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20.お出かけの日③

「たったの二人しかいない相手に、大勢で襲いかかるのは如何なものか。しかも相手は婦女子。そこまでにしないと、こちらも黙ってはいられないな」


金色の髪が光り輝く。そこにいたのは、なんとウィリアムだった。


しかし、男たちは急に現れたウィリアムをせせら笑う。


「ああ? 何だよ、兄ちゃん。やんのか? そのちっこい体で俺たちに楯突くたぁ、なかなか度胸あんなぁ。その心意気は買ってもいいけどよ、俺たちに歯向かうってんなら容赦しないぜ?」


ウィリアムはそれらの罵倒にも全く顔色を変えなかった。


「そうか」


彼はそれだけ言うと、腰に差していた剣をすらりと抜いた。銀色の刃が光る。明らかに本物の剣だとわかる鈍い光に、周囲は無意識のうちにゴクリと生唾を飲み込んだ。


「だとしたらこちらは殺さないように気をつけなければな」


そう言うや否や、彼は相手に飛びかかった。


 ウィリアムは非常に素早かった。男たちが動くこともできないうちに、一人の首に剣を突きつける。


「さあ、これでも俺に容赦なくできるのか?」


誰も何も言わない。ウィリアムは剣を突きつけたまま命令した。


「エイド、縄」

「はいよ」


周りは声もなく驚いた。気配を読む訓練をしていたオーガスタでもエイドがいることに気づかなかった。エイドはテキパキとその場にいた全員に縄をかけていく。


「はいはい皆さん大人しく捕まってねー。そうじゃないと俺のご主人様、あの人のこと殺しちゃいそうだからねー」


しかし、そのうちの一人が急に動いた。一体どうやって取り出したのか、手には短剣を持っている。それは手を縄で縛られたまま、他の人に縄をかけているエイドの首筋に向かって振り下ろされた。オーガスタはひやりとして、思わず叫びかける。


「あ……!」


エイドはそれを一瞥すらしなかった。しかし瞬く間に相手の手首を押さえ、短剣を奪う。


「やだなぁ、こんな危ないもの隠し持ってたの? はい没収」


お見事だった。エイドが強いのは知っていたが、こうも間近で見せられると感嘆しか浮かばない。男たちは抗う気もなくしたように、大人しくエイドに連行されていった。


「おい、お前らも行くぞ。あとでしっかりと話を聞かせてもらうからな」


ウィリアムが鋭くオーガスタを睨み、思わずオーガスタは頬を引きつらせた。しかし、ウィリアムは容赦なくその首根っこを掴み、アリスとともに罪人よろしく他の男たちと同様に連行されたのだった。



こうして、騒ぎは終わったかのように見えた。だが、オーガスタにはなぜか嫌な予感が拭えない。


(こんなにあっさり終わるものなの……?)


その嫌な予感は、残念ながら当たってしまった。


「おい、止まれ」


後ろから声をかけられ、オーガスタとオーガスタを掴んで歩いていたウィリアムは振り向いて愕然とした。隣を歩いていたはずのアリスが、見知らぬ3人の男たちに捕まって首元に短剣を押し当てられている。


「そこの曙色の髪の少女をこちらに渡せ。さもなければこの女が死ぬ」


ウィリアムの目つきが鋭くなった。


「名乗りもせずこのような真似とは。礼儀のなっていないことだ」


今度はアリスの首に剣を突きつけている人の後ろにいた人物が前に出て、ウィリアムに微笑みかけた。


「それは失礼。私どもの名前など、王子殿下は興味ないかと思いまして」


ウィリアムは一層視線を鋭くした。


「なぜ私が王子だと……?」


しかしオーガスタはそれどころではなかった。


(この人、もしかしてあの時の……!)


「この辺りに護衛付きでくる、生まれの良さそうな方など、フォールストンのご領主で在られる第二王子殿下しかいないだろうと愚考しただけですよ。申し遅れました、私はライ。“猫の手”という組織の、しがない一員でございます。以後お見知りおきを」


彼は大仰なお辞儀をした。


「猫の手……だと?」


(やっぱり、あの時私を襲った人だ!)


オーガスタが猫の手に攫われた時、フードの男と共にいたあの青年だ。しかしオーガスタは背後から漏れ出るあまりの殺気に、思わず振り返った。そして驚愕する。普段飄々とした態度のエイドが、恐ろしい形相で相手を睨んでいた。


「エ、エイド?」


しかし彼は何も言わない。普段の彼なら「なんだい、マイレディー? 俺の名前を呼んでくれるのは初めてじゃん!」とか何とか言いそうなものなのに。


そんなエイドに気付いているのかいないのか、ライという人物は微笑んだまま続けた。


「あなた方が捕まえたそちらの人たちは、私どもの配下なのですよ。そちらも解放していただけると嬉しいですね」


配下だという人たちはなぜか皆驚いた顔をする。なぜライが嘘をついたのかはわからないが、何となく配下ではないことは察した。演技のできない奴等だ。


「要求はそれだけ?」


オーガスタは口を開いた。彼女が応えたことが少し意外だったのだろうか、向こうは少し首を傾げてオーガスタをじっと見る。


「ええ、そうです」

「ならば、私を連れて行きなさい」


「は!? 何言ってるんだお前!」

「オーガスタ! そんなのダメ!」


ウィリアムとアリスが同時に叫ぶ。しかし、オーガスタは顔色ひとつ変えず、真っ直ぐライだけを見つめた。


「そのかわり、こちらも条件がある」

「ほう」

「先に彼女を解放すること。もちろんこちら側もあなたの配下を返す。交換だ。アリスの無事を確認したら、私はそちらに着いていく」


彼は鼻で笑った。


「それは些かあなた方に有利ではありませんか? 彼女を返した瞬間に、そこの殺気をばら撒いている男が襲ってくるのでは?」


彼はエイドをちらりと見る。


「お互いさまでしょう。そちらこそ、私を得れたら彼女など用済みと、どうとでも扱える。彼女の安全さえ確保できればいくらでも言うことを聞こう」


周囲は二人の様子を息を呑んで見つめていた。しばらく時間が経って、ライはふっと笑った。


「いいでしょう。そこの配下と交換です」


彼がアリスを掴んでいた人物にちらりと視線をやると、男は舌打ちしてアリスを突き飛ばした。それと同時にウィリアムはエイドに合図してオーガスタを襲った男どもの縄を解かせる。


「オーガスタっ!」


アリスはオーガスタに飛びついた。


「ダメだよ。あの人たちについて行くなんて絶対駄目! 何されるかわからないんだよ!?」


そう言うアリスの瞳には涙が浮かんでいる。オーガスタは困った顔をした。


「そういう約束だもの」

「で、でも、私のせいで……」

「アリスのせいなんかじゃないよ」


オーガスタが淡く微笑んだ。その表情にアリスが目を見開く。


「私は自分の意思で彼らの要求を呑むことにした。だからアリスが気に病むことじゃない」


そう言うと、オーガスタは彼らに向かって歩き出した。


「……おい!」


王子が引き止める声が聞こえたが、オーガスタは振り返らない。


「これで満足?」


オーガスタはライの前で足を止めた。


「ええ。では、行きましょうか」


ライたちは元来た道を戻ろうと振り返る。そして、驚愕に目を染めた。


「殿下、お待たせいたしました」

「遅い」


ライたちの目の前で軽く頭を下げたのは、なんとローゼンハイン老師だった。彼はそのままエイドに視線を向ける。


「お前もまだまだだな。殿下たちを危険に晒すどころか、己の気すら鎮められなくてどうする。お前は戦うな。アリス嬢を守れ」

「……承知しました。師匠」


エイドはしばらく何か言いたそうだったが、結局不服そうに頷くと、アリスの前に立った。老師は今度はオーガスタに懐から取り出した何かを投げた。オーガスタは反射でそれを取る。短剣だった。


「オーガスタ、某もおぬしを守るつもりだが、己が身は己で守れるようになれ。練習の成果を発揮しなさい」

「はい。老師」


オーガスタは思わず喜色を浮かべた。彼は自分を信頼してくれている。頷いて短剣の柄をギュッと強く握った。


「殿下も頼みます」

「ああ」


そう言うと、ウィリアムは剣を抜いた。それを見て茫然とオーガスタたちのやりとりを見ていた相手は慌てて武器を手にして戦闘態勢になる。


「ライとかいったか。おぬしは随分と腕が立つみたいじゃな。某の力量ではつまらぬかもしれぬがお相手をお願いしたい」

「何を言うのです。こちらこそ伝説の騎士と言わしめたあなたのお相手など、この上なく光栄ですよ」


ライは微笑んだままだったが、気配が先程よりも研ぎ澄まされているのをオーガスタは感じた。


(というか老師にそんな二つ名あったんだ……)


思わずどうでもいいことまで考えてしまったオーガスタだった。


一方ウィリアムもライ以外の2人と対峙している。


「坊っちゃん、たった一人で俺たちの相手をするつもりかい? 随分と舐めた真似をしてくれるね」

「そちらこそ、年齢に惑わされて叩きのめされても知らないぞ」


2組は緊張状態だった。やがて、どちらが先に動いたのだろうか、刃と刃がぶつかり合った。その音を皮切りに、配下とやらの男たちがオーガスタに襲いかかってくる。オーガスタはそれを短剣で軽くいなしていった。


(さっきはアリスを守りながらだったからやりにくかったけど、今はエイドがいるし、短剣もある。大分やりやすいな)


ただあまりに大勢なので、いくらやりやすいといっても限界がある。そういう時はエイドが遠くから吹矢で援護してくれた。


ウィリアムの方はといえば、二人同時の攻撃に苦戦しているがなんとか体勢を崩していないようだ。ローゼンハイン老師とライは戦いのレベルが高すぎてもはや何が何だかわからなかった。


(これならきっといける……はず!)


オーガスタがそう思った直後。


「オーガスタ!」


背後に気配を感じる。


(しまった。後ろに回られた)


背後の気配はオーガスタに剣を振りかざした。


「……っ!」


刺される! と思った。しかし何の衝撃も来ない。


「……え?」


見れば、ウィリアムが背後の男の剣を受けている。彼が先程まで相手をしていた男たちといえば、二人とも地面に伸びていた。どうやらオーガスタが危機一髪なのを見て駆けつけてくれたらしい。ウィリアムは振り下ろされた剣の重さに顔を顰めていたが、なんとかなぎ払い相手の首に剣を突きつけた。



「……っごほっ」


 反対側を見れば、ライが地面に打ち伏している。彼は口の端から流れる血を無造作に拭い仲間たちに「撤収だ」と合図すると、


「あなたには敵わない。手加減してくださりありがとうございました」


とローゼンハイン老師に頭を下げ、仲間と共に去っていった。随分と丁寧な去り方だった。残りの配下とやらは、すっかり怖気付いてしまい、我先にと逃げ出そうとする。しかしウィリアムはそれらを目で追っただけで捕らえようとはしなかった。


「殿下、逃げた奴らはどういたしましょう」

「こいつらはいい。だがライとかいう奴らのことは後で調べておけ」


ウィリアムはそう言い捨てると、額の汗を拭って大きく息を吐いた。


「ダイスはどうした?」

「オーガスタが襲われた訳について調べているようです」

「そうか。それについては本人からも聞こう。いいな?」

「はい。……殿下、助けていただいてありがとうございました。あの、どうしてここにいらっしゃったんですか」


彼はイライラした様子で答えた。


「急にダイスがお忍びで視察に行こうと言い出してな。街に入ったんだがなんだか騒がしい。そしてよくよく見たらお前らが逃げてるじゃないか。これは何かあると思って仕方なしに追いかけたのさ」

「俺が引っ張ってね。いやあレディーたちに何事もなくてよかったよかった」


エイドがいつものチャラい感じで笑った。さっきまでの様子は一欠片もない。オーガスタは思わず訝しげにエイドを見つめた。


「なに、そんなに見つめて。もしかして惚れちゃった?」


ウインクするエイドに、オーガスタは頬を引き攣らせた。


「いえ……もういいです」


さっきのあの様子はなんだったのだろう。しかし彼には答えるつもりはないようだ。オーガスタは諦めてため息を吐いた。



「う、うぅ、ほんとに何もなくてよかったよぉー!」


泣き声と共に急に抱きつかれて驚く。見ると、アリスが号泣しながらオーガスタの腰にしがみついていた。ずっと泣くのを我慢していたのだろう。オーガスタは思わずその頭を撫でた。


「ごめんね、心配かけて」

「うぅ、ほんとだよぉー! もうこれ以上心配なんてしたくないんだからね! 撫でてもらうのが嬉しいとか、そんなことないんだからね! わかった!?」

「わかったわかった」


なんだかアリスも言ってることがおかしくなっている。どっちが年上だかわからない。


その様子を微笑ましく見守っていたローゼンハイン老師は、オーガスタたちを促した。


「とりあえず城に戻りましょう。ダイス殿とはどこかで合流できるはずだ」

「早くおうちに帰るー」


まだ泣き続けているアリスの頭を撫で続けながら、オーガスタはあの時彼らについて行かなくてよかったと、心の底から思ったのだった。



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