104. 中退したので自習する事にしましたの
新章始まりです。
引き続き、読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
今日は疲れたわ。だって”婚約破棄イベント”を一番被害の無い状態で乗り越えやっと”悪役令嬢”を卒業出来たとは言っても、学園をそのまま中退した私にとって、学園はもう私の居場所では無く、ただ居心地の悪いだけの場所になってしまったのだもの。
久しぶりに来た皇都の別邸のガラス張りテラスでゆっくり、ベリーとチョコレートムースにチョコレートソースをたっぷりかけたケーキを、普段よりも少し大きめに切り分けフォークに乗せて頬張る。
うーん!やっぱり美味しい!美味しい物を食べている時が一番幸せだわ。
紅茶を一口飲んで目を閉じると、疲れがどっと吹き出して来たように感じた。今日はとりあえずこっちに泊まって、明日領地に帰ろうかしら?このところ”城塞”の土地の返還・引き渡しに伴う引っ越し、撤去作業に、本邸の改装やら片付けに追われて流石に疲れてもいたからそうしよう。
執事のルタオに本邸には明日帰る旨を伝えて、ケーキをお代りして紅茶を飲み終わってから、ディナーの時間までには余裕があるので大浴場へ向かった。
「はぁ……」
つい重たいため息が漏れた。このまま眠ってしまいそうだわ。自宅の浴槽で水死体にはなりたくない。
まぁ、浴槽の縁にタオルを敷いて頭を乗せているから大丈夫だとは思うけど、っと思わず両手の平を見た。
うーん、サンプル以外で自分の所の商品そのものを自ら使った事は無かったけど、ハンカチを少々の時間巻いていただけでこんなに綺麗に治るなんて、少し魔法付与が強過ぎなのでは?でも、今日リンデーン兄様が持っていたのはサンプルの方だったかもしれない。デザインが『ルゥナ工房』開店初期のものだった。ロゴの付いたブランドタグを確認し忘れたわ。
通常の商品に使用する魔石は先ず”ランク”(魔物のLv.違いに因る大きさの他、フロア核やレア進化魔物の魔石は大きさだけでは価値が測れない為)で管理分けされ、”元の魔石ランクに見合った魔法付与”と、更に”魔石加工後のct数”や”品質の違い”で価格帯設定をしている。
もちろんハンカチそのものに魔法付与するのは無しだ。それは秋開催の剣術の模擬試合で個人的に渡す絹のハンカチにしかしていない。
冒険者衣装等の個人的な使用目的の創作物に関しても別。
そうした線引きをしないと素材の価値と価格管理が出来なくなってしまう。っと言うか崩壊するわよねぇ。何しろうちには元手タダで入手した魔石や貴金属素材がたっぷり有るんだもの。一応人件費は掛かっているのかな?そうね、自分たちで獲ったといえども時間と手間が掛かっているのだから。
まだ疲れが取れた気はしなかったけど、湯あたりしそうな気がして来たので上がって、もう部屋でゆっくり休む事にした。ドレスに着替えて廊下を歩いていたら侍女頭のマーサとすれ違った。
「お嬢様、ちょうどようございました。 先ほどご当主夫人様からご連絡がありまして、このところ休みなく働いているから二日は休んで、学園の休日にお戻りになるように。との事です」
「分かったわ。 伝言ありがとう」
そうかー、今日も平日だったんだもんね。明日と明後日も平日だから……ああそうね、帝立図書館ってまだ殆ど行った事無かったわ。ちょっと魔法関係の本を読み漁りに行こうかしら?まだ読んだことがない本があると良いなぁ!その日はお兄様方と夕食を摂った後、久しぶりに早めに就寝した。
悩んでいた。帝立図書館には素で行くのが良いのか、マリナで行く方が良いのか。
確かに平日は学園に通うご令息ご令嬢には会わないだろう。でもこの帝都に居るのは彼らだけではない。
社交シーズンでは無いが、宮廷貴族達は確実に居る。中には領地には殆ど戻らず皇都の別邸で暮らす者も珍しく無い。その他にも皇宮勤め等で私の顔を見知っている者が居るかもしれないわね。
マリナの冒険者ランクはBになっているから、帝国人として認められ、帝立図書館の使用も出来るようになったのだ。
よし!マリナで行こう、その方が堂々としていられる。
今日はダンジョンや依頼を熟しに行く訳では無いから真っ白なラビット毛を染めずに使った丸い玉房が裾やリボンの先に付いた、厚手のベルベット地を使った可愛いハーフケープを羽織って出た。中に着ている服も冒険者仕様とはちょっと違って防具無しだけど冒険者仕様の可愛らしい普段着だから気分も軽くなった気がする。
冒険者バッグも何時もより小さめの新作だ。別にこの日の為という訳では無かったけど可愛いショルダーバッグとしても使えるのを作っておいたのだ。冒険者バッグ自体が貴重品なのでスリ防止に斜め掛けにしている。
中身は慎重にマリナ用の筆記用具と、化粧ポーチ、いつもの手鏡を入れて、マリノリアの時に使っている物は入れないようにした。そして乙女心のお守り癒し桃姫を入れておいた。効果は〔癒し、幸運、水中散歩〕っとまぁ戦闘用では無いけど。あっ!これ付けて入ればお風呂で溺れないんだわっと、今更気が付いた。バッグから出して腕に付けた。癒しと幸運、普段歩きにも最適かもしれない。今日の衣装との色合いも合う。流石に普段頭に乗せるのは恥ずかしいよねー。
邸から直接出るのはマリナの設定上憚られたので、短距離転移で帝立図書館の前に直接移動した。冒険者衣装はこんな所で多少役に立つ。ちょっとくらい移動を見られたって、ここに来る資格を持つ冒険者ならアリだと思う。多少ビックリされるくらいで済むってモノだ。
受付で新しい入館・貸出管理カードを作って貰って魔法関連の書棚が並ぶ場所にlet’s go!
フロア図を見て期待してしまうほどの書棚数を確保されてはいるが、一つの書籍に付き数冊用意されている場合も有れば、版数毎に揃えられている物もあり、最新情報に差替え更新されている部分がどれだけの分量なのかは背表紙を眺めただけでは分からない。とにかく古い情報であろうと読んだ事の無い書物は片っ端から読破するつもりだ。それがマリノリアの読書スタイルであった。
流石、皇都の貴族街一等地と二等地にまたぎ建てられている立派な図書館だけあって、読んだ事の無い書物が沢山ある!素晴らしい蔵書量だ。流石に禁書は皇宮図書室にしか無さそうだけど、今はそんなモノに興味は無い。
普通に魔法を基礎から応用、魔法史等を学んで行きたいだけなのよね。
読んだ事の無い書籍を三冊抱えて窓際の陽が差す暖かそうな席に着く。そう言えば外で冒険者衣装のケープを脱ぐのって初めてだったかも!
……いや、自分で脱いだ訳では無いけど一度だけ有ったわ。あの”ラッキースケベイベント”にはときめき通り越して恥ずかしさしか残って居ない。うん、今はそれ忘れておこう、心臓に悪い。
それから一心不乱に読み進め書棚を数回行き来したが、流石に喉が乾いた。書籍を良好に保存する為湿度が低めなのも原因だろう。いつの間にか喉がイガイガして来る風邪の初期兆候を感じていた。高森 茉莉奈の時にはお馴染みのものだったが、マリノリアになってからは初めてかもしれない、そろそろティータイムだ。
当然の事ながらここは飲食禁止で水筒ですら出す事は出来ない。なので一階と二階の一部にあるラウンジに行こうとした……のだが、立ち上がる為に机に置いた右手の上に自分よりも大きい手が被さっていた。少し冷たいその指先、しかもご丁寧に互いの指と指が交互に挟まっていて、このまま握れば恋人繋ぎってヤツですかね?
誰かは直ぐに分かった。こちらは座って居るので、ほぼ間後ろに立っていて背が高いせいで屈み込むようになっているハズで、プラチナの輝きが美しいストロベリーブロンドが手に視線をやった時に見えてしまっていた。
ちなみに今日は平日で、今は授業中のはずである。中退した私とは訳が違う。サボり?あの真面目なジル様が??幼い頃からの淑女教育、お妃教育の賜物でフリーズしたのはほんの一瞬、手を抑えられて尚且つ後ろに立たれては椅子を引いて立ち上がる事は出来ないので、右側から見上げてジル様を見た。ちょっとばかりイタズラに成功したような表情なのかな?ジル様らしくは無いけど可愛い!やってる事は決して褒められたモノでは無いのだけどね。
「マリナ、久しぶりだね。 ユトドラス以来かな? あの時は本当に助かったよ。 今日は勉強?君にしては随分と基礎寄りの本だな」
「アート、おはよう? 今日って学園休日だったの?」
私は、やはり少しばかり焦っていたのかジル様の質問を完スルーしてしまい、思ったままを口にしただけなのだが、その時僅かにジル様の表情が変わった気がした。でもほんの一瞬の事だったので気にせずそのまま流した。学園が平日に休日なんて事はまず無い。この世界に祝日なんて決められたものは無い。そんな事は平民だって知っている事だが、お貴族様はお家事情で休む事だってある。だがここは図書館。ただのサボりでしか無いであろう事は分かりきっている。
だが、ジル様の方も私の質問をスルーした!
「マリナ、喉が乾いているんじゃないか? 声が少し掠れている。 ここは乾燥しているし、少し場所を移そうか」
そう言ったジル様にそのまま指を絡めるように握られて手を持ち上げられ、椅子の後ろから退いて隣に移動し、左手で椅子を引いてくれるようなので私は腰を僅かに浮かせて、手を引かれるまま立ち上がった。そして椅子の前から自然とエスコートされるように離れ、重い書物三冊はジル様が持ってくれて、しかもケープも持ってくれていた。
絡められた指はとても気になるんだけど、こんな時でもめっちゃ紳士だ。バッグは元々斜め掛けで肌身離さず持っている。
それにしても潔癖症の設定はどこへ行ったのだろう。今日のジル様は手袋をしていない。つまり指が直接絡まり合っているような状態なのだ。
重ねられていた手はいつの間にか右手では無く左手に入れ替えられていて……手が入れ替えられても殆ど恋人繋ぎのようにがっちり握られているのは変わらない。これは知り合い程度の男女の適切な距離感では無い。平民でもこの年頃になれば親密な関係でなければナシだと思うわ!
これは、余程聞きたい事でも有って、転移魔法で逃げられないように警戒されてのことだろうか?そうとしか思えない。だって、前回会ったと言うユトドラス洞窟ダンジョンの時のジル様と言えば……通常運転以上に冷ややかで怖かった!(*80~81話参照)
それに、今はマリナにしか言及していないけど、私のこと自体を疑っているよね?もちろん一番は私の持つ加護の一つ幸運宝箱に因る、フロア核とドロップアイテムのドロップ率異常の件についてだろう。
その次は、マリノリアの影武者と言う設定についてだ。確信は無いけど疑われているのは感じていた。それを暴いてどうしようとしているのかってのは分から無いけど不安しかない。
私は絶対に認めない。マリノリアも『自由』を手に入れたけど制限付きだ、一方でマリナの自由もだ。どちらも手放せない。手放したくないの!
マリノリアがやっと手にした自由を満喫する傍ら、継続して冒険者マリナでも自由を満喫し続けます。それぞれ自由の範囲と種類が違うので、どっちも手放せない!安定の好奇心旺盛で欲張り(守銭奴?)さを発揮して、読み手も書き手もキャラクター達も楽しめるお話に出来たら良いなという目標で頑張ります。乙女ゲーム要素はどの辺まで出して行くかは話の流れ次第です。




