71. 悪役令嬢、お兄様方とヒロインのお出かけが気になりますわ
刺繍を刺して、新作のハンカチのサンプルを何枚か作った。これを工房に送って見本として量産して貰うのね。量産と言っても精々十数枚、人気の図案で百枚出ちゃったのも有ったけど、そもそもがシルクハンカチで、小さいけど魔法付与の魔石付き。高いのでそんな数は売れないの。ああでもタオルハンカチはお手頃価格で領民達にも好評で、安定してよく売れているわ。ファブリック類の他、リネン類も思ってたよりは好調。でもやって行けてるし、利益も結構出てる。
最初に想定外の事でせっかくの宣伝効果が無になり、開店も遅くなってしまったけど、こんな感じのまったり営業もいい感じ。
それに、商売をして分かったのだけど、うちの領民の収入って中流家庭に当たる層が他領よりも厚いのね。つまり領全体が経済的に豊かだってこと。
オーダーメイドもたまに入るし、宝飾品も既製品以外を求める大口のお客様が来る事もある。本店一店舗だけでやっているのに、わざわざ我が領地まで足を運んで注文して行くお客様が居るのだ。ありがたい事に店内の既製品も買って行ってくれる。それも大量に。なので最近は店舗内が品薄にならないように既製品作りにも精を出しているのね。
うーん、そろそろ刺繍職人を新たに雇い入れた方が良いかしら?でも刺繍だけだと一日八時間労働として考えても、かなりキッツイわよねぇ。肩がガチガチになりそうだわ。私も集中してしまって気が付いたら夜が明けちゃってた時なんか酷かったもの。だから他の作業の傍らでやって貰っている今の環境が良いと思うのだけど、うちは元々ホワイト職場だから、侍女の募集ってまだまだ必要無いわよね。他の使用人や下働きにしても、引退した人がここ最近居ないから補充の必要無いし、むしろ人余りで多いくらいだし夏までに考えようかなぁ。お母様にも相談してみよう。
あ、そろそろランチタイムだわ。そう思って刺繍道具を籠に入れて仕舞う。最近は特にテラスで過ごす事が多い。陽の光がよく入って暖かいし、やっぱり緑に囲まれていると癒されるのよね。
お父様、お母様もやって来た所でちょうど給仕達が料理を運んで来た。
今日は焼き立てのパン数種類、豆と鶏肉のスープ、ミモザサラダ、サーモンのソテー。
うん、ランチにしてはボリュームあるかもね。でも私って結構食べるのよ。ああ、でもパンは流石に全種類制覇とかしない、二個ほどに抑えてる。胃は丈夫だけど、消化に時間がかかると眠くなって刺繍の続きが出来なくなってしまうもの。
そういえば、お兄様方帰って来ないなぁ。入学式の手伝いは午前中には終わってしまうはずだけど、殿下以下全員集合しているから、そのままお疲れ様会でもしているかもしれないわね。
「ああそう、マリ宛にリード夫妻からお礼状と布が届いてるわ。 これは交易品の絹ね、染めてない天然で金色をしているんですって、大変な貴重品よ」
「えっ? 私も今朝お礼状を送ったけど、そんな高価なものは添えてないわ、どうしましょう……」
侍女がワゴンに乗せて運んで来たそれは、シャンパンカラーの正絹。この世界だとシャンパンとは呼ばないから、スパークリングワインが一番近いのかしら。これで天然って?どエライ貴重品を贈ってくれたものだ。しかもドレス一着仕立ててもまだ余りそうだわ。
「まぁ! 遠慮しないでそのまま頂きなさい。 無謀なご子息のお勉強代って所よ。 勇敢さは大したものだから、この先に期待ってところね」
まぁ、あの場はお兄様方、結果的にはフィンネル兄様一人で大丈夫だった訳ですけどね。
あの場にはリード夫妻も居たとのことだ。ちょうどお父様お母様と他に数人の旧友達で歓談中だった為一緒に見ていて、ご子息の無謀さ、不甲斐無さにリード夫妻は頭を抱えていたんですって。それに私に、とっても感謝していたとか。うーん。この何とも言えなささは何だろう。
この素晴らしい贈り物へのお礼状はお母様から送っておいてくれるとのことで落ち着いた。
食後にはイチゴをふんだんに使ったクレープ。かぶりつく方じゃ無いやつね。これはこれでクレープ生地もシロップでしっとりしてて美味しいのだけどね。お茶も美味しい。
ゆったりとした時間を過ごして、午後はまた刺繍を刺し始めた。
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お兄様方が帰って来たのは結局夕方になってからだった。飲んでは居なかった。まぁ、まだ飲む時間じゃ無いわよね。でもぐったりと草臥れ果てていて、如何したらそんな事になるのかと思うくらいに萎れてた。
お母様の鍛錬を受けた時とはまた違うのよねぇ。聞いても良いのかしら?それとも敢えて聞かずにお茶でも勧めようかしら?そうね、それが良いわ。
「入学式のお手伝いお疲れさま。 美味しいココアが入って来たところなの。一緒にいただかないかしら?」
二人共無言でテラスの椅子に座ったと思ったら、椅子の背に凭れてぐってりしている。二人の前にミルクとお砂糖で甘めにしたココアを置くと、二人共同時に飲み始め、リンデーン兄様がカップ半分ほど飲んだところで話し始めた。
「いやー、参った! 女の買い物になんて付き合うものじゃ無いな……」
「まぁそうね、わたくしもそう思いますわ。 行くなら同性か、一人の方がゆっくり買い物出来ますもの」
「マリアは一人で買い物しに行ったらダメだからね? それくらいなら一日中でも付き合うから言ってくれる?」
うん、フィンネル兄様話がずれましたわ。って私のせいか。
「お兄様が女性の買い物に付き合う状況がよく分かりませんわ」
「だろうね。 そもそも俺達は入学式の手伝いを終えた後、今日は俺達とジーンで聖女を女子寮まで送って行って終わるはずだったんだ。 で、帰ろうとしたら、『外に出かけたい時はどうしたら良いのか』と聞かれたんだ。 そんなの俺達が知るかよ。 で、まだ残って居た殿下にお伺いを立てたんだ。ここまではまあ良いとしよう」
ふぅ、と息をついて、リンデーン兄様が残りのココアを飲み干した。
「殿下もそれは想定外、っと言うか考えて居なかったわけだ。 女子寮と教室の間、つまりは学園内でのゆるい護衛しか想定して無かった。 そもそも殿下も俺達も、一歩外に出るなら護衛を付ける立場だ。本来ならそうだろう? では、街に出かけたい時は事前に予定を組んで、帝都騎士団所属の護衛騎士を学園の門まで迎えに寄越すかってことになるわな? 普通ならな。 ところが聖女様にそれをそのまま伝えたら、それでご機嫌を悪くしたわけだ。 訳分からねーよ」
リンデーン兄様はささくれ立って少し癒しを求めているようなので、クロカンブッシュをお兄様の前に置いたら、無言でパクパクと五個も食べて、私が淹れた紅茶を飲んでまた一息ついた。
「結局、聖女様のお出かけに、俺達の中から二、三人と、帝都騎士団の護衛騎士隊が三、四人付くことになったんだ。 それで今日早速街に出たいと言いやがって、暇そうに見えたらしい俺達とジーンに白羽の矢が立ったってワケだ。 騎士待ちの時間と、聖女様のお出かけ時間で結局こんな時間まで拘束されて、俺達可哀想だと思わない? しかも聖女様はお金持って無かったんだぜ? 養女とはいえ伯爵家令嬢、しかも聖女を輩出した家門には多額の恩給が支給されているのにだ。 別に! ティールームの茶菓子やらの支払いくらいどうって事はないが、何でここまで面倒見なきゃならないんだ?」
「ごめんなさい、お兄様。わたくしでは同情して差し上げるしか出来ないわ」
「いや、マリアのせいじゃ無いし。 ああ、聞いて貰っただけでかなりスッキリしたよ」
どうやら、ヒロインとの集団デートはリンデーン兄様にとって、かなり苦痛の時間だったらしい。でもフィンネル兄様もクロカンブッシュに手を伸ばし、無言でパクついていた。もう半分以下までに減っている、何時の間に……。紅茶を飲んではまたパク付き……を繰り返している。
なるほど。もう言いたいことは何も無いと言うことね。
「僕らは結局昼から何も食ってないんだ」
フィンネル兄様がポツリと言った。
「まぁ、ティールームでは何も召し上がりませんでしたの?」
「食う気になれなかったから水だけ飲んでた」
あらまぁ!二人共意外と、って言ったら失礼だけど、繊細だったのね。
ここからどうヒロインとの好感度が上がって行くのかしら?ゲームシナリオでは入学式後にこんなイベント無かったハズだけど、他の日にデートイベントはルートによっていくつかあったわ。どれも好感度アップイベントだったハズだけど、今日のは違ったようね。
デビュタントの様子から、どうやら殿下狙いは確定っぽいと思っているのだけど、お兄様方は仮にヒロインが狙ってもダメっぽいわね。完全にツボ外してるわよ。ヒロインは何故そんな大事な質問を殿下にではなく、お兄様達とノブレスィージ侯爵令息しか居ない時にしたのかしら?理解出来ないわ。即答出来る立場に無いじゃないの。たぶんだけど、お兄様方との好感度上げをしたくて何か会話をしようとしたのだわ。でも話題が無くて、そんな的外れな質問をして、結果的にお兄様方はヒロインにワガママを言われて振り回された、って事になってしまったのね。
「あ~、俺成人の儀が楽しみだなぁ~早く領地に帰りたいな。何日に出発する?」
「確か、七日の早朝だったのではなかったかしら?」
「いや、変更しよう。 そんな強行日程ではマリアが疲れてしまうだろう!」
リンデーン兄様が成人の儀が楽しみって初耳ですわ!フィンネル兄様が私をダシにして来ましたよ。一体どんな集団デートだったの?ノブレスィージ卿とは決闘を仕掛けられそうになって以来、話もした事ないけど、他の第三者から見た感想を聞きたい所だわ。
この日の夕食時。お兄様方はお母様とお父様に帰郷日程の変更と滞在日の延長を必死に交渉していた。かなり本気だ。




