48. 悪役令嬢、今日からはお兄様方と通学ですの
ふわぁ……とりあえず夕食前に帰って来れて良かった。
急いで冒険者衣装を脱いでとりあえずバッグに隠す。皇都の別邸のクローゼットに入れて置く訳にいかないものね。そのまま急いでシャワーを浴びる。浴槽にゆっくり浸かる時間は無さそうなので、急いで私服のドレスに着替える。
読みかけの本を取り出して、寝室にあるソファーに腰掛けて読み始めた。
夕食時、基本的に昼間私が何していようとお父様とお母様はあまり干渉しないのだが、ずっと寮暮らしで私と同じ邸で暮らしたことが無い双子の兄達は、昼間から夜まで、たまに夜中、どこに行くとも断らずに外出する私を不思議に思っているらしい。
でも両親が気にしていないので不承不承納得している感じなのだが、しっかり嫌味?皮肉は言って来た。
「でさー、マリアは今日何処に遊びに行ってたのかな? 学園も休みで何もすることもないし、たまには兄と出かけようという気にはならないのかな」
ああ、何だか粘着質なこの言い様、だんだんとシナリオ開始時のフィンネルに近くなって来たわ。でもどうせ本当に私とお出かけしたい訳じゃないんでしょう?
「まぁ!お兄様はわたくしと何処に行きたいのかしら? 学園の近くに新しくオープンしたカフェ? それとも最近新しい本を大量入荷したという帝立図書館かしら」
あら、何気に言ってみただけだけど、帝立図書館は行ってみたいわ。但し一人で。
「いやぁ、そこはマリアに任せるよ」
やはり、私のお出かけにケチをつけたいだけのようね。
「でもお兄様、もう学園が始まるみたいですわよ。 学園の裏に出来たダンジョンが消滅したんですって。 後処理にどれだけ掛かるのかは分かりませんけれども、そうはかからないのでは? 学園側には被害らしい被害も出ていない様ですもの」
「まぁ!それは良かったわね。 そうそう! 貴方達の寮の部屋解約しておいたから、もう私物も引き取ってあるわよ」
「「はあっ!?母上、初耳なんですが」」
こう言う所は流石双子。素晴らしくハモるわね。
「だって、今初めて言ったもの」
出た出たー。お母様の実力行使!こんな目立たずに事を運べる機会無いものね。あら、そうなると私の週末の予定はどうなるのかしら?今週末だってダンジョンに行きたいのだけど。いっそお兄様方にはバラして一緒にダンジョン巡りしちゃう?仲の良い兄妹になっちゃう?お父様とお母様にはたぶんバレてるからね。
「わたくしだってね、貴方達があんな醜態を晒さなければ自由にさせておこうと思っていたのよ?」
そしてお母様は続けて言葉を付け加えた。
「ああそう、帰りはともかく朝はマリと一緒の馬車で行きなさい」
あらら、これで滑り込み登校出来なくなりましたわねお兄様方。
お母様の意図は分からないけど、まぁヒロインが来るまでの間、お兄様方と仲良く通学することにしますかね。これで上手くやれば多少は”断罪イベント”のフラグ少しは折れるかしら?
あれ?ヒロインって寮に入るよね?うん、シナリオ通りなら寮生活のはずだ。聖女だから王侯貴族に準ずる扱いの良い部屋を与えられて、世話係と護衛まで付く。けど、寮から学園の校舎までは誰と行くの?まさかのジル様?うわぁ、最悪だ。時間合わせるだけで一緒に行けるもの。私が目にする事が無いのはせめてもの情けというところね。
今でこそ階が違うだけだけど、シナリオが始まってヒロインと攻略対象者達が居る四年生と私が居る三年生では、中央校舎を挟んで東西の校舎に別れるため本校舎ですれ違う事は全く無くなる。唯一食堂で見かけるだけだ。ヒロインがどのルートを選ぶつもりなのかは気になるけど、食堂だけでは判断し難い。
そうね、どのルートに行こうが、気を付けて常に距離を取る様にすれば断罪材料になるような接触も無い訳だし、私は自由を手に入れることだけを目標に踏ん張ろう。もう食堂に行かないって選択肢もある。ヘルムルトの婚約者になってしまったディナも守りたい。
本校舎の屋上庭園で優雅にお食事している方々も居るから、三年生になったら私達もそうしよう。
屋上庭園の良いところは、一年生~三年生の校舎側と、四年生~六年生の校舎側で行き来出来ない所。そして出入り口には庭園管理人が常に居て、人の出入りを管理している。サボり対策の一環だが、つまり昼食時に庭園に居ればそれがそのままアリバイになるというワケ。
しかも三年生の教室の直ぐ上が屋上庭園だ。中央校舎にある他の教室移動にさえ神経を集中すれば接触を防げるはず。
そもそもヒロインから来ない限り会うことなど無いんだけどね。
ああ、夕方までは楽しかったのに、気分が一気に沈んでしまった。フィンネルお兄様側もマリノリアが苦手という設定だけど、私も苦手かもしれない。ヒロインだと攻略は容易かったけど、立場が違うと状況も変わって来るわよね。お互い苦手意識があるのならお兄様も分かっている可能性が高い。やはり不自然じゃ無い程度には距離を置いておいた方が良さそうだわ。
美味しいスウィーツが味気なく感じられて、顔には出さない様にしたけど、疲れたからと断って早めに部屋に戻った。
気分が沈んだ時はお風呂。贅沢なバラの香りに包まれてゆっくり身体と心を温めた。
お風呂上がりは冒険者バッグの手入れと片付け。空の水筒やお弁当箱、ゴミ袋など出したり、慌てて入れただけの冒険者衣装の手入れをしてまたバッグに収納。眠っていたジル様に掛けた毛布はそのまま出してベッド近くに置いてある椅子の背にかけた。ちょっとしばらく洗えないよね、流石に匂いを嗅ぐなんて変態っぽいことは恥ずかしくて出来ないけど、ちょっと誘惑される……。
今日の成果物は、今までのものとは別にしておく。ギルドに持ち込めないからね~。
先ず魔石を整理した後でふと目に止まったのは腕輪。ジル様がふざけて私の頭の上に乗せたティアラみたいな可愛い腕輪だ。つい、頭の上に乗せて見る。白いふんわりしたネグリジェによく似合ってる、なんだかお姫様みたい……。
らしくなく、しばらくぼんやりと姿見を眺めてしまった。これ、腕輪だと思ってたら頭に乗せても落ち着くのね、サイズ変幻?問題は効果だけど、えっと、アイテム名が癒し桃姫、水中散歩?って水中ボンベ要らずって事かな?あとは癒しと幸運、かぁ……戦闘装備品向きでは無いけど、ちょうどいいサイズのシルクの巾着に入れてから、がま口の化粧ポーチの方に入れておいた。これで少しは幸せになれるのかしら。
手鏡は大事に磨いて冒険者バッグの出し易いポケットに入れる、化粧道具と同じ場所なのはなんとなく気分。
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「ごきげんよう、お兄様」
「ご機嫌よう、俺は全くご機嫌じゃないが」
「まぁ、今日からは毎日美味しいランチが食べられますのに。 ほんの少し早起きするだけですのよ?」
「おはよう、マリアは今日もご機嫌だね。 僕はまだ眠いよ」
フィンネルお兄様は欠伸をかみ殺している。どうやらお兄様方は朝非常に弱いらしい。そんな設定あったっけ?そもそも3人共寮だったハズだから、ヒロインすら知り得ない事など”悪役令嬢”が知るハズ無いのだ。ゲームシナリオにすら出て来なかったこの設定は、ヒロイン編入前にはきっと治るのだわ。
今日からは三人兄妹揃っての通学だ。馬車止まりではさぞかし注目を集めるだろうけど、これは慣れだよね。
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side.Boys
「結局茶会は流れたって?」
ヘルムルトは社交嫌いの代表みたいなフィンネルに聞いた。
「ああ、そのことか。 収穫祭にはもう時期外れだろ、当然の帰結だ。ふわぁ」
フィンネルは眠いのを隠す気も無いらしい。
「ヘルはそんなことより消えたダンジョンの事の方が気になってるんじゃないのか?」
「リンデーン、それは言うな。 正直俺も緊急クエストに召集されたかったが、こればかりは仕方がない。 しかも選抜されたパーティーメンバーの誰も踏破してないって不可思議現象が起こったんだ」
ヘルムルトは項垂れながら机に肘をつく。
「でもお前行かなくて良かったぞ? 報告書を見せてもらったが、高ランクの冒険者達が死者こそ出ないで済んだものの大怪我を負ったらしい。 しかも結局総階層数すら分からずじまい、最高到達記録が7層だと」
「はは、流石殿下の所には報告早いですね」
「お前が知りたがると思って父上に見せて貰っただけだ」
アーノルドは基本的に人が良い。違うのは政略結婚相手の婚約者に対してだけだ。
「なるほど? 不測の事態はともかくとして、ペース配分を考えるなら、探知で総階層数くらいは把握しないと引き際の判断すら出来ないのに、何を考えてたんだか」
「うわっ、辛辣! ジルも行きたかったもんなぁ。 でも結局自然消滅したようなものだろ? 緊急クエストの報酬は配分されたの?」
ヘルムルトの興味に応えてアーノルドが関係者のみ知りうる情報を流した、これは信頼によるものだろう。
「ああ、全てでは無いが一部支払われた。 それに、自然消滅ではなく何者かが先に攻略したという見解が有力だ」
アーノルドは落ち着いて説明する。何者かは分からないが依頼報酬を受け取らず実質タダ働きで飽和現象のダンジョンを消滅させてくれたのだ。細かい事情については正直どうでも良いとさえ思っていた。
「双子がこんな時間に居るの新鮮だなぁ。 明日は雪でも降るんじゃ無いか?」
「エリンなら分かってくれると思うが、俺達は我が家最強の強権発動により寮から連れ戻されたんだ」
「ははっ! まさか夕方は毎日鍛錬? 来年は優勝一択だな!」
「特には決まってはいないが、週の半分はそうなってる。 護衛騎士達とだってことだけは救いだな」
リンデーンが続けて答えた。と、これまで寮生活仲間であったジルアーティーが慌てる。
「ちょっ、寮生活俺だけになったって事なのか?」
「ジルは魔導師の塔も近くなるから寮のままで良いんじゃない? あ、おい、フィー眠るな」
馬車の中で頭への糖分補給にと妹からチョコレートを貰ったのに、まだ足りなかったようだ。フィンネルは教科書を頭の前に立てて眠りの体制に入っていた。