17. 騎士という道②
「なりたいです。騎士に」
「! それじゃ」
「でも私、メイドを辞めるつもりはありません」
「え?」
「望んだもの全てを諦めたくない。メイドと騎士、両立できませんか?」
無謀かもしれない。それはわかっている。本気でやっている人の前で、こんな風に中途半端にやるのが失礼だということも。それでも、どちらか一つを選択することはできなかった。
メイドでいれば、勉強ができる。騎士になれば、強くなれる。どちらもきっと、未来を切り開く為の力になる。自分はまた孤児院に帰りたい。ユーリや、ミィナ姉さんに会いたい。そのために、どっちも必要だと思うから。
「両立、ね。そんなこと、考えたこともなかったわ。騎士なんて両立できるような仕事じゃないと思ってたし。まああたしなんかは騎士になる以外他に仕事はなかったわけだけど」
「やっぱり、無理ですかね……」
オーガスタは思わずうなだれた。
「いや、そんなことないと思うぞ」
そこで声を上げたのは、ジークとオーガスタのやりとりを静観していたアランだった。
「入って半年で全ての仕事を覚え、王子付きメイドになった、たった10歳の少女。そしてその少女があれだけ頑固でわがままだった王子を御してしまったという話は、俺のところまで届いている。聞けば、王子とともに勉強もしているらしいじゃないか。
ライノーツ公爵が、最初は文字も読めなかったことを考えれば、オーガスタの学習速度はとても早いと言っていた。それだけ周りは君に驚かせられ、そして期待しているということだ」
「そんな……」
周りがそんなふうに思っていたとは知らなかった。そんなに期待されても困るのだが。あと、自分に王子は御せていない。そこは勘違いしないで欲しい。
アランは言った。騎士団長らしい、威厳ある言葉だった。
「やりたいのなら、示してみろ。俺たちに。周りも最初は冷たいかもしれない。騎士の中には保守的な者もいる。女が騎士の真似事なんて、だとか、仕事の両立なんて騎士を舐めているのか、とかも言われるかもしれん。でも先例がないのなら、君がその先駆けになればいい。君がそれに見合うだけの働きをすれば、周りも変わる。
だから無謀だとかなんだとか言ってないで、自分から動け。ただし、生半可な覚悟ではやるなよ。俺は手加減はしないぞ」
彼らしい叱咤激励に、諦めかけていた気持ちが萎んでいった。びっくりした。こんなふうに、励ましてくれる人がいるとは思わなかった。オーガスタは思わず笑みを浮かべた。
「はい!」
「期待している」
アランはそれに笑って、オーガスタの頭を軽く撫でた。ラルフとは違って、ちゃんとした撫で方だった。
「ちょっと、今の見たか」
「無表情からの笑顔。ギャップ萌え……」
「俺、ロリコンじゃないのに……」
周りでヒソヒソと話し声がしていたが、自分のことを言われていることにオーガスタは全く気がつかないままだった。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
「そうですか。まあ貴方はどうも狙われやすいみたいですからね。身を守る術を身につけておいて損はありませんし、メイドの仕事もきちんとこなすと言うなら、こちらはまったく構いませんよ。でも、両方こなすとは、一体いつ練習するのですか?」
オーガスタはあの後そのままダイスさんのところに向かい、騎士の見習いになる許可をもらいに来ていた。許可は驚くほどあっさり出た。
「殿下が練習する時に、一緒にやらせて貰おうと思って。あとは時間のあるときに自主練します」
「なるほど。それは頑張ってください。くれぐれも無理はしないように。殿下にはそのことは話しましたか?」
「いえまだ。これから話に行きます」
「ならよかった。まあ殿下が何と言おうと関係はないのですが、後から文句を言われても困りますからね。反対されるかもしれませんが反対されても気にしなくていいですよ」
「わかってます」
オーガスタは頷くと、頭を下げて部屋を出た。しかし、部屋の前で驚いてすぐに足を止める。目の前には待ち構えていたかのように、仁王立ちをしている人物がいた。
「遅いぞ」
呼んでもないのに文句をつける相手はもうウィリアムしかいない。オーガスタは心の中でため息をついた。
「何か御用でしょうか」
「お前、騎士になるつもりなんだってな」
どこから聞いたのだろう。耳が早い。
「はい。そのことを後で殿下にお話をしようと思っていました」
「悪いことは言わない。やめておけ」
彼にしては珍しく、真剣な調子だった。
「騎士はなろうと思って簡単になれるものではない。特に、この第16騎士団は数ある騎士団の中でも精鋭だ。女のお前にはきついだろう。それに、お前はメイドを辞める気がないそうじゃないか。そんなにも俺のことが好きなのは嬉し……」
「あ、別にそういうわけじゃないんで、勘違いしないでください」
「……嬉しいが、両方こなすとなると練習時間が足りないぞ。やるなら中途半端にするな」
オーガスタは思わず目を見張った。彼は別に、頭ごなしにやめろと言っているのではないのだ。
「……殿下はなぜ剣術をやっているのですか」
ふと、そんな疑問が漏れた。特に言おうと思ったわけではないが、なんとなく溢れた言葉だった。
「そ、それは……」
「殿下にとって、剣術は大事なことなのでしょう?」
「まあ、な」
歯切れは悪いが、そうなのだろう。一生懸命やっているからこそ、こうやって自分に忠告しに来るに違いない。
もう答えてくれないかな、と思った頃、彼はボソリと呟いた。
「……己の手で、助けたかった」
「え?」
「あの時助けたかった人を、今度こそ助けられるように。助けられなかったことを、もう後悔しないように。そう思うからこそ、俺は強くなりたかったのかもしれない」
ほんの少しの後悔をのせて、彼の瞳が哀しげに揺らぐ。その瞳に、オーガスタは胸をつかれた。
「私も同じですよ」
「え?」
「私にも、助けたかった人がいた。そして今も、助けたい人がいる。その人たちのために、強くなりたいんです」
オーガスタは微笑んだ。その笑みに、彼が息を呑む。
「決して中途半端な思いではないし、中途半端にするつもりもありません。殿下に迷惑をかけることもないと誓いましょう。ですので、認めてはいただけませんか」
いくら彼が普段いけ好かなくても、真面目じゃなくても、このことに関して不誠実でいてはいけない。そう思って、オーガスタはウィリアムを強く見据えて、頭を下げた。頭上の彼は、しばらく何も言わなかったが、
「……勝手にしろ」
と、それだけいうと、彼はふいと顔を背けて去ってしまった。
これでは許可が出たのか出てないのかわからない。でもきっと、あれは彼なりの承諾なのだろう。認めてはくれていないのかもしれないけれど、きっと自分が騎士を目指すことに関しては、何も言ってこないに違いない。
なんというか、素直じゃないなぁ、と思いながら、オーガスタは苦笑して、足取り軽くその場を去ったのだった。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
「は、何、あんた騎士になるの!?」
自室に戻り、アリスに今日の話をすると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「うん。まあ、そうだね」
「え、じゃあメイドは? やめるの?」
「やめるつもりはないよ。できる限り、続けたいと思ってる」
オーガスタがそう言うと、アリスは大きく息を吐きだした。
「いやーオーガスタが騎士ねぇ。なんかあんたならやりそうだわ。騎士とメイドの兼業。でもなぁー。これでできちゃった場合、なんかね。主人公が万能すぎて読者の共感が得られないというか、ちょっと小説として都合良すぎというか……」
「は? 読者? 小説?」
「あ、いや、こっちの話。え~でも、これからオーガスタは忙しくなるよね。寂しいわ。私、一緒に街に行きたいと思ってたのに」
「街?」
そういえば、もうずっとこの城から出ていない。あれ以降、気を付けて出なくなった。そろそろ出ても問題ないだろうか。
「そう! もうすぐ収穫祭でしょ? 領都で盛大なお祭りがあるから、一緒に行きたいなと思って。その時はオーガスタもおしゃれしようね」
収穫祭とは、年に一度、秋の時期に、豊穣の女神様に収穫の感謝を捧げるお祭りだ。宗教行事ではあるが別に大層なものでなく、ただ自分たちの収穫の一部を祭壇に捧げ、あとは屋台やら見せ物やらが町で出て、どんちゃん騒ぎをするくらいのものである。
「え、でも服もお金もないよ」
「大丈夫。私のを貸してあげるから。それにオーガスタ、あなた稼いだお金使ってないでしょう。この機会に何か自分のものを買ったら?」
オーガスタはその言葉に首を振った。
「送りたいところがあるの。だからあまり使いたくない」
本当は孤児院に送りたい。親父さんのところにはもう少し送ったし、ラルフ達に返す分ももうある。だが孤児院にはあまり不用意に送れない。一度ダイスさんに相談してみるべきかもしれない。
「そっか。ならしょうがないね。でも何も買わなくても、一度は街に行こうよ! 見るだけでも楽しいよ」
「じゃあ、そうだね。行こうか」
アリスがあまりにも行きたそうな顔をしているので、オーガスタは思わず微笑んだ。
「やったー! いつがいいかな。何着てく?」
はしゃぐアリスに、こういうの、いいな。と思う。他愛もない話で盛り上がって、一緒に出掛けることを心待ちにする。友達という感触に、なんだか心が温かくなったオーガスタだった。




