36. 悪役令嬢、初めて酔っ払いの介抱を経験する
これから冬休みが終わるまでは学園行事が無い。
冬休みは12月の第3週の週末から1月終わりまで。祝日は無いけど長期休暇は長い設定なのよね。
祝日を考えるのが面倒だっただけだと思うけど。ちなみに帝国では行く年来る年のお祝いは無いの。当然クリスマスも無いわよ、実質ぼっちの私には結構なことだわ。でも乙女ゲームの割にイベント少ないわよね。
でもソシャゲ版では季節イベント有ったのよ。お小遣いやりくりしての微課金でもシナリオは楽しめたけど、本編とは全く関係ない内容なのよね。話自体の時系列が違うし、たまにキャラ変してたりとまぁ、これは考えなくてもいいヤツだわ。
誕生日もどんなに偉い人でも節目の以外は基本的に家族だけで祝う。だってもしも皇帝や皇子達の誕生日が社交シーズンじゃなかったら、皇都付近に住む貴族しか参加出来ないわよね。移動するの大変だし、もちろんその分お金もかかるのよ、帝国は広いの。
ただ攻略対象者の誕生日をヒロインが無理やり祝うシナリオイベントは発生する。
まぁ十五歳は元々成人の儀と魔力判定のイベントがあるのだけど、通常ならその後は家族で祝うだけなのよ?
他にも勝手にバレンタインだの、ことある事にイベントゴリ押しで攻略対象者達に接近するのよね。
さてと、今日はふんだんにバラの花びらを浮かべて、ネロリオイル少し垂らし超贅沢リラックス~
サッパリと垢すりしてもらった剥き卵のような肌に染み込む癒しの香りと美容成分☆
ついつい、肌がふやけるまで浴槽で眠りこけてしまった。ちょっと観戦疲れしてたの……。
ディナー前にプライベートリビングのガラス張りテラスのソファーでゆっくりとお茶を楽しむ。ちょっと水分補給を兼ねて湯中りを冷まさないと、折角の秋の味覚が楽しめなくなってしまうもの。今日は腕を振るったと聞いているから楽しみだわ。栗ご飯も炊いてもらったの。栗はうちの手付かずの森に有ったのよね、甘栗じゃ無かったけど料理に使ったらいい感じだったの。
お米も我が領内で少し作っているのよ。アトランタ火山の麓近くに森から湧き水を引いて段々畑を作り、小作人を雇い入れて作って貰っているの、つまりうちの水田ってこと。こっそり豊穣の加護をしておいたから、作付面積の割に収穫量が多いはず。それでも他領に出すほどは無いけどね。その内もち米も入手したいな。
そろそろ夕食を頂こうかしらと思っていた所に、なんとまぁ!お兄様方が帰宅したと知らせがあった。でもその知らせてくれた侍女が困惑しているみたい。ん、これは私に助けを求めているの?じゃなくて指示が欲しいってことね。
「どうしたのかしら、帰って来るなんて珍しいわね。ディナーの変更は必要そうなの?」
「それがお嬢様。かなり酔っていらして、お二人はかろうじて意識があるのですが、お連れのご友人方の意識がありませんでして、一応サロンにお通ししております」
ほお、不意の事態にもとりあえず対応してくれているのは流石ね、意識があるならお兄様方は水くらい飲んでいるでしょうし、後の問題は意識が無いっていうご友人の方ね。一体誰を連れ込んだのよ、厄介な人じゃ無いと良いのだけど。
淑女に許される範囲の急ぎ足でサロンに向かう、途中ですれ違った侍女にさ湯の用意を頼む。私の夕食を邪魔した恨みは深いわよ!なんて心に刻み込む前にその気持ちは霧散した。
えーと、ごめん。頭の理解が追いつかないです。
「お兄様方、お帰りなさい。 それで、そちらのお二人はどうなさったのかしら? 意識が無いのでしたら、うちまで連れていらっしゃるよりは、各々のお邸に送られた方が近く、適切だったのではありませんか?」
その、サロンのソファーにしなだれ掛かるように腰掛けているような、横たわっているような2人はエリンとジル様だった。うん、美形ってこんなだらしない格好でも色気が半端なくてずるいと思うわ。ジル様触りたい放題!なんて喜んでいる場合じゃないわ。これ二日酔いで済む状況では無いわよね?あれよ、急性アルコール中毒の一歩手前って状態じゃないの?
その時、侍女がさ湯の入ったガラスポットとコップを持って来てローテーブルに置いた。
「ありがとう、温かいおしぼりも持って来てくれる?」
そしてお兄様を、比較的症状がマシそうなリンデーンを見ながら、努めて冷静に言った。
「お兄様、このお二人にもさ湯を飲ませて差し上げてくださいな」
「ぶふっ!」
普段ならこんな失態は犯さないだろうに、飲みかけのさ湯を吹き出しやがりましたわ。まぁ分かりますよ。だって意識の無い人に水を飲ませるって、手っ取り早いのは口移しでしょう。間違っても私は腐ってませんよ。ただ淑女が伴侶でも婚約者ですら無い異性に口移しで飲ませるわけにはいかないの。
いっそこの場の全員が意識無ければ、過剰なアルコールを浄化して差し上げられたのだけど、それって聖属性魔法まんまだからね。バレたらそれこそ面倒な事この上ない、家族にだって秘密の情報なのに。それに極力、既に魔法を使えるってことを対外的には隠しているんだから、魔法自体をこの2人の前で使うつもりは無いわよ。
「しょうがないわね」
こんなことしたく無いけど、2人の頬をつねってみる。力が足りなかったかしら?でも跡が付くほどはしたくない。
そこで侍女が持って来てくれた小山のように積み重なったおしぼりを、熱さを確かめてから2人の顔面に乗せて拭いてあげる。これでスッキリして起きてくれたら良いのだけど、首の後ろを拭いたら気持ち良いのかな?ほら、酔っ払ったオヤジがよくやるやつ。
起きない。正直酔っ払いの介抱なんてしたことないのよ、だって前世も未成年で終わってるからね。
「リンデーンお兄様は胃の中に直接さ湯を送り込むことって出来ます?、このお二方、とても危険な状態だと思うのですけど、先ず体内の酒精濃度を下げなくてはなりませんわ。 いっその事吐かせます?でも胃を通り過ぎていては無駄なことですし、却って体内水分量が減ってしまいそうですわね」
「いや、今俺そんな頭回んないし、魔法もまともに発動する自信無いんだけど」
あら、お兄様意外と可愛い。こんなちょっと不貞腐れた感じになると年相応に見えるものなのね。まぁ元々美少年だし、取り繕う余裕が無くなるとこんな風にもなるんだわ。それに、お兄様はまだ成人の儀前だから魔力判定をしていないのだけど、普通に魔法が使えると暴露してますわね。別に隠している訳ではないのならいいのですけど、ここは聞かなかったコトにしておいた方がよいのかしら?
「僕は可愛い妹が何とか助けてくれると信じてるよ。 殿下の婚約者の前で粗相なんてしたこと知ったら、こいつら立ち直れないから。 それにお前自分がどう見えてるか全然分かってないし」
おい、こっちは酔っ払っても図々しさは変わらないのね!ちょっと支離滅裂になってはいるけど。
もーっ!しょうがない。埒があかないわ!
お兄様2人におしぼりをとびきりの笑顔付きで渡し、2人が顔を拭いておしぼりを目や頭に乗せ、ソファーにぐってりともたれながら目を瞑ったところで、意識の無い2人にこそっと浄化魔法をかけて血中アルコール度数を思いっきり下げた。完全に潰れてるし、どんだけ呑んだか分からないから仕方がない。ここで診断までする余裕はない。
私が多少の生活魔法が使える事は、離れて育ったお兄様方でも分かっていると思うのだけど、補助魔法とくればまた別問題だから。
「お兄様。とりあえず応急処置にしかならないと思いますけど、お二人の体内に水分補給しておきましたわ。でもくれぐれも、わたくしが成人の儀の前に魔法を使えることは言わないでくださいませ」
と、強めに言い置いて、生理食塩水の点滴をイメージしてアルコール摂取による身体の乾きを癒す。水魔法は得意だけど、こんなの呪文無いから仕方ないわよねー。回復で出来るか確かめてからの方が良かったかな?でも私が使うのは聖属性だから危険だったわ。それ以外の治癒師は対象に触れないといけないのよね。偽装用にそっちも勉強しといた方が良いかな?
執事を呼んで2人分の客室を整えさせておく。
お兄様方もまだ動ける状態では無いし、ジル様とエリンもここまで処置したらそのうち目を覚ますかもしれないから、サロンに放っておいてよし。
それに、今の私の格好って当然ノーメイク。もうリラックスモード入ってたから、着ているのは一応ドレスだけど、普段着のドレスよりも楽な室内着に限りなく近いドレスにナイトガウンを羽織っただけなのよね。だからもうプライベートスペース以外には入るつもり無いの。
サロンに置いて来た4人はお兄様方がポンコツな状態なら、執事に任せて置いた方がよほど安心。完璧に対応してくれるはず。
そこまで考えて自分を納得させてからガラス張りのテラスに向かう。今日は私だけだと思っていたから、ここで夕食をとる事にしていたの。予定の変更は無いわ。
それにしても、しどけないお姿のジル様も眼福だったわ。お兄様、お持ち帰りありがとう。本当に珍しく襟元崩れて鎖骨がちらっと見えてたし思い出すだけで鼻血出そうよ。
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side. Boys
「何だか俺達よりも、あっちの2人の方が顔色良くない?」
「うーん、マリアの処置がよほど良かったんじゃないの。とりあえずお前に潰されたやつに大事が無さそうで良かったね」
「ははっ、バレてたか」
リンデーンはエリンとジルアーティーがマリノリアに、正確にはマリノリアが刺したハンカチに、過剰な興味を持ったのが気に入らなくて、2人を中心にアルコール度数を上げた酒で潰して記憶を曖昧にしてしまおうと言う、確実性も何も無い計画を実行したのだ。
皆面白い様に潰れてくれたのだが、当然のこと皇族である殿下は潰す対象外にした。最後までそこだけは理性を手放してはいなかった。それに彼がマリノリアにおかしな興味を持つはずなど無い、というのは双子の共通認識だ。それ以前の問題も有る訳だが。
「エリンは兎も角、ジルアーティーが触られても起きないって、かなり重症だったからな?」
フィンネルは少しばかり強めに言った。
「まぁ、反省してるよ。次があったら程々にしとく」
「やるのか……」
「我が家の平和の為だからね?」
普段目的を成すために容赦無いのはフィンネルの方なのだが、妹のことに関してはリンデーンの方が余裕無いらしい。フィンネルは賢過ぎる妹が少しばかり苦手なのだが。
「それにしてもこいつら起きないなぁ、俺腹減ったんだけど」
「さっき食べてなかったか?」
「飲んでた方が多かったかなー」
「やけ酒か!ダイニングに行ったとして僕らの分用意してないだろ。何か軽いもの用意させるか」
そして、側に控えていた執事に友人2人を客室に運ぶように申しつけてダイニングへ向かった。だが、まだそこに居るはずの妹は居なかった。
「マリアは部屋?」
側にいた給仕に聞く。
「テラスにいらっしゃいます。プライベートリビングの方でお食事をなさっている最中です」
「ああ、外で食べるのも良いかもね、良い酔い覚ましになりそう。俺らもそっち行くから軽いもの用意して」
「畏まりました」
リンデーンはフィンネルに確認することなく勝手に場所移動を決めた。
「いやもう、極力動きたく無いんだけどどうよ、テラスでってもちろん虫除けはしてあるんだろうね」
「マリアだぞ?そんなの聞かなくてもやってるだろ」
この謎の信頼感はすごい、と思いながらフィンネルはリンデーンの後をついて行く。
到着したそこは、別世界というのか、記憶に残る内装とはまるで違っていた。テラスが拡張されている上、ガラス張りで室内と同化している。このガラスは温室等に見るガラスよりも透明度や大きさ……とにかく規格外の新技術で作られたものだというのだけは分かる、分かりたく無いが。
2人揃って唖然としてしばし固まっても許容の範囲内だろう。それくらいの最新設備が目の前にあった。
「お兄様、ご友人方はどうなさいましたの?」
キョトンとしながらマリノリアは兄2人に声をかけた。今はお楽しみの栗ご飯を食べながら、メインの子鹿のジビエを味わっていた所だった。付け添えの舞茸の天ぷらと新鮮な自家製ベビーリーフブレンドも美味しそうだ。
「僕は夢でも見ているのかな……」
額に手を当ててフィンネルは誰に尋ねるともなく呟く。リンデーンの方が早く心を持ち直し、テラスへと歩いて行きマリノリアと同じテーブルの椅子を手で示し、同席の許しを得て座った。続いてフィンネルも。マリノリアはグラスに水を注ぎ氷を浮かべ、2人の前に置いた。
しばらくして料理を持った給仕が入って来て、双子の前にグラスに入ったヴィシソワーズと栗ご飯に少々のチーズを入れて作ったリゾットを置いていった。
「うわっ、やっぱうちの料理が一番美味しいなぁ」
リンデーンが先ずヴィシソワーズのグラスを傾けながらゆっくりと味わう。
2人共、学園の寮から帰るのは何時振りだったか、確か春の社交シーズン前の建国記念パーティーの頃だったなと思いながら、久しぶりにゆっくりと料理を味わった。
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ちょっ、だからジル様とエリンはどうなったのよ。お兄様達が食事をしているってことは、2人はどうなの?お腹空いてないの?本当に、このマイペースさはうちの家系なのかな。
起きたら侍女達が適切に対応してくれるとはいえ、連れて来たのはあんた達でしょー!
もう!私がジル様の寝込み襲っても知らないわよ?そんなこと絶対しないけどね。
下手なことしたらシナリオ開始前で真っさらな好感度が内部で激落ちしかねないわよ。マジ怖い。推しは鑑賞するだけに留めるのが一番だ。まして攻略対象者は悪役令嬢にとって鬼門なのだから。




