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20. 本当の犯人③


「まさかレオーナ嬢が関わっているとは……」


 ジュリーにもう少し詳しく話を聞いた後、ウィリアムは呻いた。彼女は監視付きで部屋に戻らせている。どちらも未遂で主犯ではないとはいえ、あれだけのことをやらかしたのだ。それなりの処置が下されるだろう。


「私も意外だった。たしかにジュリー様はレオーナ様とよく一緒にいるのを見かけたけど、共犯だっただなんて」


「彼女は一番性格が掴めなかったんだ。幼い言動のせいかと思っていたが、もしあれが全部演技だったとしたら……恐ろしいな」


「私には演技には見えなかった。本当に犯人はレオーナ様なの?」


「人は見かけによらないと言うじゃないか。あるいは演技でなかったら、正気を失っているのかもな。そっちの方が怖いが」


「でも、レオーナ様が私とウィルを殺そうとする動機は? ないように見えるんだけど」


「彼女は一時期兄上の婚約者だった。だから全くないとは言い切れないが……兄上とレオーナ嬢は俺の記憶ではそんなに仲良くなかった。だから兄上のために俺を陥れようとするとは思えない……ジュリー嬢を陥れるためか? だがそれでも疑問が残るな……」


そういえば彼の兄の話を聞くのは初めてだ。彼が兄のことをどう思っているのか聞いてみたい気がしたが、話が脱線するのでやめておく。


「捕らえた刺客は雇い主はジュリー様って言ったんだよね? ならどちらかが嘘をついているか、レオーナ様がジュリー様の名前を騙って雇ったかのどちらかだよね」


そこで今まで黙っていたダイスが口を挟んだ。


「レオーナ嬢をお呼びしてお話を聞きますか?」


ウィリアムはしばらく考え込む。


「うーん。だがこちらも証拠が十分じゃないしな。刺客とジュリー嬢の証言が一致しないのに下手に呼び出すと、こちらが誰を疑っているのが丸わかりだ。彼女が犯人だったとしてもそうじゃなくても、もう少しはっきりしてからの方がが良い気がする。相手は結構手強いぞ」


「刺客にもう一度話を聞いてみては? 嘘をついていたのなら、レオーナ嬢が犯人だということを認めるかもしれません」


「ああ、そ……」


ウィリアムが返事をしかけた時、ドアが勢いよく開き、衛兵の一人が駆け込んできた。


「旦那様!」


「ちょっと、ノックもなしに……」


ルイが顔を顰め不作法を咎めようとするが、ウィリアムは手を上げそれを遮る。


「何かあったのか?」


「申し訳ありません。捕まえていた刺客が……」


今まさにその話をしていた一同が息を凝らす。


「彼がどうした?」


「逃げました」


全員が驚きに目を見開いた。


「は? どういうことだ?」


「我々の落ち度です! 処分は如何様にも!」


衛兵は平伏した。あまりにも責任を感じているようで、震えている。見ているこちらが可哀想になるほどだ。

ウィリアムは舌打ちをした。


「処分だなんてどうでもいい。それより早く奴を捕まえろ。逃げ出してからそんなに経っていないんだろう? ならまだ城の中にいるはずだ」


「はっ! 本当に申し訳ありません!」


衛兵は慌てて部屋を出て行く。その後すぐに外で誰かに指示を出している声が聞こえた。


「………………」


「……はぁ」


「どうしましょう」


「新たな手を考えるしか……」


そこにノックの音が再度響き、ライノーツ公爵とカレン夫人が姿を現した。


カレンはオーガスタを見るなり駆け寄って抱きしめる。


「ああ、オーガスタ! あなたが無事でよかったわ!!」


「カレン先生」


そういえば回復してから二人には会っていない。不思議に思っていると、ライノーツ公爵と目が合う。公爵は苦笑して説明してくれた。


「彼女は随分と貴女のことを心配していたんですよ。貴女が目覚めたと知って安堵のあまり熱を出してしまうくらいにね。今日やっと回復して貴女に会いに来たんです」


「そうだったんですか」


オーガスタはまだ自分に抱きついているカレンを見つめた。


「ご心配をおかけしました」


「本当よ! わたくしとっても心配したんですから。あなたのことは娘のように思っていたのに、失ってしまうかと……」


カレンの意外な想いに、オーガスタは少し目を見開く。娘のように思われていたとは、知らなかった。


ライノーツ公爵はその様子を微笑ましげに見つめていたが、場の雰囲気にあたりを見渡した。


「何かあったんですか?」


「私を殺そうとした刺客が逃げた」


「……!」


「刺客は雇い主をジュリー嬢だと話していたが、ジュリー嬢は計画と準備はレオーナ嬢がやったと言っている。それでもう一度話を聞こうと思っていた矢先だった」


「しかし、そう簡単には逃げられないでしょう。この城の構造は結構複雑だし、衛兵も多い。まだ城の中に潜んでいるのでは?」


「そう思って探させているが、どうだろう。そもそも彼は入れるはずがないのに入れたのだ。まあ中で手引きした奴がいたせいではあるが、入れたのなら出られないことはないだろう」


「それはそうですが」


「チッ、あれは捕まえないと厄介だぞ。オーガスタを狙ってる」


「はい?」


「もしかして、公爵は猫の手については知らないのか。オーガスタは猫の手に売られそうになったところを騎士団に助けられてここに来たんだ。向こうは結構執拗にオーガスタを狙っているようで、オーガスタがここいることも把握されてしまっている。もしかしたら依頼に託けてこちらに潜入し、ついでとばかりにオーガスタを手に入れる算段だったのかもしれない」


「なるほど……しかしそこまで執拗だと狙われている理由が気になりますね。毒の件は誰の仕業だったんです?」


「レオーナ嬢が毒物を入手し、ジュリー嬢が指示してメイドにやらせたと。そのメイドについては他の者が調査中だ」


「つまり猫の手はオーガスタの殺害が目的ではないんですね? なら先にレオーナ嬢の件を片付けておくべきでは?」


「だが、証人がいないことには、糾弾もできない」


「どのみち二人の証言だけで犯行を裏付けるのは不十分でしょう。それならこちらから彼女を追いつめる手を考えないと」


「レオーナ嬢とは決まったわけじゃない。何か手があるのか?」


「それはもちろん……」


皆はハッと顔を上げ、期待に身を乗り出した。


「今から考えるんですよ」


全員が脱力する。


「今から考えるんかい」


「そりゃそうですよ。私はレオーナ嬢のこともジュリー嬢のことも何も知らないんですから」


「まあその通りだが。追いつめる手か……一番いいのはやはり犯行に使用した凶器とかじゃないのか? つまり毒と刺客だが」


「でもそれじゃあ振り出しですよ。なんといっても刺客の出どころは猫の手ですから」


ダイスが指摘する。


「毒の方は?」


「種類からして、簡単に入手できるものではないので、特定できそうなのですが……残念ながらまだ調査中です」


「彼女が同じものを所持していれば完璧なんだがな」


「しかしこの前こっそり部屋を改めた時も、もう一度全員の衣服を含めて調査した時も、それらしきものは何もありませんでした」


ルイが言う。


「ああ。そうだった……精々持っているのはこれくらいかな」


そう言ってウィリアムは懐から紙を取り出す。


「何それ?」


「あっ、私が持ってきた手紙ですね! 忘れていました」


それはレオーナの部屋のゴミ箱に捨てられていた書きかけの手紙だ。差出人の名前もなく、役に立たないように思われた。


「うーん、動機あたりがかかれていてもおかしくないと思うんだが、字が汚くてわからない……」


「ちょっと貸して」


請われるままにオーガスタに手渡すと、オーガスタはじーっと手紙を見つめる。


「えーっと、『至らないわたくしをお許しください。わたくしは悪い子どもです。あなたのためならなんでもいたします。お命じくだされば、なんでも。ですからどうか、どうか、わたくしを見捨てることだけはしないでくださいませ。わたくしはあなた様に見捨てられたら、生きていける気がいたしません。あなた様はわたくしの第二の』……? ここら辺読めないな。『わたくしがおすがりできる唯一のお方です。ああ、だからわたくしを遠ざけてしまおうだなんて、思わないでください。わたくしは』で終わってる」


「……なんでお前、読めるんだ?」


「さあ?」


オーガスタは絵は下手だが字は別に下手ではない。全員が首を傾げた。


「その内容、どういうことでしょう?」


「これだけではなんとも」


カレンは何かを考え込んでいる様子で質問きた。


「ねえ、さっきの……『第二の』のところは読めないのかしら?」


「インクが滲みすぎてよくわからないですね」


オーガスタはもう一度手紙に目を通す。ウィリアムも手紙を覗き込みながらため息をついた。


「一番大事だと思うんだけどな」


「レオーナさまといえば、エリック殿下の婚約者だった方ですわよね? クリスティーナさまが……正妃さまが亡くなられて、セリーヌ王妃さまが幽閉の身になったことで、破棄されてしまったけれど」


「ええ。その通りです」


ウィリアムは頷く。


「何故破棄に?」


その辺りの事情をよく知らないオーガスタは尋ねた。


「レオーナ嬢の実家は第二王妃の実家の親戚だ。その彼女が第一王子の妃となれば、必然的に実家がしゃしゃり出てくる。それでまた第二王妃が力を得て、何かしでかすんじゃないかと思ったんだろう」


「なるほど……」


「わたくしレオーナさまには何度かお会いしたことがあるのですけど、レオーナさまはセリーヌさまを大層お慕いしていると聞いたことがあります。レオーナさまの母君は子育てにあまり興味がないようでしたから、もしかしたら義理の母となる人に、愛情を期待していたのかもしれませんね。そう思うと可哀想な方です」


オーガスタがハッとしたように顔を上げる。


「もしかして、この『第二の』の後……『母』と入れたかったのでは?」


「『わたくしは貴方様に見捨てられたら、生きていける気がいたしません。貴方様はわたくしの第二の母であり、わたくしがおすがりできる唯一のお方です』……つながるな。だとしたらこれは第二王妃に宛てられた手紙か?」


「とすると、すべての黒幕はレオーナ嬢ではなく、第二王妃様だと?」


ダイスが驚いたような声を上げる。しかしウィリアムは頭をふった。


「療養のために王宮を出たことになっているが、あれは幽閉されているはずだ。どうやってレオーナ嬢と接近したんだ?」


しかし今度はライノーツ公爵が頭を振る番だった。


「殿下、第二王妃様は今別の場所に移されております。私の記憶では、ハウエル伯爵家の領地の中にある別荘に。あの方はお心を患って、もう長くはないと聞きます。陛下は監視を緩くしたようです。それに幽閉されていた間も手紙のやりとりはできた。レオーナ嬢といつでも接近できたでしょう」


ウィリアムはショックを受けたような顔をした。


「幽閉を解いたのか……? 何故父上は……!」


ウィリアムの顔が歪む。激昂する彼を宥めるように、カレンがゆっくりと話す。


「殿下、陛下は後悔されておられるのですよ。政略とはいえ、陛下は第二王妃様を娶られながら、愛するどころか大切にすらなされなかった。それが愛する人を失い、人を狂わせてしまうきっかけとなってしまった。殿下には理解しがたいかもしれませんが、セリーヌさまもまた政治の被害者なのです。これは最後くらいは穏やかに逝かせてあげたいという陛下の配慮だったのでしょう」


「だがそれが今回のことを生んでいる! 彼女は私からどれだけのものを奪うつもりなんだ!」


「ウィル……」


オーガスタが心配そうに彼を覗き込み、ウィリアムはハッとして怒りを鎮めた。そして深く考え込む。


「……考えてみれば、オーガスタが毒を盛られた時のあの反応、母上と全く同じだった……その時点でおかしいと気がつくべきだったんだ……もしかしたらレオーナは毒物を第二王妃から手に入れたのかもしれない。それに第二王妃を慕ってしたのなら、私を殺そうとする動機もある」


ダイスもハッとしたようだった。


「第二王妃と彼女に近しい人間を調べましょう。それからレオーナ嬢が王妃に宛てた手紙があるといいですね。王妃がレオーナ嬢に宛てた手紙もあるといいかもしれません」


「糸口が見えましたね」


全員は顔を見合わせて笑った。


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