42. 閑話 殿下の緊急招集は頭が痛い
side.Helmult
それは午後の座学が終わった時の事だった。殿下がこっそりと小さな紙片を渡して来た。これは『その場で見てはいけないもの』だと感じ取った。恐らく人目に付きたくないのだろう。拳を握って隠し、次の乗馬の授業の為にロッカールームへ向かう途中、少し違う順路で向かいながら周囲を確認して内容をさっと確認した。
だがこれは本人に許可を取っての事だろうか?しかし殿下の頼みではたとえ事後承諾でも断れないだろう。今日は注文していた商会からダンジョンの最新情報の冊子が届いたと連絡が有ったから早く読みたかったのに。
俺は乗馬の授業が終わり次第、帰宅の準備を速やかに整え殿下指定の場所へ向かった。男子寮のリンデーンの部屋に入ると、そこにはリンデーンしか居ない。少し早かったようだ。
「早くも無いよ、分散して待ち合わせただけだと思う。寮に入ってない人達が同じ部屋に集まったら不自然だろ?」
「そんな慎重にしても、どのみち殿下が寮に来る事自体が不自然だと思うが、そこには気が付いてないのか」
「ははっ!まぁ良くも悪くも真っ直ぐだから、まだ策を巡らすのはお得意じゃ無いんだろ」
いや、お前も大概だがな。俺は今朝と食堂で受けたショックからまだ立ち直ってない。恐らく他にも似たような奴がいるハズだと思う。もしかしたら最たる人物は殿下なのかもしれない。そうだなー、俺だったら婚約者の家に他の男が泊まるのは嫌だなぁ。しかも意識が無くなるほど呑んだ酔っ払い。その上爆弾投下だ。本当の事であればこれほど目出度いことは無いだろう。何故か今週末に収穫祭なる催しが学園で行われる事になったことより重要な事だ。
部屋の扉をノックしてフィンネルと殿下が入って来た。流石双子、部屋の主の返事を待たないのか。
「急に収穫祭ってなんだよな、やることは殆どティーパーティーと同じだって。学園でやる意義を感じないんだが、何処からの発案なんだよ、誰か知らないか?まぁ、決定を覆すのはもう無理だが物申したいだけだ」
フィンネルは収穫祭と銘打った茶会が気に入らないらしい。俺も疑問には思ったがな。
「ジルとエリンが遅いな」
殿下が呟いたらフィンネルが応えた。
「ああ、ジルなら魔術の教授に捕まってましたよ、遅くなるんじゃないですかね。エリンもジル待ちでしょう」
「ちっ、選りにも選って教授相手じゃ適当に躱すわけにも行かないな」
殿下イラついてるなぁ、短気では無いから余程急いでいるのかもな。殿下が護衛も兼ねてるリックとジーンを置いて来たってことは、秘匿性の高い話をしたいって所だな、そうなると昼食時の爆弾の話か。
「しょうがないから、これでも飲んで落ち着こう」
何だろう、フィンネルは何でも器用に熟す奴だと思っていたが、茶を淹れるのも上手いのか、もう何でもアリだな、この部屋はリンデーンの部屋だが。リンデーンが茶汲みをする姿なんて思い浮かばないなぁ。双子でも得意分野が分かれるらしい。
「そう言えばさぁ、学園内の森に近い場所に妙な違和感が出ている話聞いた?」
本当に、こいつは何処からそう云った情報を仕入れて来るんだろう。流石ルナヴァイン家時期当主ってところなのか?あれ?今何か引っかかったぞ。「それって…」と話を掘り下げようとした所に、ノックの音がした。
「開いてるからどうぞー」
リンデーンの気の抜けた声に高まりかけた緊張が消え去る。これも一種の才能なのかね。
やっとジルアーティーとエリンが揃った。
「教授に捕まった割に早かったな」
「ああ、森の付近にダンジョン出現の兆候が出ているらしく魔導師達で調査するらしい。事の次第では事前にダンジョン発生を防がなければ災害の危険性が有りそうだとのことだ」
おおっと、ジルアーティーに声をかけたら、不穏な返事が返って来た、いや、何となくそんな感じはしてたんだが。
それって収穫祭なんて建前だけの茶会している場合じゃ無いよな?
「なんだ、急に問題が増えた気がして頭が痛くなりそうだな、ここに皆を集めたのは、昼の話を詳しく聞きたかったからなんだが」
「うーん、情報源については言えないけど、答えられる範囲なら何でも聞いてくれて良いよ」
「ってか、僕も殿下は知ってると思ってたよ。皇家の大スキャンダル繋がりの話だもんなぁ」
「……如何して聖女の話が皇家の醜聞と結びつくんだ?」
「あちゃー、殿下が知らないなら、それここで言えないかも、俺もまだ長生きしたいし?」
「いや、ここだけの話ってことでも言えないのか?」
「いやいや、史実と実際が違うってヤツ、しかもまだ昔話にもなって無い事をここで暴露するとか無いって、知りたかったら皇帝陛下に聞いてくださいよ。陛下も知らなかったらお手上げだけど。まぁ、そこには触れない程度の話なら出来るから、昼より詳しく説明しますよ」
殿下は釈然としないながらも先を促した、双子が言えないと言い出したら絶対口を割らないからだ。
「それで良いから聞かせろ」
「65年振りに聖女が現れた。と言うか見つかったって話まではしましたよね。庶民で出生間も無く地元の教会で洗礼を受けた当時は聖女の神託が下りなかった。理由は不明。ただ前聖女の力には及ばない事から、当時洗礼した司教では神託を授かれなかったか、12歳になってから聖女として顕現したか。と、見解が分かれはしているものの、それは瑣末な事で、重要なのは何処で保護するか、どう扱うかの二点が問題になってまして」
「でも学園に入るって言ってなかったか?それに殿下の婚約者挿げ替えって、保護する場所と、どう扱うかほぼ決定しているってことにならないか?」
「ジルの言う通りなんだが、まだ決定事項では無くて、最善と思われる対応ってだけなんだ。先ず聖女に認定された者はその領地の領主に保護される決まりだ。つまり今はデボワール伯爵家の養女として保護と貴族教育を受けている最中。問題は彼女の加護の力が及ぶ範囲と力の大きさ。前聖女のように帝国全体を覆い尽くす強力な加護の力を持っているなら、帝都の神殿なり皇宮で保護すれば土地が豊かになるだけに留まらず、海の豊漁も期待出来る。だが今回見つかった聖女は、帝都内で保護するより、より穀倉地域に近い場所で保護した方がより効果的に豊穣の加護を期待出来る、で、神殿と教会で取り合っているのが現状」
「つまり、学園で学ぶ間は帝都周辺の穀倉地域にしか力が行き渡らないと?」
殿下は手を顎に当てて考え込んでいる。
穀倉地域ってエリンの所か、なら帝都で保護しても問題無さそうだが、それだけじゃ帝国民の食卓を維持出来ないな。西側にはどれだけ力が及ぶのかが問題になりそうだ。ただ帝国の食料自給率は120%だ、先代聖女が65年前に亡くなり、新聖女が現れるまでも穀物生産量はそこそこ維持している。話はまだ続く。
「まぁ聖女って存在だけで貴重だから、保護が最優先される訳だけどね。 貴族になった以上、教養も身につけなければならないし、折角授かった聖属性魔法を眠らせて置くのは勿体ないだろう? それで学園に入ることは決定済みって事。 四年生になったら俺らと同じ一組に編入して来る。 恐らく皇帝命令で学園内での彼女の護衛と世話を誰かしらが申し付けられるだろう。
で、彼女をどう扱うかは3つの派閥に分かれて係争中だ。 先ずは皇家に聖女の血を取り込みたい神殿側、65年前に身罷られた前聖女は皇女様でしたからね。 教会は古くから2派に分かれている。 聖女の処女性については永遠のテーマって所でしてね。婚姻によって力を失うと主張する派閥と、婚姻して子孫を残しても聖女の祝福は失われないと主張する派閥。
一番はやはり神殿が強い、何しろ皇帝陛下が付いているからな。 帝国に聖女を留め置くのに最も効率が良く、相応しい椅子を用意出来る。罷り間違って力を失うことが有っても、責められることがない。 そこで仮に殿下の婚約者とする場合、聖女を側妃にするなど、神殿と教会が到底許さないだろう。だが他の皇子の妃にするのも後に問題になりかねない。
ではどうする?ってことになる」
「全く、俺の意思の及ばないところで大事な話が進められ過ぎだ」
「まぁ俺もそこは殿下が気の毒だなぁと思いますよ。 うちの妹との婚約も生まれる前からの勅命ですからね。で、それも問題になる訳ですよ。
聖女と、元皇女を母に持つ公爵令嬢。 どっちも側妃には出来ないでしょう?間違いなく議会が荒れる。
聖女をどうするかで、水面下では既に問題になっていますよ。
うちは妹を返してくれても全く問題ありません。側妃にされるよりも余程マシです。なんなら女公爵でもってのは流石に冗談ですが。
そもそもルナヴァイン家には3代続けて皇女が降嫁してまして。殿下とうちの妹は普通の従兄妹以上に血が濃いんです。 皇帝陛下はそれを承知の上で勅命を下してますから、うちではどうしようも無いんですがね」
うえーっ、なんだかリンデーンが黒く見えるぞ、こいつ妹のことになるとこうなるのか、知らなかったなぁ。そういや刺繍入りのハンカチやたら大事にしてたっけ。
でもまぁ、仮に俺に妹が居たとして、側妃になんて冗談でもくれてやらないからな。まして政略結婚で全く愛情のかけらもないのに第二とか冗談じゃないだろ。
皇后以外認められないし、しばらく第二も作らせない。当たり前だ、公爵家の意地がある。
そこでフィンネルが話を挟んだ。
「本来なら、聖女発見の報は教会から速やかに神殿へ報告され、皇帝陛下に知らされるのが筋だ。今回のは完全にデボワール伯爵が欲を出したせいで後手後手になってそれで無くとも難しい問題をややこしくしたんだ。授かった金蔓をさっさと神殿に入れられると困るんだろうねぇ」
フィンネルもやたらと聖女に詳しいみたいだが、一般的にはそもそも聖女って立場は特殊過ぎて、俺の考えが及ばない領域に入ってる。
それに、今更ルナヴァイン嬢がフリーになったら、俺ん家に欲しいわ!今ある婚約破棄してでもって奴、俺だけじゃ無く出て来るぞ。令嬢自身も大層魅力的ではあるが、それでなくともルナヴァイン家と繋がりたい家なんて腐るほどあるんだ。令嬢の価値は計り知れない。
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side.Fennel
あちゃーっw
兄上本音駄々漏れしちゃってるよ。妹返せって言っちゃってる、まだ嫁に行ってもいないのに。もう、ハンカチの時にジルアーティーがドン引きしてたの忘れたのか?まさか自分も飲み過ぎて忘れたのか。だが、仮に聖女を皇太子妃にするのであれば、当然妹との婚約は無かったことにさせるだろう。
でも聖女ねぇ。いくら最上級に配慮しろって言われても、殿下自ら世話役に付くとか有り得ないなぁ。実際どうなるかはまだ分からないが、皇太子と上級貴族が集う一組に元庶民の伯爵令嬢ねぇ、この時点で狙いが透けて見えるってものだし、問題が起こる気しかしない。だったら今すぐ婚約を破棄しておけ、って、言っても無駄なんだろうな。分かってるよ。でも殿下に全く愛されてないのにお飾りの妃なんて可哀想だよな。後宮に放り込まれて存在忘れられるのと同じようなものだ。
大体さぁ、皇女の降嫁が何だって?うちに降嫁した皇女様で一番ヤバいのは、ぶ厚い警備の神殿に居ながら外の男を誘惑した第七皇女で聖女様だろ。
僕らの高祖父のお祖母様が前聖女様だ。そう何度も会う事があるはずないのに手を出すご先祖様も意志が弱いって文句を言いたくなるが、当時の公子15歳と聖女様13歳が秘密裏にやることやってました、なんて公表出来ないだろ。うちの家系図では庶民を娶ったことになってるし、まぁそこが怪しさ満点だが”ルナヴァインだから”って謎の理由で見逃されている。本来なら平民との結婚などそのままでは認められるはずが無いからな。皇家でも第七皇女は生涯独身だったことになっている。前聖女は婚姻しても子供作るようなことをしても死ぬまで聖女だったが、その事実は隠蔽されている。
だから殿下に聖女を娶せるのなら、皇后の椅子に座らせるだけで、第二か後宮の妃に子を産ませるような体制になるだろう。殿下は真面目な方だから、そんなことは許せないだろうが、過去には何かをキッカケに聖女の力を失ったなんて事例もあるから、いや多いから、聖女は過保護なくらいに大事にされるようになった。それでも完全に守り切ることは出来ない訳だが。
四年生になったら誰が聖女様お世話係にされるんだろう。まだ先のことだが心配だ。
ああ、何でヘルムルトがチャラ男に見えてしまうんだろう。当初の設定では真面目だったのに




