38. 悪役令嬢、護衛騎士服が似合い過ぎて残念
まだ夜明け前だ。でも今日はお祖母様が腕を振るってくださった朝食を摂った後、お父様を加えた3人で、お祖母様を領までお見送りする護衛に付くのだ。そう、お父様はともかく今回は私も護衛扱いですよ。
今の我が家には皇都で定められた私設騎士団保有上限の100名を超えた護衛騎士達が居る。
まぁその超過している25人をお祖母様に付けてお邸まで護衛させ、その後は別邸の護衛騎士を除いた護衛騎士達だけが領内の本邸に戻れば良いだけなんだけど、お祖母様1人で馬車に乗るのが寂しいっておっしゃるのよ。
行きはお父様とお母様が迎えに行ったから同乗し、寂しくなかったと思うのだけど、帰りは護衛付きとはいえ実質一人旅になってしまう(なんとお祖父様の介護優先で、身の回りの世話をさせるメイドすら連れて来てないのだ!愛ね!)。
ただ問題は、療養用の小さな森の別邸は領の中でも皇都寄りだけど、馬車換算だと休憩無しで丸一日と少し、休憩を入れれば1日半はかかってしまうということ。付き添いするのであれば、まともに考えたら私は少なくとも月曜日は学園を休まなくてはならなくなる。まともに考えればね。
でも久しぶりに家族に会った後は余計に寂しくなる気持ちが分かるから、お祖母様の可愛らしいワガママに乗って差し上げることなったの。
と、言うことで、久しぶりに夜明け前に起きて旅の準備をし、お祖母様、お父様、私の3人だけでゆっくり楽しみながら朝食を摂った。お祖母様もすっかりプライベートリビングのテラスを気に入ってくださって、今朝の朝食もそこで、美しい朝焼けを見ながら贅沢なひと時を過ごした。
朝焼けってずっと見ていると、なんで涙が出そうになるのかな。
さて、朝食後にしばし休憩してから領地に向けて出発。行きは私もお祖母様と一緒に馬車の旅。
今回の旅路は夏休みに領地に向かった時とは違うルート。攻略対象者の1人、エリンの家の領地を通り抜けることになる、隣接しているのでしょうがない。
でもわざわざ挨拶なんてことはしないわよ?どうせ当主一家は皇都に出ていることが分かっているんだから素通りOKでしょ。ちょうど入った所にある宿場町で一泊する、到着は夕方頃になるけど素泊まり。食事は全て亜空間収納で持参して、野外でレジャーマットを敷いて休憩しながら食べるの。飲食店だとこの人数で食べる所探すだけで時間を取られるし、ピクニック気分で却って休まるって騎士達からも聞いている。まぁごろっと転がっても怒られないものね。
馬車で皇都を駆け抜け、途中休憩を挟んで8時間、皇家直轄地ではあるけど、あまり治安は良くない場所。
城壁とお堀周辺は市が立っていて、民家も多少密集した地域になっているのだけど、少し離れると何も無い空き地が点在しているからレジャーマット思いっきり広げて休憩出来ちゃうのね。ここで少し長めの休憩を取ることになった。
護衛騎士達も皆んな一緒にティータイム。ハイティー仕様でサンドイッチなどの軽食も沢山用意してあるので、それぞれ好きなだけ食べている。お父様が一応軽く結界を張っているので安全面はお墨付き。見張りの交代も無しって気を使う必要がなくて良いわ。
お祖母様も馬車から大きなクッションを出して一緒にくつろいでいる。荒野でこんなにゆっくりくつろげるって凄いわよね。お祖母様は正真正銘の元お姫様のはずなんだけど、馬車に閉じこもっているのは好きじゃないみたい。或いはお祖父様に感化されているのかもしれない。じゃなきゃ普通に調理場に立ったりしないわよね。皇女様を庶民化する、恐るべしルナヴァイン家。
ちなみにお祖母様は第三皇女、つまりあと2人別家に降嫁している。降嫁先は第一皇女がクロスディーン公爵家で、第二皇女がパドウェイ公爵家、つまりうちの3人兄妹、ジル様の所の兄弟、ヘルムルトは、再従兄弟って事になるのね。お母様の降嫁先で揉めるわけだわ、エリンの所が最有力候補だったのかな?あ、でも既に婚約者が居たって話だったわ。
休憩を終えて今夜の宿泊先へと向かう準備中、お祖母様が馬に乗りたいと言って来た。確か乗馬は嗜んでいなかったような気がするけどどう言うことかしら?
「孫娘と一緒に乗るなら問題無いでしょう?」
元皇女様はもれなく無茶振りがお好きなのかしら?確かに私は乗馬出来るけど、人を乗せて大丈夫なのかな?うーーん、考えながらお父様を見てほんの少し助けを求めてみる。やはり予想の範囲内と言って良いのか、助けて貰えなかった。諦観を込めて眉を寄せたまま頭を左右に振ってる。お父様はお母様だけでなくお祖母様にも弱かった!くっ!
こうして、お祖母様の思い出作り?に、私の前に横座りでお祖母様を乗せて、慎重に宿泊場所まで駆け抜けた。
馬車内が無人になったためスピードアップで午後4時には宿泊先に到着してしまった。もっと先に行きたい気持ちはあれど、人数が多いため事前予約をしているから変更は利かないのよね。キャンセル料という概念は存在しないけど、貴族がそれやっちゃうと家名に傷が付く。余程の理由があれば別だけどね。
と言うことで、出発を翌早朝にすることにして、予約時間より少し早いけど宿に入れてもらって休息を取ることにした。
時間に余裕が出来たからちょっと街ぶらしたいけど、お祖母様が寂しがるかしら?でも馬に乗った後だから身体を休めたいよね。そう思って聞いたら、好きに見て来て良いとのことなので街に出ることにした。お父様も心配しないってどうなのかな?普通のご令嬢は護衛無しで出歩かないのだけど、自由にして良いならその方が楽だから気にしたら負けね。
特に今回は乗馬するため我が家の護衛騎士服を身につけていて、残念なことに少年っぽく見えてしまうから護衛付けなくても大丈夫そう。無いものはしょうがないのよ……。
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side.Fennel
一方、帝都の邸では、来客用のダイニングで少しばかり遅めのモーニングタイムが始まっていた。
しかし何故に、ここに母上が居るのか。大きめの丸いテーブルには双子の兄ランディと、学友のエリン、ジルアーティー。の他に母上が居る。
お陰様でエリンとジルアーティーは目に見えて緊張している。
そりゃそうだ、エリンの所は3代前まで遡らないと降嫁無しだから元皇女様なんて慣れてないだろう。元皇女様ってだけならジルアーティーの祖母も元皇女だ、だが我が母上様は普通の元皇女様では無い。先の七年戦争の英雄の1人で、一騎当千の実力を誇る姫将軍。普通に緊張するよな。でも僕は、それよりもここに居ない人達が気になる。お祖母様の朝食は朝早いだろうことが窺えるが、あとの2人はどうした?
「母上、父とマリアは祖母と先に朝食を済ませたのですか?」
ランディは重い二日酔いでまだ頭が働かないらしく、気にもなっていないのか中々聞いてくれないので、仕方なく僕が聞くことにした。僕もかなり重い二日酔いで頭が痛いし、なんならまだ眠っていたいくらいなんだが。
僕らよりも重症だったはずのエリンとジルアーティーの方が普通に見える。頭も痛く無いらしく、多少の気だるさが残っているだけらしい。良いなぁ、僕も妹に介抱されておけば良かった。
「もうこんな時間ですもの。 朝食なんてとっくに食べて、お祖母様を別邸まで送りに出発したわよ。 貴方達は夏休みにも帰って来なかったから知らないでしょうけど、お祖母様は夜明けと同時に起きて朝食を作り始めるのよ」
ええーっ、なんだよそんなの知らないって!なんで先代当主夫人で元皇女様が調理場になんて立つんだよ。それでなんで父上と妹だけが一緒に食べてるの?母上も一緒に食べなくて良かったのか?
「え、でもマリアは明後日学園休むの?流石に領地の端でも2日で往復出来ないよね、復路は馬車を使わずに済ませても間に合わないよね?」
ああ、兄の頭はまだポンコツらしい。今ので妹が乗馬出来る、なんなら父上と並走出来る程度の実力があるって分かっちまうだろうよ。うちの妹は皇太子殿下の婚約者だからな?建前だけは深窓のご令嬢だから!ああ今すぐ兄の口を塞ぎたい。
「別に数日くらい休んだって問題にならないわよ。一年生なんてどうせ大した授業受けてないでしょう?」
母上様流石です。
「そんなに急ぐなら、帰りは転移魔法でも使えば良いのよ」
うえい、転移魔法ってそう軽々しく使うものじゃ無いと思うよ。やっぱこの場合父上が使えるってことで良いのか?そうだよな、なんて言っても雷神とか雷帝だし、小器用な魔法アレコレ使えても不思議では無い。
可哀想に、多分、いや絶対聞きたいだろうに2人とも沈黙を守ってる。仕方ない、ここは僕がフォローしとくか。
「あー、父上くらいになると転移魔法で何人まで連れて移動出来るんですかね」
「さあ?上限に挑戦したことは無いと思うわ。 必要に駆られたことがないもの。 でも転移魔法陣が無くても1人くらい連れて帰って来れるわよ、なんなら馬車付きでも大丈夫だわ」
ははは……2人共いい感じに固まってるな。だよな、うちの父は世間的に魔導師扱いされてないから風属性でちょっと強力な雷系が使える、って程度の認識なんだよなぁ。本当はバケモノ級なんだが。それに風属性だけでも無い。水は水蒸気から絶対零度まで、火と土も災害級。諜報系に長けてる闇も使えるわ、結界も張れるし身体強化系は当然のこと、まぁ戦闘特化の魔法は大抵使えるはず。その遺伝子はほとんど妹に行っちゃってるがな。性別違うだけで複製したのが妹だと思って間違いない。
僕も兄も精々2属性だから羨ましいし、マジで殿下にくれてやるのは勿体無い。宝の持ち腐れって奴だろう。
「これ何の肉?昨夜も思ったが、料理がどれも美味しい、どこの料理?」
ジルアーティーが先に復活した。まぁうちの父が規格外って、予想出来ないことでもないよな。こいつなら宮廷魔導師の塔に出入りしてるから何か聞いてるかもしれないし。
「その肉は子鹿だ。うちの料理人は生粋の帝国料理人だが、確かに学園の料理よりかなり美味いとは思うよ」
我が家には妹という美食家が居るだけだ。学園の食堂程度の料理は受け付けない、そこらの高級料理店でも満足しないだろう。ああ、マジで皇宮入ったらどうするんだろう。うちから料理人連れて嫁に行くのかな。宮廷料理人とか無駄にプライド高そうだから荒れそうだなぁとか、今から考えても無駄なことをあれこれ考えてしまった。
「正直俺は食えれば何でも良いと思ってるが、うちの料理は格別に美味いと思ってるな。でも味覚って好みの問題がほとんどだろ?」
兄がやっと一見まともそうなことを言った。
「でもこの料理は別物の美味しさだと思うぞ?うちの料理人を見習いに入れてもらって良い?」
「まぁ、それは無理なんじゃないかしら? 料理人の腕だけの問題じゃないのよね」
なんだ、今度はエリンが壊れた。もう早くデザート行こうぜ、デザートなら学園のでもそう変わらない。妹でも食えるレベルだ。母上は切れ味いいな、一考の余地もなくバッサリか。
デザートもやはりうちのが別格に美味かった。料理長とパティシエに心の中で謝罪した。この紅茶も美味いな、初めて飲んだ銘柄だ。だが今ここで聞くのはやめておこう、どうせ妹が関わっている……。
「さて、一休みしたら身体動かして汗を流しましょう! 二日酔いなんて吹き飛んでしまうわよ♪」
「「「えっ!?」」」
両手をポンと合わせて、さも今思い付いたように振舞っているが、恐らく計画的に違いない。
僕らは元より確定にしても、あとの2人なんて昨日の予選敗退組だ、しかもワザと負けたやつらだ、扱き甲斐があって母上は楽しいだろうがコイツらには災難でしかないだろう。ヘルムルトなら喜びそうなのにな。あとで教えてやったらさぞかし羨ましがるだろう。
「大丈夫!最初はうちの護衛騎士達と準備運動して貰うから。さぁ、動きやすい服に着替えて来て」
いや母上、全然大丈夫じゃないと思います。