56. 悪役令嬢、こんなんじゃヒロインと戦えませんわ
暖かい陽の光に優しく抱かれるような気持ちのいい室内。やっと我が家に帰って来たのだけど、ここは私の寝室ではなく、プライベートリビングから続くテラス。私が寝ているのは普段眠っているベッドよりも小さめのセミシングルで介護用のベッド。周囲に植物もあって気持ちは良いのだけど、なんだろう……もうすぐお迎えが来るのかしら?
やっとと言っても、夜会の翌日の夕方には強引に帰宅させてもらっていた。だって本当に皇宮じゃ治るものも治らないわよ。悪化しそう。あーあ、このまま学園退学しちゃおうかな。あら?そうなったら殿下との婚約破棄出来るんじゃない?学園も卒業出来ない病弱な令嬢ってことにすれば楽勝!ふふふ……叶わぬ夢だと分かっていたけど、少しだけ気分良く眠りについた。
「ただいま。 あーよく眠ってるみたいだな」
「しーっ、起きちゃうだろう」
起きてるよ。目が開かないだけ。まだ眠り始めたばかりだから。
病人食をほんの少しずつしか食べられない所為で、その分よく眠ってしまうの。
でも顔色は良くなったから、家族は一安心しているみたい。でも良く様子が見られるように寝室ではなくプライベートスペースを私の病室にしてしょっちゅう様子を見に来る。まぁ私はほとんど眠っているのだけど。
毒で穴こそ開いてないけどボロボロになった血管や兎に角酷かった肺、心臓とかは流石に治癒魔法で治した。消化器系も治したかったけど、万が一見舞いなんて奇特なことをする人が居ると困るので治すのも程々にした。しかし、マリノリアは生まれてこの方健康優良児だった為、この寝たきり状態が辛くて堪らないの!
毒針刺した奴どうしてくれよう、マジで見つけ出してシメたい。手鏡で探せるかな?でも証拠ってやつを探すのが難しいんだよね。
私は流石に過去見や予見などの占星術関係の魔法までは出来ない。遠見なら出来るけど、望遠鏡の上位互換だと思ってもらっていい感じね。
もう何日経ったっけ?よくもまぁこんなに眠れるものだ。すぅー。
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side.Arnold
食堂にはルナヴァイン嬢含めたご令嬢方が姿を見せなくなって一週間も過ぎたところだ。
体調が戻らず学園を休んでいるあの女が居ないのは分かるが、ランチを共にしていたご令嬢達まで食堂に姿を見せないとは何事か。
まぁ、現状で一番容体を把握して居るのは双子だろう。ルナヴァイン嬢は容体の急変の可能性もものともせず、翌日俺がパーティーの後始末で奔走している間に邸に帰ってからその後も面会謝絶だ。
当然の事、パーティーに於ける全ての事にルナヴァイン公爵家から調査依頼のついでに抗議文書が届いている。内容は至極真っ当であったのだが、腹立たしくて腹わたが煮えくりかえりそうだ。
それには俺が把握して居なかった、昨年の殺人未遂にも触れられて居た。幸い大事無く全治一週間ほどとの内容だったが、解せぬ。
あの女は二日後の入学式にも平然と出席して居ただろう。今回の毒にしても、実際は大したことはないのでは無いか?聖水だって飲ませたのだろう。
だが俺が直面して居る問題はそんな事では無い。建国記念パーティーは皇宮主催の権威あるパーティーだ。他国の賓客を招く事もあるし、帝都中の貴族が集まる一大イベントである。当然万全の準備がなされて居るのだ。それがどうだろう、二年連続で賊の侵入を許し、狙われたのは皇太子の婚約者。未来の皇太子妃であり皇后だ。この婚約を一番後押ししている皇帝は当然各部署に当日の再調査を徹底させているが、前回は警備に有り得ない穴があり、今年は給仕に身元不明者が混ざって居た事が分かっている。それから何の進展もない。ルナヴァイン公爵家からは今回は進捗確認の連絡すらない。要は当てにされて居ないのだ。形式上抗議しただけ。皇帝に責つかれ面会の申し入れをするが、相変わらず面会謝絶の返事が来る。
「容態はどうだ?」
どっちに聞けばいいか逡巡したが、フィンネルの方に聞いた。
「ああ、もしかして妹のですかぁ?まだ寝た切りですよー。 一応回復魔法はかけてますが食事量が少なくて一人で起き上がれないほど痩せ細って居ますが見たいですかねぇ?」
うわぁ、俺は選択を間違えたか?これは明らかに、見に来るな、と釘を刺しているよな?恐らく面会の申し入れをしている事も把握してのことだろう。
もう面会の要請はしない事にしよう、どうせ回復すれば学園に通い始めるのだから。
だが、その後一ヶ月が過ぎても学園に現れることは無かった。
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「何ていうことでしょう!マリーが居ないと教室に華が無くなったように暗いわ」
「ロサったら、それは言い過ぎというものだわ。 でもそうですわね、皆気持ちが沈んだままのようであるとは思いますわ」
あまり大きな声で言える話題では無いものの、友人のご令嬢方はひそひそ話で始業式からずっと姿を見せないマリノリアの容体を心配していた。中には皇宮の警備やその後の対応への不満など、他に聞かれたりしたら不敬に当たりそうな事もつい口に出てしまうのだ。
「もう今週末には模擬パーティーですわね。」
誰ともなくそんな話が出た。そう、マリノリアは既に一月近く学園を休んでいた。
そろそろ見舞いをしに行ってはどうかという事になった。面会謝絶だという事だが、それはあくまでも皇太子殿下に対しての事だ。令嬢ならば許される可能性はある。四人連名で面会の先触れを出して、週末見舞いに行く事にした。
果たして週末、難なく面会の許可が下りたバーバラ・ルキタニス北の辺境伯令嬢、リディア・アイザック侯爵令嬢、タテディアナ・ローザナス南の辺境伯令嬢、アマリリス・ラキランス伯爵令嬢の華やかなご令嬢一行は、早咲きの薔薇が咲き誇り緑の生垣に囲まれた美しい門扉から馬車でルナヴァイン公爵家別邸へと入って行った。一見すると警備の物々しさを感じる事なく長閑な庭園内の馬車道を本館に向かってゆっくり馬車を走らせる。馬車の窓から外の風景を見るだけでも一見の価値有りの素晴らしい庭園。ほとんど目にする者が居ないことが惜しいほどのものである。門扉から十五分ほどで邸の正面に到着した。
馬車の扉が開けられ、エスコートに手を出したのはこの家の嫡男リンデーンだ。予想外のことに令嬢方は一瞬固まったが、優雅な笑みを向けその手に重ね、馬車を降りた。入り口から入ると執事と侍女達数名が並んで丁寧なお辞儀にて挨拶する。
「ようこそ。我がルナヴァイン家へ。それで、大変申し訳ない事なのだが、妹はファミリーテラスで療養生活をしているもので、そちらに案内させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ファミリー、プライベートなど呼び方は様々だが、本来客を迎え入れるような場所では無いため、客人を案内するには失礼とされることの方が多い場所だ。例外は見舞いの場合の寝室くらいか。
だが、ご令嬢方にとって、そここそが魅惑のスペースであった。
それでなくとも招待される者が稀なルナヴァイン邸。そのファミリースペースなんてきっと他人に見せることの無い、家人の好みが存分に反映されている場所に違いない。庭園も非常に美しい空間であったが、ルナヴァイン家に限って来客用スペースのみに力を入れているとは思えない。むしろ過ごすことの多いファミリースペースにこそ力を入れているのではないかとも思えるのだ。
「まぁ、ルナヴァイン公子、そのようなことお気になさらずに。此方こそ大変な時に訪問をお許しいただき申し訳ありませんわ」
案内された部屋はまるでサロンのようなゆったりとしたリビングスペース。奥にはダイニングテーブルのある部屋も見える。窓側には大きなガラス張りのテラスが張り出していて庭の早咲きの薔薇と季節の花々の共演と、テラス内の可憐な花や葉を楽しむ観葉植物、珍しい華やかな大きな花など、ここは天国かと思える絵画のような景色が広がっていた。その中心には小さめのベッドに背を起こし、クッションにもたれる可憐な、今にも消えてしまいそうな儚げな美少女が微笑んで友人達を迎えていた。
「ご心配をかけてしまってごめんなさい。ここまで会いに来てくださって嬉しいわ、ありがとう。 まだ自分の力で身体を支えることが出来ませんの、こんな格好で失礼するわね」
「そんな気になさらないで。 お顔の色艶もすっかり良くなったようで、安心しましたわ」
「とても寂しくて、心配しましたのよ。 でも快方に向かっているようで、安心しましたわ」
「これ、お気に召すか分からないけど、外国から入って来たボンボンと言う砂糖菓子ですのよ。 ほんの少しお酒が使われているのだけど、風味づけくらいですの。お口に合うと良いのだけど」
「ふふ、お庭にも室内にも見事な花が溢れているけど、これも、少しでも気持ちを楽にして欲しくて選びましたの」
紅茶とスウィーツがワゴンで運ばれて来た。いずれもルナヴァイン家自慢の品々である。マリノリアの前にはノンカフェイン化した茶葉を使ったミルクティーと、プリンが置かれた。生クリームさえ添えられていないシンプルな品だ。
令嬢方は学園での話でも楽しい話題を選んで話した。マリノリアも久しぶりに笑い転げた、少し身体に響いたが気にしないくらいに友人達との会話を楽しむ。
最近お昼は混み合う食堂ではなく、屋上庭園の一角に、なんとガゼボを作らせてそこでゆっくり楽しむことにしていると話した。これは、もしかしたらマリノリアを慮っての事なのかもしれない。実際のところ、こう言った事件の被害者は心身的なショックを引きずることが多く、人の多い学園に復帰出来るのかが疑問視されていたのである。
マリノリアは夏休み前まで休む予定であったが、付き添いが許されるのであればそろそろ復学しても良いのではないかと思うようになっていた。
チート回復・治癒すれば良いんじゃないかってのもあるんですが、大人の事情ですよね。
落ちた筋肉を魔法では戻せませんので、早めに回復・治癒しちゃえば良かったのに、というのはあるんですが。




