4. 悪役令嬢、いよいよ入学式
今年もよろしくお願いします。
今回は短めです。
明日は入学式。
その前に何か出来ることを考えようと思ったのだけど、たったの一日で出来ることなど無かった。
「悪役令嬢として最終的に幽閉されることは決まっているのよね。だったらその後の生活基盤を整えておいて、家出する?それは追っ手がかかるかもしれないわね。いくらあっさりと婚約破棄された使い物にならない娘でも、ほとぼりが冷めたら適当な婿養子でもあてがって、そのまま砦の女主人に据えられる可能性はあるわ」
両親は決してマリノリアのことを憎んでも嫌ってもいない。ゲームシナリオ では全く分からない部分ではあったが、それなりに愛情は持っていると思う。ただ子供達への愛情よりも家と帝国のことが優先するだけなのだ。貴族らしいと言えばそうなのかもしれない。高位貴族で皇帝の家臣としては正しいけど親としては欠陥品ね。
今は平和な世になって久しいが、いつ戦争が起こるかなんて帝国内の情勢だけでは予想がつかない、常に警戒しておくに越したことはない。周辺諸国から見たこの帝国が、所謂『青い芝』に見えていることなど、ほんの少しでも大陸史を学べば分かることだった。
マリノリアは非常に優秀なのである。政略結婚に使えなくても、領地管理に嫡男を据え、次男を補佐に付けて家門を盤石のものとし、皇室直轄地にありルナヴァイン公爵家の別邸である城塞、この帝国の防衛線であり有事における最前線の警戒に最高指揮官として名ばかりの名誉職につけさせて、私を砦に縛り付けることも十分にあり得る。
でもこれはあくまでも私の想像でしか無い。唯一立ち絵やスチルが用意されていた悪役令嬢の幽閉ですらシナリオ終了後のエンディングでさらっと書かれていただけなのである。既にネガティブ思考に目覚めつつあるようだけど、来るかもしれない最悪を想定しているだけ、のつもりだ。
「まぁ、貴族の、それもこの家に生まれた以上、それを受け入れるのもありなのかもしれないけど、幽閉期間中はロクな生活させてもらえないの目に見えてるんだよね。修道院に入れないところを考えると、生活費は無しか内勤の使用人と同等レベルの扱いね。砦の料理と学園の料理どっちがマシなのかしら……」
入学前の学園見学日に寮の食事を試食させて貰った時は酷かったのを覚えているが、砦まで同レベルだったらどうしよう!?
埃だらけの屋根裏に閉じ込められることよりも料理の味が気になるところはブレないのであった。
幽閉。文字通り。城塞だから幽閉場所には事欠かない。地下牢に塔の上、身分の高い捕虜を閉じ込める牢もある。
が、実際に使われるのは屋根裏部屋だ。普段使われない……その部屋とも牢とも言えない場所。
長年掃除などされてないだろう、倉庫がわりに使われていれば多少は手入れされているかもしれない、そこ。
実はゲーム内において”悪役令嬢”の中では一番出番も多く、立ち絵も設定されていたが、幽閉中の描写はされていなかった。ただラノベ化された時の挿絵で、幽閉された部屋がどう見ても屋根裏部屋だったのだ。
「ふふ、屋根裏部屋……元庶民の私にとっちゃむしろお楽しみの空間じゃないの?でもまだ実際には一度も見たことないから下見が必要ね。だってね、流石に屋根裏部屋まで上下水道を配管しているハズ無いもの」
どうせなら快適な屋根裏ライフの計画でも立てておこうじゃないか。
幸い引き篭もりは得意だ。細かいことは後でいい。今は明日の入学式に備えて睡眠を取ろうとベッドの中に潜り込んだ。
▽▲▽▲▽
ガラガラガラ……
馬車が学園に向かう。
乗り込んでいるのは両親とマリノリアの三人だけだ。
兄達は入学式の手伝いをさせられるため居ないのだが、そもそも学園の寮に入っているため、皇都の別邸から学園まで通いで通学するのはマリノリアだけだ。
寮なんて女子寮であろうとも何が起こるか分かったものではない。
女子同士の争いに巻き込まれる。もっと恐ろしいのはヒロインがどう関わってくるかが怖い。
ヒロインとの接点と成り得るものは出来うる限り潰しておくに限る。両親は別の意味で通いを認めてくれたようだが、都合がいいというものだ。
帝立学園までは我が家から馬車で45分ほどかかるが、現代において満員電車で一時間強の苦痛な通学を経験している私にとってこんな楽なものはない。
整備された馬車道といえども多少は揺れるが、なんなら参考書でも読みながらでも大丈夫!
ああ!車酔いしないって最高!
入学式の受付を済ませたら、両親とは別の控え室で待機するとのことで別れて別室に入った。
学園内では身分差を気にせず生徒は皆平等に扱われる、と言うことにはなっているが、もちろんそんなの上辺だけだ。
空いてる上座の席に座って、受付時に受け取ったプログラムを見て案内までの暇を潰した。
▽▲▽▲▽
なんの変哲も無い入学式が終わった後、両親と合流してそのまま帰ろうとしたところ呼び止められた。
「酷いなぁ、ここまで来てて僕らに会わずにそのまま帰るなんて」
双子の兄達が、胡散臭そうに悲しげな表情を作っている。上の兄は普段は『俺』って言うけど両親や目上の人がいる前では『僕』になる事がある、印象操作かしら?男がやっても全然可愛くないけどね。ちなみに下の兄は常に『僕』だ。
「まぁ!週末も長期休暇ですら帰って来ないくせによく言えるものね、哀しいわ。そんな薄情なあなた達でも、可愛い妹の新入生代表挨拶くらいは見てくれたのかしら?」
「あー……、僕ら入学式の設営の後片付け任されてて、入学式は覗けなかったんだよ。 ごめんなマリノリア」
母の嫌味に下の兄のフィンネルが肩をわずかにすくめながら返す。
「基本的に他学年は入学式に参加出来ない、特に僕ら二学年生は講堂の外に配置されていたから、いくら身内でも無理だよ」
抑揚のない低い声で上の兄のリンデーンも言い訳を重ねた。
「でも、こうしてマリノリアの制服姿を見られて良かったよ。 なかなか似合うじゃないか」
「そうそう、似合わなくて悲惨なのも居るからなぁ~。 なんでもっと機能的な制服意匠にしなかったのか不思議だよ」
この双子はなかなか性格が悪いと思う。もっとストレートに褒められないものだろうか?まぁ彼らにとってさして可愛くもない妹だからこんなものなのかもしれない。優しいお兄ちゃん欲しかったな。
この制服、男子は普通の容姿であれば制服補正がかかるあまり奇を衒っていないスタンダードなものだと思うのだけど、女子は先ずスタイルが良くないと悪目立ちしてしまう。その為ぽっちゃり目の令嬢方はコルセットでウエストを締め上げているらしいとのこと。一人で衣装の脱ぎ着も出来ないご令嬢方は二人まで侍女を連れて入寮出来るらしいけど、コルセットが必要なければ、一人で脱ぎ着出来る意匠になっている。が、やはりこのデザインは可愛い子じゃないと似合わないと思う。実は私にも似合っていない。完全にヒロイン用だ。
「ところでなんでマリノリアだけ通いなの? うちの帝都の別邸は皇宮の南西だから、学園まで結構かかるだろ? 馬車の警備は最低限で済むにしても必要だし、友人だって出来難くなるんじゃないのか?」
「お兄様、学園内では鍛錬出来ませんわ。 それに蔵書も学園内の図書館より帝立図書館の方が品揃え良いわ。 さらに言うなら分野によっては我が家の蔵書の方がよほど良くてよ」
「「かわいくねぇ……」」
お兄様方、小声で言ったつもりでもしっかり聞こえてますわよ。