58. 悪役令嬢、秋と言えば……?
楽しい時は過ぎるのが早い。
夏休みが終わろうとしている。工房の事は店長に任せてある。店長と言っても本邸の侍女ケイナだ。彼女は通い勤務だったのだが、本人からの再三に渡る希望で住み込み勤務となっていた。彼女は終身侍女を希望しているのだけど、幸せになって欲しいという思いも有って保留にしていたのに、見習いを卒業したのを機にまんまと住み込み勤務となり、順調に私専属侍女になりつつある。
悪役令嬢の専属侍女なんてなるもんじゃないわ!っと思って、専属を付けていなかったのに世の中自分の思い通りにならない事ばかりだ。
でもケイナは好きだし、お店も彼女になら任せておけるのも事実。何か有った時は通信用の魔術道具で連絡も取り合えるし、私は転移魔法使えるもんね!そうだ、私に何か有っても、彼女にこの工房を残して行けるじゃないか。そう思うと少しだけ未来への憂いが収まった気がした。
今年は昨年より少し早めに皇都に出て来た。自室で小さな旅行鞄の方を荷解きをしながら憂鬱になる。私は皇都に来ると気分が悪くなるようだ。まぁ当然と言えば当然か。マリノリアは不幸になるために皇都に出て来て学園に通うようになるようなキャラクター設定だものね。
学園は当初考えていたより楽しい事もあるのだが、やはり自分が断罪されるかもしれない場所に毎日楽しい気分で通えるかと言えばそんなことは無いよね。春の建国記念パーティー以降、攻略対象者達を見る事はほとんど無い。皇太子殿下は最初の方こそ面会の申し入れをして来ていたが、二週間も過ぎた辺りから音沙汰無くなった。学園に復帰しても顔を合わすことすら無い。
攻略対象者の中で唯一の例外はお兄様方だ。ゲームシナリオでは寮暮らしだったのに、何故か皇都の別邸からの通いになっている。お母様はシナリオクラッシャーなのか?だとしたらお母様さえ味方に付けておけば……なんて都合の良い事は無いな、うん。断罪があるにしろ無いにしろ、”婚約破棄イベント”は例の場所で行われる。いくら避けようが、皇太子殿下の呼び出しがあれば人の大勢居る食堂に行かなければならなくなるのだろう。
あと約半年でヒロインが学園に来てシナリオが動き出す。彼女が誰を選ぶのかは興味あるけど、知るのが怖い気もする。あー、いっその事逃げ出したい!
ガラガラガラ……馬車が学園に向かう、うちは皇宮のお隣さんなので、反対側のお隣さんの学園までほとんどが皇宮の前を通る事になる。ああいやだ、今は視界にも入れたく無いのに。
「うーん。 やっぱりマリア、顔色悪いね」
「フィンネルお兄様、気のせいですわ」
フィンネル兄様は察しが良すぎて困るわぁ。ただ皇宮を見ただけでも気持ちが悪くなるとはとても言えないよね、心配をかけてしまう。
「きっとアレだろう、一週間後の学力試験。 夏休み中も全くと言って良いほど勉強出来なかったもんなぁ」
「リンデーンお兄様は、夏休みは勉強する為にあるんじゃ無いって、言ってらしたではありませんの」
「いや、俺は猛勉強したよ? 領地経営の、だけど」
「「……」」
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side.Helmult
「まぁ、こんなトコだろうとは思ってたけどねぇ」
「フィー、アイツの頭の中はどうなっているんだ。 療養中に家庭教師でも付けていたのか?」
「いやー、うちでも流石にそんな鬼みたいな事させませんよ? 夏休みだって好きなことさせてましたし、ああ仕事も手伝わされてましたがね」
「仕事って何だよ」
「我が領地の幸せな未来計画ってやつです」
「そう聞くと何やら楽しげに聞こえるな」
「ははっ!殿下のお仕事だって同じようなものではありませんか」
「で、何故フィーは必ずランディの一つ下なんだ?」
「そんな所気にしないでください。僕らは適度な所で良いんですよ」
殿下とフィンネルの会話が聞こえて来た。
俺はまぁ7位で安定の10位以内はキープ出来たから満足だ。
エリンが1位で殿下が2位なのも安定の光景だ。おかしいのは一学年下の順位だろう。1位がルナヴァイン嬢なのも安定の光景なのだが、彼女は春から約2ヶ月もの間休学していたはずだ。夏休み中に取り戻すという考え方もあるが、点数が他学年と比べて異常だ、ほぼ満点。その下に続くご令嬢方も高得点が続く、その中には俺の婚約者の名前もあった、4位か……この学年は令嬢方が出来過ぎて令息達が哀れだ、この学年じゃ無くて良かったと密かに思った。
「ジルは今回も3位キープしたんだな、なんの方向転換?」
最近あまり機嫌がよろしく無い冒険者仲間に聞く。どうやら例の彼女とは夏休み中も一度も会えなかったとか、いやぁ、気にして無いように振舞っていても俺には分かる、お前の不機嫌の原因は彼女だ、それしかない。彼女のことならフィンネルに聞けば良いんだろうが、どうしたものかねぇ。
「ルナヴァイン嬢の無双振りが凄まじいな。 双子の教育方針がよく分からない。 特にフィーの」
「ああ、そこ俺も気になるよ。 双子は自由気ままな感じで育てられてる様に見えるからなぁ、でもああ見えて剣の腕はあるし、武術優先なんじゃないのか?」
何やら誤魔化された様な気もするがまぁ良いか。そうだ、約二ヶ月後の模擬試合、今年は負けられないよなぁ。でもフィンネルの奴は冒険者活動までし始めて本格的に鍛えられている様だし、俺今年こそ勝てるかなぁ……。
「ご令嬢は多分お妃教育の賜物ってところだろう。 相当しんどいらしいからな」
そこにやって来たのはエリンだ、自分の順位を確認して涼しい顔をしている。夏休みも婚約者に付きまとわれたらしいが、勉強時間は確保出来た様だな。視界の端にルナヴァイン嬢が見えた、相変わらず綺麗な顔をしているが、毒殺未遂事件で痩せ細った体型の所為でより人間的では無く見える。お付きの侍女はもう必要なくなったらしい。
夏休み前よりはまだマシになった様だが痛々しく見えるのは変わらない。恐らく太りにくい体質なのだろう、多くのご令嬢方が羨ましがりそうな体質だ。母も夜会の度にコルセットの苦しみを説いているからなぁ。男で良かったと思う瞬間だが、ルナヴァイン嬢ならコルセット要らずなのではないだろうか。
令嬢の傍に俺の婚約者も居た。うん、俺はやっぱりあった方が良いな。多少はふくよかな方が好みだとしみじみ思った。
ちょうど良い所にフィンネルが!ここで聞いて良いものか逡巡したが遠回しに聞いてみた。
「夏のダンジョンはどうだった?」
「ん?ああCランクに上がって喜んでたよ」
妙に勘が良い奴で良かった。フィンネルは例の彼女、マリナの近況をあっさり教えてくれた。なるほど、ジルが会えなかっただけで活動してはいたらしい。益々不機嫌になってそうな気がしたので、あえてそっちを見ないようにした。
それにしてもダンジョン巡りだけでCランクってマジか?よほど効率の良いポイントの稼ぎ方をしているか、相当通っているかのどちらかだろうが、どっちにしても早いな。実はめちゃくちゃ強い?ああ、そういえばフィンネルの奴が護衛になるか如何かと言ってたっけ?ジルは自分より強い女の子でも良いのか、残念ながら今ここで聞く勇気は無かった。
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おやまぁ、お兄様方前回より随分と落ちましたのね……16位、17位って、これは流石にお母様がご立腹になられるのではないかしら?最近子供達の教育に目覚めたようですもの。
私は、主席キープね。点数も上々で殿下の好感度下げは上手く行っているようで何より。あとは約二ヶ月後の剣術の模擬試合。これは私は昨年に続きお兄様方にハンカチを渡すだけだ。それと、昨年は学園内に突如として出来たダンジョンでうやむやになった収穫祭という名の催し物。
まぁこの催事の思惑は分からなくも無い。来年からでは取って付けた様であからさま過ぎるから数年前から始めようってことだろう。聖女様の存在の有り難みを感じさせるお祭りを民間だけでなく学園でもやろうって事だ。多分教会か神殿からの肝入りって所でしょうね。今年の収穫高は帝国全体だと昨年よりも落ちたらしいけど、そこんとこどうなの?でもそうね、来年は春から皇都に来て学園に通う様になる事で、今まで他国にばらまいてた加護の力が帝国内に全面的にシフトチェンジするから、帝国内の収穫量は上がるわね。まぁ目出度い事。収穫祭とは名ばかりで、ただのお茶会みたいなものだからトラブルさえ無ければ何でも良いのだけど。
立ち去ろうとした所にリンデーンお兄様から声をかけられた。
「少しばかり油断してしまったよ。 マリアは流石だな、我が家の誉れだよ」
「お兄様、多少どころではなく演技がかっておりますわ。 実は心穏やかでないのでは?」
「分かるよね。 学園からはもう連絡行ってるだろうから帰るのが恐ろしいよ」
「まぁ、今年も模擬試合の応援をしておりますわ。挽回のチャンスですわよ」
言外にプレッシャーをかけてみた。そうよ、我が家は武家なんだからこっちが本番!
「ああ、それはまた別で頑張らないとね……応援してくれるって事は今年もハンカチくれるのかな?」
「ええ、それはもちろんですわ」
少しは気を持ち直したっぽいお兄様に笑みを向けてその場を去った。




