100. 悪役令嬢、やっと悪役令嬢を卒業出来ますわ!
帝立学園の職員会議室は紛糾していた。学園のセキュリティー問題である。
「だが、このような事は初めてだ。学園の警備は厳重で安全であると長く信じられて来た、今でもそれには変わり無い」
学園長が言い切る。聖女様の安全第一であれば、今の警備で何ら問題無いのだ。わざわざ余計な予算を注ぎ込みたくは無いのだ。
「ですが、ルナヴァイン公爵令嬢で、皇太子殿下の御婚約者。しかも学園始まって以来の高成績を収められております」
対抗意見を出したのは教頭だった。だが、警備の強化案等は提示出来なかった。ほんの小さな虫にまで気を使わなくてはならないなど問題が難しい。学園敷地内を改めたが蜂の巣など出て来なかったのだ。術者も付近に居たはずであるが、正門から堂々と入って来た可能性が高い。非常に難しい問題だ。
「いっそ、自宅学習と言う手段を取って頂くと言うのは如何でしょうか?」
平の教諭が提案したが、結局この日の会議では決まらなかった。
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カリカリ……サラサラ~
私にとって非常に平凡で、平和な冬休みが終わった。終わったのは良い、問題は冬休み後の初登校日が学力試験の日だと言う事だ。完全に嫌がらせとしか思えない。悪役令嬢とはここまで嫌われるものなのか、試練を与えられるモノなのかと頭を抱えたくなる。
試験の問題用紙を表に返す……簡単だった。お妃教育で身についた知識と教養で十分に事足りている。あと多少は最近の国勢事情が加味されていたりするくらいで問題無い。
ひたすら目の前の問題用紙に向き合い、空欄を埋めて行った。それにしても、私のお妃教育は過剰だったのでは無いだろうか?本当にあそこまで厳しくする必要あったの?国政に直接携わり、決定権を持つのは皇帝だし、宰相や官僚、側近達が居る。お妃や皇后なんてものは非常時でも無い限り、夫となった人の隣に座り、ただ微笑みながら多少の教養をのぞかせるだけで十分に務まる。私へのお妃教育はイジメか、嫌がらせなのか?お母様でなくともクソ皇帝と言いたくなってしまうわ。
翌日、三年生の順位発表は安定の光景だった。ああ、でも一問間違えたのね。そう思っていたら、教諭が一人細長い紙を持ってやって来て、私を見るなり謝って来た。どうも採点違いがあったらしい。他にも該当問題で引っかかった人の点数や順位が多少入れ替わった。私は結局満点だった。お兄様方は7位、8位と、前回の順位をキープ。で、ちょっとばかり気まずいものを見てしまった。
殿下が3位だった。総合点数自体は悪く無く、何時もと変わりない様だったが、主席のエリンが大きく点数を引き離し満点に近い数値を叩き出し、その間にジル様が入り込んで次席。ジル様の次席は意外だ。ここの所の3位キープでも設定外だと思っていたのに意外過ぎる。ゲームシナリオでは5位~10位をキープして体裁を整える程度で満足していたのにね。
ヒロインは17位だから少し頑張った感じね、でもエリンの好感度を上げるほどの順位ではないわ。もういい加減ハーレムエンドは諦めてくれないかしら?それともマジで隠しルート狙い?
殿下の不機嫌顔を見る前に、友人達とその場を立ち去った。
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プロムパーティーまであと一月と二週間ほどに迫っている。その前にランチタイムに話に花を咲かせていた。プロムパーティーもパートナー同学年縛りにされている所為で、婚約者と学年違いのディナとリリーは益々つまらない思いをするのだ。今年もまた男装しましょうか?なんて話にもなる。でも私はプロムパーティーの前日で学園を去ってしまうのよね。早まる可能性はあっても、先延ばしになる可能性は無い。正真正銘のXーDAYだ。今のところ断罪に繋がる要素は無いはずだけど、殿下はどう切り出して来るつもりだろうか。
その日は呆気なくやって来た。ランチタイムに入る時に同級生のエドワーズ・ベルロ侯爵令息、殿下の側近の一人が声をかけて来た、後ろにはディリスナ・リード辺境伯嫡男も居た。
「ルナヴァイン嬢、殿下がお呼びですので、食堂まで来ては頂けませんか」
一応こちらの許可を取る体ではあるが、もちろん命令だ。こちらには拒否権など無い。
「まぁ、一体どの様なご用件なのかしら?すぐに伺いますわ」
私は手に持ったランチボックスとカバンをさっと亜空間収納に放り投げるように収納した。これで私の痕跡すら無くなる教室をさっと見た。そして、友人達には屋上庭園に着くのが遅くなるから、先に行って居て欲しいと伝えた。
これから起こる事は、彼女達に取っては見るも辛い事であろうから。
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私は二人の殿下の側近達を後ろに従えた様な状態で食堂に入り、殿下が待って居るであろう四年生のテーブルに向かった。お昼時の食堂は当然混み合っているが、普段食堂に居ない私が殿下の側近を連れているのを目にして驚いている者も居た。
殿下が立って居る場のテーブルの列の前、三年生のテーブルと隣接する席に入る手前で立ち止まって、淑女の礼をする。
「皇太子殿下のお呼びに従い、参りましたわ」
対して挨拶は実に色気のカケラも無く、臣下の様なものだ。そして真っ直ぐに殿下を見た。
果たして、殿下は待ちかねた様に胸を張り、声を張り上げここに呼び出した理由を宣言した。散々待たされた分、手っ取り早くて良い事だ。
「マリノリア・ルナヴァイン。ここにお前との婚約を破棄することを宣言する!」
私はずっと、待ち望んでいたその言葉に、思わず笑みを浮かべてしまった。周囲に動揺が走っているのが分かる。そうよね、私は見た目だけは楚々とした深窓のご令嬢、公爵令嬢で幼少時からお妃教育を受けた完璧令嬢。
気が触れたのかと思った者も居るかもしれないわ。でも、もう良いの。私は益々笑みを深めて言った。
「殿下、やっと、その言葉をおっしゃってくださいましたわね。中々仰らないので、待ち草臥れてしまっておりましたのよ?何か仕掛けて来るやもと思っておりましたが、正直に真っ直ぐおっしゃって来られたのは評価に値しますわね」
婚約破棄の理由など聞き返す事はしなかった、分かりきった事だし多少でも未練があると思われるのも癪に障る。それよりも処理を素早く進めてしまおう。
私は空間に手を伸ばし、真横に亜空間収納を開けて中から二枚で一組の、帝国のみならず公式の契約書に使用されるスタンダードな羊皮紙を取り出した。殿下の目の前で何も書かれていない事を一枚目の紙をめくり確認させる、当然何も書かれてなどいない。周囲からは小声で『何処から出したの』『今のは何?』『亜空間収納って難しい魔法だろう』『無詠唱だ!』等とざわめきが聞こえるがそのまま続ける。私はその羊皮紙を殿下の立つ場所に一番近いテーブルに置き、化粧ポーチから、これは帝国で使用される専用の契約用インクーーー変質し難く乾くと耐水性になり、長期保存に向くーーーと、ガラスケース入りの自分の羽ペンを取り出す。これも見るからに亜空間収納だ、ポーチよりも羽ペンのケースの方が長い。
そして、私は何食わぬ顔で羽ペンを専用のガラスケースから取り出し、インク瓶を開けて浸け、スラスラと羊皮紙の下半分以下に書き出す。内容はこんなものだ。
『わたくしマリノリア・ルナヴァインは、アーノルド・ヒースディン皇太子殿下のご命令により、両家間の契約である婚約の破棄を受け入れることをここに記します。婚約破棄に異議を申し立てる事は誓ってございません。』
そして、また二枚を並べて差異が無い事を確認させる。殿下の側近のノブレスィージ侯爵令息以外の三人が目を丸めている。ああ、ジーンはヒロインこそ殿下の婚約者に相応しいと思っている一人なのね、中々慧眼だわ、それが本当に正しいのかは置いとくとして。殿下と聖女はお似合だと私も思っていますもの。当のヒロインは目に涙を溜めて紫の目をウルウルと艶めかせている、相当の演技派だな、殿下ルートのハーレムエンドを往生際悪く狙い続け、私に迷惑かけまくったくせに。そうでも無ければこんな茶番劇など夏休み前に終わっているのだ。
そして、二枚の羊皮紙を再び重ねて殿下の方に寄せる。私は殿下の周囲に居る側近候補とご学友達、つまりは、ヒロインの攻略対象者達をざっと見た、感情を抜いた人形の様な社交用でも無い顔で。この表情になった私には特に感慨も無かった。双子の兄達は事の次第を知っているから今はただ成り行きを見守っているだけだ。妹が一方的に婚約破棄されようとしているのに薄情なのではないかと思われるだろうが、むしろ私には好都合。珍しく焦っているように見えるジル様をフィンネル兄様が肘で突いている様に見えるのは、どうしたのかしら。エリン、ヘルムルトは呆然としている、みたいね。婚約破棄に関してでは無く、私の反応が意外だったという感じかしら?そうねぇ、政略結婚の婚約であっても相手が悪いわ、破棄されれば大きな瑕疵が付くもの。本来ならいかなる令嬢であっても取り乱さずにいられないでしょう。まさか婚約破棄こそを望んでいたなんて、しかも相手は帝国の皇太子殿下よ、最高の相手だと思うでしょう、一般的には。
私は誰に聞かせるとも無く、いや、殿下にこそ聞かせるために自分の話をし始めた。
「わたくしは、殿下の婚約者になってから数え切れないほど命を狙われて続けておりましたわ。 領地の本邸で生まれてから十二歳の数日前までずっと、邸の敷地から出ることなく育ちましたの。 皇帝陛下から送られて来る教育係は厳しかったけれど、とても平和に過ごしましたわ。 でも、五歳の時に陛下がその身分を保障して送り込んだ教育係がわたくしを殺そうとしたのです。 我が家の中で安全で無かったのはそれ一度きりですわ。 その時のわたくしの気持ちなど、殿下にはお分かりにならないでしょう? 帝立学園に入学するために帝都に来ても邸を出る事はありませんでしたわ。 そして社交界デビューの為に皇城に初めて登城した日、バルコニーから庭に降りる長い階段上部から突き落とされましたの。 翌年の建国記念パーティーでは猛毒の針を刺されましたわ。 その次の年は刺客が入り込んで来ましたわね。 いずれも犯人と首謀者はまだ野放し状態ですわ。 皇城の警備は一体どうなっているのかしら?これでは内部に首謀者が居ると揶揄されても否定し切れないのではありませんか?」
わたしは歌うかのように一気に言葉を紡いだ。ここで、一旦言葉を切って、深くため息をついた。そして社交用の笑みを浮かべて言い切った。
「わたくし正直に申し上げて、わたくしを守ろうともしてくださらない殿下の妃になるくらいなら、貴族籍を捨て自由になりたいとさえ思っていましたわ。 さて、もう書き終わりまして?」
私はそう言って、殿下が書いた短い文章を見て、一番下に自分のサインを入れた。殿下のサインは既に入っていたので、二枚を再び横に並べて皇太子殿下、以下側近達に内容に相違が無い事を確かめさせた。そして、殿下の侍従でもあるジーン・ノブレスィージ侯爵令息に上の紙を渡す。
「これを陛下に」
私の立場ではたとえ紙一枚だろうと殿下に荷物持ちなどさせられないと思ったからだ。実際は殿下に渡しても問題なかったのだけど、私の気分の問題だ。そのままインク壺とガラスケースに戻した羽ペンをポーチに入れて証文の写しと共に亜空間収納に入れてしまうと手ぶらになる。カバンは既に教室には無い。殿下からの呼び出しで察した私が教室に忘れ物などするハズも無い。全て予定通りの事なのだから。
私は制服のスカートをほんの少し摘み上げ、右足を半歩引き腰を折った。
「それでは皆さま、ごきげんよう。今までお世話になった方々にお礼申し上げますわ。 仲良くしてくださった友人の皆さま、今までありがとうございます。 もしお会いすることがありましたら、わたくしの立場は変わりますけれど、同じように接して頂けたら幸せですわ。 最後に、聖女様、お幸せに。 わたくしは、これにて失礼させていただきます」
私は頭を上げ、真っ直ぐに立ったあと、身を翻しそのまま食堂を出て振り返ること無く学園の校舎を出る。そして、皇族の中でも秘された存在である”目”に最後の命令を終えてから馬車に乗り込んだ。
私は”悪役令嬢断罪イベント”対策として、ヒロインとの思いがけないエンカウントがあった建国記念パーティー後から今日まで、殿下ですら知らないであろう皇家の奥の手である”目”と呼ばれる者達の監視下に自らを置いていた。学園内は言うに及ばず私生活においてもその監視の目に晒されるのだ。引き換えに得られるのは確たるアリバイであり私の行動の保証である。最後の命令によって契約は終了し、報告書の原紙は皇帝陛下に、写しは私の手に渡る。皇太子であろうとも私を罠にはめるのは不可能。冤罪に因る断罪を防ぐ最良の手である。ただまぁ、如何に優秀な”目”であろうともマリナである時の行動までは追う事は出来なかったでしょうけど。
最後に『お妃教育は聖女教育の比では無くてよ』とは言わずにおいた。そんなことは体験すれば直ぐに分かる事だ。
私は馬車の中で座席に深く体を沈めるようにし、涙を流しながら静かに泣いた。やっとここまで来た。やっと”悪役令嬢”にしかなれない苦しいシナリオが終わった。その安心感と達成感に。
とりあえず、結果的に誰も悪役令嬢として断罪される事が無くて良かった!
やっと、ヒロインを中心としたゲームシナリオが終了しました。
ヒロインを悪役寄りにしたく無くてこんな感じに終わりました、優柔不断で気が多くて諦めも悪いですが、そんなに悪い子では無いのです。ザマァ要素が最初から想定されていなかったので、中途半端に思われる方もいるかとは思いますがご理解くださるとありがたいです。
まだ後日談や2部?があるかもしれませんが、タイトルとしてはここで終了です。
長きに渡って、拙著にお付き合いくださり、ありがとうございました。




