも一緒、お揃いの5位で満足した。総合点はあえて見ない事にした。なので学力試験結果発表時期の殿下の不機嫌は何時もの事だと聞き流す事にした。これが一番いい、と、思ったのに……、、
「皆さん座学がお得意なんですね。実技も成績良いと聞いていますのに、凄いです。私なんて20位で……」
か細く頼りないが、よく響く声が聞こえた。大きな瞳を揺らしながらウルウルさせている。
あーあ、空気を読んでくれ!と、ヘルムルトは思って周囲を見たが、取り成してくれそうな者は居なかった。幸い一学年下のトップ5のご令嬢方が静かにこの場を立ち去って行ったのが見えた。
「聖女様は魔法修行が大変だったと聞き及んでおります。 そう何もかも結果を出すことは容易ではありませんから、次に期待しましょう」
にこりと人当たりの良い笑みを浮かべて聖女を慰めたのは、結局ヘルムルト一人だけだった。
(ああ。ディナ、今すぐハグさせてくれないかなぁ!)
などと、ヘルムルトは婚約者に過ぎない距離感を無視した癒しを欲したのであった。
そしてココにも空気を読めない皇太子殿下の側近が一人。
「ああっ!流石人知を超えた『月の女神の化身』だ!わたしも頑張ったが、そもそも追い付こうなどと不遜な考えであった!」
等と膝を突いて三年生の学力試験結果を見続けている。ディリスナ・リード辺境伯嫡男の順位は6位と全体に総合点が高い三年生の中では大健闘だった。令息の中では1位である。だがこの大げさ過ぎる感激振りに引く者は極少ない。ヘルムルトの婚約者タナディアナ嬢含め、『月の女神の化身』信者は多かったのだ。
このままここに居ても胃が痛くなりそうだ、と思ったヘルムルトは、そっと殿下を促し学力試験結果貼り出し掲示板の前を離れて行った。
「すまん、ヘル、俺にはどうしようも出来ない」
少し前から曲がり角に隠れ、成り行きを見守っていた双子、ジル、エリンは、そのまま教室に戻ることにした。
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私達は勇気を振り絞って四年生の教室の前まで来ていた。目的はもちろん、刺繍入りの絹のハンカチを渡す事である。
ヒロインと出会すリスクを負ってまで此処まで来たのは80%はディナの為、残りは私のささやかな乙女心の為だ。
私達は教室の入り口付近に居る上級生のご令嬢に声を掛け、ヘルムルトとジル様を廊下に呼び出して貰った。ディナも私もガチガチに緊張している。初めて来る高学年の校舎!おまけにこの時期の呼び出しと来れば目的などバレバレなのである!でも練習場や食堂で渡すのはもっと目立つし気が引ける、っと、二人で話し合った結果がこれだった。
ヘルムルトが出て来た。流石早い!お兄様方から行動的だと聞いてはいたけど、ディナの名前に反応を早く来たに違いないわ!
「ヘル様、このハンカチを受け取っていただきたいのです。 今年も観覧席から応援しておりますわ。 そ、そのう……このパウンドケーキはわたくし、生まれて初めて調理場に立って作りましたの。 味見はしましたわ、でもお店の、パティシエのようには出来なくて、お恥ずかしいのですけど、ぜひ召し上がっていただけたらと思って、受け取っていただけますか?」
薄っすらと頬を染めて綺麗なアーモンド型の目にヘーゼルの潤んだ瞳で背の高いヘルムルトを見上げながら恥じらうディナはとても可愛らしいの一言だ。案の定、ヘルムルトの頬は少々だらしが無いのではないかと言うほど下がっている。目元もだ。
「ディナ!素敵な贈り物をありがとう! 模擬試合までは間も無いが、精一杯君に良い所を見せられるように頑張るよ」
そう言ってハンカチとお菓子を受け取り、片膝を突いた騎士の礼を取り、ディナの左手を取って薬指の付け根にキスを落とした。公衆の面前であることなど御構い無しだ!そんなに人が多いわけでは無いけど、やるな!ヘルムルト。
ディナは満面の笑みにほんの少し涙ぐみながら喜びに溢れていた。
少し遅れてジル様が来た。ちょっとどころじゃなくびっくりしているように見えるのは、きっとヘルムルトの口づけを途中から見ていたからだろう。何やら左手を額に当てている。うーん、私に呼び出されてちょっと困ってるのかな?これは速やかに渡してディナと共に次の授業に駆け込もう。
「ご機嫌よう、クロスディーン卿。 先日はわたくしどもの魔術師団とまで鍛錬をお付き合いくださりありがとうございました。 これは、まぁこの時期ですから、ささやかな気持ちですわ。 それと、これもどうぞ。 お疲れになった時などにお召し上がりになって頂けると嬉しいわ」
そう言って、空色のハンカチと、カステラを差し入れて、っと言うよりも、多少強引に押し付ける様に渡し、ディナと共に逃げた!だって次の授業に遅れてしまいそうな時間になっていたのだもの!!だからジル様が迷惑そうな顔をしていたのかどうかなんて確認の余裕も無かった!
空色はもちろんジル様の瞳の色だ。イメージカラーの青と同系色だけど、ヒロインとはなるべく被せたく無かったけど、それ以外に思い浮かばなかったの。上質の絹を草木染めし、少しばかりムラが出来てしまったのはご愛嬌だ。でも薄い雲が流れているようでもあって、中々味があるのではないかと思うわ!刺繍は癒しと集中力を高める意味があったと思うけど、それよりも美しい蔦と、空色に映える淡いオレンジ色の花が素敵だったから、消えて見えなくなっている部分は想像して刺して完成させた。伝えることは絶対にないけど、もちろん本命仕様だ。魔法付与は現状復帰に癒しの二重掛け。魔石無しでの二重掛けは難しいけど、そう言えば今までやっちゃってるなぁ……。まぁいいか。
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四年生の教室にて
「今年一番のサプライズだ! ああもう、そろそろドレスの準備とか考えてしまおうか。 ジルも貰えて良かったなー!義理の割りには手が込んで居るじゃないか? で、今年も予選落ちする気?まさかなぁ~」
「出来ないな……」
二人共大きな違いはあるものの、口元が緩んでいる。二人は速やかにハンカチをジャケットの内ポケットに仕舞い込み、さっさと席に着いてカバンに貰った菓子を隠した。
「いや、全然隠しきれてねーし」
「まぁまぁ、ある程度の予測は出来てたんじゃないのか? でも僕たちより先に受け取るなんて、例え義理でも何だか悔しくもあるな」
「聖女様よりも先に渡せたのは良かった、っと思っておこうか?」
剥れながら言ったのはリンデーンだ。それにフィンネルが肩に手を置き慰めた?結局見守っているのかどうかはまだ分からない複雑な気持ちの兄達であった。
お花摘みから一緒に戻った女子友の一人が、
「うわっ! やるわねぇ!!」
と言ったので、その視線の先を見た。なんと!ヘイム様が片膝を突いて跪き、令嬢の手にキスをしている。あの令嬢には見覚えがある!私の社交界デビューと言う大事な日、アル様の次にダンス出来そうな攻略対象者を探した時にヘイム様を独占していた令嬢、2曲連続でダンス出来ると言うことは婚約者か家族、でもヘイム様には女兄妹は居ないから婚約者、すなわち悪役令嬢の1人だ!そして、その近くにはなんともう1人の悪役令嬢までが居た。付き添って来ていたのだ。
聖女はこれまで近寄って来なかった悪役令嬢達の突然の行動に動揺していた。
「まぁご友人の為に此処まで付き添って来るなんて。 やはりルナヴァイン嬢ってお優しいのね」
なんて事を他の令嬢が言う。聖女はは即座に否定したくなったけど抑えた。そうしたらまぁ!ジル様が教室から出て来たのだ、そしてマリノリアと言葉少なに交わし、何やら渡して二人の悪役令嬢は走らない程度の、令嬢に許されるらしいギリギリの速度で中央校舎へと曲がり姿が見えなくなった。
何あれー!私はまだ学力試験に必死だったせいでまだ刺繍の準備すら出来て無いのに。
明日の休日に絹のハンカチと足りない刺繍糸を買いに行くことになっている。完全に出遅れなのだが、しかし聖女は夏休み期間中には刺繍すら出来る状況では無かった。何を渡していたかは見えなかった、しかし今この時期に渡すものなど決まっている。聖女の心はメラメラとある種のヤル気で燃え上がった。
何しろ慣れてないので、義理を装って渡すのが精一杯なのです。




