108. 髪は……
side.Fennel
「ランディ様、どうなさったんですか? フィー様も顔色がすごく悪い様なんですけど」
「聖女様に申し上げる様な事ではありませんよ、大した事はないのです。ただ個人的な痛手が大きくて立ち直るのにはしばらく日数を必要とするだけですから」
ランディは無難に返せた様だな、おまけに机に伏せってしまった。聖女様はよく見てると言うかよく話掛けて来る。まぁ今のは親切心だと受け取って置こう。
昨夜のショックは筆舌に尽くし難いものだった。せっかくジルが連絡してくれたのだが、いくら緊急通信用と言っても受け手が居なければ意味が無いんだ。昨日はよりにもよって二人揃って聖女様のお出かけに付き合わされる事になり、ディナーを食べたい場所があると言うからそこまで付き合わされ、帰った時には連絡の行き違いで間に合わなかった。ジルは今日も休みだ、いやサボりってやつだ。だが今頃ジルもショックを受けていることだろう。ランディの話じゃ”城塞”に来てた時に、花粉が付いたくらいでわざわざ髪に触ってたらしいじゃないか。ああ分かるよその気持ちは。あの艶々サラサラで光輝く髪を触りたいって、領地の子供達も寄って来るくらいだからな。ご利益がありそうだなんて婆さんも居たなぁ、アレ見たらショック死でもしそうだな。後でマリアをしばらく本邸敷地内から出さない様に通達しなければいけないな。どんな噂が流れるか分かったものでは無い。
正直ショートボブって髪型も可愛いとは思ったよ。だが、だがっ!そうじゃ無いんだ、何故分からないのかなぁ!今夜領地に帰ったらどれだけの悲鳴が上がる事か!城内だけでも気絶する奴がいそうだ。母上は大丈夫だろうか?ひいお祖母様には見せない方がいいかもな。
「フィー様は大丈夫ですか?」
これで大丈夫に見えるのか?声かけていい時と悪い時があるって知らないのかこの女は!でも曲がりなりにも殿下の唯一の婚約者候補で聖女様だ。
「いいえ、大丈夫ではありません。ですが病気などではありませんから、聖女様に心労をお掛けする訳には行きません。しばらく放って置いて頂けましたら、いずれは回復しますので、ええ多分」
「そんなにショックな事がおありになったんですね」
放って置いてと言ったにもかかわらず、まだ何かもの言いたげに見つめて来ている。殿下が席を外しているからって調子に乗るなよ。殿下もジーンは置いて行って頂きたい、パトリックでは抑止力にならないんだ!
よく薬屋で売ってる毛生え薬って効くのかな?癒しとか治癒魔法でハゲを直した話は聞かないから、切った髪を伸ばすのも無理だろうな。究極治癒はどうだ?もし効くなら母上が真っ先に試すだろうが、多分無理だよな、髪切っても怪我とは言わないし、ハゲも病気では無い。別の魔法術式を考えなければいけないな。そう言えば成長なんて使えたな、ダメだ、本人が使うハズない。髪切って喜んでたからな……。説得させるか?誰に?
「聖女様。 人にはただ静かに時が過ぎるのを待つしか無い事があるものです。 この二人の事はそっとしておきましょう」
エリンが助けに入ってくれたが、聖女様は動かない。
「でも、精神的なショックであれば話をするだけでも気が楽になったりするものですよ?」
だーかーらー放って置けって言ってるのにしつこい女だ!これで絆される奴が多いから調子に乗っているんだよな。だが皆が皆そんな奴らばかりじゃ無いんだ!聞いて欲しく無い事だってあるんだよ!!
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side.Jillartie
予想はしてた。だが実際に見た時のショックは半端なものでは無かった。別に俺はマリナの髪を好きになった訳ではない。ただ、あの艶やかで美しい髪を惜しげも無くこうまで切られては、その訳を知りたくなると言うものだろう。だが切った原因は俺か?俺が余計な指摘をしなければ良かったのか、それとも、俺嫌われてたりする?流石に直球には聞けない。だが結局は同じ事だった。
「マリナって俺のこと避けてるのか?」
そう聞いた時、何を思ったのかは分からないが一瞬止まった。その後妙に饒舌になって、でも今まで出して来た情報以外は与えないと言う巧みな回答だった。ラーンで一時期活動していたと言うのは、もう過去の情報に過ぎない。
そうか、避けられてたのかぁ……。
それでバッサリと髪切るほどって、ああ、これ以上は沼に嵌りそうだから考えるのを放棄しよう。
いつの間にか知り合い以下になっていたとは、やはり経験値が低すぎるとダメだな余裕が無さ過ぎた。情けないところを助けられてばかりで、俺が助けようにも下心抑えて精一杯で頑張ったつもりだったが、やはり見え見えだったのか、終わってるな。
ルナヴァイン領のお城に居るのはマリナではなく令嬢の方だ。マリナの考えは読みやすいが令嬢は無理だ。恐らくマリナはしばらく冒険者活動はしない、城内の片付けが終わっても。あーあ、結局まだ諦めきれない。万策はもう尽きたも同然だと言うのに。
いっその事、玉砕覚悟でご令嬢に釣書でも送るか?ダメだ、とても立ち直れそうに無い。
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「ただいま」
座標移動で戻ったので直接寝室に戻った。当然誰も居ない。今日も書物をたくさん読んで疲れたけど、汗を流すより目を労りたいかなぁと思って、先ずシャワーを浴びてからゆっくりと浴槽に沈んだ。
バスローブを羽織ってクローゼットのドレスを見る。うーん、なんだろう?ショートボブに似合いそうなドレスが無い様な。あ、これならいけるかな?私はネックラインまで繊細なレースで覆われたオリーブグリーンのドレスを選んだ。ちょっと渋めで大人っぽいデザインの方がこの髪型には合う感じだな。そろそろディナーの時間だからお茶は食後にしよう。
少し時間があったので刺繍をしていたら部屋の扉をノックする音が聞こえた、これはケイナだ。
「今行くわ」
そう答えて寝室、自室、応接室まで行ったところで、小さな悲鳴が聞こえた。見るとケイナは大粒の涙を流しながら口元を手で押さえている。ええっ?何があったの?
「ケイナ、何があったのかしら?」
「お嬢様の髪が……一体どんなお辛い事があったのでしょう」
髪をバッサリ切った事により何か誤解されたみたいだった。ああそう言えば、髪を短く切った友人が失恋したんじゃないかって揶揄われてたっけ。私は誤解を解くために笑顔で説明した。
「身体を動かす時に短い方が楽そうだと思って切ってみましたのよ。 もう社交パーティーにも出ないのだから良いでしょう?」
「では、お嬢様に何かあった訳では無いのですね?」
ケイナはまだ涙を流し続けている。ショックを受けているのはどう見てもケイナの方だ。
「ええ、わたくしは何事も無かったわ、心配しないでいいのよ。 だから少し落ち着くまで休むといいわ」
そう言って、私は食堂へと向かった。すれ違う使用人達が先ず目を見開く。うーん、ちょっと驚かし過ぎているみたいだわ、ばっさり切り過ぎたかしら?軽くて良いんだけどなぁ。後ろからすすり泣く声が聞こえる。ううっ!これは相当誤解されているわ!”婚約破棄イベント”はもう二週間以上も前の話だもの、今更それとは考えないわよね?ああ、もしかしたら、現場検証の為に学園に呼ばれた時にショックな事があって髪を切ったと思われたのかもしれないわ。とにかく誤解を解かなくちゃダメね、でも今はダイニングに向かわなくちゃ、説明している間に何時になるか分からないわ。
私がダイニングに入った途端に誰かが倒れた音がした。思わず音がした方を見るとお母様だ!椅子から落ちて気絶している!私がお母様に駆け寄ると、もうお父様が抱き起こしていた。でも目を覚まさない。
「お父様、お母様はどうしてお倒れになりましたの?」
「マリこそ、何事か有ったのではないのか。 母はお前の姿を見て気絶したのだ」
びっくり仰天!ええっ?お母様ったら何を想像なさったのかしら?でも侍女や給仕達の顔色も悪く、涙を受けべている者も居る。
「わたくしには何もありませんわ。 髪を切ったのはただ動きやすそうだからですもの」
「それで皆が納得すると思うか?」
「まぁ、お父様ったら。 本当に何もありませんでしたわ。 髪を切ったくらいで大げさですわ。 もうパーティーに出ることもありませんし、長すぎて手間もかかって大変そうだと思っていましたのよ。 それに、わたくしもたまに首が疲れて、もう見栄を張る事も無いと思って切ってしまいましたの。 別に修道院に入りたくて切った訳ではありませんのよ」
だが、周囲はすすり泣きに変わり、お父様のこめかみには青筋が立っている様に見える。うーん、どう説明したら納得してくださるのかしら。
「わたくしの髪を切った理由なんて瑣末なものですわ。 身体を動かす時に邪魔だから切っただけですもの」
「つまり、”城塞”の片付けの際によく髪の先を引っ掛けたり、蓋をする時に挟んだり、とにかく邪魔だと思ったのは忙し過ぎた所為だという訳だな」
「そうではありませんわ、暇でも同じことですもの。 髪が長すぎて首が痛くなったりしますのよ。 だから髪を切ったからといって心配なさらないで」
どう説明しても納得してくれないわ!そうね、前世でさえ髪をバッサリ切ると何か大きな転機があって気分を変える為だと思われがちなのよ。この世界なら余計に大ごとに取られても仕方ないのね。もうこのまま慣れていただくしかないわ。
「とにかく、わたくしに心配事などありませんわ」
そう言い切った時に、やっとお母様が目を覚ました。
「お母様、ご心配をおかけしたようですみません。でもわたくしには何もありませんでしたわ。現場検証は終わりましたし、何も心配はありませんのよ」
お母様は私を抱きしめて泣き出した!
「なんて言うことかしら。あんなに大切にして来た美しい髪をこんな風にしてしまうなんて」
うーん、お母様までか。これ何を言っても通じないヤツだわ。みんなそれぞれで私の心の痛みを想像して大きくしていっているんだわぁ。
「お母様、わたくしはただ、髪を短く切って、楽にしたいと思っただけですわ。 髪を洗うのも身体を動かすのも楽になりますし、肩こりも無くなりますわ! とにかく、パーティーにも出ませんし、貴族令嬢の見栄など捨ててしまった方が楽なのですわ。 どうしても必要な時にはカツラを作ってありますから問題ありませんの」
「まぁ!マリの髪は見栄なんかじゃないわ!なんて事を言うの?我が家の宝なのよ!」
はぁ?それってレッドデータみたいなものかしら?でも銀髪ってここスウィテ・セレナ帝国では珍しいけど、ニース・アニース帝国では25%くらいが銀髪なのよ。他の国にだって銀髪いるし、何も私だけが特別って訳じゃないのよね。
「お母様。 髪は伸びるものですわ。 そして、今のわたくしにはこの長さがちょうど良いのです」
「マリが分かってないわ!その髪はただの銀髪じゃなくてルナカラーと言われる、我が家の令嬢だけが持つ特別なものなのよ。確かに色だけならお父様も同じよ、でもね、男女では髪質が違うのよ。僅かな光をも反射して輝く特別な髪なの。皆んなが貴女の髪を愛しているのよ。マリをより美しく引き立ててくれる大事な髪なのに」
ここまで言われちゃうと何も言えないよね、いや~髪にもレアがあるのか、って事は!瞳だけじゃないよ、この髪だけでバレるじゃん!うわぁ、多分とか疑ってるレベルじゃなくてジル様分かっててあの店連れてったんだ!ええっ?私って今までムダな足掻きしてたの?いやいや、まだ確定じゃないよね?でも98%くらいは確信されてる気が……で、特定してどうするのジル様。問題はココだよね。悪あがきだろうと認める訳には行かないわ。
「お母様、よく知らなくてごめんなさい。これから伸ばすわ」
まぁ、一年でせいぜい二十cm伸びるかってところだけどね。でも髪の毛って切った後元気になるんだよねぇ、地肌の負担が軽くなるのか、伸びるのが一時期早くなるの。私はブリーチとかして無かったから良かったけど。まぁしばらくは頭が軽い快適生活を送れるわ。
大胆なイメチェンは色々な誤解を生むのです……。今回はそれだけではないんですが




