93. 悪役令嬢、楽しかった最後の夏休みももう終わりですわ
学園に入学してからこれ程までに鍛錬に身を費やした夏休みがあっただろうか?
いや、他の時期ですら無かった。もう夏休みも半ばを過ぎようとしているのに、どうして此処にジル様とヘルムルトが居るのかしら?
ダンジョンに行かなくて良いの?殿下の成人の儀くらいは皇城に祝いに行かなくて良いの?
あっ、そもそも殿下はまだうちの本邸に居るんじゃ無いの!でも成人の儀前後は流石に皇城に帰るらしいわ。当然、大神官とヒロインもね!まぁ殿下としては成人の儀はともかく、あまり盛大な洗礼式・魔力判定を受けたく無いって言うのが本音なのよね、知っているわ。
殿下の魔法属性は1属性で火、でも高位魔法もギリ使える範囲で決して恥ずかしい内容では無いのよねランク的にはB~A’って所かな。あとはMPーーー魔力量ーーーの問題だけど、これは後々でも伸ばす事が出来る要素。
でも私は知っている。殿下の属性は1属性では無いの。ランクとしてはそれほどでも無くてD~Cランク程度だけど、水属性に目覚めるハズなのよ。多少の指導を受ければ生活魔法を問題なく使える程度の力。攻撃魔法だって中級は使えるようになる。だって殿下は真面目なのよ。出来るかもしれないと知れば、どんなに厳しい修行でも受けることでしょう。
きっとヒロインはその大事なイベントを知らないか、忘れているのよ。でも私は教えられない。だってそんな事をしたら、好感度が爆上がりしてしまうのだもの!ゾッとしてしまうわ。既にヒロインに告白済みの殿下が私にも好感を持つなんて最悪でしかない。
私を第二妃になんて例え皇帝が勅命を下そうとルナヴァイン家は許さないし、私もゴメンだわ。
これは何もうちに限ったことでは無いのよ、公爵家のプライドは皇族並みに高い。ほとんど分家と言っても差し障り無いほどに近い親戚関係。公爵家四家揃って令嬢の出生率は極めて低い。生まれれば宝物のように大事に育てられる家門の”姫”を不遇な立場に立たせるなど先ずあり得ないのだ。
それくらいなら勅命でも婚約を蹴り飛ばすくらいはする。それしきの事では公爵家相手には何のお咎めも無い。無理な要求をした皇帝が悪いのよ。
ただ、私は既に皇太子殿下の婚約者だから、事情がかなり違って来る。前例が無いからどうなって行くのかは分からないけど、婚約破棄された時点で釣書には傷が付くのだから私をそのままにして置く訳には行かなくなる。”断罪イベント”が付いて来れば尚更のこと。それがゲームシナリオでは”学園中退・社交界追放”と”幽閉”という苦肉の策だったのだろう。世間から隠す事で守る。そう言う考えだってあるって事よね。
だってさー”悪役令嬢の断罪後の末路”ってかなりエグいのもあるのよ、親より年上の好色デブハゲやもめとか、より条件の悪い、嫁が来ない所に持参金付きで嫁に出されるとか、修道院送りの途中で行方不明になって殺されたり娼婦にされてたり、世間知らずの箱入り令嬢を平民に落として放逐する、とまぁ不幸のオンパレード!はっきり言ってヒロインの幸せの引き立て役だよね。
楽しかった夏休み。乙女ゲームフィルター付きの気のせいかも知れないけど、ジル様との距離感が近くなったような気もして嬉しかった。これならお義理のハンカチくらいなら渡しても良いんじゃ無いかしら?っなんて思ってしまうくらいには。
ジル様は聖属性以外持ちだから、僅かだけど闇属性の魔法が使えるらしいの。まぁ設定だから私は知っていたけど。でも実践出来る魔法は気配を殺し、存在感を消し去り、その場に居る事を認識させ辛くする事が出来る程度なんですって。そんな事まで教えてくれたの。まぁ!今なら魔法談義を楽しむお友達くらいにならしていただけそうな気がするわ!
私は相変わらずステータス画面を開く事が出来ないでいる。それは”婚約破棄イベント”を終えた後で十分な事だから。
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夏休みの終わり頃、私達、私とリンデーン兄様はやっと領地の本邸に帰った。”城塞”のお客様二人もそれぞれ皇都に戻って行った。お邪魔虫達はホンの三日前に帰ったとの事。フィンネル兄様はやっと戻って来た日常に呆然としながらも嬉しそうだった。相当お疲れの様子で気の毒に見える。
そこで、久しぶりに冒険者活動としてダンジョンに行こうと誘ったら二つ返事で快い返事が返って来た。もちろん、今回はリンデーン兄様はお留守番。
私達は早速、軽装に見える重装備の冒険者衣装に着替え、意気揚々とダンジョンに向かった。今は夏である。癒される為に行くのだから当然避暑地のダンジョンを選んだ。少々難易度が高いダンジョンが多いのが難点なのだけど、氷雪ドラゴンの居る北限の氷の洞窟ダンジョンも捨て難いのだけど、新ダンジョン開拓もしてみたい。
ってことで来てしまいました、バビロ螺旋状タワー・ダンジョン!名称で何となーく察してしまうのだけど、此処は99階もある!天辺は雲の上!なのに最終フロアボスが吸血鬼ってどうだと思う?私は無しだと思うわぁ……例え窓が無いにしても暑そうだわ。
Lv.までは調べが付かなかった。ただ此処は7階までがCランクパーティーで入場可能だから、あとは何階まで行こうと個人の自由!一体どこまで登れるかしら?我が領に出現したダンジョン同様の地上型ダンジョン、しかも99階よ、登るだけでも大変な運動になる事でしょうねぇ……。
「腕がなるなぁ!」
そうね、フィンネル兄様にとっては本当に久しぶりの自由満喫、暴れたい放題!私はいつもの如く、聖女の加護である『浄化』を隠蔽し、初心者向け(と言ってもCランクパーティーと言えば中級だけど)7階までは一掃作戦で行く事にした。
「3階までは可愛いらしい草食動物系に見える魔物が多かったのに、いきなりアンデッドなんてテンション下がりますわ」
「マリア、そう言わずに【光の矢】ほら、もう一掃したよ、後はボスフロアだけだ」
魔石拾いに勤しむ、魔石は朱色で僅かな不透明だけど悪くは無いわ、色も均一でとろみがある輝き。
此処のボスって、やっぱりアンデッド系なのかしら?見た途端に聖なる炎で片付けてしまいそうになるかもしれないわ。
果たして、出て来たのはせむしであってさえ2.5mにも及ぶ腐臭漂わせるゾンビ、元は何だったのだろう、翼の残骸のような物が背に付いている。
「【聖なる光球】」
コレでも十分手加減したつもり。聖水掛けなかっただけマシだと思って!だってあの断末魔の叫びを聞きたく無かったのよ!
まぁ!ここでもフロア核ゲット率が異常に高いこと!しかもゾンビなのに、あんなに臭っていたのに綺麗な魔石だわ、フロア核だからなのかしら?これはダイヤモンドのように透き通って不純物もクラックも無いFランクで30cm、輝きたるや本物のダイヤモンドを超えるかも知れない。我が領の職人さんに預けたら、加工の取り合いになりそうなくらいだわ、だって良質の石をどう魅せるかは職人の腕の見せ所だもの。
「マリア、すっかり魔石に気を取られてコレを忘れているよ」
それはドロップアイテムだ。宝冠だった。こんなもの普通の神経を持ち合わせた冒険者なら装着不可能だわ。呪いは付いていない。
「すごいわお兄様! これ、効果は不老ですって! でも戦闘向きでは無いわ、素材はどれも上質ね。 ひいお祖母様だったらお喜びになるかしら?」
「どうかな? ひいお爺様とは確か政略結婚でしか無かったハズだけど、降嫁は十三歳でしているんだ。 二人の気持ちまでは分からないよ」
私は国宝級の宝冠をそのままバッグに仕舞った。
その後、初心者向け?7階までを一気に掃討作戦で進んだ私達は、一旦階段で癒しのスウィーツタイム。本日はふわふわの雪のようなカキ氷宇治抹茶!まぁ、お茶の葉を育てている時点でコレは狙ってた。
小豆だって帝国に入って来る輸入食材や他領生産の豆類を全て取り寄せして探したのよ。他にもお宝を発見した私は大量生産は置いといて、とりあえず種の保存には努めている。なんと我が城の天辺の隠し温室だ。城外観からは普通に屋根にしか見えないのだけど、天辺は大きくガラス張りで燦々と陽が入る温室一等地。まぁ本来なら屋根裏部屋の一部に相当する場所である。改装に当たって反対する人は居なかった。
至福の癒し時間を過ごした後は、また暴れまくる時間。そうして70階に来た辺りから一掃はキツいのでは?っと思った私は隠蔽を解除した。当然、フィンネル兄様の観察眼は気になった。
うーん、『祝福』まで見えちゃうのかなぁ?見えたら確実にバレるね!ただお兄様も聖属性持ちを対外的に隠したいから秘密を持つ同士。素直にお願いすれば黙っていてくれるんじゃ無いだろうか?
だってコレバレたら皇太子殿下との婚約破棄は叶っても、別の皇子がまだ居るのよ?あの身内の気持ちすら考えない皇帝が強要して来る可能性はある。ただの公爵令嬢であれば突っぱねられるが、聖女という付加価値が付いてしまえば、もうどうにもならない。
でも、お兄様は何も気が付かなかったかのように、次のフロアへと階段を上った。
確かに出現率自体は減った、と思う。でも既に上階層だった為、それほど実感出来ないのよねぇ。要はエンカウント率がほんの少し下がっただけ。レア進化個体は1階層で2、3匹出て来るわ、レア魔石に一見しただけでも国宝級のドロップアイテムがわんさか、雫ドロップも順調で中には新種も。ええ、もちろんお兄様はそんな瑣末な事気にする事なく嬉々として喜び、暴れまくっておりましたわ。時折やり過ぎてMP切れを起こすだなんて珍しい現象で、私が回復役をしたほど暴れまくった!コレはもうね、、どんだけストレスを溜め込んでいたのか、わたくしには分かりかねますわ……。
そして、最終フロアの扉前。この先に居るのは強敵に間違いない。先ずは大事な宝物視現の鏡を出して扉に当て。
「【鑑定】」
……吸血鬼だって情報は予め分かってた、しかしLv.86ってどんな?それでなくとも普通に強敵な吸血鬼が、フロアボスでLv.86!!他は目新たしくも無い、魅了眼、日光、特に朝日に弱い、等……私は見た情報をそのままお兄様に伝えた。
「吸血鬼だってアンデッド類と変わらないでしょ?こう二人でぱあーーーーっと灰にしちゃえば良いんじゃ無いか?」
お兄様が、あのいつでも冷静沈着なフィンネル兄様がリンデーン兄様化している!
でもまぁ、わたくしもこうなったら、とことんお付き合いしますわ!!だってその為にここに来たんだもの。
ガチャっと扉をあけて一気に叩き込んだ。
「「【聖なる炎】」」
斯くして強敵??はサラサラと灰になって床に落ち、後にはまぁ予想通りと言いますか、真っ赤な血色の魔石の大きなクラスター結晶で透明度も抜群!フロア核という付加価値付きの魔石が残されていた。
でもまぁ、血色の魔石もアクセサリーも足りているので、これも置物かなぁ。城の入り口に飾ったら注目されること間違いなしだわ!お母様が望んだら結晶の1本でも抜くだけで髪飾りからアンクレットまで揃いの宝飾品が出来るわよ。
なんだか落し物もあったわ、これはピジョンブラッド色だけど輝きはダイヤモンドね、普段使いに出来そうなペンダントで金の真円枠に三日月カットの石が止められている、赤い月ね……付与効果は『魅了無効』……普段使うには良いわよね。ちなみにファンシーカラーダイヤならピンク系かブルー系が好みだわ。
当然の事ながら、タルン支部の受付は大騒ぎになった。こんなお宝の山を積まれて正常で居られる方が不思議だものね。しかも長い鑑定時間の間にギルドからの連絡を受けたらしいご領主様が城に招待したいとまで言って来たのだけど、丁重にお断りした。
だって!ここの領主って言えば、名門でもあるにかかわらずただ年齢が合わないと言うだけでご子息達が殿下の側近にこそなっていないものの、私が一年生の時に剣術の模擬試合で優勝したベンジャミン・ツバァイク辺境伯次男の父親よ?曲者と有名な人物なのよ!
訳の分からない招待からは逃げるが勝ち!私達は冒険者カードにダンジョン踏破記録付けて貰い、多額の情報料だけを受け取ってその場を立ち去った!それにしても情報料だけで金貨60枚よ!美味しいダンジョンだったわ!
こうして、私にとって最後の夏休みは静かに終わりを告げた。




