86. 悪役令嬢、攻略対象者集合に困惑ですわ*殿下以外
読んでくださって、誠にありがとうございます。
今回裏を出し過ぎてしまったかもしれませんが、この先どうなることやらって事で、実はほとんど決まっていません。プロット?が未だに穴だらけです。
聞く所によると、彼ら、ジル様、エリン、ヘルムルトの三人は、夕方過ぎ十九時頃にやっと領都ルーラ入りしたらしい。それで、まぁ、見慣れない集合住宅街で迷い、やっと二十一時過ぎに、ここの城に着いたとのこと。うん、邸と言いつつも公爵家の本邸なんて何処も城なのよね。
「いやぁ、あんなに高く横長い建物が乱雑に並ぶ街並みなんて初めて歩いた。 公園もやたら有るし、まるで迷路のようだった」
エリンが言った。それほど広くもない我が領都で二時間も迷うだなんてある意味才能だわ。
彼らの目の前には既に食事、ハイティー仕様では無いしっかりした料理が大皿で並べられている。
私は、それにしてもエリンは美味しそうによく食べるなぁと思いながら、先ほど給仕によって持ち込まれたマカロンタワーの天辺に指を伸ばす。
「この領都内には鉱夫や職人達が家族と共に暮らしているので人口過密地になっておりますの。 皆様が迷われたのは恐らく帝国一の人口過密地帯ですわ」
この三人が道に迷って焦る姿を思い浮かべて、思わず笑みを浮かべてしまい、口元を癒しのもふもふ付き扇子で隠した。うっかり歯を見せて笑うなどあってはならない。扇子は淑女の必需品なのだ。
私は所謂お誕生日席に座っている。すぐ右隣には他の応接セットから持って来た一人掛けソファーを、直角に配置された三人掛けソファーとの間にねじ込む様に置いてリンデーン兄様が座っている。その隣にはエリン、フィンネル兄様、その前の三人掛けソファーにはジル様、ヘルムルトが座っている、私の目の前の一人掛けソファーには誰も座っていない。
リンデーン兄様が私とエリンの間に無理に入っているような配置になっていて、リンデーン兄様の反対側の私の左隣がジル様なのである。これで緊張しない訳が無い。
距離的に言うなら、一昨年の急性酒精中毒寸前の後のテラステーブルで隣になった時の方が近いのだけど、今は何と言ってもすっぴん!ジル様、エリン、何故引き留めるような事を言った!?
私は手にしたマカロンを口に入れ、その口どけと優しい甘さを堪能し、紅茶をゆっくりと一口飲む。何やらリンデーン兄様が手を振って散らすような素振りをしているのが視界に映るけど、そのまま紅茶を味わった。この紅茶は眠りが浅くなった私用にノンカフェイン化し、その過程で失った風味をドライフルーツ等をブレンドして誤魔化したような物なのだけど、それがまた美味しくてすっかりお気に入りなの。
「ははっ!リンデーン、しょうがない奴だなぁ。 ご令嬢が見惚れられるのなんて珍しくもないだろう?」
可笑しそうに笑いながらヘルムルトが言ったけど、ん?誰が見惚れてたって言うのかしら?今ちょうど見ていなかったから分からないわ。
「まぁ!おかしなことをおっしゃいますのね。 ここにいる皆様こそ、多くのご令嬢方の熱い視線を集めていらっしゃいますでしょう?」
私は内心、『あーもふもふ癒されるぅ~』っなんて考えながら、笑みを浮かべ、当たり障りないように流した。
その後は、多分その前もだったと思うけど、新ダンジョン攻略からタワーダンジョン破りの様子、タワーダンジョン内の詳細の話が続いた。そう、我が家は実に詳細な報告書類を皇宮に提出しているのだけど、彼らはまだそれを見る事の出来る地位に居ないから知りたくてしょうがないのね。こんな所はまだ十四~十五歳の少年らしい所だと思う。これで成人だなんて信じられない世の中だわ。学園を卒業したってまだ十七歳だもの。
私自身も、幼少期から大人の振る舞いを求められ、完璧な淑女となることを要求され続けた。
教育係はわざわざ皇帝が皇宮から送り込んだその道のエキスパート達だ。とても厳しかった。だからではないけれど五歳からお父様が護身術と剣術を教えてくださるようになるまでの記憶はあまり無い。学んだことはしっかり覚えているのに不思議な事だった。そのうち七歳の頃からはお母様が刺繍を教えてくださるようになった。自分の心を表現出来る刺繍に一時期夢中になって刺しまくったお陰でその腕はプロ並。それが功を奏して工房を開くきっかけになったのだから世の中何が有るか分からないものだと思う。それに、お父様が指南してくださったお陰で殿下もコテンパに出来て、好感度思いっきり下げられたものね♪
その時、私に話が振られたのでマカロンを手元から一旦ティーソーサーの上に置き答える。
「わたくしはダンジョン入り口を、祖父母とカードゲームに興じながらただ見守っておりましたわ。 お昼には野外でバーベキューというものをして楽しみましたの。 空の下で調理したものをそのまま食すなんて新鮮でしたわ」
ほんの少し、いや、かなりの嘘を交えて令嬢らしく微笑ましいエピソードにして話をした。本当はビルディング・ダンジョン内で暴れまくってスカッとしてました♡っなんて言えたものでは無い。
「強力な癒し要員がお二人も見守っていたのでしたら、さぞかし心強かったでしょうね」
エリンが言う。ああ、多分お祖母様のことは周知の事実だけど、私が究極治癒を使った場面も見られていたんだなと思った。
「それが、誰もかすり傷一つ負うこと無く終わりましたもので、わたくしどもは物見遊山していた様なものでしたわ」
あー、やっぱりっと言ったような反応だ。まぁねー、英雄夫婦パーティーに、大神官がわざわざ魔力判定見学しに来た天才双子パーティーだもの、怪我のしようが無いってものよ。世間的にこんな評価なのよね、ルナヴァインってだけでプレッシャーがかかるの。でもそこでジル様が爆弾を落とす。
「マリナは居なかったのか?」
「……」
私はどう答えたものかなぁ~っと思いながら、一旦ティーソーサーに置いたマカロンを口にした。そうしたら助け舟が横から入った。
「マリナは安定のマリナだったよ。 小さなドラゴン見て可愛ーいなんて言って、暢気なモノだった」
リンデーン兄様が笑いながらお腹を押さえている。うーん、それそんなに面白く無いわよ!私は淑女の笑みを浮かべながら口元に、もふもふを当てて癒しを補給していた。
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side.Elin
しつこい様だが殿下は贅沢者だ。こんな立派な淑女でこの世の美を集めたような綺麗な婚約者が居るってのに聖女様に心を傾けてしまうなんて。俺は知って居る。殿下は夏休みに入る前、聖女様に愛を告白していた。目の前でこの優雅に微笑む佳人はそれを知ったらどうなってしまうのだろうか?
俺も婚約を早まってしまったものだ、こんな事なら群がるご令嬢達の鬱陶しさにもう少し耐えていれば良かった。もう俺はこの綺麗な微笑みを守ることが許されない立場になってしまった。今の婚約者は正直自分に合わないが、それでも今更破棄出来るものでは無いのだ、家同士の契約ってものがある。非常に残念だ。
今日なんてどうだ。先日、と言ってももう3ヶ月半も前のことだが、あの時の夜会仕様のドレス姿も妖精のように美しかったが、今など化粧のひとつもしてないが、真っ白い絹の衣装を纏ったご令嬢は女神のようだ。『月の女神の化身』と言うのも、あながち大げさなものでは無いな、と思う。
ああ、リンデーンに気づかれた!ジルとの間じゃ無く、わざわざ俺との間に椅子を無理やりねじ込んでまで座っているのは俺を牽制しているに違いない!
ジルだって怪しいものだぞ?まぁ……ジルのやつにはまだ婚約者が居ないがな。やはりこの差か?
殿下と聖女様のことはこの双子もとっくに知っているんだろうに、妹にはまだ伝えていないのだろうか?伝えようが無いよなぁ。
一見、殿下とは不仲であるように見えるが、実際に婚約破棄となると好き嫌いの問題では無く傷付くだろう。
あーあ、俺はどうしたら良いんだろう?
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side.Jillartie
不思議だ、俺はマリナが気になって、いや好きなのに、ルナヴァイン嬢も気になっている。
いや、逆だ。令嬢は知らないだろう、俺が令嬢と知り合った時にはもう彼女は殿下の婚約者だった。涙を浮かべてさえ大人びて見えた彼女は、俺と同じか年上に見えた、あの頃の彼女は殿下の婚約者として相応しい完璧な淑女となる為に懸命だったから、きっと俺の事など心の片隅にも残って居ないだろう。俺は諦めるしか無かった。
春の妖精も目の毒だったが、今日のは更に破壊力が増している。扇子を手に持ってはいるが、彼女の雰囲気は余所行きのそれでは無い。ゆったりとした、身体の線が見えないドレスーーー部屋着らしいがーーーを纏っていてさえ、ほっそりした首から鎖骨や華奢な肩へのライン、細く優美な手首や指先の美しい所作が余計に目に入る。
それにしてもエリンの令嬢に纏わり付く様な視線がウザいな、お前には婚約者が居るだろうが。ほら、リンデーンに気が付かれやがった、俺まで巻き添え食らったじゃないか。令嬢が疎くて助けられたが。現状では当然のことだが、俺って全く意識されてないよな?
混乱した時期もあった。二人の女性が同時に気になるなんて良くない。だが影武者だから似ていると言うが、似ているどころではないだろう。同じなんじゃないのか?そう思い始めたらそうとしか見えなくなった。
確かによく演じ分けている。だがマリナは基本的に庶民に見えるのだが、所作が洗練されている、それに言葉少なだが乱れた言葉は使わない。それに一々可愛い。
ルナヴァイン嬢は完璧な淑女を演じている。だから本当の彼女を垣間見ることは稀だ。本当に笑うと可愛い。
類似点を探すよりも違うところを探す方が難しい事に本人は気が付いていないのだろうか。
それにしても、フィーが近すぎると思ってたが、ランディもかなり酷いな。フィーがマリナ担当、ランディが令嬢担当といった感じか。ガードが固い。
ああ、思い出してしまったじゃないか!仕方が無かったのは分かっているし、兄妹でしか無いのも分かっているが、昨年の建国記念パーティーで床に倒れた彼女のドレスを弄り聖水の瓶を取り出した後の口移しの場面。あれは最悪だったな。なまじ兄妹の両親である夫妻と逆になったような容姿であるが故に、余計に最悪な気分にさせられた。胸を焼き尽くされる思いとはああいうことを言うのかと思った。
それにしても、殿下との婚約破棄はどうなることやら。あの聖女様は一体何を考えているんだ、殿下の気を引きながらいざとなったら答えを先延ばしにして、焦らしているのか?よく分からないな。
どのみち令嬢は傷つくだろう。どう言う訳か令嬢の心が殿下に無いのは既に分かっている。俺の願望では無く、最早周知の事実だ。
彼女の社交界デビューは成人を迎える年に、殿下をパートナーに行われるはずだった。その流れで一気に婚姻までと、皇帝が描いた道筋のはずだったのだ。
だがそれは他でも無いルナヴァイン公爵家の采配により崩された。帝立学園入学の為に、令嬢が領地から帝都に出て来て直ぐの建国記念パーティーで、兄のリンデーンをパートナーに据え社交界デビューを強行した。
その時の殿下ときたら、すっかり不貞腐れていたな。普段から文句を言いつつも、やはり初恋ってものは儘ならないものだったのだろう。それくらいならもっと彼女の気を引く努力をしていれば良かったものを。
だが殿下の心は今や完全に聖女様に向いている。これをチャンスと言わずにおけるものか。だが、婚約破棄をするのは良いが、出来るだけ令嬢が傷つく事の無いように願いたいものだ。殿下がどういった手段を取るものかは分からないが、この婚約を破棄するのは容易では無いのだから。
それに、ルナヴァイン家は公爵家の中でも特殊な家だ。ランディとフィーの動向も気になる。彼らは既に殿下の行動を知っているはずなのに、令嬢のこの様子では知らされていないのではないだろうか?俺はどう動けば良い?こういったことは遠ざけていたから全く分からないな。己の制御すら出来ない時があるし、困ったものだ。
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side.Helmult
今日は新ダンジョン踏破とダンジョン破りに、友人だと思っている俺すらも誘って貰えなかった事に抗議する体でルナヴァイン本邸にまでやって来ていた。同じ公爵家だ、邸の規模はそう変わらなくとも、それぞれの個性って出るものなんだなぁと城を見上げた。内装も華美では無く落ち着いたものだが上品で洗練されている。武を好む家同士、美意識に共通点が見受けられるというだけのことだが、なんとなく嬉しさを感じる。まぁ俺はルナヴァイン現当主である将軍を尊敬しているし、憧れの存在だからな。
それにしてもこの居た堪れなさはどうよ?ジルだけでなくエリン、お前までかよ……。
まぁ、俺はダンジョンの話と目の前の美味しい料理に集中しておこう。それが賢明だと思った。
それにしても、エリンが言っていた通り、ここの料理は本当に美味いな。
初恋って叶わないものなんですよね。




