72. 悪役令嬢、思いの外平和ですわ
斯くして、お兄様方の説得は功を奏して週末も合わせて二週間程の日程での帰郷となった。
お兄様方は非常に嬉しそう。領地に帰るのにこんなに喜びに溢れていた事が未だかつて有ったかしら?覚えている限り無いわね。
これは、今後も何かしらの理由を付けてヒロインの世話を他の攻略対象者達と殿下の護衛四人に押し付けるつもりね。これは……自分の時間を削られることを嫌がるエリンと、週末の冒険者活動が削られる可能性があるヘルムルト、魔導師の塔通いの時間と魔法研究、冒険者活動の時間が脅かされるジル様もどう感じるかしら?
まぁ、最初は嫌がっていても、ヒロインに構って行く内に慣れてしまうのよね。そして好意を持ち始めたら嫌がる気持ちも薄れて行くの。
あーあ、なんだろう?結局のところ、ヒロインは殿下狙いは確定っぽいから友情エンドは無いとして、ハーレムルートか殿下ルートのハーレムエンドを狙っている可能性が高くなって来たわね。殿下一筋ならば、事あるごとに殿下に頼れば、庇護欲をそそられて好感度が上がって行くのよ。殿下ちょろいわ。そうよ、殿下が一番分かりやすくてちょろいの。だから殿下一筋に行けばハッピーエンドも容易い。
他はそれぞれに違ったアプローチが必要でハーレムルートやエンドに持ち込むのは難しいのよ。そう簡単にイケメン複数を独占させてはくれないのよね。
次の日、ランチタイムを何時もの屋上庭園で楽しんでいる間に、聖女の話題が出て来た。ディナにヘルムルトが話したらしい。あら、中々誠実な対応なんじゃないかしら?ディナもそんな理由ならしょうがないって、一応は納得したみたい。そして同じ立場である私にもその話が振られた。うん、立場は同じだけど気持ちが違うのよね。
「わたくしも、国益と聖女様をお守りする為ならば協力は惜しみませんわ。 と言っても、直接殿下と聖女様がご一緒している所を見ることもありませんけどね、ふふっ」
「それもそうね。 校舎は反対側、女子寮も向こうの校舎に近くてこちら側との接点はありませんのね」
「ええ、だから特段気にすることも無いと思いますの」
ヘルムルト、ちょっと見直したわ。ただのチャラ男じゃなかった!
リリーがずっと気になっていたらしく食い気味に聞いて来る。
「り、マリーのお兄様方は受け入れていらっしゃるのかしら?」
あらやっぱり、リリーはリンデーン兄様狙いなのね。大丈夫よ、あの様子ではヒロインはNG物件のようだから。
「学園内の付き添いは不承不承と言ったところね。 でも学園の外は別だとおっしゃっていたわ。 早速外出時の護衛に付いたらしいのだけど、ご自分達の時間を取られる事に不満を持っていらしたわ。 流石に学園の外は専用の護衛のみを付けるべきだと。 高学年から魔法授業も入って忙しくなりますものね」
明らかにホッとした様子のリリーが可愛らしいわ。ヒロイン問題が落ち着いたら、良い感じになってくれると私も嬉しいのだけど。
「そうそう。 わたくし、お兄様方の成人の儀の為に、しばらく領地に帰りますの。 五日から二週間ほど学園をお休みしますわ」
「まぁ、随分とゆっくりとした日程になさったのね」
ロサが驚きながら言う。まぁ驚くよね、高学年は授業が忙しくなると言った側から長期休暇と来たものだ。私は肩をすくめて。
「領民も期待をしているし、それに大司教様だけで無く、大神官様もお見えになる事になりましたのよ。 だからと言ってわたくしどもが用意する事など何も無いのですけど」
「まぁ! 滅多なことでは皇宮の敷地内を出ないと言われる大神官様が? それは大事ですわね」
ロサは益々驚いた様子。流石ルナヴァイン家ですわ……なんて呟いている。ええ、うちは狙われているのよ。なんてったって前聖女様がひいお爺様のその又ひいお祖母様で、お母様は聖属性魔法の第一人者。なんと!お母様は大神官よりも魔力とスキルが上らしい。お母様も究極治癒を使う事が出来るけど、大神官では出来ないらしいのね。七年戦争の最終局面での死傷者が我が帝国軍で著しく少なかったのは姫将軍の隠れた功績なのだ。それで今だにお母様を崇めている騎士達が多いと言う。まぁ、闇属性と畑違いなのに私を凝視していた理由が分かったわ。究極治癒は対象が死んでさえいなければ、どんな治癒も出来るまさに究極の回復・治癒魔法なのよ。千切れかけていたくらいならまだ序の口、仮に千切れて欠損していても治るのよ。トカゲの尻尾よろしく生えて来るらしいの、想像すると不気味ね。その分使用者のMPはごっそり持って行かれるのだけどね。
「きっと領地ではお祭りになるから、何か見つけたらお土産を持って帰るわね」
私は目を細め笑みを浮かべて話を締めくくった。
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side.Game scenario
今日の午後の授業は魔法理論だ。これは男女共同の授業で、四年生からのカリキュラムである。
食堂には皇太子殿下、その隣には帝国の至宝である聖女、聖女の隣には殿下の側近兼護衛のベルロ侯爵令息、その隣にはリード辺境伯令息。彼らは三年生であるが、特別の配慮で四年生の席に着く事を許可されている。殿下の右隣には乳姉妹のパトリック、侍従のジーンが並ぶ、この二人も殿下の側近兼護衛だ。その前の席には双子、ヘルムルト、エリン、ジルアーティーが席に付いている。聖女の正面はヘルムルトだ。最近、昼は完全にこの席順になっている。
双子は日替わりで場所を交代する、ともすればランチボックスを抱えてどこかへ逃げようとするのだ。『毎日である必要があるのか』と言う意見も尤もであるが、他の者にしたって送り迎えの予定組み以上に仕事を増やされては堪らない。それで聖女から一番遠い席次に落ち着かせている。ジルアーティーの理由もそんなもので、今までに無い事に、昼に魔導師の塔に用があると言い出すのだ。皇太子とその側近達はこの三人と、勉強時間が減ったと文句を言うエリンを宥め賺すのに苦労している。
相手が聖女様といえども普通の女の子だ。当然相性、好意的な相手か苦手な相手かは別れるところだろう。
皇太子は、それにしても別れ過ぎだと思っていた。聖女は確かに、貴族令嬢としてはまだ未熟な部分がある。だが普通の女の子で、特段悪い所が有る訳でも無い。先日の外に出たいと言う申し入れにしたって、どちらかと言えばこちら、皇宮側の配慮不足によるものだった。確かに学園に通う以外は女子寮内に軟禁状態になるのでは、ストレスも溜まるだろう。
だが、皇帝は別の考えだったのだ。聖女以外の巫女や神官でも本来神殿から出る事は無い為、学園の敷地内を散策出来るだけでも十分だと思っていたらしい。登下校時にこそ護衛をさせているが実際の所、敷地も広いし結界も警備もしっかりして居る。学園内には庭園だけでも数カ所あるのだ。聖女が一人で庭園の散策をするくらいなら、付けさせた世話係でも伴えば良いだけの事だと思っていた。
だから学園の外に出たいなど、想定外も良い所で、結局皇族が公務で外に出る時と同じ対応で皇宮警護の護衛騎士団を貸し出せばそれで十分だろうと提案した。だが聖女様がそれではご不満だと言った。登下校で護衛に付いて居る顔見知りが居ないと、気まずいし心細いと言いだしたのだ。皇子以下公爵令息を含む上級貴族達を早くもお友達扱いには驚かされたが、その程度のことで聖女様にご機嫌を損ねられては堪らない。それで結局、登下校時の護衛と同じく二、三人を外出時も付けるということで決着させたのだった。
双子達他にははた迷惑な話で有る。彼らは決して暇な訳では無い、むしろ忙しい部類に入る。上位貴族には義務が伴うのだ、ただ学園に通うだけの日々を送っている訳では無い。それは現状で聖女に対して好意的な皇太子や護衛達にしても同じことだ、皇太子はむしろ一番忙しい。
さて、この日は半ば恒例となりつつある、双子からの爆弾が落とされた。っと言っても今回のは一部の者以外に取ってはプチ爆弾程度のものかもしれない。
「皆に伝えておかなければならない事がある」
そう、リンデーンが改まって言い始めた。隣のフィンネルも頷く動作で同意を示す。食事のテーブルに着いた面々はリンデーンに注目するか、耳を傾けた。
「俺らはこんな中途半端な時期ではあるが、そろそろ成人の儀を迎える。 それで、五日から二週間ほど領地に帰る事になった。 しばらく学園を休学するからよろしく。 ああ、別にノートは取らなくても良いよ、特に頼みも無い。 帰りはお土産でも持って来ようか?」
どうにも説明不足の兄リンデーンに続きフィンネルが説明を補足した。
「何しろ、大司教様だけではなく、大神官様までおいでになる事になってね。 領都の教会周辺は歓迎の祭りの準備が領民達の手で用意されるらしいんだ。 正直プレッシャーで憂鬱でもあるんだが、なるべく期待に沿わなくてはね。 魔法判定の結果はどうにも出来ないが、領主の子息らしく花道を飾って来るよ」
双子達はしょうがない風を装いながらも、内心は全く違っている。二週間という日程は彼らの両親に限界まで交渉して得られた成果だ、嬉しく無い訳が無かった。
「ええっ!成人の儀ってそんなに重たいものだったっけ?一日、いや半日で済むもんだろ?そうだよな?俺の認識間違ってる?」
焦ったヘルムルトはすっかりルーンモードになってしまって、貴公子らしい落ち着きを失っている。
そこを、実はヘルムルト同様に内心穏やかでは無いエリンが取り成そうとする。
「ルナヴァインは特別なんだろう。 俺は直接赴いた事は無いが、領主一家の領民からの愛され振りは聞き及んでいる。 寄せられる信頼も相当な物らしいな」
「へーっ、まぁ俺も聞いてはいるが、成人の儀ごときで領都中でお祭り騒ぎ? 大神官が出席するのなんて今初めて聞いたぞ? 父も了解済みなんだろうな?」
皇太子は自分に話が入っていなかった事に多少の不満顔をしつつ確認した。だが大神官が動く理由には心当たりがあるだろう。
「まぁ、うちの母上が聖属性魔法の第一人者であることは未だに揺るがない事実だから、俺達にも期待が掛かっているって訳でしょうね。 それに、妹にも何とか近付きたくてしょうがない様子だったし? こっちは良い迷惑だよ、どうやら大神官様との面会の日程まで組まされそうだからな」
フィンネルはそう言うが、そもそもこの双子は自己評価が低い、そうジルアーティーは思っていた。自然と目線が胡乱げになったのは仕方がなかろう。
「流石に戦略家は違うな」
つい、嫌味が口をついて出てしまったほどには。特にフィンネルには個人的にも思う所があるジルアーティーはそれも出てしまったようだ。
そこで、明るい可愛らしい声が響いた。彼女の声はそう大きな声を出している訳では無いのだろうが、何故か響くのだ。
「リンデーン様とフィンネル様には二週間もお会い出来ないんですね、寂しいですぅ」
眦を下げて、両手を胸の前で軽く握り大きな目で真っ直ぐに見つめる少女は大変可愛らしく、庇護欲をそそられるものだ。現に殿下の護衛の内三人は頬を染めて好意を向けている。が、双子には通用しなかった。
彼らの公式データでは『ツンデレ』となっている。常にすり寄って来る女子にはうんざりするだけで、好意的にはなれないのだ。興味を覚えることさえない。せめて、最低限でも淑女らしい慎ましさを必要とする。今のマリノリアがちょうど良い見本だ。母も社交界の花で、妹も完璧令嬢、美しい人間を家族でこれでもかと見慣れている彼らには、聖女程度の容姿ではその辺に転がる石ころと差異は無かった。つまり、好感を持つ部分が欠片も無い。
それに彼らの家は使用人の末端である下働きにまでしっかりとした教育が施されていて、たとえ容姿が普通であってもその所作で美しく見えてしまうマジックがかかっているのだ。それに比べても聖女様の淑女教育はお粗末としか言い様が無かった。
「「いやぁ、たったの二週間だ、あっという間だよ」」
「聖女様へのお土産は、我が領地で最近人気のファブリックが良いかな? それよりもショールとかの方がいい? 聖女様はよくつまづくから、転んで怪我でもしない様に風魔法のクッションでも魔法付与した物が良さそうだね」
親切ぶってディスっているのはもちろんフィンネルだ。公式設定でも『暢気に装っているが実は粘着質』という事になっている。護衛ごときの任務で一々エスコートさせられるのにはとっくにうんざりしているのだ。
こうして、双子にとっては有意義な報告会でランチタイムを終了した。
そして、午後の魔法理論の授業が始まった。席次は昼食時とそう変わらない。皇太子殿下の左隣に聖女、その隣には殿下の護衛でもあるジーン、殿下の右隣にはパトリック。その後ろの席には聖女の後ろにヘルムルトが来るように、昼食時とそっくり同じ並びになっていた。
魔法理論などジルアーティーには今更なので他の専攻授業でも受けたい所だったが、学園で学べる魔法など既に魔導師の塔に出入りしている彼には高が知れているので、大人しく読書の時間に充てていた。
考えているのは『次はどの辺りのダンジョンに行こうか』といったところだ。助っ人で入ったパーティーメンバーに媚薬に類する毒を盛られた事はまだ記憶に新しく、しばらくパーティー活動は避けたいと思っていた。読んでいる書物もダンジョン関係の書物だ。彼は最近冒険者ランクAに上がった為、ソロでも入ることの出来るダンジョンが増えたのだ。ヘルムルトも誘えばもっと選択肢が増える。
聖女でありヒロインでもあるデボワール嬢を前にしても、心の中に思い浮かぶのは別の少女だ。出来るだけ早く会ってフィンネル経由で受け取ったイヤーカフのお礼が言いたい。このイヤーカフはダンジョン深部のドロップアイテムに匹敵する程のレアアイテムだ。マリナの手作りだと聞いたが、それが余計に嬉しかった。自分のことを考えながらこれを作ってくれたのだろうかと思うだけで頬が緩みそうだった。デザインがまた良かった、普段使いにも良い主張しないデザインでよく馴染む。もう授業など耳の片方からもう片方へ流れて行っている。書物と教科書で顔が隠れていた事は幸いだっただろう。
ヘルムルトにとっても、あまり有意義な授業とは言えなかった。彼はまだ魔法判定こそ受けて居なかったが、武家の名門で冒険者活動しておりランクもBと高い。剣士として登録しているが、2属性持ち、攻撃向きの火属性と風属性で相性も抜群だ。既に実戦で使っているレベルなのだが、一応教科書は目で追っていた。授業が終わったら聖女様の恒例質問タイムが始まるからだ、殿下だけに対応させるのは忍びない。聖女様は何故か殿下の護衛達には質問しないからだ。
他の者は真面目に授業を受けていた。見た目だけの者も居たが。
授業が終わり、恒例の聖女様の質問タイムが始まる。殿下は真摯に説明している、中々教えるのが上手い。たまにヘルムルトが補足する。殿下がジルアーティーにも話を振るが、もうそんな基礎忘れた、と言って放棄した。
ヒロインは皇太子ルートのハーレムエンドを希望していたが、道のりは中々険しそうだった。
シナリオクラッシャー数名?の存在でヒロインは中々苦境に立たされていますね。




