90. 悪役令嬢、今年の夏はお客様が多すぎる!
夏休みくらい楽させてー!って感じですね。
今日は早朝から城塞裏庭に作った私の畑から新鮮野菜の収穫をしていた。朝ごはん分にプラスしてお昼用のカレーライスも作ろう!ふと、何だか新婚生活のようだと思ったけどただの兄妹だ、ただしゲームシナリオとは違ってかなり仲のいい三兄妹になってしまっている。私は毎日が楽しいから問題無い。やはり家族仲が良いって幸せな事だと思うのよね。
今の所お父様とお母様も私に甘いと思う。好きな様にさせてくれているのよね。今の私はヒロインの事さえ無ければ幸せそのものなの。
調理場に立って素早くカレーの仕込みをする。これが結構難しかったのよね、だって市販のルゥが無いのよ?高く貴重な香辛料を記憶の限り調合しては、失敗作(食べられないほどでは無かったらしいけど)を作り続け、やっと会心の、前世のうちの味が再現出来た時は号泣していたらしい。恐るべし五歳児!それ以来私の作るカレーのレシピは固定されている。五歳までの記憶は無いけれど、物心ついた頃からヤルことはやっていたらしい、食いしん坊さんだ。でも厨房の料理人達は、何一つ自由にならない私の我儘によく付き合ってくれたとのこと。お嬢様へのお追従かもしれないけど、お嬢様はとてもお可愛らしくて、とても楽しかった。っとその当時の思い出を語ってくれる。私はとても優しい人達に囲まれて育ったのだ。
厳しかったのはお妃教育だけ。皇宮、皇族と関わることは私の幸せには繋がらない、貴族令嬢としての自覚が足りないと言われればそうなのかもしれないけど、やはり”断罪”はもちろん”婚約破棄イベント”も酷い仕打ちだと思う。もっと内々に話をまとめる事だって時間をかければ出来るハズだ。でも殿下はヒロインに同情し、私を生贄にするシナリオを作るのだ。それにはヒロインも加担してはいるだろう。
ああ、途中からツマラナイ事を考えてしまったけど、今日のカレーも美味しく出来た。あとは夏なので悪くならないように急冷で冷やして冷蔵庫に保管する。うん、なんて文化的な暮らしなんだろう……。これも全て魔法チートのおかげだ。
朝食はシンプルにシュガートーストとオニオンスープ。
「この甘味パンが堪らないな! こんなに幸せ独り占めして奴らには申し訳ないくらいだ」
うーん、フィンネル兄様は少なくとも料理は美味しい物を食べていらっしゃると思うわ。私一人で作ったものよりも豪華だろうし。
食後の紅茶も美味しいし、今日もいい日になりそうだ!今日は転移魔法の精度上げにしようかな?
コンコン、屋根裏部屋へ続く天井の扉がノックされる音がした。
「俺が出るからマリアはいいよ」
私はそのまま朝食の後片付けをすることにしたが、リンデーン兄様は呼び出しだったらしく、下に降りて行った。
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side Lindane
「そこって機密情報とか、他領の奴に見られたら不味い物ある?」
「これまた微妙な質問してくれるなぁ! しかも音声悪くて聞いてられねぇ! 切って良い?」
電話をかけて来たのはヘルムルトだ、だが相手の通信用魔術道具はクロスディーン家本邸となっている。
聞き様に因ってはあまりに失礼な内容だったので、リンデーンは毅然として言い切る。
「例え帝国騎士の視察が今すぐ来ようと隠すものなど無い!」
「じゃー今からそっちに遊びに行って良い?」
あまりにも暢気な様子のヘルムルトに、リンデーンは冷たく返した。
「ここは遊びに来るところでは無い。 断る」
「へーっ、ここしばらくで急に嫡男らしくなって来たものだな。 どう言う風の吹き回し?」
電話の主、ジルの声だ。音声も最初の頃よりはかなりマシになって来ていた、単に安定したのか、向こうで術式を修正したのかは分からない。今ここにはマリナではないマリノリアが居る。皇太子を完膚無きまでに叩きのめしたエピソードと、未だに鍛錬を積んでいる話を聞いているから問題は無いかもしれないが、どうもマリナに興味があるジルを近付けて良いものかは迷うところだ。それに、ジルは明らかにマリアにも懸想している。ただ見惚れているだけで、恋愛感情までは無い可能性だってある。ここが判断の迷うところだ。フィンネルの方がこう言った洞察力あるんだけどなぁ……俺だとイマイチ判断出来無いんだよね。聖女様くらい分かりやすければ分かるんだがなぁ。でも腹の中までは見えないから同じか。
「おーい、ランディ聞こえてる?」
「悪い、ここは別邸とは違うから客を招き入れる施設が無い。 先に当主に確認を取らせてもらって良いか?」
「ふーん、俺たちは別に大部屋でも構わないよ?」
のんびりとした口調で答えたのはヘルだ。あいつは大部屋でも構わないだろうがジルはどうなんだ?
「分かった、考慮しとく」
かなり慎重に答えて、一旦通信を切った。まぁ、マリアが言うには一応客室らしきものは有ると言っていたが、ここは非戦闘員が少なく、使用人が足りてないのだ。
何やらやっかいな事になりそうだ、とリンデーンは深いため息をついた。殿下は勇ましくもある妹を揶揄するが、実際妹の美しさはそれで損なわれる程度のものでは無い。
「『月の女神の化身』だなんて、誰が言い出したか知らないが、ぴったりじゃないか」
月の女神は慈悲深く優しい癒しの女神であると共に、兄である太陽神と並び戦装束にも身を包む、美しい女神だと伝えられている。
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おやまぁ!如何してこんな所にジル様とヘルムルトが来たのかしら?この近くにダンジョンなんて無くてよ?魔物は多少出ることがあるらしいけど。
「マリア、こいつらがどうしてもここで鍛錬したいって言うから数日受け入れる事にした。 部屋は客間があると言っていたよね?」
「ええ、でも……公爵家の御令息をお泊め出来る様な部屋ではありませんわ。 食事も本邸や別邸とは違い、せいぜい学園の食堂で供される程度のものですし」
「流石マリアだ、学食バッサリだな」
リンデーン兄様は少し安心したように笑いながら言った。つまり、私は料理を四人分作るつもりは無いと言ったも同然だった。何しろ、ジル様は食にこだわりが無いのだ、一生懸命家事に勤しみ、鍛錬の時間を削っても意味が無いって事よね。だったら普通の護衛騎士達と同じ食事をお召し上がりになってただくわ。
私はヒロインと違って好感度上げをする必要はないのだ。ただ無駄に嫌われて断罪フラグを立てない程度に気をつければいいだけ。
私は努めて冷静にそう判断した。
「先ずは客室に案内させていただいた方がよろしいかしら?」
私がそう言うと、リンデーン兄様も付いて来て、四人で城塞建物の中に入る。外は真夏の灼熱地獄ーーーと言っても日本ほどではないーーーであるのに、一歩建物に足を踏み入れるとそこは涼しい快適温度に保たれた広いエントランス、ホテルのロビーのように四人グループほどの小さな打ち合わせ等に使うのにちょうど良い応接セットがいくつも配置され、建物への出入りを監視する役目も負っているコンシェルジュが建物の中に出入りする人の便宜を図る仕組み。
私は先ず彼女に声をかけ、二人がしばらく客室を利用する旨を伝えると、鍵を二本渡してくれた。見ると二階だ。まぁここにも流石にエレベーターなど無いから、客人にかなり配慮した采配をしてくれたと言うことだろう。しかも東側で、私の畑がある以外は庭園と呼べるようなものすら無いが、特に見るものすら無い寂しく西日だけでも暑苦しく感じるアルト国側よりも、自然の岩山と森が見えるだけまだマシだ。私は部屋の一つの鍵を開け、室内に案内する。
「ここですわ、見ての通り寝室だけで個人の応接間や自室はありませんの。 シャワーや洗面は部屋に備え付けられておりますので、共同の場所を使う必要はありませんけど、大浴場はどなたでも使用していただけますわ。 そうね……中級程度の宿泊施設程度と思っていただければちょうど良いですわ」
「いや、これ十分な部屋ですよ! 冒険者活動しているとこんな良い宿に泊まれない事の方が多いものです」
どうやらヘルムルトは助っ人に入ったパーティーと数日共に行動することもあるらしい。依頼を受けているってことは野外活動や遠方地に行く事も珍しくは無いのよね。
「お食事は部屋でなさいます? 生憎と食堂は、学園とは比べ物にならないほど席取り合戦で慌ただしく騒がしくもあって、ゆっくり出来ないと思いますわ」
「ご令嬢方は何処で食事を取っていらしているのですか?」
ジル様が聞いて来た。まぁ気になる、のかな?でもここは領主の部屋すらないから、本来なら客間か食堂で食べるのよねぇ……。
「わたくしと兄は、わたくしの部屋で一緒に済ませておりますわ。 この城塞には城主の部屋すら有りませんの」
「なるほど?ではわたし達は部屋で摂らせて頂くとしようか」
ジル様がヘルムルトの方を見て言ったら、ヘルムルトも同意していた。
「それから、洗濯や部屋の掃除は先ほど部屋の鍵を渡したカウンターに居る者に申しつけていただければ対応しますわ。他にもお気付きの点が有ればあれば何なりとお申し付けになってくださいな」
そして私は二人に鍵を渡し、その場を立ち去った。
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side.Boys
「うちの妹出来過ぎでしょ?」
「ああ。 普段は深窓のご令嬢でもあるが、このような場所でも変わる事無く令嬢然としている」
「やっぱり育ちからして違うって感じ?」
ジルアーティーとヘルムルトはご令嬢のあまりにも完璧な取り仕切り振りに驚いていた。まさか隣国との防衛施設”城塞”まで取り仕切る事が出来るとは、普通のご令嬢ではああは行かないだろう。
「ははっ、妹が城塞に来たのは学園に通い出してからの事だ。 もっと魔法を習いたいからって事らしい。 学園では習えないからなぁ」
この時、二人はリンデーンがあっさりと言った言葉の大事なキーワード聞き流してしまった。
「で、食事は各部屋? それともどっちかの部屋で食べる?」
「お前らとは別なの?」
ヘルムルトは聞いた。同じ建物内に居て別の部屋で食べる意味が分からないと言った風だ、すっかり学園慣れしている。
「うーん。 俺らの部屋って最上階なんだよねぇ、面倒だから食事くらい別にしても良いだろう?」
「最上階って、ここ7階建だろう?鍛錬で疲れ切った後も階段上がるのか、ご苦労な事だな」
ジルアーティーは感心したように言ったが、そう言えばこいつは飛べたなと思い直した。
「さて、俺たちはフィーが半べそかいてる内にちゃちゃっと鍛錬しますか!」
「あっちはそんなに酷い状況なのか?」
ヘルムルトが明らかな同情を浮かべて聞く。
「ああ、あのフィーが泣き言を言いにだけ通信魔術道具を使うなんて相当のことだ。 ほぼ聖女様の遅々として進まない特訓を見ているだけで終わっちまうらしい」
その場にいる三人共、フィンネルの置かれている状況を思い、遠い目をした後、鍛錬場に向かった。




