52. 悪役令嬢、色々寒くて疲れた件
ゆっくり温泉に浸かる。毎日温泉、好きな時間に入りたい放題って、湯治に来たみたいにすっかり寛いでしまっている。
まだ『北限の氷の洞窟ダンジョン』の雪うさぎから採取出来る綺麗な桜貝色の魔石を沢山採取したいのだけど、フィンネルお兄様は寒いところは嫌だって言うし、こっそり一人で行っちゃおうかなぁ。別の季節でも良いけど、季節で魔物の強さが変動するダンジョンだし、万が一季節によって色味が少し違うなんて事があったらショックだけど、その場合は季節ごとに行くのもアリかなと思うんだよね。
でも今回は他領の魔石価格の市場調査も兼ねて、スチュワート領からナティウス大森林に少し入った場所にあるドナ・リサ遺跡ダンジョンに行くことにした。このダンジョンの管轄はマウラ町にある冒険者ギルドだけど、先にダンジョンにlet’s go!
「うわぁ、ここも危険な気配がするよ、依りにもよってナティウス大森林とか無いよね。 わざわざ足を踏み入れる必要無い場所だと思うんだけど、何か間違ってる?」
「間違ってはいないと思うのだけど、ここは15層までしかないけど、多種多様な魔物が出るって冒険者の間では人気スポットなのよ。 それに管轄の冒険者ギルドがあるマウラ町には魔石を加工して売ってる土産物店の本店があるハズだから、市場価格調査も兼ねてるの」
「その商売熱心なところは誰に似たんだろうね」
「さぁ? 遺跡ダンジョンに入りましょ!」
お兄様の愚痴を聞いてても何も始まらないのでもう先に入っちゃうからね、とばかりに入口に向かうと慌てて付いて来た。そう、入り口であまり離れて入ると別パーティー扱いになり、互いの姿を見つける事が出来無くなってしまうのだ。
しかし、魔石集めをしたいのにこの浄化加護体質は厄介だ。出現率が下がる上に魔物に避けられる。っということで、今回は試しにダンジョンに入る前に、聖女の加護の内『浄化』をピンポイントで【隠蔽】してみることにした。果たしてその効果の程は?
「すごーい、結構出て来るものなのね」
「そお?普通だと思うよ」
なるほど、隠蔽はやっぱり便利だ。今後魔石集めでダンジョンに入る時は予め加護の浄化を隠蔽しておこう。
「でも1階層目から5種の魔物が出て来るダンジョンは初めてよ?」
「それで何が嬉しいのか分からないけど、とりあえず一掃しとけば良いの?」
「そう、そんな感じ。 でも滅多刺しとか、原型止めないくらいの攻撃とかは良くないの、魔石までクラックや濁りが入っちゃうから、上手に仕留めて」
「中々難しいんだね」
「そんな事ないと思うけど。 手っ取り早く一撃必中なら確実に良い感じの魔石が取れるわよ」
こんな感じで二人でサクサク進んで行く。まぁエンカウント率が高くなっても二人だと楽チンだわぁ~。お母様ありがとう。お兄様巻き込んでごめんなさい、でも感謝してるわ。
斯くしてフロア核やレア魔石、ドロップアイテムも大量ゲットしてドナ・リサ遺跡ダンジョンを無事に踏破した。そして隠蔽を忘れずに解いて町へ向かう。
「そう言えばマウラ町って冒険者の街だけど温泉街でもあったね」
「入りたかったら入ってから帰る?」
「泊まらなくても温泉だけ入れてくれる所があるかな? 見た感じ無さそうだよ」
ホントだ。銭湯とかスパみたいなのが見当たらない。そうだよね、温泉パスだって提携の宿に宿泊してるお客様向けだったりする場合が多いものね。
「泉質違うから試しても良かったけど、残念だったねー」
なんて言いながら歩いているうちに町の中心にある冒険者ギルドに着いた。あまり大きな町じゃなかったのね。石造りの建物で分厚い木の扉が開いた状態で固定されている。中に居る人達寒くないのかな?
受付のカウンターに向かうと、受付のお兄さんが愛想良く挨拶してくれる。
「こんにちは、ダンジョン行って来たのでこれ鑑定お願いします」
「すごいねぇ、何回潜ったの? ああ、踏破記録付けるからカード出してーーって!1回でこれだけアイテム出たの?強運だねぇ!!」
鑑定しながら驚きの声を上げる。ああ、あまり大きな声出さないでください目立つじゃないの。案の定チラチラ見る人たちの中には感じ悪く見る人達がいた、後で絡まれないといいなぁ。おみやげ屋さんに寄るのは無理かな?
ここでは鑑定だけで引き取りは後でゆっくり選別してからすることにして、さっさとギルドを出た後、目星をつけておいたお土産屋さんに急いで入る。
「慣れたもんだね。 後は店出た時に出会さなければ良いな」
まぁ、お兄様も気が付いていたみたい。だよね、ただのお坊っちゃまじゃないもの。
魔石をアクセサリーやルースに加工して売っている一角に向かう。やっぱり魔石って高いんだなぁ。
「ふーん、これが言ってたヤツかぁ、確かに宝石品質じゃぁないね」
お兄様がこそっと小さな声で話す。
「質が良いのは店舗に出さずに富裕層や貴族向けに出入り商会を通じて出しているんだと思うわ」
「だろうね。 夜会でも稀に魔石を加工した宝飾品を身につけているご夫人が居るよ。 値段なんて聞けたものではないけどね」
市場調査としては大した収穫は無かったけど、質の良い魔石は本来バカ高い価格で取引されているってことは理解した。
まぁモノによっては命かけて採取している物だものね。ってことは、うちで出す時にあまり安く出してしまうとあちこちから恨まれることになりそうね。売価については熟考が必要そうだなぁ。
もうお店を出ようかとチラッとショーウィンドウ越しに外を見る。うーん?あれは私達を探してる?
お兄様が「もう少し他のも見てみようか」と言って、奥の皮製品が置いてある場所に向かった。うわぁ、これ魔物の皮かなぁ、流石に大深林の深部まで行って採取した品物だけあってお高い。うーん、まだ私には行けない領域だ。
「先ず解体出来るようにならなきゃダメかな」なんて思わず呟いてたら
「出来なくても丸ごと持ち込む手もある。 血抜きだけ出来れば大丈夫だよ。 中には血も売れる魔物もいるけど持ち込み速度が重要になる。 亜空間収納でもしておけば問題無いけどね」
あらら、お兄様そうなの?知らなかった。考えてみたら私って冒険者ギルドにあまり長居しないようにしているから、素材の買い取り場面をあまり見たこと無かった。お兄様は二人から聞いて知ってたのかしら。私ったら、まだまだ勉強も経験も不足しているわ。
「素材採取の依頼なんか見ると稀にあるよ。 何に使うか分からないけどね」
うーん、血で思い付くのってスッポンとか蛇かな、強壮なんちゃら……吸血鬼夫人は若さを吸い取ってたってのあったっけ。後はイメージ的に呪術系かなぁ。
「たまには依頼も見てみようかなぁ」
「冒険者ランク上げたいならダンジョンだけではすぐ頭打ちになるよ。 依頼もこなさないとダメだってさ」
うーん、ランクはそこそこで良いんだけど、どんな依頼があるのかは興味出て来たかも。今度じっくり見てみようかな。
「もう大丈夫そうだよ、帰ろう」
「うん」
今日はちょっと危なかったけど、無事に別邸に戻って来れた。
朝からダンジョンに入って、ほんの少しだけ寄り道してもランチを家で食べられるって、一人と違って二人で協力し合うとこんなに違うんだなぁと実感。旅の仲間っていうのも良い響きだなぁ。
▽▲▽▲▽
今日のランチメニューはふわふわパンケーキ、前世のレシピで私が作りましたよ。バター、蜂蜜とメイプルシロップを掛けて口の中に入れると幸せいっぱい!
これで午後は北限の氷の洞窟ダンジョンリベンジ。攻略済みではあるけど、前入った時は浄化の加護付きでエンカウント率激低だったせいで雪うさぎの桜貝色の魔石が十分に集められなかったから。途中で危険だと思ったら隠蔽解除すれば良いものね。
ふわふわパンケーキと美味しい紅茶で心身共に温まった後のこの寒風……まぁ、フィンネルお兄様でなくても嫌だと思います。私だって寒いのは好きじゃありません、目的があるからこそ来ているんです。
「うわぁ、3日前よりも寒いんだけどこれ。 さっさとダンジョンに入ってしまおう! ダンジョン内も寒いけど少なくともここまで風は吹いてなかったよ」
お兄様、結局付いて来てくれました。このダンジョンの怪しい3階層以下の階も一度見ておきたい、とか。う~ん、ツンデレはヒロインにだけ発揮すれば良いのよ?でも分かりやすいから良いけどね。
さて今回も入り口に入る前に加護の浄化を隠蔽。これで準備OK!
お兄様は私が雪うさぎの魔石を欲しがっていることを分かっていて索敵で集中的に狩ってくれている。うん、口では文句言いながらも優しいんだよね。
やはりと言うか、お兄様も補助魔法系はかなり小器用に使えることが分かった。まぁ未来の天才軍師様だ。しかも後方から多少距離があっても癒しの魔法が対象に届くって言うのも凄いことなのね、私も出来はするけど、治癒師を職業にしている人達でも対象に触れるとか、怪我なら患部直接触れなきゃ直せないって制約付きの人の方が多いの。やっぱうちの家系って規格外なんだわぁ。
「なんだか急激に火属性のコントロールが上手くなった気がするよ、実戦で鍛えるってかなり博打だしスパルタだと思うけど大事だね」
「それは、お母様がお兄様の実力を考えに入れてのことだと思うわ。 本当に無茶なことは仰らないもの」
「そうかー……」
お兄様が何だか嬉しそうに頬を染めていたのは寒さのせいにして見なかったことにした。
問題の3階層、うん、ここ炎属性持ちなら楽勝だけど、他属性とか剣士には厳しいよね。ここのギルド長はきっと変わった人なんだろう、よく言えば実力主義?新人に感性とかセンスを求めるって珍しいタイプ。
二人共、省エネで初級魔法火の玉で一掃して次へと向かった。
「やっぱりここエグいよ。 いや、今のところ火球だけでやってけるから楽っちゃ楽なんだけどね」
「だから炎系の人気スポットなのよ。 この時期は中の魔物が強くなるから、一度踏破済みの人も再度訪れるんですって」
「それにしても、マウラ支部の職員の対応はナンセンスだったけど、このアイテムドロップ率の高さはちょとどころでなく強運だよね」
「そう? こんなもんだと思ってたけど」
「それにこの弓。 ほんの少しの魔力乗せるだけで必中出来るから魔物の強さが分からなくなりそうだよ。 すごく良い装備品だね」
うーん、そろそろ誤魔化すのキツい感じ?確かにね、レア進化の魔物に遭遇する確率も高いしラッキーではあるかも。場合によってはアンラッキーなんだけどね、レア進化は通常出る魔物より強いはずだから。
と、考えつつも今日も幸運宝箱の加護は絶好調だ。出て来る遺跡装備古代装身具を売るだけでも一財産稼げそうなほどなんだけど、多少はうちの宝物庫や武器庫に保管してはどうかと言う話になった。流通量の調整かなと思ったんだけど、ルナヴァイン家の戦闘力の底上げになりそうだと珍しくお父様が提案して来たの。
それも良いわよね、ってことで、その場で売っても良いと判断した装備はギルドで引き取って貰って、後は持ち帰ることにした。うん?いつの間にか私の家出資金貯蓄という当初の目的からズレてる気がするけどまぁ良いか。
そしてこのダンジョンの醍醐味?最終フロアボス。お兄様、氷雪ドラゴン見て感動している場合じゃありませんことよ?
炎耐性があることは分かっているので、今度は力技ではなく2人で雷撃を中心に攻撃したのだけど、やはりカチ割ってしまった。でも魔石が綺麗な透明でキラキラしてる。ダイヤモンドと比べて光反射どうなんだろう?カットによってはかなり化けそうだなぁ、うちの領はコランダム産出しているから、良い職人も抱えてる。今度依頼してみよう。
「21cmか、いくつかに割ってアクセサリー一揃い作れる大きさだね。でもこれフロア核だなぁ、きっとギルドでは売って欲しがるだろう」
そうなの、収穫祭の頃に起きた学園ダンジョン飽和事象を受けて、各ギルドでは管轄ダンジョンの核を保持して置く”緊急時における対策”を打ち立てたとのこと。うーん、浄化の力は弱いけどヒロインが聖女として居るんだから、そう滅多なことは起こらないと思うけどねぇ。備えあれば憂いなしってことはあるけどね。
さーて、さっさと冒険者ギルドで処理して貰って暖かい別邸に帰りますか!
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このフーゲン支部は何故にこう寒いのか。外では相変わらず薪割りをしている人がいるし、煙突からは煙がもうもうと出ているのに。
「2階に飲食店があるみたいだから、ここで長居させないようにじゃないかな」
お兄様が小声で呟いた。
「ぁ、ヤバい、見つかったらあの作戦でいくよ」
ん?一瞬、周囲を目線だけで探ろうとしたけどお兄様に阻まれて上手くいかなかった。まぁ良い、素早く済まそう。
「ハイジさんこんにちは、鑑定お願いします」
「あ、いらっしゃい!フィーさん、マリナさん。 早速見させて貰いますね」
手際良く鑑定してくれながら、12個ほど入っていたフロア核を別にしている。うん、やっぱり買い取り交渉する気だなぁ。今回はレア進化魔物とドロップ品の新情報も含まれていて、情報量が加算となった。必要ない魔石と、ドロップアイテムの引き取り依頼をしたら、やっぱり来ました。
「こちらの魔石(フロア核)はいかがなさいますか?今なら高価買取しますよ。 見た所かなり良質な状態で採取出来ていますし大歓迎です!」
「うーん、この辺は使いたいので、この3つだけ」
一応、ほーんの少しだけ譲歩してフロア核3つ買い取って貰った。おかげさまで全体でかなりの稼ぎになった。うわぁ。金貨1500枚ってどんな?
「じゃあ、また来ますね」
お兄様が王子様スマイルで挨拶し颯爽とその場を去って、建物の外に出た。私の肩にはしっかり手が乗ってる。私の姿を隠してた?
「ねぇ!フィーとこんな所で会うなんて珍しいね。 しかも女付きとか」
あー、これはヘルムルトだ。しかも剣士のこの人だけだとダンジョンとの相性が悪いからジル様か別のパーティーメンバーも一緒に居るに違いない。
「女付きってヤな言い方するなぁ~、この子は知り合いの子だよ。乳兄妹っていうの、妹同然なの! もう、お前らに見つかると面倒そうだから見つからないようにしてたのに……」
「へぇー……」
おやおや?何だろう、ジル様の声が冷えっ冷えだ!今日は男二人でダンジョンでしたか、それは寒かったでしょうねってジル様は女性と一緒の方が面倒だったか。
「あんなに目立つ買い取り交渉してたら隠れるの無理だって! ダンジョンでどれだけ稼ぐつもりだよ、もう家から独り立ち出来るんじゃない?」
「そりゃないって! お前らと違ってこっちは低ランクパーティーだからな」
「マリナ、パーティー組んだんだ? ソロ活動だと思ってたのに」
だから、ジル様声が凍りついてますってば!
「あれ?知り合い?」
あっ!フィンネルお兄様にこの偽名二人組と会った事、言ってなかったっけ!
「あのね、アートとルーンには冒険者登録の時に付き添いして貰ったんだよね」
「ああ、そうだったんだ、それにしても此奴ら偽名かw まぁそう言うことで、この子はマリナって言って僕の妹分だからよろしくね」
やはり二人の偽名で笑うんだなぁ、私も最初笑いそうになったけど。
お兄様がそのまま身を翻そうとした所で今回何故か空気読まないジル様が話を続けようとする。
「フィーはなんで急に冒険者になってるわけ?」
「ジ、じゃなくてアートに言う必要無いけど、まぁうちの母の無茶振りだよ。 女の子一人じゃ危ないから護衛代わりに付いて行けって、それでついでに実戦で鍛え直して来いってね、逆らえないでしょう」
肩をすくめながら言う。うん、ほとんど真実です。嘘は私との関係性だけ。だってマリノリアが冒険者活動してるってバレたら大変だもの。そしたら今度はヘルムルトがしつこく食いついた。
「えーっ? でも乳兄妹の護衛を主家の子息がやるってずいぶん変わってるよね? それにその子、貴族邸に住んでいたとは思えないなぁ、やっぱお前と付き合ってんだろ?」
うむ、私の庶民演技はちゃんと通じているらしい。筋金入りだからね!
「もー、うちは複雑なの! この子は領地から出たことなくて、妹が学園通うようになって領を離れたから自由になったってわけ、ここまで言って分からなければもうこれ以上説明する気無いから」
「あー、まぁなんとなく察した。 要は影武者やってたわけだ? 確かに遠目なら雰囲気似てなくもないかもね……」
「えっ?まさか第一皇子の婚約者ってだけで影武者用意する必要あるの?」
ヘルムルトは騎士目指してる割に鈍感だなぁ。もしかして春のパーティーで私が階段から落とされたの知らないの?騎士団にだって調査依頼行ってるのに?あんたの父親警備の責任者でしょ。
「あるから居るんだよ。 そうでなければ今年まで一度も帝都に出て来ないとか無い。 流石に帝都内で影武者使うわけにいかないからこうしてるの!」
「ねぇフィー兄、寒いから帰ろうよ」
お兄様の袖を引っ張って妹ぶりっ子する。ああ、この子供っぽい感じが年相応だよね。普段の私がおかしいの。
もうね、さっきから居た堪れないの!なんだろう、私の肩が重くなってる気がするのは……もう帰って温泉入りたい。
「んじゃ!そう言うことだから、変な噂流すなよ!」
お兄様は2人にビシッと言い、私の肩を抱いたまま足早にその場を去って街の方に向かった。2人は追いかけてまでは来なかった。
はぁ神経が疲れた。




