3. 未来の”悪役令嬢”が今出来ること
初めての、しかも見切り発車でスタートした拙著にブクマしてくださった方、ありがとうございます。
辻褄があうように慎重に話を練り上げていますが、途中で投げ出すことのないようにだけは頑張っていきます。よろしくお願いします。m(_ _)m
朝日が眩しい。
「ん~っ!身体が重い…」
私は侍女長によりカーテン全開に開けられた窓から差し込む朝日に目を眇めながら伸びをした。
「ああ、昨夜はゆっくり湯に浸かってマッサージもして眠ったのにこの筋肉痛。 ちょっと悔しいわ」
「お嬢様、何をおっしゃいますか! 筋肉痛で済んでようございました。 皇宮でお命を狙われるなど、お城の警備は一体どうなっているのでしょう! 公爵様が正式に抗議なさるようですから犯人が特定されるのも時間の問題でしょうね。 それにしてもお嬢様に害を成そうなど到底許せません! 何者か知りませんが相応の罰を受けさせなければなりません!!」
侍女頭は完全におかんむりである。
私は公爵家に仕える使用人達に非常に大切にされていた。
昨夜の事件を聞いてとても心配していたとはいえ、この邸の侍女達を取りまとめる立場のマーサが朝からマリノリアの部屋に様子を見に来るほどである。
だから家族からの関心が自分に無くても、そう卑屈になることも悲観することなく、心身ともにのびのびと健康的に育ってこれた。
「マーサ、お湯に浸かりたいわ」
夢見が悪かったのか、ナイトドレスが汗で湿って気持ち悪いし、凝り固まった筋肉をゆっくり半身浴でほぐしたかった。
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侍女長が素早く他の侍女に指示を出しお風呂の準備が整えられる。
お風呂は贅沢品の一つであるが、この邸においてはその限りではなかった。
侍女達が準備するのはリネン類と数々のバスグッズのみ。
掃除はもちろん前回使用後に済ませてあるので湯を張ればいつでも使える。
浴槽とは別にシャワー室もある、が、浴槽に湯を張るのも、シャワーから出る湯を供給するタンクを満たすのも、水と火の魔法を組み合わせて使えるから自分でしている。そのほうが自由に気兼ねなく入浴出来るものね!
普通は高価な魔術道具を用いるバスシステムだが、わずか十一歳にして天才魔道士としての片鱗を見せているマリノリアにとって、水を溜め、適温に温める程度のことは朝飯前のことであった。なんならわざわざ水を出してから温めなくてもそのままお湯が出せる、これは結構高度な魔法だったりする。
皇都には上下水道が完備されているので、配管さえ引き込んで施工すれば水ならばシャワーや蛇口から問題なく出てくる。ただし湯は出て来ない。まずガスが通ってない。自家発電による電気はあるが、湯沸かし器や給湯システムがない。
かといって邸のあちこちに給湯用の竃を設置するわけにも行かない。火の元の管理もさることながら設置する場所も条件に合う場所はそうそうない。冬季に限れば暖炉で代用することも出来なくはないが、配管整備と維持管理を考えると現実的ではない。
ちなみに水道の使用料は高い。
それはそのまま帝国の収入となり、皇都以外に上下水道を普及させるにあたっての資金源ともなる。
街の衛生管理上、下水道事業は優先され帝国の隅々まで整備されてはいるが、上水道はまだ地方まで整備されておらず井戸やため池から水運びする手間が必要な状態なのだ。
そのため潤沢な湯を使い入浴するのは誠に贅沢なことであるが、この邸では日常のこととして習慣化している。
ルナヴァイン公爵家は優秀な魔導師を多く輩出している家系ではあるが、使用人にも魔法使い、魔導師を積極的に雇い入れているため他家に比べて多いとされている。使用人にいたるまで毎日風呂に入れるのは皇宮とここ位だろう。
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斯くして、マリノリアは浴槽に満たされた少し熱めの湯にバラの花びらをたっぷりと浮かべ、贅沢なバスタイムを満喫することにした。
「はぁ、生き返るぅ~、今日はちょっと長風呂しよう」
右手首は軽く捻挫してたのだが、それは昨夜のパーティーから帰って自室で一休みしている間に癒しの魔法で治療した。全身に及ぶ筋肉痛も癒せたかもしれないが、階段から突き落とされたことに対して被害届と調査依頼を出すのであれば、全快させてしまうのもどうかと思い、思いとどまった。
「明日は学園の入学式か、なんか憂鬱だなぁ……」
口元まで深く湯に浸かりながら考えに耽る。
今年の入学式は休日の関係で、建国記念パーティーの翌日では無くて助かったと思う。まだ心の整理が付いていない。
(ヒロインが学園に編入してくるのは二年後か、もう昨年には伯爵家には引き取られているのよね?)
今頃、貴族としてのマナーや教養を叩き込まれているところだろう。ここもシナリオで描かれて無かった部分だ。
約二年に及ぶ貴族令嬢及び淑女教育を受けたにしては、平民とあまり変わらないヒロイン。ユーザー目線と変わらない様に製作者側の配慮……なのかしれないけれど、ヒロイン本人にしてみれば酷い話である。今の自分にとってはむしろ気を付けなければならない相手だというのに、時折ユーザー目線になってしまうのは仕方のない事だよね?昨日思い出したばかりなんだもの。
ついでにお妃教育も受けておけばいいのに、などと詮無きことを考えてしまった。これはマリノリア目線だ、幼少期からのお妃教育は厳しかったとしか言い様のないモノだった。
物心つく前から定められた婚約者は、皇帝と皇后の子である第一皇子であり、既に立太子されている。
皇子は他に同母の第二皇子、第二妃の子の第三皇子がいる。皇后は五年前に身罷っているが、第二妃が皇后の座につくことは今だになく、空席のままだ。
「今から何が出来るのかな? こっちから婚約解消……出来たら苦労しないよね。 公爵家四家もあるのに令嬢が居るのは何故かうちだけなんだもん! それにしても婚約決まるの早過ぎだけど……。 ヒロインは誰を選ぶのかな? 隠しルートには他の皇子も出てきたりしてたよね、結構カオスだった気がする。 血みどろの帝位継承争いとか、立場を捨てての駆け落ち等々、より刺激を求めるユーザーに支持されてたんだよね、戦争なんかもあった気がする! 私はそこまでやり込まなかったからソコ行かれると分からないや。 でもマリノリアの”婚約破棄イベント”のタイムリミットは固定だったけどねぇ」
隠しルートは”婚約破棄イベント”の後から始まるので、あまり考える必要はなさそうだ。出来れば行って欲しく無いルートではあるけれど。
今から出来ることなどあるのか?ゆっくり考える余裕なんて無い。
タイムリミットは三年~四年?
ヒロインが選択した攻略対象によっては出会って三ヶ月で告白されてハッピーかノーマルエンドなのだ。でももし他の攻略対象も全体的に好感度上げしていたらハーレムルート突入なんてことにもなる。攻略対象者の中には三ヶ月では友人にすらなれないキャラが居るのだ。もしそうなれば、三年後のシナリオ開始から一年後のプロムパーティー前日が私のXデーとなる。
皇太子はメインビジュアルでもセンターだけあって、ヒロインが別の男と付き合い始めたにも関わらず一方的に婚約破棄してくるんだよねぇ。なんとヒロインに一目惚れしてしまうのである。
出会って三ヶ月で告白する奴こそが皇太子なのである。ハッピーかノーマルならゲームクリア最短!でも被害者となる”悪役令嬢”はマリノリア一人と言う一番被害者の居ないルートエンドでもある。
微妙だ。ゲームならばどうでもいいが、現実の男だと残念すぎる。他の男の恋人になっても思い続けるだけじゃなく物心つく前からの婚約破棄までするなんて、未練がましいにもほどがあるんじゃない?しかも皇家側からの猛プッシュで決まった政略婚約なのよ。解せぬ。
推しでもなんでも無いキャラだからゲームスタートと同時に熨斗付けてヒロインにくれてやりたい。
他の攻略対象者にも婚約者が出来るのだけど、彼女達は何を思うんだろう。ゲームには名前すら出てこなかった彼女たちが気になる。
領地に引きこもっていたし、他人の色恋なんて興味もなかったからゲーム内の情報でしか知らないのが痛いわ。知っていたとしても何も打つ手はないのだけどね。
(そう言えばジル様には婚約者居なかったな)
ジル様。というのはクロスディーン公爵家の次男で、ジルアーティー・クロスディーン卿のこと。
貴族は跡取りが家の財産を総取りするので、それ以外の男子は他家に婿入りするか、官僚や騎士となって帝国に仕えるか、何はともあれ己の力で身を立てて行かなくてはいけない。
将来的には宮廷魔導師幹部候補と言われる有望な婿候補だし、筆頭公爵家だけあって、公爵家が持っている爵位の一つを譲り受けることも可能だけど(確か侯爵か辺境伯)、シナリオスタート前の現状ではまだ頭角を現していないのか、我が領まで噂が届くほどでは無かったから、見目よく文武両道で隙の無い潔癖症男子といったところかな。物凄くクールな眼差しの美少年だけどね!
実は前世の私の一推し。実物で会ったらどうなるんだろう?昨日のパーティーには確実に居たハズなのに姿を見る事さえ出来なかった。あんなに見目麗しい容姿をしているのに。実際に会うのは楽しみだけど怖い。
のぼせる前に半身浴に切り替えて、さらにゆっくりを思考を巡らせた。
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湯冷めしない程度に半身浴を切り上げ、ガウンを羽織ってドレッサーに向かう。
風魔法で余分な水気を飛ばして左右に軽く頭を振ると、軽やかに髪が波打つ。
「はー、サラサラツヤツヤ!」
鏡に映る自分の姿にはまだ慣れない。そこに映るのは絶世の美少女。前世も悪く無い容姿だったと思うけど、正直ここまでだと人間に見えないし、鏡に映る自分に見惚れてしまいそうな自分に戸惑う。
(これでもヒロインには負けるんだよね。もう何したって勝てないんだよね。 まぁ恋って容姿だけじゃどうにもならないものよね)
現実の恋は勝ち負けじゃ無いと思ってる。でもゲームの強制力が働くこの世界では恋愛は勝負だ。しかも私は負けが確実に決まっている。
だから、考えなくてはいけないのは負けた後のことだ。いや、それだけでは無い、”婚約破棄イベント”だけならそれでいいが、”断罪イベント”が付いてきた場合は後の事など考えても無駄になってしまう!
幸い婚約解消についてのショックはマリノリアも前世の茉莉奈にも無い。
皇太子が元々好みのキャラでは無くて良かった。文句のつけようがないイケメンキャラなんだけど、流石センター、俺様属性なんだよね。
この点だけは良かったと思うことにしよう!
それに、マナーも教養も完璧でその麗しい所作で完璧令嬢と呼ばわるマリノリアだが、皇太子から『じゃじゃ馬』『男女』と言われるほど武術に秀でている。
類い稀な天才魔導師、ということまでは魔力判定前とあって知られていないが、それでも当時七歳の第一皇子との剣の模擬戦でぼろ勝ちして俺様皇子の鼻っ柱をこれでもかとへし折って以来、あからさまに避けられているのだが、約六年ぶりに見かけた先日のパーティーでも視界に入れないようにするほど避けていたから、どうやら相当嫌われているようだった。
まだ私に勝てる自信がないってことなのかしら?などとも考えてしまう。六年も前の負けを根に持っているとか、ちっさいな、皇子としてどうなんだろう……。そんなに年下の女の子に負けたのが悔しいのかな?まぁ悔しいよね~!
この健康で運動神経抜群の身体だけでも生まれ変わって良かったと思える、だって何とか出来そうな気がして来るじゃない?たとえそれが先行き不安な”悪役令嬢”だとしても。