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悪役令嬢?ヒロインの選択肢次第の未来に毎日が不安です……  作者: みつあみ
強制悪役令嬢!?ヒロインの選択次第の未来に毎日が不安です
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2. 閑話(とあるパーティー参加者の視点)

 今夜のパーティーは常の夜会とは違い、日が落ちる前の夕暮れ時から始まる。

 今年社交界にデビューする貴族令息令嬢のデビュタントがある為だ。

 デビュタント参加者は午前中に謁見室にて皇帝と皇后(現在は空席で第二妃が代理)に謁見し、一度控え室に下がって待機する。お披露目のパーティー会場でもある大広間に通常の招待客と皇族が入場した後、一組ずつ大広間の正面大扉から入場し、皇帝の前で改めて挨拶……と言っても謁見室での挨拶とは違い、パートナー同士、手を取り合った状態で紳士淑女の礼をするといった簡易的ではありつつ美麗な所作を求められるもので、流れを崩さないことが重要だ。そしてエスコートしたまま流れるように所定の位置を歩み、最後の組が挨拶を終えた後、デビュタント参加者だけがファーストダンスを披露するというもの。


 「よく来たな!」


 今年の社交シーズンの始まりを告げる格式高い建国記念パーティーだというのに、気安く肩を叩きながら声をかけて来たのはこの国の第一皇子、アーノルド・ヒースディン皇太子殿下だ。白金髪(プラチナブロンド)と王族特有の金眼を持ち、細身ではあるが剣術で鍛えた身体は均整がとれている。のだが、人懐っこい笑顔を向け小さく手を振る様は威厳どころか緊張感もない。


 「帝国の若獅子であり太陽であらせられる皇太子さまに、ご挨拶申し上げます」


 右手のひらを左肩と胸元の間に軽く押し付け、背筋を伸ばし足元から頭のてっぺんまで芯を通したような美しい立ち姿を心がけてから、正確に90°腰から上をまっすぐ保って(こうべ)を垂れ、宮廷式の紳士の最上の礼を取りながら、声をかけて来た相手に挨拶を返す。

 周辺から微かなながらも感嘆の声が聞こえるが、我が家格で言えば出来て当然のマナーなのでなんの感慨も受けない。


 「はあぁ、なんでお前はそう堅苦しいんだ。 やめてくれ」

 「そういう殿下こそ。 ここは学園ではないのですから、同じに振舞われても困るというものです」

 「まぁいいか、今回は多少のことは見逃してくれよ。 今年は絶対サボるな、と、父上からの厳命でゲンナリしているんだ」


 でなければこんなに早くから入場している事もなければ、最低限の義務を果たしてさっさと退出すると言わんばかりだ。前例があるだけに分かり過ぎてしまう。殿下はパーティー全般が苦手だ。俺だって好きではないのだが。


 「ああ……殿下の婚約者殿が今夜社交界デビューなさるんでしたね。 こう言っては何ですが、エスコート役を務めなくてよかったのですか?」


 至極まっとうなことを指摘しただけなのに、皇太子殿下は眉間にしわを寄せ目を眇め右頬を上げ唇を歪めながら、吐き捨てるように言う。


 「あんな男女にエスコートなど不要だ。 俺がエスコートするに値する淑女(レディー)になってから出直してくるんだな! 全く忌々しい! 家格の釣り合いだけで物心付く前に勝手に決められたこっちの身にもなってみろよ。 反発したくもなるだろ? 大体どうして俺だけが選択の余地も無しに決まってんだ? 弟達はおろか四大公爵家子息連中も、なんなら叔父も婚約者なんて居ないじゃないか!」


 これだ。これは皇太子殿下のいつもの愚痴だから聞き流すしかない。貴族の婚姻はそう簡単なことではないのだ。

 ここで皇太子殿下のお相手のことをどう説明しようと聞き入れることなどないし、今更見直されても困るので曖昧に笑みを浮かべ肩をすくめる。


 今日は春の社交シーズンの始まりを告げるとともに、このスウィテ・セレナ帝国の建国を祝う一年で一番壮麗なパーティーである。

 この国の社交シーズンは公式には春と秋のニシーズンあるが、今夜の建国記念パーティーが一年で一番盛大に祝われるため、普段社交の場をあまり好まない貴族や、社交シーズン中、僅かな期間にしか帝都に出て来ない地方貴族の領主達もこのパーティーにだけは出席する。


 今日の目玉はなんと言っても皇太子殿下の婚約者の社交界デビューだろう。


 様々な憶測は出回ってはいるものの、本人は帝都に出てくることなくずっと領地内で育って来たため、今日初めて目にする者がほとんどだ。容姿に関しては令嬢のご両親が共に類い稀なる美貌であるため、妖精のようだとか女神、はたまた光り輝く天使のようだ、などと憶測が飛び交う。

 今まで目にしたことなどない者が多いのに、これほど期待値を上げられている本人はどんな気分だろうか。


 噂は容姿のみにとどまらず、天賦の才に恵まれており学問はもとより、英雄二人の血を引き継いだ武術の才も持ち合わせ、魔法の才も期待出来ると言う。まさに天が二物も三物も与えた、この世の全ての祝福を与えられたご令嬢だと言われている。

 武術の才が皇太子妃に必要なのかは考えなくていいだろう……ほぼ、単なる想像で噂に過ぎない、立場的に有っても無くてもいい才能だ。


 ただ、皇太子殿下は御年七歳の時に婚約者に会ったことがあり、その時にその場の流れで手合わせしたところ、一方的にボコボコにされたそうだ。十戦十敗。その辺りの年頃は女児の方が成長が早いから多少は仕方なかったことだとお慰めしたものの、それっきり、皇太子殿下の前では基本的に婚約者の話は禁句(タブー)になった。


 ご令嬢本人はこの状態に思うところは無いのだろうか?普通の人間ならばプレッシャーで押し潰されてしまいそうだ。だが、貴族の頂点である公爵家に生まれて普通であるはずもない。”姫君”としてさぞかし厳しく、大切に育てられた事であろう。

 もしかしたら今まで公式の場にとどまらず私的な茶会にですら姿を現さなかったことに何か意味があるのかもしれない。そう勝手に考察しながら視線だけ注意深く周囲に巡らす。


 今パーティー会場にいるのは、今年のデビュタントに関係ない家の者。すでにデビュタントの最初の進行である陛下への御目通りを終えた貴族令息令嬢の家族のうち、控え室からあぶれて先に会場に来ている身内の者。

 例年に比べて多くの人数が早い時間から会場入りしていることから、やはり皇太子殿下の婚約者の初お披露目への期待と注目度の高さを物語っている。


 その時、入場口がにわかに騒がしくなった。


 「シロノワール・ルナヴァイン公爵、並びにリリアーナ夫人、フィンネル卿ご入場!」


 高らかに入場者の名前が読み上げられた。

 注目の皇太子の婚約者、そのご両親と兄の一人である。


 公爵は深く微かに光沢のある濃紺を基調とした衣装を隙無く身につけた背の高い美丈夫。

 長い銀髪を後ろに撫で付け低い位置で一纏めにしている、瞳はブルーグレーで透き通ったその瞳にとらわれたら、何もかも見透かされそうで少し恐ろしく感じられる。


 夫人は癖のない、艶やかな金髪を顔の輪郭に沿ってひと束垂らし、あとは複雑に編み上げ後ろにまとめ上げ、金銀とパール、ダイアモンドをちりばめたバラをモチーフにした髪留めをしている。瞳は皇家由来の華麗な金色。透けるような白い肌にほんのりとバラ色の頬と甘い果実を思わせるような形の良い唇。

 ドレスは公爵に合わせ濃紺から水色にグラデーションする光沢ある薄いシフォン生地を何枚も重ね、細かな銀糸を織り交ぜた刺繍とレースをあしらった贅沢な作りのもの。

 シャンデリアの輝きを受けて煌めくのみならず、自ら身の内から発光しているような錯覚に囚われる。


 二人とも三人もの子供がいるとは到底思えない年齢不詳振り。

 十三年前に終結した七年戦争の英雄二人はもとより伝説化され国民からも絶大の人気を誇るが、その年齢不詳振りと神々しさで貴族達の間でも半ば神格視されている。


 「なんと美しい…」とつぶやく者、ただため息をもらし見惚れる者様々である、が、常に権謀術数渦巻く宮廷内に於いてこうもただ賞賛の目を集められるのは珍しいことだと思う。


 それはルナヴァイン公爵家がただ国防のみに関心を持ち、宮廷内の権力争いに無関心、なのか、ほとんど関わっていないことも関係しているのかもしれないが。


 (フィンネルのヤツ、すっかり霞んでるな……まぁ、あの親と一緒では仕方ないか)


 普通なら同情を禁じ得ないが、本人が全く気にしていないことを知っている。曰く、下手に目立たなくて助かっている、とのこと。



▽▲▽▲▽



 あらかた招待客が入場し終わり、一旦入場の大扉が閉じられる。招待客たちは、談笑しながらも三段ほど高く設えた壇上の玉座に向かって右側にある一層煌びやかな皇室専用出入り口扉に注目している。


 皇帝並びに皇帝一族の入場が宣言されると、皆、腰から深く頭を垂れて畏る。皇帝が(おもて)をあげるように促して皆下げた頭を元に戻し姿勢を正し、皇帝の祝辞とパーティーの始まりを告げる言葉を聞き、各々がグラスを上げ乾杯の流れとなった。

 昨年の葡萄酒は当たり年と言われていただけあって、食前酒にも合いそうな上質なスパークリングワインで、喉越しも爽やかで良い。……まだ成人していないがこの場で見咎めるものはいなかった。


 そのあと通常のパーティーなら、談笑したりダンスを踊ったりとパーティーを楽しむのだが、今回はデビュタントというイベントがあるため、一旦閉じられた大扉に注目が集まり、玉座前の広い空間と、大扉までの決められた道までが空けられる。


 両開きの大扉が再び開けられ、その年デビューする子女の内、身分の高い者から順に入場してくる。

 今年のトップ入場者はもちろん、注目の皇太子の婚約者だ。会場中が息を飲むように注視する。


 「ルナヴァイン公爵令嬢、マリノリア・ルナヴァイン嬢。パートナー、リンデーン・ルナヴァイン公子」


 大広間の大門横に控える城の侍従が高らかに入場者の名を読み上げると、パートナーであるルナヴァイン公爵家嫡男リンデーンと並び、会場に入る前に一礼してから兄の腕に手を添えて優雅に歩を進める。


 その姿に会場中からため息が漏れる。まだ十一歳という年齢とは思えぬ気品に溢れ、ただ衣擦れの音だけでまっすぐ前を見て歩く姿は堂々たるものだ。いかなる歩き方をしているものなのか、ヒールの高い靴を履いているのに靴音が聞こえない。

 父親譲りの月光を集めたような光り輝く銀の髪をハーフアップにまとめ、残りを腰の下まで緩やかなウェーブを描き垂らしている。瞳は元皇女である母親譲りの金の目に甘い蜂蜜を垂らしたような琥珀色、白く滑らかな陶器のような肌、柔らかく微笑むその花の顔は、まるで花の妖精か月の女神のようである。


 その場にいる殆どの者の視線を釘付けにし続けた。

 王座の前に手をとったまま並び、それぞれ紳士の礼、淑女の礼、を取ったあと、指定された順路を流れるように歩みながら他のデビュタント入場者たちを待つ。



 音楽が流れ、デビューする子息令嬢のファーストダンスが始まる。その中でもマリノリア令嬢は注目を浴びていた、いや、目が離せないのだ。

 パートナーを務めているのは彼女の兄リンデーン。双子の兄の内長男の方だが、彼もふんわりした金髪に光を反射し、底知れぬブルーグレーの瞳の美少年でご令嬢方に人気がある。エスコートによるものかは分からぬが、流れるようにくるくると楽しげに踊る様には様々な思いの込められた視線が投げかけられる。


 (果たして、今日マリノリア嬢をダンスに誘える猛者はいるのだろうか?出来れば……いや、難しいだろう)


 何しろ彼女は皇太子の婚約者だ。彼自身が婚約者に対してどう思っていようが、不用意に近づく男がいれば周囲が容赦しないだろう。

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