69. 閑話 隣家に一時避難した男達の話
確認すればするほど誤字脱字が見つかり、何やら確認に時間がかかってしまいました。
それでも残っていたらすみません。先に謝っておきますm(__)m
ふーっ、と深く息を吐いた。ジルアーティーはどう出口まで行こうか頭を悩ませていた。
重要な挨拶は済ませた。そもそも次男だから挨拶しなければならない相手はそう多く無い。舞踏会と言えどもダンスは義務では無い。建国記念パーティーはデビュタント参加者以外は必ずしもエスコートの義務は無い。つまりパートナーを伴わずに参加することが許されている夜会だ。用を済ませたら速やかに帰りたい。現にルナヴァイン公爵家の双子は妹を連れてさっさと帰って行った。聖女が話しかけていたようだったが、ほんの少し話を交わしただけで、そのまま聖女を置き去りにして帰ったのである。ある意味猛者だ。俺でも殿下の護衛の1人でも捕まえて、任せてから帰るくらいの事はすると思う。
それにしても、今日のルナヴァイン嬢は遠目にも目の毒だった。しかし自然に目が行ってしまう。周囲の老若男女問わず同様の者が多かったから特別に俺だけだった訳では無い。特に見咎められる様な事にはならなかったはずだ。しかも、まだ夜会が始まる前の闖入者により大混乱となった会場内においても落ち着き払った双子に挟まれるように守られた彼女は楚々とした気品を纏って静かに立っていた。こんな混乱の最中でも美しかった。余程兄達を信頼しているのか、自身も強いからなのかは分からないが落ち着いていてその姿は神々しいほどだ。そして、周囲の混乱でとても近寄ることが出来なかった俺の目にも衝撃的な事が起こった。
何故か飛び出し大怪我を負った殿下の側近兼護衛を彼女が治癒したのだ。大掛かりな治癒だった。千切れそうな足と、深く引き裂かれた腹部を傷跡一つ残さず完治させた。残念ながら呪文は聞こえなかったが、闇属性魔法が発動したのは分かったし、辺りを包み込む優しく淡い光は見えた。まるで女神のようだな、そう思っていたら周囲からもそんな言葉が聞こえた『月の女神の化身だ』と。何時からそこに居たものか、大神官の熱い視線は凄かった。事態が収束し、皇族が入場しても尚、ずっとルナヴァイン嬢を目で追っていたようだ。
移動しながらダンスの誘いをかけてくる令嬢を躱しながら移動する途中、笑いを含んだリンデーンと目が合った気がした。くそっ、気楽なやつは良いな。いや、妹の護衛でそれほど気楽では無いか?聖女よりもルナヴァイン嬢の方がよほど狙われているんじゃ無いのか?
後ろから肩を叩かれた。誰かは分かっていたのでゆっくり後ろを振り返る。なんでエリンまで逃げ回っているのか。いくら婚約者殿がしつこいと言っても、こんな日くらい相手してもバチは当たらないだろうに。むしろこんな夜会に来ていて、しかも社交界デビューの日まで婚約者を放って置くって酷いんじゃないのか。ああ、殿下という悪い前例があったな。これではエリンを責めることは出来ない。ただルナヴァイン嬢は殿下に何一つお強請りをする事が無いらしいが。
「おい、ジルも帰りたいんだろう。 俺も用は終わったから帰りたいんだけど、馬車がな。いっそ隣に逃げ込まないか?」
「隣?」
「忘れたのか?皇宮の隣は双子の家だ。城の西門から直ぐだ、馬車無しで行ける! 両親兄弟置いて行って大丈夫だ」
コイツには皇城内に充てがわれた専用の部屋で家族を待つと言う選択肢は無いのか?もう何も言えない。二人で人の波を乗り越え外に出る。別に俺は皇宮の結界さえ出れば移動魔法で一瞬なんだが、こいつはそうじゃ無い。仕方ない。先触れも無しでこんな時間に公爵家を訪ねて良いものかは疑問だが付いて行くしか無いだろう。しかも城の西門から一番近いのは正門では無く裏門の一つだ。当主夫妻がまだ夜会に残って居るのだけが救いだ。
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「うち何時から避難所になったの?」
とか言いながらもリンデーンは快く邸の中に通してくれた。リンデーンに付いて行くと、以前は通されなかった廊下に入ってそのまま歩いて行く。
「で、お前らちゃんと飲食出来てないだろう」
「まぁ、乾杯のドリンクしか手を付けていない。ジルは?」
「俺も同じようなものだが、少し寄っただけだから気にせずとも……」
「いや、俺は気にして欲しい!リンデーンの優しい心遣いにありがたく甘えさせてもらう」
エリン、中々に図々しい奴だ。こいつこのまま泊まるつもりだな、明日は学園だって分かっているよな?聖女は四年生への編入なのだがーー他にも諸事情で四年生から学園に通い始める者が毎年数人は居るーー入学式に出るから俺達総出だろうが。俺の制服は学園の寮にあるから良いが、お前は帰宅しないと無いだろうが。
リンデーンは途中すれ違った使用人に「テラスに適当に五人分の食事持って来て。多少酒飲むしビュッフェ形式で良いから。ああ生ハムは入れといて」と指示してそのまま歩く。俺は少し疑問に思ったことを聞いた。
「テラスって、まだ夕方は寒いんじゃないか?」
そう、まだ夜と言うには早い時間だ。今回はデビュタントの入場が14時~15時頃だった。今はまだ18時を過ぎたところだったが、春先の朝夕はまだ冷える。
「ああ、うちは問題ないの。心配要らないから」
また大掛かりな結界でも張って暖かくしているのだろうか?この家は生活に自然と魔法が溶け込んでいる。いや馴染み過ぎるほどだ。エリンは何も気にせず付いて行っている。もう腹を満たすことしか考えていなそうだ。以前泊まって以来、すっかりここの家の料理に惚れ込んでいる。そうか、今日来たのもそれが目的だな。もっと普通に訪問すれば良いものを。
「ここ。どうぞ」
そう言って、ノックもせずに、自ら扉を開けて中に入るように促す。
先ず入ったエリンが固まった。邪魔なのでエリンの背を押しながら俺も入って、エリンの横に並び驚愕した。そこはサロンのような広いリビングで、奥には大きなガラス張りの広いテラスがあり、そこで優雅にフィンネルとルナヴァイン嬢がティータイムを過ごしていたのである。しかもまだ2人は着替えていない。間近で見る今日の彼女はとにかく目の毒だった。気を抜くとその場で惚けてしまうだろう。多くの人がそうだった舞踏会会場と今は状況が違う。心しなければなるまい。
「「ごきげんよう。このような時間に……」」
ううっ、エリンとモノの見事にハモってしまった。フィンネルが笑いながら言う。
「まあ硬くならずにくつろいでよ。ここプライベートリビングだから。好きなとこ座って」
「申し訳ないわ。お客様なのにこんなところに案内するなんて。手入れは十分行き届いていますけど、そう言う問題でありませんのよお兄様方」
少し困り顔をしたご令嬢が自由過ぎる兄達に苦言を呈す。だが2人は全く気にしていないようだ。
「どうよ、今日のマリア。これ母上渾身のプロデュースだから!本当はダンスを1曲くらいは披露したい所だったんだけどねー」
リンデーン、お前は完全にシスコンだ。だが彼女の美しさはお前に言われずとも分かっている。先ほどまで会場中の視線を集めていただろうが。現に婚約者が居るエリンも惚けていたのを見た。本当に奴は不届き者だ。それに他国の賓客達からも熱い視線を集めていたし、実際に話しかけられてもいたな。あれは端から見ても目的が明らかだった。そう言えば聖女のお披露目も兼ねていたハズなのに賓客達への紹介はされていた様だったが、すっかり霞んでいた様な気がしたな。人は目に見えるモノの方により惹かれるものだ。現聖女様の真価はまだ未知数だ。各国も様子見と言った所であろう。
それにしてもこのガラスはなんだろう。学園の食堂も大きなガラス窓が使用されているが、大きな一枚ガラスでは無い。細い金属枠にガラスをはめ込んで強化したものだ。こんな大きなガラスで外庭も良く見える。ルナヴァインはガラス生産を行なっていないはずだ。先ず材料の産出が無い。別の領のガラス工房?こんな品質のは見たことが無いし知ら無いな。
「ジル、そんなとこ突っ立ってないでこっちに座れば?月も見えて来て綺麗だし、そろそろ料理も来るだろうから、茶でも飲んでなよ」
促されたのはご令嬢の隣だ。そもそもテラステーブルの椅子は三脚しか用意されていなかった。
と、リンデーンが追加の椅子を二脚持って来た。
「ほらほら座って」
結局、リンデーン、ご令嬢、俺、フィンネル、エリンの順に席に着く事になった。ご令嬢が紅茶を入れてくれる。なんと、ルナヴァイン家ではプライベートスペースは使用人の給仕などは最低限らしい。だが、ご令嬢の淹れてくれた紅茶は美味しかった。エリンも香りを楽しみながら満足そうに飲んでいる。エリンは帝国屈指(自称)の紅茶党だ。
本当に直ぐに料理が運ばれて来た。エビチリ、生春巻き、ポテトフライと唐揚げ、だし巻き卵、アボカドとチーズの生ハム巻き。エリンがメニュー名を聞いても味のイメージが湧かないと言って、少しずつ取り皿に取ってもぐもぐ食べて行く。本当に腹が減っていたらしい。
「うわぁ、感動!どれも美味しいんだけど、このスパークリングワインもくせになりそうな味わいだな」
「そう?でも一部の高地で栽培されている種だから量産出来ないんだよね。うちの領ってそんなんばっかりなの」
エリンに自領の食糧事情の一部をリンデーンが話した。
「それは残念だな。 帝国は平地が多いのは良いが安全な高地は少ないから、高地での産業は中々成り立たないよな」
「でも、スチュワート領は平地だから何も問題ないでしょ。 土地も広いし我が国の主食である良質の小麦が多く収穫出来る豊かな土地だろう」
そんなことを指摘したのはフィンネルだ。公爵家同士、互いの領内の事を知っていても特段驚きはしないが、コイツはよく知っているようだ。
「まぁ、お兄様。小麦はどの領でも生産されていますわ。 スチュワート領の小麦は確かに良質で有名ですけれど」
「ほう、ではルナヴァイン領内でも小麦を?」
「我が領では鉱山夫達がエールを多く消費するもので大麦の生産もあるものですから、小麦の作付面積はほんの少しですわ」
ご令嬢も領内の事をよく把握しているようだ。そう言えば長期休暇中は一家で領内旅行と視察を重ねていたと双子が言っていたっけ。ルナヴァイン家の教育方針だろうか。武家にしては珍しい事だと思うが、ご令嬢の知識は社交に必要な教養の範囲を超えているような気がした。ああ、殿下が苦手としている部分はここかもしれないな。だが、殿下の隣に並び立つ妃としては現状帝国一のご令嬢なのではないだろうか。そんな心にもない事を考えた。
「はいこれ」
リンデーンが取り皿に生ハムをこんもりと盛って渡していた。なるほど、生ハムを好んでいるのはご令嬢だったのか。鳥がつつく様に少量しか人前では食事をしないご令嬢方と違ってよく食べるようだ。塩気が程よく、生と燻製の間を取ったような肉の豊かな風味を味わうことが出来る。が、帝国の一般的な食卓に並ぶ食材では無い。輸入品だろうか?
「ああ、うちの領内では酪農も多少やっていてね。これは豚肉で、領内流通においても鮮度と食卓の豊かさに重きを置いて生産されているモノなんだ。生肉よりは保存が効くし、独特の風味が美味しいだろう?ちょっとした贅沢品だ」
フィンネルがそう説明する。領政に精を出していると言うのは誠のようだ。まだ14……ああ、コイツらは間も無く15歳になるんだったな。
「そう言えば、双子はそろそろ成人の日を迎えるだろう? 学園を休んでまで領に帰るのか?」
「んー、そうだな。今のところはその予定だよ。 自領内の教会に寄進がてら、ささやかに成人の儀と魔法判定でも受けるさ。 まぁ大体結果は知れているがな。 ただ、大司教が出張って来るから、領民まで押し寄せて祭りになりそうで、ほんの少しどころでなく憂鬱だ」
「そうそう!俺達は注目を集めるの苦手なんだ。 あの両親が居るから無駄に期待されちまってて無言の圧が重い……しかもどういう訳か皇宮敷地内から出る事の無い大神官まで来やがる」
普段はそんな事を感じさせない双子だが、一見能天気に見えるリンデーンまでプレッシャーを感じていたとはな。普段の自由な振る舞いは、それを軽くするためのものなのかも知れない。両親だけでなく妹まで超が付く優秀さだから、苦労も半端無いのであろう。
エリンは紅茶のお代わりを強請っていた。おい、淹れてくれるのはご令嬢だぞ?少しは遠慮しろ。むしろお前が自分で淹れろ。今日のスパークリングワインは酒精控えめの爽やかな飲み口で、つい進みそうになったが、そこは抑えた。ああ!今頃一昨年の大醜態を思い出した。剣術の模擬試合後のやけ酒のことだ。あの後意識を失った俺とエリンは双子によりルナヴァイン邸に運ばれ、依りにもよってご令嬢に介抱させてしまった非礼を未だに詫びもしていなかったのだ。
「そう言えば、かなり前のことになるが、酔い過ぎた俺とエリンの介抱をしてくれたのはご令嬢だったと伺っている。今更になるが、すまない事をさせた。申し訳ない。だがとても良い処置を施してくれたおかげで、とても助かった。ありがとう」
椅子に座りながらではあるが深ーく反省の気持ちも込めて頭を下げた。出来ればその処置方法に付いても詳しく知りたい所では合ったがここでは抑えた。
「まぁ、クロスディーン卿。頭をお上げになって? 非礼をしたのはむしろ兄達ですのに。巻き込んでしまって申し訳なかったわ。 悪戯好きの兄達に代わってお詫び申し上げますわ」
なんと、逆に頭を下げられてしまった。とりあえず、俺達の醜態をそれほど気にしてはいないようだ。いや、表情に出さないだけなのかも知れないが。唐突な話題ではあったが、気になっていた事なので懸念の一つが解消されて良かった。機会を作ってくれたエリンに少しは感謝すべきか?難しいところだ。
テーブルに上がった料理はあっという間に平らげられた。一番多く腹の中に収めたのはエリンだ。こいつこんなに食い意地張ってたか?学園の食堂では皆に比べても少ない食事量の方だったようだが、余程この家の料理が気に入ったらしい。今なんてそのまま居座りかねない寛ぎ振りだ。
食後に出されたスウィーツと紅茶も絶品だった。俺はそれほど甘い物にはこだわりがない。魔法研究に没頭し過ぎた時に脳に糖分を補給するための物だと思っているが、ここのはそれに留まらない。紅茶も香り高く、まろやかな苦味が甘味にちょうど良い。紅茶は淹れ手の技術にも因ると言うが、銘柄自体が違うようだ。これも領内産だろうか?だとしたらこの家に来なければ飲むことは出来ないと言うことか。残念だ。
急にフィンネルが立ち上がって、音楽箱──規定のダンス曲などを聴く事の出来る魔術道具だ──それを鳴らし始めた。
「食後の腹ごなしも兼ねてダンスしない?マリアは特に動かずに立ちっぱなしで疲れただろう」
そう言ってリンデーンが妹の手をとって引っ張る。ご令嬢は少し困惑したようだったが、そのままテラスを出てリビング内の開けたスペースに一緒に移動した。その場所の近くには見事な白いグランドピアノも置いた有った。リビングの出入り口からは見えにくいだけだったようだ。どの家にも置いて有る物では有るが、ご令嬢と並ぶと引き立つ。一幅の絵画を見せられた様な心地だ。まぁ、端的に言って羨ましい。じゃなくて!とても完成度の高いダンスを魅せられて、流石のエリンもぼやぁっと惚けていた。リンデーンも完璧だった。他のご令嬢方には足を踏まれることが多くてうんざりするらしいが、それはリンデーンのリードが下手な所為では無かったらしい。ふと、リンデーンがこっちを見て、
「お前も一曲も踊らずに逃げ回っていただろう。たまには練習しておかないといざって時に失敗するぞ」
などと言って、ご令嬢の手を早く取れと急かしていた。えっ?殿下の婚約者で、社交界の高嶺の花のルナヴァイン嬢を練習台に使えと?マジか、さすが双子だ。でもこんな機会はもう無い。一昨年の模擬パーティーの際も三曲ほど踊ったがその時は全くの偶然が重なっただけだ。しかも学園の催し物だった為、軽く手を取りもう片方は肩に手を乗せ合っただけ。
立ち上がってご令嬢の手を取り、ホールドしてダンスを始めた。簡単な曲だった所為もあるだろうが、特にリードしなくても事前に合わせたように踊りやすい。少し冒険をしたくなるが抑えた。だがご令嬢の方が上手だった。少し曲間に余裕のある時にターンを入れて来た。薄いシルクオーガンジーを重ねたドレスがふわりと風を含んで広がる。一瞬、多分一瞬だけ見惚れてしまったが、タイミング良く背に腕を回し受け止めた。この近さがヤバいんだが、ご令嬢はご満悦らしく美しい微笑みを向けている。俺の方はかなり努力して平静を保っていると言うのに。
一曲踊っただけにしては酷く精神を鍛えられた気がした。エリンが俺も、と言っていたがフィンネルに却下されていた。
「お前酒が進んでいるだろう、マリアの足を踏んだら分かってるよな?」
フィンネルも立派なシスコンだった。




