5. 悪役令嬢、今の内に学園生活を満喫する?
学生時代に学ぶのは何も勉強だけじゃない、とかなんとか……は、端的にまとめると青春ってやつかな。
この学園はお貴族様の令息令嬢が集まる。しかも今は皇族が、一学年上に皇太子まで通っている時期だから青春を楽しむどころの話ではなく、権謀術数渦巻く皇宮や、目の笑ってない貼り付けた笑顔の仮面が並ぶ、見た目だけ華やかな社交界の縮図をいかにうまく切り抜けて平和に過ごすか、が重要になる。
子供同士の付き合いと侮るなかれ。
むしろ稚拙な子供だからこそ起こる些細だと思われる諍いも、この学園で起これば将来に重くのしかかり、家門を吹き飛ばす恐れすら出てくる。
それを理解していないお子様が少なくないってことがいちばんの問題なのだけど。
マリノリアはお友達を作りに来たのではない。どうせ学園も社交界からも追放されるのだ。
ここで学べることなど殆ど無く、三年生になってより深い専門授業を受けられるようになるまでは、これまで家の家庭教師に叩き込まれた知識の確認にしかならない授業を聞き流す毎日を送ることになるはずだ。
一日目の授業はクラス内の自己紹介と学園内ツアー。
馬車の渋滞など不測の事態に備えて十分な余裕を持って別邸を出る支度をする。
「やっぱり似合わないわ」
お気に入りのアンティークの縁飾りが素敵な姿見に映る自分を見ながらため息交じりに呟いた。
お付きの侍女達は「そんなことない、お似合いでいらっしゃいます」等と口々に褒めてくれる。おだてている様子はないからきっと本心でフォローしてくれているのだとは思う……のだが、この制服はやはり可愛い子が着た方が似合うと思う。
これはマリノリアの前世の 萌 え なる感覚も影響しているのかもしれない。
手触りの良い細めの絹糸で丁寧に織られた上質な生地で仕立てられたブラウスは、襟はフリルの付いたムスタテールセーラーカラー、前開きで共布の包みボタン、フリルが彩り少し間を開けて縦に3本細めのピンタックが入っている。
中に着用している下着が透けるほどの薄さではなく、ほどよく体の線に馴染む立体的なフォルムでありながら、日常の動作に不便を感じることなないようゆとりを持たせる絶妙な縫製のオーダーメイド品。だけど、十二歳と言えばまだまだ成長期、サイズの合わない制服を無理に着るなど庶民なら許されても貴族では嘲笑の的になる。
本来衣装代を抑えられるところが制服の利点なのに、この学園では高額消耗品なのだから、家名だけが取り柄の家では体面を保つのに苦労するだろう。だから価格抑えめの既製品も用意されている。
体型や着方によっては胸元を強調するシルエットのジレは、前の合わせを胴の部分で隠しフックと同素材の紐で編み上げて絞めるタイプで、腰回りを覆う部分の裾にはご丁寧に共布でフリルが施されて大変可愛らしい。
ジャケットはボレロで、ブレザーと違ってウエスト部分が隠せない。淑女たるもの常に体型に気を遣えってことか。
スカートは三年生までは膝下10cmから15cmが規定の丈で、たっぷり布地を使った贅沢なギャザースカートは冬は羊毛の格子柄、他シーズンはジャケットと同じ綿素材。綿織り物といっても庶民の手の届くようなものではなく、肌触りよく丁寧に密に織られた高級素材。
どう織られているものやら、シワがつき難く制服にぴったりの素材だと思う。なのに色が水色ってどう言うこと?ほんの少しの汚れでも目立ってしまう。
現代はダークカラー主流で汚れが目立たなく、一シーズン二着を着まわしてシーズン毎にクリーニングすれば間に合ったと言うのに、こんなうっすい色では少しの砂埃が付いただけでも洗濯しなくてはならない。
この世界にドライクリーニングなんて無い。水洗い?熟練の技術が無いと生地が縮みそう。
洗濯屋はあるけど技術料が高い。魔法のコストはやっぱり高いと思う。上手く使える人が居ないことも一因している。洗浄は魔力量はそう必要ないけど割と繊細な魔法操作を必要とするのよね。
私は自前で出来るから問題ないのだけど。そうだ!防汚の魔法付与を施しておこう、その方が生地も痛まない。
無駄が多すぎて本当に制服の意味がない。
胸元のリボンは一年生は赤で、結び目の部分に校章にあたるブローチを着ける。
姿見の前でくるりと一周し、身だしなみの最終チェックをする。
女性は化粧をする人が多いらしいが、ほぼすっぴんにしている。肌を保護するためにクリームを馴染ませた後、日焼け止め効果のある白粉をはたく。顔だけ日に焼けるのを防ぐためだ。
髪は一纏めにしてポニーテールにして髪を軽く巻いてみたが、髪が長いせいで頭が重く感じる。
編み上げて下の方で纏め上げた方が良かっただろうか。とりあえず今日は一部を編んで結んである部分の周囲に巻きつけてピンで止める。これだけでも少し頭が軽くなった気がする。
確かに自分でも美しい髪だとは思うが、髪を短く切れないって本当に辛い。美しく手入れされた長い髪は貴族令嬢のステイタスである。
貴族令嬢ってつまらない見栄が多くて嫌になる。
「行って来ます」
見送りに出て来た使用人達に声をかけて馬車に乗り込むと、そこには既にお兄様方がいた。
昨夜は寮に泊まらず一緒に別邸まで帰って、私の入学祝いを兼ねた晩餐を共に過ごしたのだ。
「おはようございます。リンデーンお兄様、フィンネルお兄様」
「ああ、おはよう。昨夜はよく眠れたようだね」
「おはよう……」
下のお兄様はまだ眠り足りないようだ。
「フィンネルお兄様は、また戦術書でも読みふけって時間を忘れてしまったのかしら?」
「まぁ、そんなところだ」
フィンネル兄様はつまらなさそうに答えた。うん、あまりご機嫌もよろしくないようね。ここはそっとしておくに限る。
馬車道は渋滞にはまることもなく、45分ほどで学園に着いた。その間馬車の中は気まずい空気こそ流れていないものの始終無言で、終いには三人三様に意味なく手持ちの教科書を読むともなく眺める有様であった。
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一年生のクラスは三クラス。二年生は皇太子殿下がいる為、一組に限り貴族階級や側近及び側近候補でクラス分けがされているのだけど、一年生は公爵家から騎士爵家に至るまで身分に関係なくクラス分けが行われている。一応学園内では身分の差はなく平等ということになっているから本来はこれが正常なクラス分け。
と言っても、家名で相手の身分が分かってしまうから、平等にはある程度の暗黙の了解で線引きがある。ここを誤ると大変なことになるというわけ。そして二年生からは学力試験の結果により組み分けが行われる様になる。それでも一応身分差は関係無い。
クラス分けによると私は二組だった。教室に入ると特に決まった席はなく自由に座っていいようだ。教壇が一番低い位置にあり、少しカーブのかかった長机とベンチが横に三つ、後列になるに従い長くなる机は五列になっている。現代の大学の講義室っぽい作り。私は一番後ろの窓際の席に座る。ここなら一番目立たなそうだし、日本人はたぶん、一般的に隅っこ好きが多いのよ。やっぱ一番落ち着く。
クラスの人数に対して席が多いからわざわざくっついて座る人は珍しいだろうと思う。
それでも一番前の席は混み合っているようで空きが無いようだった。
そのワケはクラス担当教諭が来て出席を取り始めたらなんとなく察した。出席で呼ばれるのは名前だけで家名までは呼ばれないのだけれど、同年代の名前は全て記憶しているから問題無かった。予想に反して自己紹介は無かったから同名の人が居なくて良かった。
前側の席を陣取っているのは伯爵以下の令息令嬢達。たぶん学園入学前に基本的な教養を学んでいないか、十分ではなく不安要素があるから、学園でしっかり学ぼうということなんだろう。
高位貴族の令息令嬢であれば幼少期から厳しい英才教育を叩き込まれるから、学園の基本授業など聞き流しても問題無いはずだものね。
とは言え、授業を受けるフリくらいはしておかないと先生方の心象が悪くなるから、目立たないように参考書を持ち込んでいる。今日は高位魔術に関するもので、本来持ち歩くことの出来ない貴重な本だけど、読みたい本がたくさんあるから授業時間を有効利用させてもらおうってわけ。
ヒロインが入学してくるまで二年しか無いのだもの。