113. 凸撃来客が多くなると困りますわ!
廊下をバタバタを走る音がする。まぁ、お兄様方ったら、いくら自宅でも廊下を走るのは良くありませんわ。でも、聖女様お世話係でストレス過多のお兄様方を、家でも窮屈にしてしまうのは可哀想だわ。聞こえなかった事にして差し上げましょう。
「マリア!」
勢いよくプライベートリビングの扉を開けて真っ先に入って来たのはリンデーン兄様。まぁ!今日は元気ね、お世話の負担が比較的軽い日だったのかしら?続いてフィンネル兄様も入って扉を後ろ手に閉めた。
「マリア、何だか雰囲気変わった?ドレスと髪型の所為ばかりではないね。 それに髪が前より随分と伸びた? ああ、でも物凄く良いよ! まさに我が家のお姫様だ」
フィンネル兄様が言った”お姫様”って、帝国では皇女様以外にも公爵家の正妻の令嬢の他、神殿勤めの高位の巫女様にも使う事が許されているから、まぁ大げさな呼び方ではないのだけど、言われるとちょっと照れてしまうわね。
「随分と心配をかけてしまいましたけど、この通り元気になりましたわ!」
そう私が言うと、リンデーン兄様が少しだけ眉を下げて話し始めた。
「かなり無理な術式を使って髪を戻したのだろう?母上は良い結果だと言っていたが、髪を短く切って喜んでいたのに、心身に無理をさせてしまったのではないかと、心配していたんだ。本当に身体の方は大丈夫なのか?」
「まぁ、その……術式は確かに頑張り過ぎてしまいましたの。髪がこんなに伸び過ぎてしまって引き摺るのですが、その前に『もう切らない』と言ってしまった事もあって、お母様に切るのを禁止されてしまってこの通りですわ。でも思いがけず……猛毒の影響が完全に消えたみたいですの」
「一見全快していた様に見えたが、まだ猛毒の影響下にあったのか?」
お兄様方二人とも、今の私の説明ではよく理解出来ない部分があったみたいだけど、ちょっと言い辛いわよね。やっと女の子になりました!っなんて。どう説明したものかしら?
「その、恥ずかしい事に、猛毒で身体を壊してしまった影響で、まだ大人の女性になる準備が出来ていなかったのですわ、成長が止まっておりましたの」
「「うん?」」
ちょっ!これは最後まで言わせる気だけど、分かっている感じよね?だっていわゆる思春期の成長とか二次性徴、他にも男女別に低学年の座学で基本的な保健体育的な性教育なるものは受けてるハズだから、今の説明で察してるはずだわ!
「もう!お兄様方意地悪ですわ!」
私はちょっと頬を膨らませて、そっぽ向いた。
「悪い!マリアがあまりにも可愛らしくて、揶揄いたくなっただけだ」
「それにしても、随分雰囲気が変わったから、恋人でも出来たのかと心配してしまったよ」
うわぁ!そんな事無いって分かってて言ってない?
「フィンネル兄様ったら、悪ふざけが過ぎますわ。 そんな奇特な方など簡単に見つかりませんわ!」
「ははは……悪かった!」
フィンネル兄様が両手を上げながら謝った後、お兄様方が顔を見合わせて軽くため息を付いたあとに、ぼそりと言った言葉は聞き取れなかった。
「「あいつ報われねぇな……」」
「何かありますの?」
聞き返しても教えてくれない。うーん、もうやぁね!男同士で結託して内緒話ですか、もう帰っちゃおうかしら?でもまだせっかく用意してもらったスウィーツをあまり食べてないわ!私はちょっと不貞腐れながらティータイムの続きをした。
「で、組み合わせた魔法ってどんなの? 魔法で髪を伸ばすなんて、かなり興味深いな」
「めちゃくちゃですから、お勧め出来ませんわ。現状復帰、自己治癒、究極治癒、自己回復、の四重奏しましたけど、わたくし途中で意識が飛んでしまって、何れが何に効いたのかよく分かっておりませんの」
「自己回復って出来るんだ?初めて聞いたなぁ、MPの消費が半端無さそうだけど……」
フィンネル兄様、大当たりですわ!自分の体力回復と治癒は出来るものの、MP消費がバカになりませんの、∞だからこそ出来る規格外技ですのよ。何とも言えずに木苺ケーキを口にした時、ルタオが来客を伝えて来た。
うーん、どうもこの家にはアポ無し来客が多くなった気がするわ!普通は事前に連絡するものなのよ。でもお兄様方は全く動揺無しで出迎えに行った。つまりは三人の内誰かって事ね。廊下からお兄様方の声がする。リンデーン兄様が「もう、本当にうちは避難所じゃ無いんだからな」なんて言ってる。
ははは……乾いた笑いしか出て来ない内容ね。今日の聖女様お世話係が心労を吐き出しに来たってところかしら、分かり合えるって良いものね。本当はそんな心労なんて掛からない方が望ましいと思うのだけど。
さて、お兄様方に私の元気な姿は見せた事ですし、もう帰る事にしましょう。
来客と入れ違いになる様に席を立ち、ダイニング側の扉に向かう。こうすればぶつからないからだ。さっさと出てしまえば、廊下ですれ違う程度の接触で済む。扉を開けて廊下に出ると、ちょうどお兄様方と来客、ジル様だった。珍しい事に単独だった。まぁここは挨拶だけして速やかに通り過ぎてしまおう。私は速やかに扉を閉めた後ジル様の方に向かい、淑女の礼を取る。
「ごきげんよう、クロスディーン卿。 ごゆっくりお過ごしくださいまし、ではわたくしはこれにて失礼しますわ」
ゆっくり顔を上げて、歩き始める。向こうは扉を開けてプライベートリビングに入りかけているところだ、ジル様も簡単な挨拶で済ませるはずだわ。
「急な訪問で失礼した。 くつろいでいるところを邪魔してしまった様ですまない」
「まぁ、その様な事お気になさらずどうぞ」
私は淑女の笑みを顔に貼り付けて、優雅さを欠かない程度に足早に横を通り抜けて自室まで戻った。どっと疲れが出た気がする!さあ、あとはもう冒険者バッグを持って本邸の自室に戻るだけだ。何事も無いうちにさっさと帰ろう、そう思って座標移動で帰った。
結局お兄様方の様子、っと言うよりもヒロインの動向を探る為の会話が出来なかったわ。
ヒロイン、一旦皇太子のハッピーエンドに行って隠しルート発動フラグを潰した上で、再びハーレムエンドを狙っているつもりなのかもしれない、っと言うのはまだ私の予想に過ぎない。でもその動向によっては再び隠しルート発動条件が発生し、シナリオだって動きかねない。ヒロインってそんな存在だと思うのよ、だってこの世界の中心なんだから。
今更エンド変更なんて無茶はやめて欲しい、切実にそう思った。
▽▲▽▲▽
side.Jillartie
流石に令嬢の時の彼女は鉄壁で崩せない、そう思わざるを得なかった。今のは俺を避けるために想定した動きでは無いだろう、それにしては行動が早過ぎたからだ。来客者そのものを速やかに避ける為の計算し尽くされた言動だと思った。
だが、俺が驚いたのはその事では無かった。
髪が長い。
マリナが修道女もかくやと言うほどに髪を短くしたのはつい三日前の事だ。それなのにご令嬢の髪が長い、長過ぎるのだ。床に届きそうな髪、上部ではかなりの量の髪が纏め上げられている。全体の髪の長さは如何程になるのか?カツラで誤魔化すにしてもやりすぎだ。それに、彼女の髪は本物だった。
俺は彼女に翻弄されっぱなしだ。
驚いたのは髪の長さだけでは無い。彼女の淑女の笑みは完璧だったが、以前とは全体の醸し出す雰囲気が違った。服装や髪型だけではなく、彼女自身が変わった。あれほどの変化をもたらしたのは一体どの様な事だろうか。女性が急激に美しくなる原因……心が急に重くなった気がした。今日の令嬢は目の毒なんて表現では足りないほど眩しく輝いていた。それを手放しで褒め称える気にも喜ばしくも思えない自分が居た。双子が居なければ、ご令嬢を呼び止めて、問い詰めてしまいたくなっただろう。でも一体何を?可笑しくなってしまいそうだ!今の俺の状態では彼女を前にして正常で居られる自信など無い。胸の中をドロドロとしたモノが下りていく感じがした。その時現実に戻してくれたのはリンデーンの明るい声だ。
「どうぞ! 聖女様のお世話係お疲れ~。 今日は早く解放されたようで良かったなぁ!」
「そうそう、僕らなんて送り任務の時に五回連続で聖女様のワガママ発動されてさぁ、ディナーまで付き合わされてウンザリだ」
双子は心底うんざりしている様だ、俺も同じだから分かる、二人共殿下の前では賢明にも取り繕ってはいるが、俺なんて取り繕うのも無理になって来ている。
「ああ、今日はしつこく俺の機嫌が悪い原因を聞き出そうとして来た。 最近は殿下まで巻き込んで強引に話に巻き込む手法を取り始めたから厄介でうんざりだ。 幸い殿下がわずかな空き時間を使って、聖女様のお茶に付き合う事にしてくれたから解放されたが、ブチギレ寸前まで行った瞬間は抑えるのに必死で、取り繕うことすら無理だった」
俺がそう話したら、双子揃って意外そうな顔をしている。俺だってキレそうになることくらいあるぞ?そんなに意外だったか、まぁ何時もは平静を心がけているからな。
「えー、ジルって不機嫌ってより、いや、まぁいいや。 殿下の機転で今日は助かったってわけだ? 俺達の時にも助けてほしいよ、ジーンが居ればまだそのまま帰れる事が多いんだが、他だとダメだな。 とにかくおかしな噂が立てられでもしたらこっちは困るんだ! 俺、婚約者居るんだけど、殿下分かってるのかなぁー。 聖女様のワガママに俺達まで付き合わされるのってどう思う? なんて聞かれても困ると思うが」
「それは、全く困らないな。 出来損ないでワガママなだけの聖女様には是非神殿でお暮らし願いたいと思って居るくらいだ。 淑女教育どころか、聖女修行もろくに進んでいない上に、お妃教育なんて出来ると思うか? もう学園で学ぶより、皇宮の厳しいって噂の教育係を付けた方が良いだろう。 あのままではいつ迄経っても候補のままだ。正直学園に通わせる意味が分からない」
ランディの話を聞いて、こいつら俺より拘束時間長いなと思った。なるほど、ジーンが鍵なのか、俺は比較的ジーンと一緒の事が多いかもしれないな。
「エリンが一緒の時もワガママ潰ししてくれるから助かる。 流石未来の宰相候補と言われるだけある」
俺がそう言うと、それは知らなかったらしい。殿下はお世話係の日数で見ているだけで、拘束時間までは管理していない様だな。
「俺達はエリンと一緒の事無いなぁ。 マリアが学園やめてからは俺達二人に、殿下の側近が付くか付かないかだから、送り業務が重くて仕方ない」
「あー、僕もエリン見習ってワガママ潰し会得したいなぁ! もうマジで領地に帰りたくてしょうがないの。 ところで今日のマリア見た? 帝都に居た時はきっとかなり無理をして居たんだろうな、急に角が取れて柔らかくなったし、忙しくても楽しそうにしているよ」
いや、今日のご令嬢は変わり過ぎだろう。それにタイミング的にもここ数日で急激に変わった感じだ。だがそれをこいつらに聞いても正直に答えてくれそうな気がしないな。
「今日のマリアを見せたらもっと釣書が重なるだろうなー。 今は本人に渡る前にうちに届いた時点で全部却下されてるがな」
えっ?なんだ、やっぱり釣書の山だったのか。しかも全部却下?聞く前に教えてくれたのは親切心なのか警告なのか。ランディだから何の脈絡も無く、ただの世間話かもしれないが。仮に俺が出しても却下されて、勝手に落ち込む事になってたわけだ。
「すごいよ?子爵家や男爵家まで送って来るからね。 伯爵や侯爵でも子持ちの再婚とか平気で出して来るし、うちの事舐めてんのかって思うよ。 そんな所にマリアをくれてやる訳無いだろうが。 まぁ本人が嫁に出る気無さそうだから、もう片っ端から全部却下で良いって楽だよな!」
久しぶりだが、やっぱりフィーのシスコン振りも凄いな、前はこんなじゃ無かったはずだが。まぁ、令嬢が帝都に出て来るまでは殆ど会った事が無い様だったから、然もありなんてところか。とりあえずこれは聞きたいから聞いとくか。
「ご令嬢のあの髪の長さは一体どうしたんだ?短期間に伸びるの早過ぎると思うが」
途端に二人とも気まずそうだ。ああ、マリナ絡みだからどう答えようか迷っているのか。
「ああ、あれね……なんかもう訳分からない魔法実験で髪爆発って感じ? マリアってたまに、ちょっと、変わった発想で魔法使う事があってなぁ、成功すれば良いんだが。 まぁアレも全体的には成功らしいんだが、髪が引き摺るほど長くなったのは想定外らしい」
「それは、最初何をしようとして魔法を使ったのかが非常に気になるんだが……」
だが、やはり言い辛いらしく答えは貰えなかった。魔法で髪が長くなる前の髪の長さは、当然聞かなかった事にされそうだな。




