91. 悪役令嬢、心拍数の数値が異常です?
さて、視察団以外の客など来ない無骨でこの帝国でも数少ないだだっ広い何も無い荒野に建つ対アルト王国防衛施設”城塞”にまでお客様が来るとは、今年は何かがおかしい。でも私はやれる事をやるだけ!
「【移動】」
うん、完璧だわ。移動位置が分かっている場所なら一分の狂いもなく移動出来るし、スムーズで完璧。後はやっぱり座標移動だわ。地図やイメージだけで視界に入っていない遠方地に移動する。当然現地の様子は分からないから不測の事態も起こりうる。最悪人の上に落ちると言う、少女漫画的出会いを期せずして演出してしまうやっかいな事態になる事もあるし、相手によっては命の危険がある。まぁ多くは後者ね。
私はこの周辺の軍事地図を広げる。ロデオ地区の岩山かぁ……人の立ち入らない足場の悪い鋭い岩山が連なるソコには魔物も多少出没するので危険地帯ではある。アルト王国、フローヌ王国との国境でも有るが岩山地域のほとんどが帝国領土である。
そう言えば、フローヌではアルトからの砂風に春先悩まされるって聞いたなぁ。夏の嵐の際もだっけなぁ。帝国には幸いやって来ないけど。
とりあえず制限を付けずに実行してみる。
「【座標移動】」
見る限り灰色のトゲトゲした岩山だ、足場が悪い。大理石や何かの鉱脈でも有ればまだ良いものを、っと思ったけど、ここはアルト国の砂漠地帯とフローヌ国との間に聳え立つ天然防壁だ、あまり求め過ぎてもいけないわね。あーあ、あれは狼かしら?魔物ではないなぁ、こんな餌らしい草木も生えていない場所で何を食べているのかしらと思って見ていたら、トカゲを口に加えた。こんな所にも生態系があったんだなぁと感心しながら、しばらく眺めた。
「さて、お帰りは大勢の人が居る鍛錬場だから、制限掛けなきゃね【座標移動】」
私は地図で城塞内の端、城壁を指定しその場所をイメージして、尚且つ動物の居ない場所を指定した。
「……」
昨年の秋にこっそり、比較的放ったらかしでも育つ球根類を植えた場所に降り立った。非常に不本意である。真上にこそ乗らなくて済んだが、カサブランカのすぐ側で、花粉が服についてしまっていた。直ぐに足を上げて退こうとした。
「これはまた眼福ですなぁ!」
スミスに声をかけられた、お昼の時間でも知らせに来たのか、いや、お昼は鐘が鳴るはずだ。めっちゃ笑われている。
「もうっ! 座標移動の指定に失敗しただけだから笑わないでくださる?」
ちょっと口元を尖らせて異議を申し立てながら、球根を植えた場所から脱出した。
「今かけた制限ってどんなの?」
横からリンデーン兄様が声をかけて来た、近くにいたようだ。
「お兄様の上に落ちないようにしましたのよ」
ちょっとツンとした感じで答える。
「あー、そう言う事が出来るわけだ」
「まぁ、普段街中に飛ぶ時は範囲指定して人”目”の無い所を条件にしていますわ。 だからたまに屋根の上なんて事も……」
「高度過ぎて付いてけないなぁ、話の意味は分かるんだが」
そう言いながらヘルムルトが近寄って来る。かなり鍛錬したのか汗をかいている。もうそろそろお昼の時間だものね。
近くにはジル様も居た。今日はヘルムルトと共に剣術の鍛錬らしい。うわぁ、爽やかな(乙女目線)汗を流すジル様って、スチルも無かったわね、眼福だわぁ~生きてて良かった!
夏休みが終わって二ヶ月後は剣術の模擬試合だわ。マリナからはずいぶん前に渡したけど、私からもハンカチ渡したいなぁ。きっとヒロインは全員に渡すだろう、それだけは羨ましいわ。私はお兄様方の他にジル様に渡したいだけなのに、それが中々難しい。
リンゴーン……お昼の鐘が鳴った。ここ”城塞”で鳴らす唯一の鐘である。二十四時間戦う体制を整えているココには終礼など無いのだ。その為夜勤明けの昼食を求める者などでお昼時の食堂は壮絶だ。私は今日は初日でもあるので、二人を昼食に招待した。
七階建なのは”城塞”正面と北側だけで、私の屋根裏部屋がある南棟は三階建と低めなのだ。他の棟への日当たりを考慮した結果なのよね。だから裏庭で野菜畑が出来る。
「ああ、建物がコの字型になっていたのか。 こっちは三階建で、向こうは七階建ねぇ」
ヘルムルトは解説者かアナウンサーなのかしら?喋らずに居られないのね。三階の倉庫の扉がある場所の前で止まる。魔法で天井の扉をずらし、階段を引き出す。
「どうそ」
私はそう言って、そのまま先に上がって行く。作った当初はハシゴにしていたのだけど、ドレスの時はどうしよう?っと思って、階段にリニューアルしたのだ。今は護衛騎士達と同じ服だから問題無いけど。女性採用枠が無いお陰で変に女性らしい騎士服デザインじゃなくて良かった!領によってはミニスカ、フレアスカートとか短パンなんて所もあるらしいのよ、恐ろしい……。
ワンルーム式の偽装部屋はやはり珍しがられる。私は構わずクローゼットより先の壁を軽く叩き隠し扉を開き、中のリビングダイニングに招いた。
「へぇ~っ!なんだか木の上や空洞に作った秘密基地を思い出すな。 しかしまぁかなり豪華だがなぁ!」
「わざわざ隠し部屋にする必要性があるのか疑問なんだが?」
少年のような反応のヘルムルトに対してジル様の反応は至極真っ当だけど遊び心ってものが無いわ!まぁ、そう遠く無い未来の幽閉場所だから快適に改装しただけだもの、理解されようとは思わないけどね。
「魔法の訓練のついでで、多少の遊び心ですわ」
言いながらご飯を土鍋で炊き、冷蔵庫から取り出したカレーを温める間に、朝どり新鮮野菜のサラダも作った。
「お二人の口に合うか分かりませんけれど、、どうぞお召し上がりになって」
そう言って、私もダイニングテーブルに着いた。カレーライスは中々好評だった、まぁご令嬢が作ったにしては、って言う社交辞令込みかもしれないけどね。カレーライス、まずライスが一般的では無いのよねぇ、私は大好きなんだけどなぁ。ここでもやはり質問タイムだ、どこの聖女様だ!?
「この粒は何?麦に似てるようで全然違う食感だ、それにこのカレールー?複雑な味だけど美味しいね、何が入っているの」
「粒はご飯と言って、稲を精米して炊いたものよ。 わたくしが管理する畑で作らせている穀物ですわ。 カレーには様々な香辛料が使用されるもので、レシピは家庭によって違うのが普通ですの、だから教えられないわ」
ジル様は黙って完食して「ごちそうさま」って言ってくれた。うん、何も言ってくれなくてもそれだけで満足だわ。
「えーっ、ランディっていつもこうして妹君の作ってくれた料理を食べてるの? なんか良いなぁ~俺もディナの手作り食ってみたい」
うわぁ!ディナごめんなさい!クッキーでも良いから作ってあげて、きっと大喜びよ。
皆んなが食べ終わった食器を下げようとしたらジル様とヘルムルトが、食器を下げて洗ってくれた!まぁ、公爵家のご令息達なのに食器洗いをするなんて!リンデーン兄様も部屋の掃除はしてくれるけど、なんて言うのかしら、紳士だらけだわ。流石乙女ゲームの攻略者達!一人だけ頑としてやらなそうな人は居るけど。
「ああ、ご令嬢。 髪にも花粉が付いている」
そう言ってさらりと私の髪を手にとって流して通り過ぎた。え?え?ジル様?私は思わず「まぁありがとう」っとは言えたけど、心の中は暴風雨が吹き荒れている!だって洗浄の魔法なんて水魔法の極初級魔法なの、わざわざ触れなくても出来るのよぉ~っ!心拍数がヤバいわ!寿命が縮みそう!!
まだ私の心拍数は異常な数値を叩き出している最中だと思うけど、とりあえず食後のティータイムを見た目だけ優雅に過ごしていた。スウィーツは私が作ったシュークリーム。カスタードクリームと生クリームの二層式が私のお気に入り。チョコクリーム入りもある。
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side.Boys
誰も居なかったはずの城壁を背に女神が現れた。服装を見なくてもそれが誰だかは分かる、マリノリア・ルナヴァイン公爵令嬢、皇太子殿下の婚約者。
「うわぁ、百合の花と言えばランディのお母上だが、ご令嬢もいい勝負だなぁ。 そうじゃ無いか、美女と百合の組み合わせが良いんだな」
「はぁ、くだらないこと言ってると怪我するよ」
今は剣術の練習中だってのに、と思いながら聞きたい事があったリンデーンは妹に声をかけに行った。
使用人と気安い感じで話す彼女を見ながらーーーやはりこちらもよそ見だーーー。
「目の毒だな、花背負ってるのがハマり過ぎだ」
「ジル、今年は優勝狙いなの? 最大の障害はご令嬢の兄達だ、そう簡単には勝たせてくれないし、突破するのは難易度高い。 今はまだ無理だ」
ヘルムルトの話の意味は徐々にズレて行っている。ヘルムルトも兄妹の方に向かって行った。
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side.Heroine
「まぁ。 今年は成人の儀を迎えるとは思えないほど公爵家のご令息達が自由なのねぇ。 ストレス解消かしら」
そう言いながら優雅に紅茶を飲むのは、この家の女主人でフィー様のお母様、そして目下最大のライバルでもある元皇女様。
この人には永遠に勝てそうに無い。私はまだ初級の回復魔法すら満足に合格を貰えていないけど、この人は帝国でもほんの数人しか出来ない『究極治癒』の術者なんですって。
しかも!なんとまぁ!属性違いだけど悪役令嬢マリノリアまで出来るって言うのよ!?どんな高スペック悪役令嬢なのよ!これは私がハーレムエンドに行くのを邪魔するための設定なんだわ!でも闇属性なんですって。悪役令嬢らしいっちゃらしいわよね。まぁ闇属性には悪いイメージの方が強いけど、(特に民間ではそうである)聖属性よりも稀有な属性でまだ謎が多いから興味や研究の対象でもあるのよね。
そこで思い付くのはジル様、本来ならヒロインの聖女という稀有で清らかな存在感と聖属性魔法に興味を持ち、話をする機会が増える内に段々と距離を縮めて行くハズなのに、ジル様から私に声をかけてくれることは無い。朝のお迎えも、向こうが先に気がついても腰を折って挨拶するだけで、結局私から声をかけるの。そして何度も名前で呼んで欲しいって伝えているのに、相変わらず聖女様。
そう、今のところ私を『モクレン』と呼んでくれるのはアル様だけなのよ。
そして、今夫人が言ったのは、衝撃の事実がフィー様から伝えられたから。
なんと!ルナヴァイン公爵家の持つ別邸の一つに、ジル様、ヘイム様、ランディ様が揃って居て、しかも!悪役令嬢マリノリアまで居るって言うのよ!!羨ましいわ!そりゃあ、こっちにはアル様とフィー様がいるわよ?でも小姑が3人も居てまともに話すことも出来やしないのよ
その時、フィー様が話を切り出した。
「今の僕は魔法の修行を出来ている状態なのかな? 聖女様の練習を見学しているだけのように思えるのだけど、僕の気のせいだったらごめんねぇー」
うわぁ!そう、フィー様の好感度が下がり過ぎると、ネチネチした嫌味を言って来る事になるってwikiに書いてあったけど、これがその状態なのかしら?今に始まったことでは無いけど、ここ数日は特に酷くなってきている。いつも貴公子然とした真面目顔か、ほんの少し笑みを乗せた穏やかそうな表情が素敵なのに、今は口元だけ笑みの形だけど、目が冷ややかでアイスブルーに変色している。これは危険信号だと書いてあった。どうしよう?もうフィー様は諦めた方が良いの?でもアル様のハーレムエンドの条件を満たせなくなってしまうわ!
ああっ、wikiとステータス画面の〈攻略状況〉が見たい!これが無いと難しすぎるよ!!




