7. 悪役令嬢、今世初めてマズメシをまともに食べる
(ナニコレ不味~~~~い!!!)
公爵令嬢としての矜持で、多くの人の目がある食堂で絶叫することは全力で抑えることが出来た。
ここは食堂。
学園内ツアーは思いがけないハプニングにより午前授業中で終わらず、午後に未消化分を行うことになった。それは仕方ないと言って良いのか分からない。普段運動などほとんどすることのない貴族のご令嬢方を、半端無く、無駄に広い学園敷地内を徒歩で連れ回すとはいかがなものなのか?さながら準備運動も無く山道のハイキングコースに連れ出されたようなものだ。
現代の小学生六年生なら問題ないよ?一時期雑巾掛けが苦痛だ出来ないなんてゆとり時代もあったけど、その後教育方針が見直されたから。
この世界でも貴族令息なら当然、剣術や護身術を本格的に学び始めている年頃だから、身体に何がしかの問題を抱えていなければ大丈夫だと思う。
でもご令嬢方には無理でしょうよ。
私は幼少時から領地の城仕えの護衛騎士達に混ざって鍛えているから問題外。
結局ルキタニス嬢以外にも体調不良や、疲労を訴えその場で動かなくなるご令嬢方が相次ぎ、ツアーは中断を余儀なくされた。
(例年はどうしていたの?問題になったことはなかったの?)
っと、言うことで。予定外に食堂でランチタイムを取ることになってしまったのだ。
食堂は一番避けたいダークスポットなのに!
ここは全校生徒が同じ時間帯に集まる大変危険な場所である。
まだヒロイン編入前だから安全ではあるけど、悪役令嬢の”断罪イベント”がいつ始まってもおかしくない危険な場所なの!
食堂は天井が高く、なかなか開放的な作りになっている。南側は大きな嵌め込みのガラス窓になっており、白い格子があるものの学園の前庭が窓際の席からはよく見える。2階だから離れた席からは精々大きく広がる空が見えるだけだけど。
他に天井近くに明かり取り用の窓が並んでいて、こちらは室内側にわずかに倒れるように開くようになっており通気用の窓のようだ。
どうやら大きな嵌め込みのガラス窓と明かり取り用の窓には強力な強化魔法がかけられているようだ。
見た目薄いガラスだけど防弾ガラスに魔力防御を付加したみたいなものね。考えてみれば学園本校舎から正面の大門の間には広い前庭があると言っても、ここは貴族の子女が通う学園なのだから、学園全体を覆う結界以外にも様々な安全対策が施されていていて当然だ。
(と言うことは、逆にここで何があろうとも、この窓を破って逃げ出すことも出来ないってことかぁ~。いやそんな事態になったら幽閉どころか死罪だよね、落ち着け私!)
座れる席はトラブル防止のためか、学年ごとに分かれている。
西側から一年生、一番東側が六年生となる。
皇族は別の階に専用の食堂があるはずなのだけど、なのだけどっ、居やがった!
きっと学園の掲げる平等の理念に沿って格好つけているのね。
皇太子殿下なんて同じ空間に居たら食事が喉を通らなくなる人の方が多いと思うのだけど、そんな下々のことなんて全く分かってないんでしょうね!
中には、どう皇族に取り入ろうか、手ぐすね引いて機会を待ち構えているようなのも居るけど、そんなずる賢い人達でさえ、肝心の料理は味もしないし、ただ無理やり口内にねじ込み飲み込んでいる奴が多いことだろう事は想像に容易い。
ご令嬢方とて皇太子の前ではお腹いっぱい食べるわけにはいかないらしく、デザートと飲み物だけの人が多い。それは皇太子の席に近ければ近いほど顕著で明らかだ。しかも皇太子の周囲には二人の護衛を兼ねた側近の他に公爵令息達……攻略対象者達が、もちろんお兄様方も含めて全員居た。彼処だけがキラキラして見える。やはりイケメン揃い。まだゲームシナリオ の立ち絵やスチルよりも幼いけど、実際に見る彼らは美少年揃いでいっそ眩し過ぎて目が潰れそうだ。
「午後の授業中にお腹の虫が鳴らなければ良いわね……」
「どうなさいました?ルナヴァイン嬢」
「なんでもないわ、さあ食べましょうか」
私は一番西側の壁を背にした窓際の席を陣取っていた。やっぱ端っこ良いよね♪じゃなくて、ランチタイムはお弁当をどこか静かなところを見つけて食べようと計画していたのに台無しになった。予期せぬランチタイムのせいで。
幸い一学年につき長テーブル二本ずつとなっている為、程よく距離があり彼らのキラキラ効果も届かない。
結局今日は、授業中に保健室に運んだご令嬢と、そのご友人方と計五人でランチタイムをご一緒することになったのだけど、それはいかにほとんど社交界に出たことのない私でも、一通りのマナーは会得しているので、食堂のランチタイムでまごつくことなく楽しく和やかなランチタイムを過ごすことが出来た。
問題は肝心の料理に有った。
料理は前菜からデザートに至るまで食器に盛り付けられた状態で、オープンな厨房前のカウンターと学生がトレーを置くカウンターとの間にある、僅かに傾斜した料理置き場に並んでおり、手前のカウンターにトレーを置いたまま一緒に横に流れながら好きな料理の皿を取り進んでいく形式。
飲み物はドリンクバーが設けられているが、流石にそこはセルフではなく給仕に申しつければ入れたものをトレーに乗せてくれる。そこではカトラリーもトレーに乗った食事に応じて乗せてくれる。
料理を取るラインは西側と東側の両端から始まり、ドリンクバーはちょうど真ん中で混み合わないように給仕四人体制で対応していた。
低学年と高学年で並ぶラインが分かれているのは良いと思う。
ただそれでもラインが少ないと思うのだけど、注文式でないからか、それほど待たされることはなくスムーズに流れていた。ドリンクバーで水を所望する者が多いのも良かったのかもしれない。紅茶などの嗜好品はデザートやスウィーツ等と共に取りたいのかもしれないと思った、少なくとも私はそうだ。食事を食べている間に紅茶が冷えてしまうのは嫌だ。
私が選んだメニューはサラダ、チキンソテー、野菜たっぷりのポトフ、白パン、バターロールパン、プリン、水。紅茶は食後に取りに行こうと思っている。え?量が多い?しょうがないじゃない。歩き回ったし力仕事もしたからお腹が空いてるの。これでも抑えたのよ。本当はサーモンのホワイトアスパラ添えも欲しかったわ。
パクリ、と口に運んだ感想が
(ナニコレ不味~~~~い!!!)
なのである。
信じられない!日本はグルメ大国だったから庶民でも近所のコンビニやスーパーに行けば美味しい食事にありつけた。そりゃあ上を見ればキリがないけど、今この目の前にあるものほど不味い料理なんて、私が作っても、ルナヴァイン家でも食べたことないわよ。
決してこの世界の料理が総じて不味いと言うことは無いってことよ。
この学園はお貴族様学校じゃなかったっけ?これみんな我慢して食べてるの?信じられないわーっ!
吐き出すほど不味いわけでもないから余すことなく食べましたけどね!だって勿体無いじゃない。でももう食堂では食べないわ。プリンと紅茶は美味しかったから口直し出来て良かったけど。
ああ、美味しくない料理にビックリして、すっかり皇太子殿下の存在を忘れたまま今日のランチタイムは平和?に終わったのは良かったのかしら。気が付いた時には殿下達は居なくなってた。
殿下の近くにはお兄様方も居たのだけど、視線も合わなかったから別に気がつかなかったことにして良いわよね。
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「なぁフィー。 今日一年生は午前授業だけじゃなかったか?」
「うーん、僕もそう聞いてた。 何か変更でも有ったのかもしれないね。 見た感じ様子のおかしい人も居ないようだし気にすることはないと思うが……僕らに気がついたのに無視するなんて冷たいなぁ、僕らの妹君は」
「皇太子殿下が側にいたら俺らに気がついても近寄って来ないだろう。 それに、こっちを見ないようにしていた」
「ある意味相思相愛ってことだね。ならさっさと婚約解消しち…っ」
テーブルの下ではフィンネルの脛にリンデーンの踵がヒットしていた。
世の中分かっていても言ってはいけないことがある。
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次の日もランチは昨日ご一緒した令嬢方と食堂で食べることになった。まぁ付き合いってあるのよね。
何故か同じクラスのご令嬢方が好意的なのに、常にぼっちになるのも無理がある。問題はヒロインが来てからなので、しばらくは流れに任せて現状維持で行っても良いのかなと思い直したのだ。
ただし今日からはお弁当持参です。
我が家の料理人が作った特製弁当よ。食堂のメニューは、デザートとお茶だけ頂くことにしたの。
うちの料理人達が言うには、私の好みに合わせて日々研鑽した結果が我が家の美味しい料理らしいのだけど全く記憶に無い。
そんな小さな子供の頃から料理にケチつけるってどんな悪役令嬢なのかしら?
ちゃぶ台ならぬ食卓をひっくり返したりしてないわよね?それともテーブルクロス引きで気に入らない料理ごと床にぶちまけたとか?
怖くて詳細が聞けないわー。
ちなみに使用人は領地の城と皇都の邸で情報共有や勤務地交代などしているから、領地育ちの私にも皇都の邸の料理人が作る料理は美味しかった。