76. 悪役令嬢、お兄様方と違って何故か平穏な学園生活ですわ
「明日から学園かぁー、憂鬱だなぁ。もっと男女別の授業があれば良いのに。 て、そうか!午後の専攻授業に弓と剣術、馬術を入れまくる!これだ!」
ディナー後のティータイムに月曜前の憂鬱がやって来たらしいリンデーン兄様が呟きだした、と思ったら急に叫ぶ。休暇が楽しければ楽しいほどその憂鬱さが増すのよねーわかるわぁ。っと言っても、こっちは平和そのものなんだけど。
「まぁ、明日から早速、送り迎えをなさるのかしら」
「二週間休んだ分結局やらされるんだよ。休み前に言われた。 でも僕らには癒しが必要だったのだから、次の癒しまでの苦労だと思って耐えるしか無いなぁ! ランディ、送り迎えの負担はどうやっても変わらないの知ってた?」
うわぁ、フィンネル兄様はもう粘着モードの嫌な方に入っている、これかなり好感度下がっているわよ。まだ序盤なのにやるわねヒロイン!
「マリアの送り迎えの時間はちゃんと確保するから、そこは安心して?」
「リンデーン兄様、放課後は混み合っていませんし、馬車止まりまで行けば良いだけですもの。お兄様方にそこまで負担をかけるわけにはいかないわ」
「ああっ!聖女にもその奥ゆかしさ慎ましさの欠片でもあれば、まだ我慢出来たのになぁ! もう何処も彼処も苦痛だらけだ! でも確かに専攻授業を魔法から馬術や弓に変えれば恒例の質問タイムに付き合わされることが無くなるな。ナイスだランディ!」
フィンネル兄様は両手で頭を抱えたと思ったら、急に復活した。うーん、やっぱりフィンネル兄様の方が重症ね。その内蕁麻疹でも出てくるんじゃないかしら?
「「魔法は家で自習にすれば良いな。マリア教授よろしく」」
ん、今何か言いました?
「わたくしもまだまだ未熟者なのだけど、そこは良いのかしら。 戦闘特化で良いなら城塞の騎士達の中に魔導師団も居るから、そこで教えてもらうのがかなり勉強になりますわ」
「ああ、あそこかぁ……もうちょっと座標移動の精度上げないと厳しいんだよな。遠いのがネックだ」
むむむ、リンデーン兄様ったら楽しようとしていませんか?でも同情も出来てしまうのよねぇ……。しょうがない。
「わたくしが代わりに教えてもらって来ますわ。 そう言えば城塞は城壁ごと覆う強力なドーム型結界が張ってあって直接中には入れませんの。 わたくしは入れる様にしてありますからお兄様方の分も頑張りますわ……」
「「ああっ、マリアはなんて優しいんだ」」
ちょっ!持ち上げても何も出ませんわよ。お兄様方、髪が乱れますから頭を撫でるのはおよしになって!
ここまでお兄様方の好感度を削り取るって中々よ?攻略対象者の中ではそんなに難しい方では無いはずなの。これでハーレムルートは無さそうね。
まだ剣術の模擬試合までは安心出来ないけど。ああ、その後新要素の収穫祭も出来たんだったわ。一体どんなイベントが起こるのか分からないし怖いわ。
「四年生からの魔法理論や魔法学って、座学は午前中の授業だと思っていましたわ」
「そうだな、それでも苦痛なのは変わらない。 午後逃げられるならもう何でも良いよ」
ああ、なんて投げやりなリンデーン兄様なの。長所の『ドライで根に持たない』が消え去って、がっつり逃げに入っているわ。
「まぁ、うちには魔術師が沢山居ますもの。 フィンネル兄様にしても、聖属性魔法は第一人者のお母様がいらっしゃるのだし、何も無理して学園で学ぶ必要は無いと思いますわ」
「何だか明日からの学園生活に光が差して来た様に思える様になったよ。ありがとう」
いえいえ、リンデーン兄様の成績次第でフィンネル兄様も調整なさるから、是非ともリンデーン兄様にはやる気を起こして頂かなくては、我が家の平穏が脅かされますのよ。それに、午後の授業で剣術、乗馬と弓……良いと思いますわ、主にビジュアル的に。リリーに教えてあげましょう!
次の日、ランチを食べていたら、先週末の模擬パーティーの話になった。
なんと、友人達はリアとディナが男装し、ロサ、リリーの四人でパートナーを交換しあって楽しんだのだとか。ディナが婚約者であるヘルムルト以外の令息にエスコートされるのがイヤで発案したら、みんなで乗り気になってしまったとのこと。うん、それも楽しそうだわ。
他の学年の事はあまり言わなかったけど、まぁ殿下がヒロインをエスコートするのは知っているのよね。決まっているから。後は好感度次第ってところ。でもディナの話によると、当日ヘルムルトとジル様は居なかったみたいなのよね。冒険者仲間同士で居ないって所が何か引っかかけど、緊急事態でもあったのかしら?ちょっとだけホッとしてしまった。ジル様は大変だったかもしれないのにヤな女だわ。
お兄様方は専攻授業の変更を上手く出来たかしら?なんてことも気にしつつ、お土産にうちの領で僅かに採れるダージリン風味のファーストフラッシュ、魔法で時短加工したものではなく、ちゃんと手間暇かけた上級品をプレゼントした。缶の中にはシリカゲルの代わりに、湿気防止の魔法付与を施した小さな魔石が嵌め込まれていて、鮮度保持に良いのよ。
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side.Game scenario
今日から双子が通学して来る。彼らは2週間分護衛を休んだしわ寄せで、当分ヘビロテとなる。だが彼らは朝は妹の護衛がある為、相変わらず一人ずつだ。しわ寄せ分を消化するのにはある程度の期間がかかるだろう。既にシスコンとして周知されてしまっている彼ら双子は、もう開き直っているかのように一人は妹を教室まで送って行く。
幸いなのは校舎は別でも、階が同じだと言う事だろう。低学年は1階が一年生の教室、3階は3年生の教室だが、高学年側の校舎は1階が六年生の教室、3階は四年生の教室となっている。その為、妹を三年生の教室まで送った後、中央校舎を歩き、反対側の校舎に行けば四年生の教室に着く。中央校舎はそれなりに長い距離を歩くが、階段まで無かった事は幸いだと言えよう。
今日、聖女を女子寮まで迎えに行くのはリンデーンだった。他にはジルアーティーとディリスナが付いている。聖女待ちの間に話をしていた。
「二人共3属性だったらしいな。魔導師の塔に速報が入ったぞ」
と、ちょうどその日の放課後に魔導師の塔に行っていたジルアーティーが言った。3属性持ちは大変稀なのだ。
「へーっ、そんなんだったんだ。 こっちは大神官様とお茶会してたよ。やっぱりマリアが口説かれた。まだ属性が増える余地があるってね。もう熱心だったなぁ~。大神官の目的は妹だったんだな。分かってたけどさ」
リンデーンは特に気にした風もなく、淡々と話をする。
「大神官様が……でも分かります!彼のご令嬢はまさに女神の化身ですから!」
最後に興奮して言ったディリスナに流石のシスコン兄と当日奇跡を目の当たりにしているジルアーティーもドン引きした。続いて何を話そうかと思った時、ちょうど聖女が出て来た。
「おはようございますぅジル様、リンデーン様、ディリスナ様。あっ、リンデーン様、成人の儀はどうでしたか?成人おめでとうございます!」
「「「聖女様おはようございます。ご機嫌如何でしょうか」」」
聖女は護衛に付いている一部の相手を勝手に愛称で呼び始めていた。
「私のことは、どうかモクレンとお呼びください」
「いえ、それでは失礼になりますから」
名前で呼んで欲しいと望む聖女に対して、すかさずお断りしたのはリンデーンだった。彼はなるべく距離を置きたかった為、あくまでも『聖女様』呼びを貫くことにしていた。だが今日は他の二人も『聖女様』呼びの護衛メンバーだった。聖女は少し眉を上げ、「何となく遠い気がします」などと呟いたが、三人は聞こえなかった振りをしたようだ。
どうやら今日はエスコートも無くそのまま一緒に歩いて行く。聖女はさらに寂しそうにドレスを揺らしたが、結局そのまま教室に着いた。
午前中の座学は会計だった。聖女は得意分野だったのだが、やはり授業後の質問タイムは彼女にとって外せないイベントの一つであった。そうでもしなければ親しく話す機会が中々無いのである。ランチタイムを毎日一緒に過ごしているのに不思議なことだったが、一緒の席に座っていると言っても、十一人全員同時に同じ話をする訳では無い。数人ずつで話している事がほとんどで、付き合いの一番短い聖女には、殿下と殿下の護衛が気を使って話しかけるように配慮はしていたが、それでもやはり共通の話題が無く、話が弾まないのだ。ゲームシナリオと違って選択肢が出る訳でも無く、状況も違ってしまっている為、困惑を隠せない。
だが周囲の護衛は皆少年だ。あまり細かいところまでは気がついてやる事は出来ない。あるいは気が付いても放って置いている者も居たのだが。
食事が終わった頃、双子達が帰郷の土産を本当に渡して来た。しかも全員に。聖女だけに渡すのも嫌だったので苦肉の策だったが、まず土産を持って来た事自体に皆驚いた。驚いていないのは聖女だけだ。
約束通りに絹で編まれたレースショールで、転倒防止の魔法付与付きだ。恐らくこれは特注品であろう。魔法付与の種類自体がオリジナリティーに溢れている。実はフィンネルの嫌味をそのままアイディアとして取り込んだ魔法付与で、彼の妹が自ら魔法付与した特別品だった。彼の妹は本当に多彩な魔法付与を行うことが出来た。
他の令息達には紅茶だった。他領には下ろしていない希少品で、茶葉の鮮度を保つ魔石が缶の底に嵌め込まれている。嵌め込んだのは誤飲防止のためだ。エリンはその茶葉の香りに覚えがあり、大変喜んだ。それを見てジルアーティーも察したようだった。他の者は香り高く珍しい茶葉に興味を持って帰宅後使用人に淹れさせて飲むか、そのまま持ち帰って家人に渡すかだろう。
聖女はエリンの様子に気が付き、茶葉に興味を持ったので聞いてみた。
「エリン様、その紅茶って珍しいものなんですか?」
エリンは即答した。
「ああ、これはルナヴァインの領地でしか出回らない希少品の茶葉だ。とても香り高くて爽やかな風味がする」
「そうなんですかぁ」
希少品と聞いて興味は持つものの、紅茶自体にそれほど興味がある訳では無い為、また話が続かなかった。攻略の難しさをひしひしと感じ焦っていた。その様子を見て、勘違いした殿下が自分がもらった分を聖女に渡した。
聖女はぱぁっと明るい笑顔を見せ「アル様ありがとうございますぅ」と言って、殿下に擦り寄っていた。本来なら誰かしらが諫めるものだが、身内が殿下の婚約者である双子も何も言わずに放置する為、誰も何も言えない状態で放って置かれていた。ヒロインは殿下の好感度だけは順調に上げ続けていたが、他の攻略対象者の好感度は一向に上がらないままであった。
聖女は何とか話題を探そうとしていて気が付いた。ジルアーティー、リンデーン、フィンネルと、特に冷淡な態度の三人の耳にだけ付いているアクセサリーの存在に。




