59. 悪役令嬢、秋と言えばスポーツ(観戦)の秋ですわ
ランチタイムを屋上庭園のガゼボで過ごしながら、今年のハンカチは何色にしようかなんて乙女な話題を楽しんでいた。
私はもちろん、今年の勝負の行方も知らない。ただ来年はリンデーンお兄様とヘルムルトで決勝戦になるから、今年もその二人は良い順位に着けるのでは無いかと思うのよね。昨年はフィンネル兄様が2位と二年生の中では一番だったけど、今年はどうなるのかしら?
「ハンカチの色って悩みますわね。 昨年とは違う色にする予定ですけど……」
「でも毎年同じ色と言うのも、主張があって良いと思いますわ」
そんなことを言い出したのはリア。まだ運命的な出会いが無いと嘆いてはいるが、こう言った話は大好物なのだ。
確かヒロインは攻略対象者それぞれのイメージカラーのハンカチを贈っていたなぁと思い出した。好感度アップの大チャンスだから、ハーレムルートを狙っている場合は全員に渡すか、一番好感度が上がっていないキャラに渡すかで悩む所なのだ。つまり、このイベントならヒロインの狙いが誰か分かりやすいと言うことでもある。ただし皇太子殿下狙いの場合はこのイベント前にエンドを迎える。当然、悪役令嬢である私の運命もすでに決まっているということになるから、このイベントを楽しむことは出来ない。
うーん、ゲームユーザーだった私としては、イベントを出来るだけ実際に見たいところではあるんだけど、私が決められるわけでは無いからなぁ……。ジル様もトーナメント戦までは出ないけど見たいなぁ。でもハーレムルートは一番選んで欲しく無い。ジル様ルートも個人的にヤダなぁ。お兄様方でもイヤ、だって義理の姉に陥れられるってどうなの?だって私はヒロインを虐める事など無いのだから。いやいや、場合によっちゃヒロインよりも殿下が問題だった、一番の敵は殿下と皇帝タッグだ忘れちゃいけない。殿下ルートが一番犠牲が無いルートなのだ。何しろ婚約者である肝心の悪役令嬢の私が殿下に恋をしていないのだから。
今年はハンカチを渡すのに苦労しなくて済むのは良い事だ。昨年はハンカチを草木染めしてみたのだけど、今年は予めオリーブグリーンのハンカチを用意した。ちょっと渋目の色だけど、刺繍糸を若草色と黄緑の二色使いにして、”安全祈願”の意味合いがある文様をアレンジしながら刺繍しそれぞれのイニシャルも織り込んだ。仕上げに”形状記憶”の魔法付与を施した。これは闇属性魔法なのよね。現代で便利だった形状記憶シャツの機能のアレンジ版で、今の状態を記憶し、状態変化が起こったら元の状態に戻す、っというもの。汚れもね♪洗浄の付与も考えたけど重ねがけはやめておいた、洗浄は水属性なので消毒や浄めの効果があるわけでは無いから。それに目立つものね!冒険者衣装は良いのよ。あれはマリナが作っていることになってるから。
お兄様達の部屋にハンカチを渡しに行く。夕食時とかについでに渡しても良いかと思ったのだけど、個々に渡しに行った方が良い様な気がしたのよね。お兄様たちは私が部屋まで訪ねに来たことに少し驚いていたけど、喜んで受け取ってくれた。今年のミッションも無事終了。昨年よりも目立たずに渡すことが出来て何となくホッとした。
そして何と、渡す機会はまず無いと思ったけどジル様の分も作った。但しマリナとして。ヘルムルトの分が無いのは当然よ、だって婚約者持ちの男性に渡すなんて普通に考えたら失礼でしょ?
絹のハンカチ用生地を買って来て貰い、縁縫いから始める。市販の絹のハンカチなんて高級品だからね!ジル様のイメージカラーは青だから清涼感のある勿忘草色。笑っても良いわよ、相手に分からない様に気持ちを込めるのも淑女ならではの慎みなのよ!刺繍は迷ったけど、薄いシルバーグレーの糸で回復寄りの癒しの魔法陣を刺して、中にジル様のイニシャルを入れた。魔法付与はしていないからどんだけ効果があるかは分からないけど、刺繍の出来は良い、ちゃんとまん丸の綺麗な魔法陣になってる。これからは週末になったらダンジョン通いを少しはする予定だから会えたら良いなぁ……なんて普段は避けてるくせに都合良過ぎるよね。
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そして、いよいよ剣術の模擬試合当日になった。
(結局ジル様にハンカチ渡せなかったなぁ)
私は今年の観戦も友人達と表向きは盛り上がりながらも、つまらない時間を過ごしていた。自分の気持ちは誤魔化せないのだ。
両親は昨年同様、賓客席ではなく一般向けの(と言ってもお貴族様学園なので来賓する父兄達も皆んな貴族だ)席で旧知の友人達とのんびり観戦していた。
私はお兄様達の応援に徹する事にした。
今年は何と!自分の護衛を負かして皇太子殿下がトーナメント戦に進んでしまった。護衛供しっかりしろ!今年も土下座確定ね。三年生のトーナメント枠も昨年同様4つ。あとは双子のお兄様方とヘルムルトが危なげなく枠を獲得していた。今の所特筆して楽しい試合があったわけでも無く、勝敗で一喜一憂するだけだ。
お昼は今年も席でそのままゆっくりしようとしていたのだけど、父兄席から金髪碧眼の美丈夫がやって来た。
「お兄様、どうなさいましたの? いらしていたとは知りませんでしたわ。 ああ、皆様にご紹介させていただきますわね。 ラキランス伯爵家の跡取りでセレウス・ラキランス。わたくしの五つ年上の兄ですの」
おやまぁ、突然のことに驚きながらも、多少余裕があるものの広くもない観客席内で皆出来うる限りの淑女の礼を取る。こちら側の紹介もリリーがしてくれた。リリーのお兄様は一緒に観戦していた父兄達が本校舎東側屋上の庭園を貸し切ったので、一緒にランチタイムを楽しまないかと言うお誘いだった。ラキランス伯子が手で示した父兄の集団には私の両親も居た。意外な所に接点が有ったらしい。うーん、誰が屋上庭園の貸切なんて強権発動したか分かった気がしましたよ。
ちなみに東側の屋上庭園は私達がいつもランチを頂いているガゼボのある方では無く、上級生の校舎の屋上で模擬戦が行われている闘技場から近い。非常に素晴らしい特等席を確保したものだと思う。
実際に行ってみると、人数も多く40名近く、私達も合わせると結構な人数だ。この人数であれば貸切もし易かっただろう。ちょっとした社交会場である。ラキランス伯爵は先の戦争でお父様の指揮下の隊長だったと言うことだ。まだ騎士団に所属していて領地と各地に散らばる帝国騎士団の支部を行き来し、後進の育成に力を入れているのだとか。引き籠りのお父様とは雲泥の差ね、まだ若いのに枯れきっちゃってるもの。領地経営に精を出しているだけまだ真面目な領主様ではあるけどね。
その内お兄様方も来た。本当に二人だけ。他のご友人方、特に殿下を放って置いて良かったのか?まぁべったりくっ付いてなくても良いか、あくまでもご学友と言う立場であって取り巻きでは無いからね。
リリーがリンデーン兄様に真っ先に挨拶に向かったのを私は見逃さなかった。なるほど……私は良いと思うよ。シナリオ開始時にはお兄様には婚約者が居て、フィンネル兄様にもシナリオ開始後の夏休み前までには婚約が決まる。時期的には合ってる。順調にシナリオ開始に向けて周囲が動き始めているのを感じるのだけど、それとは別に、ゲームシナリオのリンデーンとは違ってシスコン呼ばわりされる様になったお兄様なら、リリーを泣かせたりしないんじゃないかなって、思うのはただの願望かな?
ロサ始め他のご令嬢方もお兄様達と話が弾んでいたようだけど、これからどうなるのかな。家同士のこともあるからね。私もこんなに親世代の方々と話をしたことが無かったので結構楽しめて良かった。
「ランディお兄様、フィーお兄様、応援していますわ」
賑やかなランチタイムが終わり。手を振りながらエールを送って観覧席に戻った。
トーナメント戦はサクサクあっさり進む試合と接戦と言って良いのかもしれないけど、見ていて焦れる様な単調で長い試合が入り乱れて、先に勝負の終わったトーナメント Aの勝者である殿下が待たされている状態だ。なんと大番狂わせ?殿下がフィンネルお兄様を下して勝ち上がったのよ!ええーっヒロインが来る前に良いとこ見せても何も起こらないよ?
その内トーナメントBの決勝、実質準決勝が始まった。まぁ予想通りリンデーン兄様とヘルムルトだ。途中で潰し合う対戦表になってなくて良かったね。と言うか、リンデーン兄様、フィンネル兄様に負けじと鍛錬頑張ってたのね、気が付かなかったわ。
かなりの接戦で手に汗を握ったけど結果はヘルムルトに軍配が上がった。うーん、うちのお兄様方は2人揃って4強かぁ。
今年の優勝は皇太子殿下だった。別にヘルムルトが手を抜いて花を持たせたわけでは無い、殿下もやれば出来る子なのだ。やっぱり剣筋が真っ直ぐ過ぎるのが難点で実践向きでは無かったのだけど、それにしては粘ってよく頑張ってた。
まぁ、この結果なら残念会?で飲み過ぎたりしないんじゃないかしら?そう思って帰りの馬車に向かったらお兄様方が居た。あれ?今回は仲間内で飲み会しないで真っ直ぐ帰るのね。
「今日は母上が一緒に観戦したご夫人方を食事会に招いているんだ。 殿下の優勝祝いも行きたかったが、酔っ払って帰るわけにはいかなくなった」
聞かなくても教えてくれるのは流石ですわフィンネル兄様。
「まぁ、お母様のことだから先触れを寄越しているとは思いますけれど、急な準備で大変そうね」
「ああ、しかもあのガラス張りのテラスを披露したいらしくて、今日はプライベートスペースが立ち入り禁止だ。 俺達は厨房ででも食べるか?」
まあ!リンデーン兄様ったらご冗談を。そんなの自室でゆっくり食べるに決まっているじゃないの。っと思っていたのだけど、私達の席もしっかりプライベートスペースに用意されていた。ぶへっ!
招待に応じていらしたご夫人方は十二人。まぁこのくらいならテラス席に余裕でテーブルを並べることが出来ますわね。プライベートスペースには見えない贅を凝らした空間と我が家自慢の料理に招待客は大満足してくれた様だったし、お母様はさりげなさを装いながらもしっかりファブリック工房の宣伝をしてくれていた。
私はまぁ一応婚約者もいるから良くは無かったけどまだマシだった。お兄様方はどこのご令嬢が気になっているか、この家のご令嬢がオススメ、うちにも年頃の娘がとか、まぁ年頃の好条件物件が居ればこんな話になりますよね。予想の範囲内です。私も殿下が優勝したことに言及せざるを得なくなり社交辞令で応じておいた。
本当はお兄様方の方を応援してましたけどね!
優勝した殿下にお祝いの一言すら言いに行かなかったマリノリアは、ここでも順調に好感度を下げました^^




