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10. 試験


「試験をやろうと思う」


 ウィリアムが唐突に口を開く。執務室でそれぞれ仕事をしていた周囲は、何の脈絡もない内容に首を傾げた。


家令のダイスはすぐにピンと来たようだった。


「……ああ。婚約者選定のための試験のことですね? いいんじゃないでしょうか。そろそろやるべきでしたしね。それで、いつ頃やるおつもりですか?」

「明日だ」

「そうですか。明日……明日!?」

「そうだ」


やるといっても数日後を想定していたのか、彼は唖然とした。


「いくらなんでも急すぎませんか……?」

「いや、明日だ。できないわけではないだろう?」

「あ、いや。準備はできていますし、こちらは大丈夫なのですが、候補の方々にはもう少し前に告知しておいた方がよろしいのでは?」


しかしウィリアムは強情だった。


「問題ないだろう。元々抜き打ちのつもりだった。そんなことより俺はさっさと婚約者を決めてこんなことから解放されたいんだ……」


彼は盛大に顔を歪めて机に突っ伏す。

ダイスは同情的な視線をウィリアムに向けた。


「まあ旦那様には酷なことですよねぇ。自分の将来の妻を自分の好きな人の……」

「黙れ」


ウィリアムは彼を遮って睨みつける。ダイスは肩をすくめて沈黙した。


「好きな人?」


珍しくメイドとしてウィリアムの側にいたオーガスタが首を傾げる。


「気にするな。ダイスの勝手な思い込みだ」


ウィリアムはほんの少し頬を赤くして、気まずそうに視線を彷徨わせた。それを見てルイがクスリと笑う。


「殿下は可哀想な人なんですよ」


笑いながら意味ありげにチラチラとオーガスタとウィリアムを見るルイ。オーガスタはますます混乱する。


「……? ウィル好きな人いるの?」


ウィリアムは頭を抱えた。


「あーだから! 外野は黙って自分の仕事しろ! 俺は今試験の話をしてるんだよ!」


「旦那〜もう告っちゃえばいいじゃないですか〜」

「エイド! お前な……」


「えっ、えっ? いるの!?」


「オーガスタお前も勘違いするんじゃない!」


「違うの!?」


「おいダイスお前のせいだぞ」


「……調子に乗りました」


ウィリアムは嘆息し仕事の顔に戻る。


「候補たちを集めろ。試験について説明する」


*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


「明日ですか!?」


「ああそうだ。抜き打ちでやると言っておいただろう」


 候補たちはすぐに集められた。室内の丸いテーブルに座り、ウィリアムを唖然とした様子で眺めている。オーガスタはアデルにねだられ、何故か彼女の隣に座っていた。肩身狭そうに体を小さくしている。


「そういえばそうでしたわね……でも、抜き打ちと言いながらわざわざ二度も通告してくれるだなんて、随分と親切ですこと」


アデルはふんと鼻を鳴らした。一瞬2人の間に火花が散る。

しかしウィリアムはすぐに息をつき、肩をすくめた。


「たしかにそうだな。だがこちらも何も考えていないわけではない」


「へぇ」


アデルは少し目を見開き、口角を上げた。



「失礼します。お茶をお持ちしました」


ノックの音がし、カートを押してアリスが入ってきた。彼女がお茶を淹れてくれるらしい。


アリスは入ってきた瞬間、オーガスタも座っているのを見て驚いた顔をした。しかし慌てて表情を戻し、1人ずつお茶を淹れていく。


「あら、オーガスタさまの分はないの?」


元々の人数分のカップしかなかったのだろう。オーガスタの分を用意しなかったアリスに、アデルが声を上げた。


「あ、いや、私の分は……」


「申し訳ありません。すぐ用意いたします」


オーガスタは断ろうとしたが、アリスは頭を下げてカートと共に部屋を出て行く。オーガスタは諦めてお茶を待つことにした。



「それで、試験の内容については、どこまで教えていただけるのでしょう」


アデルが紅茶を飲みながら尋ねた。


「ほぼ教えられることはない。ただフォールストン公爵夫人になるのに必要な教養について、とだけ言っておこうか」


「難易度は?」


「さあ。人によるだろう。……そんなに私の婚約者になりたいのか? 質問ばかりして」


ウィリアムの皮肉をアデルは鼻で笑った。


「あなたのためではなくてよ」


ジュリーが2人の険悪な雰囲気にオロオロしている。他の人も怪訝そうな顔をした。最近全員で会うことはあまりなかったので、2人の様子を目にする機会がなかったのだろう。



再度ノックの音がして、アリスが戻ってきた。オーガスタはアリスを申し訳なさそう振り返ったが、アリスはお茶を淹れ、オーガスタの肩を軽く叩いて部屋の隅に行ってしまった


「他に質問は?」


ウィリアムが辺りを見渡す。オーガスタは紅茶を一口含んだ。


「試験の点数はどこまで選定に関わるのでしょう」


ジュリーが尋ねる。ウィリアムは足を組み替えながら答えた。


「ああ。点数というより、その他の評価と合わせてバランスを――」


ガタリ、という音がする。ウィリアムは話を中断し、音の方向を見た。


「オーガスタさま、どうかなさったの?」


見ればオーガスタが立ち上がっていた。アデルが心配そうな声を出す。


「? 何か――」


あったのか、と言おうとした。でも二の句が告げなかった。


オーガスタは真っ青な顔でこちらを見ていた。


なんとなく、嫌な予感がした。


「……紅茶に口をつけた?」


「え……?」


「紅茶に口をつけたかと聞いているんだ」


敬語をかなぐり捨てて、オーガスタは真っ青な顔のまま尋ねる。


「い、いや、まだだ」


「絶対に飲むな。他に飲んだ人は?」


「わ、わたくしは飲んだわ……」


アデルが震える声で言った。


「体に異常は? 何ともありませんか?」


「え、ええ」


「わたくしも飲んだけど、特に何もありませんでしたよ?」

「私も」


パメラとレオーナも頷く。


「お、おい。まさかお前……」


血の気が引いた。嫌な予感が当ろうとしている。


「これは……ゴホッ」


オーガスタが口元を押さえる。


(見たくない)


ウィリアムは拳を握りしめた。かつての記憶がフラッシュバックする。


(いやだ。また失うのだけは――!)


オーガスタの口元と手は、真っ赤に染まっていた。


誰かが悲鳴を飲む音がする。ウィリアムはハッと我に帰り、オーガスタの紅茶に自分の銀のスプーンを投げ入れた。


 再び取り出したとき、スプーンは変色していた。


「オーガスタさま!」


オーガスタの体がぐらりと揺れる。


「オーガスタ!」


体が勝手に動いた。無我夢中で倒れかけたオーガスタを抱きとめる。


オーガスタの意識は、そこで途切れた。


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