87. 悪役令嬢、夏のアイスクリームは最高!
マリナと言う存在は私の影武者っと言う事になっている。だから私がマリナの話をするのは好ましくない。そう判断した。そしてもふもふで口元を隠しつつ曖昧に微笑む。
それにしても、ジル様ったら急にマリナの名前を出して来るなんて。通常、”本物”が居る場合には、影武者は別の姿を擬態するものだ。変装して侍女達の中に、若しくは女性騎士が採用される領であればその中に紛れる等が一般的。ルナヴァイン領の護衛騎士には女性の採用枠は無い。決して女性の護衛が居ないと言うわけでは無く、騎士では無いと言うだけね。
ジル様は既に私を疑っている、そう感じる。加護の幸運宝箱に興味を持って見始めたのがきっかけだと思うけど、今日は私の髪の長さや爪先など細かい部分、そう、マリナでも見えてしまう部分を見られている。当初はヘルムルトの方が脳筋ならではの野生の勘で、勘付きやすいかと思っていたのだけど、実際はジル様との遭遇率と距離感が思いの外高かった所為で、マリナの行動を読まれてしまう程になってしまっているのよねぇ。ジル様の魔法研究家としての観察眼を正直甘く見てたってのもある。まりなの時には聖属性、闇属性の魔法は使わないようにしていたのだけど、それだけでは足りなかった?
私はマリナの時とは違って、たとえ転倒しても叫び声など上げないし、表情も豊かではない。淑女たるもの感情のままに振る舞う事は、はしたない事だと教え込まれて来たので自然とそうなってしまう。ゲームシナリオのマリノリアが断罪シーンに於いても人形のようだったのは幼い頃からのお妃教育の賜物だ。”私”を人形にまで仕立て上げたのに、可愛くないと放置し、挙げ句の果てにあっさり捨てる殿下に好意など持つハズも無い。
少しばかり、自由に振る舞えるマリナを楽しみ過ぎてしまったのかもしれない。バレたとしたらマリナの時だろう。バレたとして、ジル様はどうするつもりなのか、それが分からない。警戒するに越した事は無いけど、何だかネガティブ思考の自分が哀しくなるわ。でもまぁ、冒険者活動はしばらく休んで問題無い。ルゥナ工房は在庫で細々と営業出来るもの。
私は時折微笑み、話に耳を傾けるように振舞いながら、そんなことを考えていた。
ふと、話が弾む内に5人共ワインの進みが早いようなのに気がついた。まぁ、一昨年とは違い、今年成人を迎えるから油断しているのだろう。我が領のワインは酒精が比較的低く飲みやすい口当たりで、それが故飲み過ぎてしまう傾向にある。私は酔い覚ましにとっておきのスウィーツを侍女に申しつけた。
「どうぞ」
給仕が各々の前に冷えたガラス容器に入ったスウィーツを配る。私は全員の前に出されたタイミングで紹介する。
「このスウィーツはわたくしもお気に入りで、夏の楽しみでもありますの。 少し甘いけれど、溶けない内にどうぞお召し上がりになって?」
やはりエリンの食いつきが早い。うーん、食いしん坊という設定は無かったハズなんだけど、食べ物にも魅了の力が備わっているものなのね……。一度でいいからエリンビジョンでうちの食卓を見て見たいわ。お兄様方にはもう慣れたスウィーツだ。バニラアイスにほんの少しレモンピールを加えた夏仕様。シャーベットも良いけど、酒精を冷ますのには乳製品の方が合う。本当は飲む前の方が効果的なのだけど。
「柔らかくて美味しい!氷菓子とは全く違うな。 お代わりしても良い?」
まぁ!夏だから良いけど、食べ過ぎはお腹を冷やしてしまうわよ?他のジル様、ヘルムルトにも好評だった。でも、いくら酔いが若干冷めたからって、また飲み始めるのはどうなの?せっかく酔い覚まししたのに台無しだわ!
アイスクリームのお代わりを出し、食べ終わった頃に私は部屋に下がらせてもらった。
淑女があまり遅くまで殿方達との会合?に居座るのは慎みが無いと思われてしまうものね。
ちなみに、この世界で言う氷菓子とはかき氷の事では無く、一口大にカットした果実を氷魔法や魔術道具などで凍らせたものの事。これはこれで美味しいし、贅沢品の一つなのよ。
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side.Boys
「この領の食は独特だな」
ヘルムルトがアイスクリームを食べながら言った。お代わり組だ。それにリンデーンが応じた。
「まぁ、うちは小さな領だからね。 地産地消を主にして輸送の手間を省くことで、少しでも安く贅沢品を領民達も楽しめるように考えているんだ」
「へー、贅沢は貴族のステイタスって考える所の方が多いのに珍しいな」
エリンが感心しながら言った。
「いや、ささやかなものだけだよ。 そう全てを安くは出来ていない、他領との兼ね合いだってあるだろう?」
マカロンにアイスクリームを乗せながらフィンネルが言った。そこにほんの少し恨みがましくジルアーティーが言葉を重ねる。
「ふーん。 それでも新ダンジョンには呼んでくれなかったんだ?」
「だってさー、母上様がノリノリなんだよ?あの夫婦のデートを邪魔したらどうなるか分かる?」
「「……」」
「えっ!どうなるの??」
リンデーンの言葉の意味が分からなかったのは以前、姫将軍の鬼鍛錬を経験していない不幸?なヘルムルトだけだった。
いや、だから、うちにはマリアっていう美食家が居るだけなんだって。何しろ、『食べたいものは自領で作っちゃおう』だもんなぁ……と、微妙に遠い目をしていたフィンネルには誰も気が付かなかった。
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うちの領は決して夏のバカンス向きではない。皇都と気温自体はそれほど変わらない、標高差によってほんの少し涼しい風が吹くだけだ。
「うーん。 攻略対象者達が3人、もう3日もうちに滞在して居るってどうなんだろう? お兄様2人も攻略対象者だけど、それとは全く事情が違うと思うのよねぇ。 これはヒロインを連れた大神官が凸撃訪問でもしかねない状況フラグ立ってると思うんだけど、どうよ。 怖いなぁ!そうしたら私逃げるよ? 森の別邸でも良いけど、いっそ城塞でも良いわ」
城塞のある場所は我が領と緯度こそ変わらないけど、隣国アルト王国の砂漠化の所為で夏は暑いのだ!ルナヴァイン公爵家私設護衛騎士団にとって、夏は出来れば行きたくない勤務地が城塞なのだ。それでもヒロインと遭遇するくらいならマシだ!
昨日はエリンがルゥナ工房を見たがったので、閉店後の店に連れて行き、作業場も見せた。
店内のインテリアにと、ジル様が確実に見覚えあるであろう学園ダンジョンの大きなクラスター状のフロア核を飾っていたのは失敗だった。頂き物だと誤魔化したけど、もう内心では超必死!
もちろん素材庫は立ち入り禁止!金庫や宝物庫と同じだものね。
でも我が領内でわずかに生産されている上質の絹は披露した。お母様も交えて生産者会議をし、大幅な品質向上を実現した特級品だ。これには皆んな驚いていた。絹は見慣れているからこそ余計に違いが分かるの。
でもまぁ、店自体は小さく、令嬢のささやかなお楽しみだ、っと言うことで押し通した。
売り上げは決してお楽しみの範囲で無い事までは言わぬが花だ。まさか家出資金集めが最初の目的とも言えない、だって、もう家出する気無いもの。
「さて、お出かけの準備でもしようかなぁ……明日の早朝に馬車で出かけた事にして屋根裏に飛ぶかな?」
私は私専属侍女のケイナに家族への伝言をお願いして実行に移した。悪い予感っていうのは当たるものなのよ!
果たして予感は的中した。私が城塞に高飛びした昼頃に、聖女を連れた大神官と殿下が抜き打ちで来たのだ。以前の手紙で知らせたとの俺様発言で押し通されたらしい。お母様がお断りの返事を出していたにもかかわらず握りつぶされた格好だ。やっぱり俺様なんて嫌いだ!
まぁ来ちゃったものを追い返す訳にも行かないよね~皇太子と大神官は皇族だもの。
私の所にはお兄様方が通信用の魔術道具で、その悲痛な心情を交えて知らせてくれた。




