13. 閑話 黒歴史
今回は攻略対象者達の紹介したいだけみたいなお話です。
書ききれなかった皇太子のデータ
アーノルド・ヒースディン
スウィテ・セレナ帝国の第一皇子/俺様だけど完璧皇子様 白金髪金眼
生後10ヶ月からマリノリアの婚約者。マリノリア以外の女子には紳士的で優しい。文武両道。
side. Elin
俺はエリン・スチュワート公爵家嫡男。俺は宰相候補と言われていて皇太子殿下の側近候補だ。父が宰相補佐をしているのもあるが、学園を首席入学し、その後の学力試験でも座学においてはトップを譲ったことはない。
スチュワート公爵家の未来が両肩にのし掛かり、常に完璧であることを求められ、正直プレッシャーで押し潰されそうにもなるが、その期待には応え続けているつもりだ。その鬱積を持て余している為か、多少気が荒いのは自覚している。もちろんそれを表に出すことはしない。
目下の悩みの種は、先日正式に決まった婚約者殿だ。
楚々とした大人しい令嬢だと思っていたら、婚約が正式に決まった途端とにかく煩い。自分の為に時間を使えと要求してくるのがこの上なくうざい。
俺は天才じゃない。常に努力し続けなければいけないというのに、女にかまけている時間など無い。婚約者が出来れば普段群がっていた令嬢避けになると思っていたら当てが外れたってところだ。
俺の容姿はこの集まりの中では凡庸な方だ。さして珍しくもない金髪碧眼、一応武道は嗜んでいるが騎士団入団を目指しているやつに比べたらひょろ長く頼りなく見えるだろう。
「で、エリン、俺達なんでここに集まったの?外出から帰ったばかりでこれから夕食なんだけど?」
こいつはジルアーティー・クロスディーン。貴族の頂点である筆頭公爵家の次男で、祖父が宰相だ。幼少時から天才魔導師の名を欲しいままにしている。既に魔導師の塔に見習いとして入り、将来は宮廷魔導師のエリートコースを約束されているやつだ。
天才なんてそうそう居るわけないと思っているがこいつは本物だ。聖属性以外の魔法が使えるらしい。聖属性は使えないというが回復魔法も他属性で擬似的に使えると言うからまさに天才。現宮廷魔導師長の称号が『賢者』で現魔導師の称号としては最高だが、それでも三属性使いだというからどれだけ凄いか分かるだろう。
それだけでなく、珍しい銀光を放つストロベリーブロンドに空色の瞳の端正な容姿はとにかく人目を惹く。家督は留学中の長男が継ぐからと自由気ままに余暇を魔法の研究に潰し、周囲に群がる令嬢たちを冷たい視線で一蹴している。まぁ慌てなくても婿に欲しがる家は無くならないだろう。
「招集かけろって言ったのは殿下なんだが、城から使いが来て出て行ったんだ。皇帝陛下命令じゃ仕方ないな」
ここは帝立学園の学生寮にある談話室。フリースペースと個室があるが、俺たちが使うのは大抵個室だ。その方が気兼ねなく話せる。貴族と言うものはしがらみが多いから下手なことは話せないが、気の置けない友人達とくらい気兼ねなく息抜きでもしないと窒息してしまう。大人になればそんな甘えは許されないだろうがまだ成人も迎えていない十三歳だ、多少のお目こぼしは許して欲しいと思っている。
「そうだな、時間的に談話室より食堂の個室予約して移動するか?」
そう言うと、「なら俺が言ってくるよ」とヘルムルトが部屋を出て行った。フットワークの軽いやつだ。疲れている所などついぞ見たことが無い体力お化けだ。
ヘルムルト・パドウェイも公爵家嫡男だが、文官ではなく武官を目指している変わり者だ。パドウェイ家はどちらかと言えば武家だが、実際は指揮を執る側であって前線に出る訳では無い。父親が皇宮護衛騎士団総長だからその影響かと思えば、同じ帝国騎士団でも帝国国境地帯を初めとする帝都以外を守護する帝国騎士団総長であり、先の戦の将軍だったルナヴァイン公爵その人を尊敬していると言う。
ルナヴァイン公爵は騎士団を退団した後もその師事を受けたいと望まれる引く手数多の人気者で、隣国アルト王国との七年戦争の戦局を引っくり返し完全勝利に導いた英雄でやはり天才だ。
ヘルムルトは天才に追いつくために努力を惜しまない。それでも座学の成績は悪くなく学年トップ10に入っているものの、基本的に単純で脳筋だ。こいつと居ると難しいことを考えて居るのがくだらないことに思えてくるから不思議だ。俺は親友だと思って居るがこいつはどうだか。交友範囲が広いから分からない。
艶やかで多少癖っ毛のある黒髪に初夏の瑞々しい若葉のような緑の目で親しみやすい顔立ち。誰にも気さくで優しい紳士な態度で令嬢達にも人気があるが、不思議と取り囲まれることは無い。身分関係なく男友達に囲まれているから近寄れないようだ。
「さて、移動しますかね、殿下の招集理由は明日のランチタイムにでも聞けば良いでしょう」
この何か分かってそうで、すっとぼけた様に話を流すのはフィンネル・ルナヴァイン公爵家次男。次男と言っても長男とは双子で同学年だ。見た目陽気で穏やかそうに微笑んでいることが多い。さらりと真っ直ぐな金髪を横にゆるく束ね、青灰色の瞳、顔は現皇帝の同母妹の元皇女で、国一番の美女と謳われた美姫に似ているだけあってやたらと綺麗だ。男に生まれたのは間違ってると嘆く奴らが居るくらいだ。令嬢達にもモテるが、あまり近くに寄って来られない。感情を表に出さないやつだが、時おり覗かせる冷ややかで薄いアイスブルーになる瞳が人を容易に寄せ付けないらしい。
座学は常に双子の兄の少し下の順位で作為的だ。多分こいつも天才だ。意図的に隠しているが、それはルナヴァイン公爵家が皇家から距離を置いていることに起因しているかもしれないから、一概に嫌味なやつだとも言えない。
曲者っぽい弟に対して、兄のリンデーンはルナヴァイン公爵家嫡男で跡取りにもかかわらず素直で単純だ。見た目も弟と色彩こそ同じだが、髪はふんわりと細い金髪が綺麗な顔の周りに添い、青灰色の瞳も神秘的ではあるが弟とは違い冷たい印象はない。短気なところはあるが、ドライで基本根に持つことはない。後に引かないようにその場で解決する、人の上に立つ天性のものを持っていると思う。こいつも天才だ、ただし武術の。座学も悪くは無いがトップ10に入らないことが多い。何事も努力しているところを人前では見せないが、本当に努力していないのかもしれない。やはり天才なんて嫌いだ。
「俺は剣の鍛錬に集中して疲れたから、先にゆっくり湯に浸かろうと思ってたんだがなー」
「リンデーンはそんなに焦って鍛錬することある?自主練で変な癖がつくと矯正するの大変だから、週末だけでも邸に帰ったら?」
「いいなぁ、お前らって閣下に直接指導してもらえるの?羨ましすぎる」
俺はつい、叶わぬ望みを口にした。
「俺らでも指導らしい指導はして貰ったことないけどな、あの人、弟子取らないから」
リンデーンが言うと、フィンネルも頭を縦に振って同意する。
「僕らはうちの騎士団の練習に混ざって鍛錬を積んだ口だよ。直接指導は、たぶん妹なら受けたことあるかもな」
「へっ、なんでそうなる?ルナヴァイン嬢は殿下の婚約者だろ。護身術程度なら元皇女の夫人でも……何と言っても姫将軍だし」
ああ、ヘルムルトも閣下に師事してもらいたいやつの一人だったな。
「あれ、ヘルは知らないっけ?」
と、リンデーンが顎に手を当てて考え込む。
「いや、アノ件は殿下の黒歴史だから、全容まで知っている人は少ないんじゃないか?」
「俺は結果だけ知っているが、詳しくはなかなか聞ける状態じゃなくて聞いてないな、エリンも聞いてただろ」
フィンネルが口角をわずかにあげて勿体ぶるように話を振ったところに、ジルアーティーが応える。
「ああ、殿下の前では何故か婚約者の話が禁句なのが分からなくて直接聞いたな。社交界デビューの際も頑なに婚約者のエスコートをしないのが不思議で……」
殿下とルナヴァイン公爵家の一人娘であるマリノリア嬢は幼馴染で婚約者だ、と聞いていた。なのに令嬢の社交界デビュー前はたった一度会ったことがあるだけだと言う。もう六年も前の負けを引きずるなんて、殿下はそんなに狭量だったろうか?殿下が一方的に毛嫌いしているようでもあるが、対する令嬢の態度も冷淡なものだ。
殿下の居ないこの機会に詳細を聞いてみるか?と、好奇心が鎌首をもたげた。
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side. Fennel
「まぁ、僕も人伝に聞いただけなんだが」
と、前置いて話し始める。
「ある日、皇后様からルナヴァイン家に茶会の招待状が届いた。何故か茶会の会場がルナヴァイン家本邸の中庭。しかも招待状の体を取りながらも命令に近い内容だった為、母が茶会の準備を整え、開催された。」
そこで一拍置いてまた話の続きをし始める。
「中庭のガゼボで皇后陛下、殿下、母、妹で、茶会をしていたところに、父が挨拶に来た所、すっかり退屈していた殿下が、剣術の指南をして欲しいと言い出して、父がいくら断っても聞かなかった。
そこに、妹が近寄って一言『うるさい』って言った。
これまでそんな扱いなどされたことが無い殿下は当然憤慨して『無礼者下がれ』と言われたのに対して、妹は引かずに『家臣相手だからって何言っても許されると思ってるの?パワハラヤロー!』と言い返し、あわや取っ組み合いの喧嘩になりそうなところで母が『ゆっくりお茶も飲めないなんて、躾し直さないとダメねぇ』と、言って、一旦は二人とも席に着いてお茶会を再開したらしいんだが、帰りの挨拶に父が出て来たところで、また殿下が、今度は城に来て剣術の指南役をしろと言い出して聞かなかったらしくてなー。
そうしたら妹が『そんなにお父様に教えを請いたいのならその前に私に勝ちなさい!』と言って、急遽模擬試合を行うことになったんだ。」
その先を知っているリンデーン以外は真剣に話の先を聞こうとしている。
「まぁ、結果はエリンとジルが知っての通り、殿下の10戦10敗。
しかも、単にボロ負けしたんじゃなくて、全く相手にならなかったって言うのが真相。
それ以来、殿下は妹を毛嫌いしている。 全く相手にされなかったらしいからしょうがないのかもね。」
「一つ年下の女の子相手にぼろ負けかぁ。 それは凹むな。 しかも婚約者だし、その時まで殿下が婚約者殿の事をがどう思っていたのか分からないから何とも言えないが」
何とも言えない顔でヘルムルトが感想を述べた。
「簡単に説明するとこんなもんだよ、結構くだらない話だろ」
「いや、くだらなくは無いだろう。 そもそも何故ルナヴァイン嬢は剣術など嗜んでいたんだ? 当時まだ六歳だろう」
こう行った話に食い込むのは珍しいジルアーティーがツッコミを入れた。
(俺もそこんところの詳細は分からないんだよねぇ。 特に父上の考えが)
「なんでも、その一年前に刺客に狙われたことがきっかけらしく、護身術程度にと父上が気まぐれにマリノリアに剣術指南をしたらしい。 それが思いの外筋が良くて伸びただけだと言うらしいが」
「へぇ!たったの一年の手習いで殿下をこてんぱにしたのか。 今も剣術は習っているわけか? 将軍は弟子を取らないことで有名だから正直羨ましいな。 是非手合わせをお願いしたいところだが無理だろうな」
エリンが興味深げに言った。手合わせして見たいと言うのは本心だろう。
「俺はマリノリアが剣術の鍛錬をしているところは見たことがないぞ? 今はもう本格的にはやってないんじゃないのか?」
いや、それは僕たちの前でやっていないだけで、マリノリアは今でも護衛騎士たちの訓練に混じって鍛錬している。どの程度の鍛錬かまでは分からないが。先日、建国記念パーティーで手を取った時は、手袋越しとは言えマメなどの固いものは無かったようだったから、身体を動かす程度のものかもしれないな。でも天性のものがある。
剣術だけならリンデーンが勝てるかもしれないが、僕は勝てないかもなぁ……殿下だって力だけなら勝てるだろうが、剣術はまだ無理かもなー。なんて、背は高いが見た目華奢な妹を思い浮かべながらため息をついた。
双子はお母様から面白おかしく話を聞いたので、お母様の様子がどうだったかは謎です。
双子でも殿下と妹の勝負結果予想は違うようw