33. 閑話 剣術模擬試合前日のあれこれ、他
side.Jillartie
明日は剣術の模擬試合だが俺にとってはさして重要な催しではない。
二年生のトーナメント枠は4つ、とても入れるものではない。剣術が苦手な訳ではない。高位貴族の男子は義務として護身術程度には剣術を身につけさせられる。俺の本業は魔導師だが、冒険者として活動していく上でMPを温存しなくてはいけない場面に出会し、剣術に頼らなくてはならなくなる事になることも多い。負傷により前衛が居なくなった時のフォローも多い。最近頓に助っ人に頼り過ぎるパーティーが多くなった気がする。
だから剣術の実力的には問題無いと思う。のだが、それで上位を目指して頑張るかはまた別問題だ。俺にはそのモチベーションが無い。剣で身を立てていくつもりが無いからだろう。
剣技と言えば、思い出すのはマリナというあの少女だ。
夏休みの初め頃に冒険者登録試験の実技で、付添人が足りないと言う事で依頼を受けた。
本来ならBランク以上であれば1人で新人2人までの付添いが出来るのだが、なに分付添人とは言いつつ試験官と同義でもある。俺達は初めてのことだから付添人見習い扱いで、当日一緒に居たヘルムルトと2人で1人の少女に付添ってダンジョンに入る事になった。
剣士という話だったが、ダンジョン内に入っても剣を抜く事なく普通に歩き始めた。
不思議な事に5分も歩いただろうか、1匹も魔物が出てこない。いくら初級者向けダンジョンとはいえ珍しい。ヘルムルトには「たまにある」と答えたが、ダンジョンという性質上ここまで出ないのは不思議だった。それを全く気にせず前を歩く少女が何者なのか気になった。新人にしては落ち着き払っている。
目元を覆うマスクと深く被ったローブのフードで顔のほとんどを隠しているため、何を考えているのかさえ分からない。
結局その剣術を直接見ることは叶わなかったが、長剣を佩ているのに短剣を手に持っていて短剣には血の一滴も付いておらず、地面に付いた僅かな痕跡や魔物の様子から剣圧で仕留めたのだろう。少なくとも魔法の残滓は感じられなかった。相当の手練れであることが窺えた。
そう言えば、階段で思わず腕の中に閉じ込めるように助けたが、今思えば、あれは余計なお世話だっただろう。気になっていたから、勝手に体が動いた、ただそれだけだ。
自分にしては珍しい行動だった所為でヘルムルトからはしばらくからかわれた。
ヘルムルトは翌日もギルド内で彼女に会ったらしい、新人らしからぬ量の成果物でダンジョンクリア、冒険者登録翌日に異例のことだ。試験当日は恐らく実力を隠していたのだろう。通常はFランクなのにEランクスタートとなった事からも窺えるが。
彼女に付いてはまだ気になっている、ローブで隠されて分からなかったが、彼女はあまりにも細すぎた。ヘルムルトがエルフと聞いたのは独特の雰囲気からだったと思うが、俺もそれに同感だ。体型と実力がちぐはぐでアンバランス。要らぬ世話であろうが、どうにも庇護欲をそそられる。
どうやらソロ活動をしているようだが、彼女が気になって、ふとまたどこかのギルドで出会えたらと思う自分がいる。こんなことは初めてだ。
学力試験前だと言うのに約2ヶ月も先の剣術の模擬試合に心が向いている者が多すぎるのでは無いかと思う。その所為なのか3位に食い込んだ。
「ジル今回随分と上位に食い込んだな」
「ヘルムルトは学園の鍛錬場に入り浸っているらしいじゃないか、試験までは控えて置けば良かったのに」
「それがさー、双子も鍛錬場に毎日通って鍛錬しているんだよね。流石剣筋が綺麗なんだなぁ、イマイチ本気で打ち合っている気迫を感じないんだが、なんて言うのかな、舞踏?舞っているような優雅さがあって、目が離せないんだよ」
見てるだけで得るものがあれば良いな。あの双子は見た目だけで判断しないほうがいいと思う、直感が告げている。
数日経ったある日のことだ、寮に向かう途中の様子が少しおかしい。漂う空気が違う。確かめたくて足早に寮に向かった。果たして、受付に後ろ姿だけでも何者か分かるご令嬢が居た。おかしい理由が分かった、彼女はこんなところに来て良いご令嬢ではない。それに殿下の婚約者と分かっていても懸想や憧憬する奴らが居るのも確かで、空気も変わるわけだ。
澄んだ声が聞こえて来る。
「失礼します。ルナヴァイン家のリンデーンとフィンネルは戻っておりますでしょうか?呼び出して頂きたいのです。妹の……」
なるほど、兄を訪ねて来るのならあるいは有りなのか、だが兄妹仲が良いとはとんと聞いたことは無い。使いに伝言をする選択肢が無かったと言うことかもしれない。と思い、声をかけ居場所を教えた。少し目を見開いたまま振り返り、微笑みを浮かべながら
「ありがとうございます。クロスディーン卿」
とお礼を述べた後、それは手本のような美しい淑女の礼をとった。何か続けて言うべきかと思ったが、何も出てこなかったのでそのまま寮に入った。
マリノリア嬢を間近で見たのは初めてではないが、気を引き締めないとうっかり魂を持って行かれそうになる。ああ、”彼女”と同じだな、エルフという伝説の中にしか存在しない人外の美しい種族に近い雰囲気を持っている。俺は結婚願望を持ち合わせていないが、それは幸いだったのかもしれない。そんなものは遥か昔に置いて来てしまった。
次の日の昼、双子はご機嫌な様子だった。昨夜も夕食は時間がずれて会わなかった。朝は元より2人揃ってギリギリに教室に入って来るため話をすることは無い。
何が有ったのかと思っていたら、ヘルムルトが、
「可愛い妹ちゃんから刺繍入りのハンカチを貰ったんだってさ、良いよね。かなり手の込んだものだったよ、本命かって位のだね。それに、美人の笑顔の破壊力って凄まじいのな!年相応に可愛いくて胸が痛くなったよ」
おいおい、夏に婚約したばかりだろうが、呆れたものだ。
続いてパトリックまで、頬を染めながら、
「流石淑女の手本と言われるルナヴァイン公爵夫人のご息女だけありますね。控えめに見えて、それは見事な刺繍でした。それよりも練習中に周りの奴らが普段よりも浮き足立って、とても集中出来てませんでしたよ」
「へ~あのじゃじゃ馬も少しは淑女教育を受けてたってことか。代わりに侍女にやらせる令嬢もいるらしいから当てにならないがな」
「はは、殿下は相変わらず妹に辛辣ですね。 まぁ全てを否定出来ないところが心苦しいところです。 でもこれは妹の作品だと分かりましたよ」
と、言いつつ件のハンカチを出すつもりは無いらしいが、リンデーンは胸のあたりを押さえている。今から大事に持ち歩いているようだ。こんなにシスコンだっただろうか?少なくとも昨年までは妹君の話を聞いたことすら無かったような……。大体殿下の前では禁句だったはずでは?フィンネルは本番まで額縁に入れて飾っているらしい。こいつもシスコンか?
ヘルムルトは「俺も妹欲しかった」などと言っていた。そうだな、公爵家で令嬢が居るのはルナヴァイン家だけだ。
殿下は最近ご公務が多くて鍛錬の時間が取れないのは本当らしく、専属護衛を増やそうかと言う話が出るほどだ。持ちきれないほどのハンカチをもらっていたが、予選落ち確実なのにどう言うことだと憤っていた。
それは婚約者との仲が上手く行ってないのが周知の事実だから仕方がないのではないだろうか。
婚約者を蹴落とせるものならば皇太子妃を狙うご令嬢は今でもごまんと居る。第二妃でも良いと言う令嬢は粘り強く逃れようが無いだろう。実のところ、軽い女性不信に陥っているのではないかと周囲は危惧しているのだが、どうしたものか。その辺は未来の宰相候補エリンに任せるか。
剣術模擬試合、本気で臨む友人たちの検討を祈る。