8. 第16騎士団
扉の前で固まっていた男は随分と驚いていたが、すぐに誰かに向かって叫んだ。
「団長ぉ! 中に人がいました!」
「了解。中の人は保護し事情聴取。他の人は賊の逮捕を継続しろ」
少し離れたところで何やら指示を出していた黒髪の男が振り返り、馬車の方に視線を投げかける。扉の前の青年はびしりと姿勢を正して胸に手を当てた。
「はっ」
オーガスタは恐る恐る青年の後ろを見渡した。辺りにいる人たちは皆制服を着ていて、腰には剣を下げている。
オーガスタの前にいた青年は彼女に手を差し伸べた。
「俺たちは騎士団だ。みんなを助けに来た。もう大丈夫だよ」
しかし、オーガスタは無意識のうちに一歩後ずさっていた。青年は困った顔をする。
「どうしたのん?」
そこに、随分と野太くて……可愛らしい口調の声がした。
「あらあら、なにあんたまた怖がられてるじゃなぁい。ま、あんたの顔厳ついものねぇー」
「そんな! 副団長ぉ……」
ひょいとオーガスタと馬車の中を覗き込んだのは、背の高い男だった。酷くがっかりした顔をする青年を見て少し焦った顔をする。
「ちょっ、落ち込まないでよ。今まで散々言われてきたのに。あーあんた子供とか好きなんだっけ。ほらほら、この子はきっと怖い目にあったんでしょ。別にあんた以外の見知らぬ男が手を差し出しても信じられないわよ。ね? あんたの顔のせいで怖がられたわけじゃないって」
厳つい青年を必死で慰めているオネェ口調の男。
彼の方も顔は厳ついのだが、その口調のおかげで何故かそれが緩和されている。それに青年の方も慰められる様子を見ればなんだか可愛らしく見えて、オーガスタは不思議と彼らが怖くなくなった。
「ほら、あなたはこっちにおいで。怖いことはしないから」
オーガスタは素直にその手を取った。そしてそのまま彼に抱き上げられる。
「副団長すげぇ……。あの顔なのに……」
その横で青年は唖然としていたが、副団長と呼ばれた男がギロリとひと睨みしたので黙った。
彼はオーガスタを抱いたまま団長と呼ばれていた黒髪の大柄な体躯の男のところまで行く。その人はあの老人と話していた。
「騎士団はワシらを助けてはくれても、そのあとの生活までは見てくれん。ワシらに帰る場所はないんじゃ。あってもごみみたいなところだけ。ここにいる奴らの中には家族が自分たちの生活のために売った人もいる。家族が助かるなら自分が売られた方がマシなんじゃ。お前さんらが一生懸命やってるのはわかっとる。でもこれはありがた迷惑じゃ」
「まあ確かに俺たちは悪いことやってるやつを取り締まるだけで、他のことはできんからなぁ。でも領主さまもそういう貧しい人々が減るように頑張ってるんだろうし、そう言わずに受け入れてくんねぇか」
「ワシはフォールストン領の出身じゃない。ここにいる大半もそうだ。フォールストンはまだ治安が良いが、他領はもっと酷いぞ。どんなにお前たちのところの領主が頑張っても、自分のところの領主が何もしないんじゃ意味がない」
「うーん……。ごめんよ、じっちゃん。事情はわかったが、じっちゃんは元いた場所に送り届ける。たしかに、俺たちはそういう人は助けたいし、助けようとしてるが、他領のことはどうにも出来ねぇし、俺個人がなんかすることも出来ないのも事実だ。しかしだからといってこのまま見捨てることもできねぇし、こっちも仕事だからな。悪いな、じっちゃん」
あの老人にも色々事情があったらしい。オーガスタは孤児だが、血の繋がっていないルベール夫人ですら、孤児を売り払うことはなかった。一方では血の繋がった家族を売ってしまう人もいる。オーガスタはなんとなく自分を抱きしめる男の首にしがみついた。
「アランちゃん、今いいかしらん」
話が終わったところで、彼は老人と話していた男に声をかけた。
振り向いた男は嫌そうに顔を顰める。
「ジーク、アランちゃんはやめろ。というか騎士団では団長と呼べよ。団長と」
「あらぁーごめーん。ついうっかり癖が。で、真面目な話なんだけど、この子見てみて。特にこの髪。保護案件じゃない?」
「ん? あー本当だ。とりあえず話を聞いておきたいが、ここじゃ落ち着かないから団の方に連れて帰るか」
「りょーかい。あなたも苦労するわねぇー。素敵な色の髪だけど、それで狙われるなんて」
ジークと呼ばれた男はオーガスタに向き直って言った。
真面目な話と言いながらもオネェ口調は直らないらしい。そもそもこの人はどこまでオネェなのだろうか。いや、どこまでオネェなのかという表現は正しいのか?
絶賛混乱中のオーガスタがどうでもいいことでぐるぐる思い悩んでいると、黒髪のアランと呼ばれた人がオーガスタに目線を合わせた。
「俺は第16王立騎士団の団長、アラン・ザッハークだ。それからそこで君を抱いてるのは副団長のジーク・オーウェン。
俺たちとそこら辺にいる他の奴らは君を攫った悪い奴を捕まえようと頑張っていたんだが、ここで捕まえられたのは下っ端の奴だけで、一番悪い奴はまだ捕まえられてないんだ。
それで、君は狙われやすい見た目をしてるだろう。悪い奴が捕まっていなければ、君はまた攫われるかもしれない。だから君を騎士団でしばらく保護したい。わかるね?」
オーガスタはこくんと頷いた。
「よし。じゃあその悪い奴を捕まえる為に騎士団でいくつか質問していいか? 大丈夫。簡単な質問だから。わからなかったら答えなくていい」
オーガスタがもう一度頷くと、アランは微笑んだ。
「じゃあ団の方に行こうか」
そのままジークはオーガスタを抱き上げたまま馬の方へ歩いて行った。
その途中、オーガスタは先程扉を開けるのを手伝ってくれた人と目があう。彼は自分を見ると、柔らかい笑みを浮かべた。オーガスタは軽く会釈し、ジークによって馬に乗せられそのままそこを離れたのだった。
騎士団というのは、王族や貴族、各地領主などの護衛や屋敷の警護、戦の際馬に乗り指揮を取ったりする、兵の中でもエリートな集団のことである。
ラルフ達も言っていたように、ここ、フォールストン領の第16騎士団は、庶民でも入れる機会があり、徹底した実力主義であるため非常に強い。そしてフォールストン公爵邸の敷地の中の軍備施設に常駐しているのだが……
オーガスタは思わずフォールストン公爵邸を見上げた。公爵邸と言うからにはもうちょっと屋敷と表現しそうな家を想像していたのだが、これはもはや城のようだ。いや、普通に城だ。
目の前に見えるのは高くそびえる城壁。その手前には堀があり、橋がかかっている。その橋は今は通れる状態になっているが、所謂跳ね橋というものだろうか。
そして城壁の奥に、立派なお城が見えた。
騎士団は橋を渡り、城門をくぐった。
城壁で隠れていた城の全体が見えるようになる。美しく豪華で、その堂々としたたたずまいは威厳を帯びていた。
ボーッと城を眺めていたオーガスタだが、騎士団は城の中には入らず、その近くの厩舎に入り馬を預ける。どうやら城にはまだ入らないらしい。
他の人が徒歩になったのにも関わらず、オーガスタはまだジークに抱き上げられたままである。しかし、身長の低いオーガスタにとっては、その方が辺りの様子がよく見えた。
騎士団がやっと城の中に入る。中の様子は外から見るよりもずっと美しかった。豪華絢爛な装飾はもちろん、城全体が丁寧に掃除され隅から隅まで光り輝いている。
オーガスタが感激していると、奥の方から人がやってきた。髪を綺麗に撫でつけ、かっちりとした服を身につけている男だ。
「ご苦労様です。首尾はどうでしたか」
その男は偉い人なのだろう。団長であるアランに問いかけた。アランもオーガスタと話すときより固い口調で返す。
「はっ。報告します。国境近くの道路で不審な馬車を見かけた為検問致しました。中から商品と思わしき数名の人が出てきた為、賊はその場で逮捕。しかし黒幕は見つかりませんでした。賊に関してはこの後事情聴取いたしますが、おそらく件の闇商人でしょう。それからもう一つ。同じ場所で子供を保護しましたが、この子の安全性を考えて個人の判断で騎士団の方で保護することにいたしました。話を聞き、安全が確認でき次第帰すつもりですが、何卒許可を」
「その子供とは?」
「こちらにおります」
ジークが抱き上げているオーガスタを見せた。オーガスタはなんだか偉そうな人に紹介されて、若干緊張したが、男の方も様子がおかしい。物凄く驚いている。
目を見開き、まさに呆然といった様子だ。最初は自分の髪の色の奇抜さに驚いているのかと思ったが、どうもそうではない気がする。
「貴方の話だと、その子は売られそうになっていたところを保護したというのですね?」
「はい。その通りです」
「……わかりました。保護を許可します。ただし、その子の事情聴取の際私も話を聞いてもよろしいですか」
「もちろんです」
「ありがとうございます。皆よく頑張りました。体をよく休めてください」
「はっ」
そうしてオーガスタは騎士達によって別の場所に連れて行かれた。男はその間、オーガスタが見えなくなるまで、ずっと彼女を見つめていた。