22. 手合わせ
あけましておめでとうございます。 今年もオーガスタ達をよろしくお願いします!
あの一件があってから、オーガスタは眠れぬ日々を過ごしていた。
「うぅーん」
「アリス……重い」
というのも、怖がったアリスが夜な夜なオーガスタの布団に潜り込み、熟睡しているのだ。残念なことに、アリスは寝相があまりよろしくない。おかげで最近は毎日睡眠不足での仕事である。
「なんだ、オーガスタじゃないか。疲れているみたいだが、最近眠れてないのか?」
朝早く、オーガスタが騎士団の訓練場で鍛錬をしていると、団長のアランがやってきた。オーガスタが何か言う前に彼が続ける。
「まああんなことがあった後だからな。無理もない。何かあったら遠慮なく俺に言えよ」
「あ、ありがとうございます……?」
何か盛大に勘違いされている気がするが、とりあえずお礼を言っておく。
オーガスタが鍛錬を続けていると、今度はジークがやってきた。
「あらオーガスタ、頑張っているわね。ん? ちょっとちょっと、あなた目の下隈が凄いわよ!? 睡眠不足は美容の敵なんだから、ちゃんと寝なきゃ」
彼はオーガスタの顔を覗き込んだ。
「そういえば、この前のこと聞いたわ。また変なヤツに追われるだなんて。大変だったわね。もしかして、睡眠不足もそのせいかしら。不眠に効くハーブティーの入れ方、教えましょうか?」
「あの、えっと」
心配してもらったところ申し訳ないのだが、不眠の理由はそれじゃない。
「遠慮しなくていいのよ。簡単だし」
「あ、では、お願いします……」
善良そうなまなざしに何も言えなくなったオーガスタは、複雑な心境で頷いた。ジークはそれを見て、満足そうな表情で去っていった。
しばらく鍛錬した後、オーガスタはメイド服に着替えると、ウィリアムの朝食の準備を始めた。貴族の朝は、基本的に庶民より遅い。ウィリアムももうすぐ起きてくるはずだ。
ウィリアムは午前中の公務を終え、ライノーツ公爵の講義を聴き終わると訓練場に向かった。オーガスタもそれに付いて行く。
「オーガスタ、おぬしに渡したいものがある」
一人で練習していると、ローゼンハイン老師が何かを持ってやってくるのが見えた。オーガスタは無意識のうちに手渡されたそれを受け取った。
「この前のことがあってから、某もいろいろ考えてな、護身のことを思うと、剣の扱い方ももっとやるべきだろうと思ったのだ。おぬしのようにまだ小さいうちは体作りからだと思っていたんじゃが、そうもいかないようなのでな、良さそうな剣を見繕っておいた。知り合いの鍛冶屋に頼んで、軽めに作ってもらったから、おぬしでも持てるようになるはずじゃ」
オーガスタがくるんであった布を取ると、中から一本の剣が出てきた。長めの片手剣で、一般的なものより少し小ぶりである。その重さは確かに少しだけ持ったことのあるほかの人の剣より軽い。
「あの、これってもらってもいいものなんでしょうか」
「もちろん」
「でも、お金がかかりましたよね」
申し訳なさそうにするオーガスタに、老師はほおを緩める。
「教え子相手に金はとらんよ。それにそれは練習用の剣じゃから、そんなに高いものでもない。気にせず受け取りなされ」
「でも……」
なおも渋るオーガスタに、老師は苦笑して言った。
「どうしてもというのなら、出世払いにでもしてもらおうかな」
「必ず返します!」
剣を握りしめ宣言したオーガスタに、横で見ていたエイドが呆れた顔をした。
「くれるって言ってるんだから、何も言わずに貰っておけばよかったのに」
「いえ、無料より高いものはないので」
オーガスタはどこか遠くを見つめて言った。エイドは不思議そうに首を傾げる。
「いや、そういうのって騎士団の費用で落とせると思うんだけど。まったく師匠も人が悪い……ん? もしかして今初めて俺の言葉に反応してくれ……」
「オーガスタ、今日は痴漢の撃退方法を学ぼうか! エイド、お前相手になれ。ただし攻撃は避けるなよ!」
「いいですね、やりましょう」
「え? いやちょっ、師匠、避けるなってそれはさすがにきつい……」
エイドの言葉に食わせ気味で提案したローゼンハイン老師と、やる気満々のオーガスタにかなうはずもない。
「え、師匠? 師匠ー!」
嘆き声もむなしく、エイドは訓練場の真ん中で一時間、ひたすら痴漢扱いされ、攻撃を受けることになったのだった。
そして一時間後。そこには満身創痍のエイドと、やり切った顔をしたオーガスタがいた。
「……疲れた……全身が痛い……こんなの理不尽だ……」
「やりきりました!」
「いいぞ、オーガスタ。あとは実践あるのみじゃ」
「……師匠、実践の機会があっちゃいけないんじゃないですかね……」
老師はエイドの渾身のツッコミを軽くスルーする。
「じゃああとは剣の使い方に移ろうか。ここで提案なのじゃが、少し練習したら、殿下にお相手願うのはどうだろうか」
オーガスタは驚いた顔をした。
「殿下に? でも殿下は結構強いですよね。初心者の私が相手するには、些か難しいのでは?」
「まあ、あの方はあの年にしてはとても強い。同年代の騎士見習いなんて、比べ物にならないじゃろう。その強さは、殿下の覚悟が強いからこそじゃからな」
「覚悟?」
「ああ。だがああいうタイプの強さは、同時に儚くもろい。気を張り詰めるあまり、いつか崩れ去ってしまうかもしれん。だがそれを乗り越えれば、人一倍強い騎士になるじゃろう。この時期に、互いに高めあう相手がいるのは、おぬしだけでなく殿下にとってもいい事じゃ。だから是非とも二人で手合わせしてもらいたい。なに、殿下のことは目標だと思えばいい。負けても気負うことはない」
「そうはいっても……あ、殿下の方には許可とってるんですか?」
あのウィリアムなら、自分と手合わせすることを嫌がりそうだ。しかし、許可を取りに彼のもとに行くと、彼は予想に反してあっさり頷いた。
「私は構わないが。だが私とではお前が弱すぎて相手にならないのではないか?」
と鼻で笑われたが。しかし、それがかえってオーガスタのやる気を上げた。
「なんかあの王子にそういうこと言われるとイラっとするんですよね。こてんぱてんに叩きのめす……ことは出来ないと思うのでせめて数回ぐらいは打ち合って見せます」
「目標、低くない?……」
それでいいの? と、エイドには可哀そうな人を見る目で見られたが、それでいいのだ。それで。
その日から、オーガスタは毎日猛練習を始めた。全ては王子に少なくとも一発食らわせるために。その一心でひたすら練習をし、やっと何とか形になってきた、数日後。オーガスタは気合の入った表情で、ウィリアムの前に立っていた。
「一発でも打ち合えるように頑張ります!」
「だからそれでいいの!?」
エイドが突っ込む。その周りにはどこから聞きつけてきたのか、観客が大勢いた。一方のウィリアムは、余裕を通り越して気だるげである。
「見世物になるとは聞いていないんだが」
「みんな殿下と初の女見習い騎士に興味があるようですね」
ウィリアムの隣でアランが言った。彼は審判役なのだそうだ。
「え、こんな大がかりなの?」
オーガスタは辺りを見回して青ざめた。
「某もこんな風になるとは思ってなかったわい」
「なんか俺の方が緊張してきた……」
ローゼンハイン老師とエイドも呆気に取られている。
「では、両者、よーい」
「え、え?」
「はじめ!」
オーガスタの心の準備ができていないまま、試合はあっという間に始まってしまった。まずはウィリアムが軽く打ってくる。
(あ、よかった、受けられる)
オーガスタはそれを難なく受け止めた。続いて二度、三度と打ち込まれるが、それも躱した。こちらがもう少しできると思ったのか、彼はさきほどより強く打ってくる。オーガスタにはまだそれを受け止めるだけの力がないので、何とか受け流していった。
防戦一方のオーガスタだったが、そこでウィリアムの予想しなかった動きに出る。一度距離を取り、そこから一気に走り寄る。彼はオーガスタがそのままの勢いで真っ直ぐ打ってくるだろうと、構えを取った。しかし、オーガスタは彼の数歩手前で、大きく跳躍した。そして重力の力を借りて、彼に上から渾身の力を突き付ける。
「……っ」
ウィリアムは慌ててオーガスタの剣を受け止めた。
(老師直伝の、周りの力を借りて軽い力でも大きい威力を出せるやり方だけど、だめだったか)
オーガスタは地面に着地するとそのままウィリアムに切りかかろうとした。しかし。
「……あれ?」
何だか体がおかしい。めまいがする。オーガスタは大きくふらついた。
「っおい!」
さすがにこれは彼にも予測できなかったようだ。ウィリアムは慌てて剣を引っ込めた。オーガスタはそのまま倒れかける。
「しっかりしろ!」
(あれ、倒れてない?)
ぼんやりしたまま顔を上げてみると、彼が片手でオーガスタが倒れないように支えていた。
「誰か、医務室に運べ!」
「は」
(あ、睡眠不足のつけがここできたか……)
オーガスタは誰かに運ばれながら、ぼんやりした頭で暢気にそんなことを思ったのだった。




