6. 悪役令嬢、学園ツアーでハプニング
時間割や規則など学園生活を送る上での注意事項の説明を受けた後は、いよいよ学園内ツアーとなった。
帝国領土は広大な為、大小多数の領地に分けられており領地持ち貴族が多い。その他にも領地を持たない宮廷貴族も多く、基本的に貴族しか受け入れない学園の割に生徒数が多く、比例して教室の数も多い。
その上、皇族が学園に通う年齢であることも一因していた。皇族に子、特に皇子が生まれると、その後数年はベビーブームとなる。まぁ魂胆が丸見えね。
本校舎はコの字型で大きな中庭を囲む形になっている。本校舎の西翼は一年生から三年生の教室とマナーレッスン用の教室、基礎訓練用の鍛錬場等、主に三年生までの生徒が使用するようになっている。
対して東翼は四年生から六年生が使用する教室のため今回のツアーではその説明のみとなった。
高等魔法の類を研究、実習する教室もそっちにあるようだった。残念!
(この学園に飛び級制度があれば良かったのに。仮に有ったとして皇太子とヒロイン達より先に卒業しちゃったら大笑いね!そうなったら”婚約破棄イベント”はどうなるのかしら?)
そう思わずにはいられない。
これは追放後に城塞に居る魔導士に教えを請うしかなさそうだ。
折角強大な魔力や深い知識があっても、それを制御し、多種多様に応用する技量がなければ宝の持ち腐れであり、自身の身の破滅をも助長しかねない。
中央校舎は一番長く奥行きもあり、学園の建物に入る玄関口は、3階まで吹き抜けになった大ホール、ここでは卒業生のプロムパーティー等の華やかな催しが行われることもある。
他には職員室、音楽室、大食堂、保健室、生徒会室、クラブ活動室など、全学年共通で使用する施設や教室がある。
本校舎の屋上は高価な強化ガラスを使用した温室になっており、温室屋根も強化ガラスで半円のかまぼこ型で、カーブの一番上と下には恐らく温水を通すための配管がされており、冬に雪が降り積もって屋根が潰れることはなさそうだ。
(今は屋外よりも暖かい程度だけれど、夏は灼熱地獄になるのではないかしら?)
素朴な疑問を持ったので案内してくれているクラス担当教諭に質問したところ、強化ガラスは嵌め込みのように見えて換気出来る場所が何か所も設けられており、配管に庭師をしている魔法使いが冷水を流して常に常春の状態を保つように温度管理しているから問題はないと説明してくれた。
いくら貴族の子女が通う学園といえどもかなり贅沢な設備なのではないだろうか?
友人を作るつもりも、無駄な遊びに時間を費やすつもりもなかったが、この設備には魅力を感じる。ひっそりランチタイムを楽しめる場所があるかもしれない。
誠に都合の良い事に、校舎毎にエリアが区切られていたのも魅力的だった、シナリオ開始時には校舎が分かれるのだから。
本校舎の次は入学式も行われた立派な講堂。全学園生、職員や父兄を収容出来るほどの規模ではないが、小中規模のコンサートや演劇を公演出来そうなほどの立派な設備。しかもあれはパイプオルガン?なんて贅沢なの!
ここ他に礼拝堂もあったわよね?キリスト教や仏教のような、多種多様の自由な宗教活動はこの国で認められてはいないけど、唯一アラナス教は国で認められた宗教で国教である。多神教であり、大元の大神殿は皇室が直接関与し、儀式を執り行う基本的に関係者立ち入り禁止の聖堂であるが、国中の至る所、各領地の大きな街や、豊かな地であれば村にも教会があり、ここ学園内にも立派なパイプオルガンが設置された立派な教会がある。
立派な教会を出ると西側に林があり、その向こうは皇宮の敷地となる。皇宮はもちろん、学園も敷地をすっぽりと覆う様に結界が張ってる為、立地上近いからと言って自由な通り抜けは出来ない。皇宮側の林の奥には魔導師の塔と思われる高い塔の先が見えていた。将来ジル様が宮廷魔導師として務める場所だ。
林左手側にそのまま北に向かうと広い馬術場が広がっていた。
(久しぶりに領地の丘陵地帯を早駆けしてみたいわ!)
通学だって馬車なんかより乗馬ならば15分も掛からない。だが公爵令嬢がそんなこと許されるはずもない。
いっそわざと実行して周囲の度肝を抜いたら、暴れん坊姫として皇太子との婚約は円満解消されないだろうか?
でも約3年後の屋根裏部屋生活も捨てがたい。かたっ苦しい貴族社会から解放されるのは、今のマリノリアにとっては不幸でもなんでもないのだから。
北側の森の手前には澄んだ湖もあった。東側には弓道場がある。
馬術場や弓場は全学年共通のようね。泉周辺は秘密のデートスポットでもありそうなので警戒が必要だけど、馬術場と弓場にヒロインが現れる可能性はごく低いだろう。少なくともゲーム内でそんなイベントは無かった。隠しルートまで知らないけどね。
でもヒロインが来るまでは気兼ねなく鍛錬させてもらっても構わないのではないだろうか?馬術場は他にも小さめの令嬢用の仔馬(サラブレッドとポニーの中間くらいの種)に乗れる場所もあるのだが、通常の馬術場と弓場は男子生徒しか授業で使わないから、使用許可を取るのも難しいのかなぁ。
(それとも、攻略対象者自体にも極力会わないようにしておいたほうが安全なのかしら?)
その時、視界の隅にふらりと地面に吸い込まれるように倒れそうなご令嬢が見えた。
「大丈夫!?」
とっさの行動ではあったけれど、ご令嬢が膝を地面に打ち付けることもなく、無事に支えることに成功していた。
我ながらなんて素晴らしい反射神経!
「えっ?あ、あぁ、ありが…とう、ございます…」
「怪我はないかしら?何処か体に違和感を感じるところはない?」
助けたご令嬢はバーバラ・ルキタニス辺境伯令嬢。北の領地ではほとんど運動には縁がなかっただろう。
急に歩き過ぎて貧血でも起こしたのかもしれない。
ここで失敗してしまった。
「保健室にお連れしたほうがよさそうね」
授業とも言えない学園内ツアーなのに、専用の侍女侍従はもちろん、これだけ良家の子女が集まっているというのに、学園の敷地内は安全だとの油断のせいなのか、護衛が一人も付いてない。
仕方なくと言うよりは、何も考えることもなく、一人では歩けそうにないルキタニス嬢を抱え上げ、担任教諭に断りを入れ、先ほど教えてもらったばかりの医務室に駆け込んだ。
「ルイ先生、ルキタニス嬢が学園内案内中に具合が悪くなって倒れてしまいましたの。診ていただきたいのです」
「まぁ!ここまで貴女が連れていらしたの?彼女はそこのベッドへお願いします。貴女もそこの椅子にお座りになって休んでくださいな」
校医の言う通りにベッドに彼女を寝かせ、上掛けを掛ける。貧血であるなら少しでも温めてやる方が楽になるだろう。
マリノリア自身は体力に自信があり、身長差15cm、痩せ気味で体重の軽いご令嬢一人を抱えて来たところで、そう疲労しているわけではなく、早々に校内ツアーに戻ることにした。
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「ねえっ!今のってお姫様抱っこよ!」
「なんて素敵なの!」
「女性同士だなんて吹き飛んでしまうほど麗しい場面でしたわ!」
「まぁ!むしろイケナイ雰囲気が眼福でしかありませんでしたわ!」
弓場に残されたご令嬢方は、うっとりと胸の前で手を組んで熱に浮かされている。
男装こそしていなかったマリノリアだったが、むしろそれが倒錯的な効果を生み、同じ年頃の夢見がちなご令嬢方のハートを間違った方向で鷲掴みしてしまったようだ。
そこには良いところを見せる間も無くボーゼンと立ち尽くすしかなかった男どもが残っていた。
皆、賢明にも口には出さないが、小さく舌打ちしているものは何人かいた。当然だ、男子と言ってもまだ十一、二歳の子供だ。同年代の女の子をとっさの状況判断で持ち上げて、颯爽と運ぶなんてこと出来っこない。
まだそれほど筋肉がつくような鍛錬を積む者も殆ど居なかった。将来騎士を目指して鍛錬を始めた程度では急時の機転も利かなければ碌な力もないだろう。実際の所お姫様抱っこは筋力があれば出来るというものではなく、コツを掴んでいなければ腰痛になる未来しか見えないのだが、何事もやってみなければ分からないというものだ。
しかし、いかに優秀な騎士を多く輩出する名門で、あの姫将軍が降嫁したルナヴァイン家の令嬢であろうとも、同じ学年の女の子に負けたのは彼らにとって良い刺激になったようで、それは後々良い方向に向かっていくのであったが、今はまだ誰も知らない先の話。