15. 閑話 今年の犠牲者は誰?
「フィンネル!ずるいぞ、お前は同士だと思っていたのに。 ちっ!俺も早くどうにか逃れる手を……」
「ええっ、なにそれ聞いてない!」
午前授業の終わりを知らせる鐘が鳴った途端にジルアーティーとリンデーンが後ろに振り返り、フィンネルに詰め寄った。
二年生の一組では不毛な言い合いが繰り広げられていた。
昨日談話室で集まったのはこの件についての事前相談(計画)だったに違いない。
「五月蝿い! 僕はまたエスコートされる屈辱よりも、一年女子に恨まれる方を選んだんだ! これは抜け駆けでは無く英断だ!!」
「いや抜け駆けだろ、まさか一年生の教室まで突撃しに行くなんて! 俺今日は邸に帰るつもりだったのに!」
模擬パーティーについての情報は今朝開示されたばかりで、パートナー探し解禁も同時に始まった。
それで『抜け駆け』という言葉が出てくるわけだ。
リンデーンは秘策というほどでも無い計画を先取りされて絶望していた。
『一年女子に恨まれる』で、誰をパートナーに誘ったのかは明白だ。フィンネルは妹を誘って新たなる黒歴史を回避したのだ。リンデーンも同じ手を考えていた。さすが双子、危機的状況で考えることは同じ。その妹が皇太子の婚約者であることなどもちろん考慮されていない。
彼らの一つ下の妹マリノリアは、貧血で倒れたご令嬢を助けたという一件から、一年生の一部令嬢方の憧憬の対象であり、今年の一年生は男女比でパートナーを組めない令嬢方が多く出ることから、ご令嬢方によるエスコート争奪戦が予想されていたらしい。
そして二年生は令息が余る。本来ならパートナー選びで溢れる者が少なくなるwin-winの関係が成り立つはずだ。
とは言え一年生の教室に二年生が行くなどほとんど無いことだ、それこそ緊急時でも無い限り。上級生になれば学年を超えた交流も出てくるが、低学年ではまず無い。
模擬パーティーとは、マナー授業の一環で初夏の頃の毎年恒例行事。一年生の歓迎会も兼ねており余程のことがなければ成績に響かないお祭り要素の高い催しである。
お目当の令息令嬢とお近づきになれる機会でもあるわけだが、どんな些細なきっかけで縁を結ぶことになるか分からないためパートナー選びには慎重を期する。その点、令嬢同士ならその場の雰囲気をただ楽しむことが出来るというわけだ。女装より男装の方が世論はともかく、本人のハードルは低いらしい。
「と言うことは、今年はリンデーンをエスコートしてやれば良いのか?」
本人は全く女装するつもりなどないだろう皇太子が椅子の背に体重を預けながら足を組む、長い足はシンプルなポーズでも決まって見える。
「殿下、冗談キツイですよ。 俺だってまだ諦めてませんから、今ならジルがお勧めですよ」
リンデーンにしてみたって二年連続で女装はごめんだから必死にもなる。
「バカ言うな、昨年は身長が低くて女役にされたが今年の俺は違う! 今年の問題はパートナーだ、無難な令嬢などそうそう見つからん」
確かにジルアーティーは昨年より15cmも伸びた身長と、肉体を休日の魔物退治で鍛えたおかげで標準の女性用の制服に袖を通すことは無理そうだ。
「三年生はパートナー規制で同学年縛りをかけたから確実に女装犠牲者が出るってさ。 それを面白がって令嬢同士で組んだりもしていて、お祭り要素をとことん楽しもうと言うことらしい。 二年も早く手を打てばまた面白いものが見られたのになぁ」
ニヤニヤ笑うのはヘルムルト。パドウェイ公爵家嫡男で父親は皇宮護衛騎士隊総長で皇族及び皇城警備のトップだ。精悍で整った顔立ちだが、女装姿はネタにしかならなそうだ。揶揄する余裕があるところをみると、既にパートナーの当てがあるのだろう。
「ははっ!お前ら延々と戯れてないでさっさと手を打たないと大変なことになるぞ。 昨年、へたなご令嬢をパートナーにするより女装で笑いを取った方がマシだったって言った奴がいたの忘れたか?」
「余裕だな~エリン。 婚約したんだっけ、おめでとう?」
「疑問符付くのかよ。どーも」
フィンネルの気の抜けた祝いの言葉に、エリンは若干投げやりに応えた。エリンは未来の宰相候補と言われる秀才でスチュワート公爵家嫡男。同じ家格の公爵家に近い年代の令嬢が居ないため婚約者選びが難航していたが、結局同じ派閥内の侯爵令嬢に決まった。幸運なのか同じ学年で、今年からはパートナー選びで困ることはないだろう。
「おい、もたもたしてると席無くなるんだろう? いっそ今日は向こうにしとくか、その方が好きに話せるだろう」
皇太子が言う『向こう』とは皇族およびそれに準ずる者だけが利用出来る専用の食堂で、厨房も別になっている。皇太子の食事は食べる場所が何処であれ、ここで作られ毒味も済んだものが供されている。
ルナヴァイン家の兄妹は母親が元皇女である事から、希望すればここを利用出来る。
ここ数年は貴族の子女が多く、教室には元々余裕があり対応出来ているが、食堂はどうにもならず、時間をずらして空いた席を利用するか、ランチボックスを家のものに持参させて庭園のベンチやガゼボ、温室などで食する者も居る状態だ。令息令嬢の中には半セルフの食堂に馴染めない者も少なくなく、家の使用人にランチタイムに合わせて持って来させているのだ。マリノリアは通学時に弁当を持参して居るが珍しい。ちなみに教室は飲食禁止だ。
「それで、今年は一年と二年で上手く収まれば一年女子が二名余るらしいな」
「上手く収まる年なんて無いそうですよ。 殿下は昨年クジで勝っても、パートナーで散々だったでしょう」
混雑を避けて久しぶりに皇族専用の食堂に集まった一同は、教室での話の続きを始めた。
「エリちゃん古傷グリグリ抉らないでくれる?僕だってわざと殿下の足踏みまくったわけじゃないから」
そう、昨年は互いに示し合わせてクジでパートナーを組み、背が低い方が女装する手段で令嬢避けをしたのであった。結果どうしようもなく運が悪かったフィンネルが皇太子殿下のパートナーを務めるという、お互いに不名誉な組み合わせになったのだ。高位貴族であればあるほどこういった手段で逃げることが多い。身内か婚約者が在学していればそれにこしたことはないが。
ちなみに『エリちゃん』呼ばわりされたエリンも、昨年は人生最大の黒歴史となるであろう経験をしている。
「「女装は嫌だ…」」
まだパートナーの当てが無いご令息たちは深いため息と共に呟いた。