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10. 仕事

 晴れて職を得たオーガスタだが、すぐに仕事をするわけではなかった。オーガスタがダイスさんに連れられて行ったのは、使用人が普段いる区域である。彼はそこの部屋の一つをノックした。


「どうぞ」


中にいたのは、書類仕事をしている女性だった。決められた制服をきっちりと着こなし、髪は後ろでキツく纏めて結っている。眼鏡をかけており、つり目がちなため、厳しい印象の人だ。


「メイド長。お邪魔して申し訳ありません」

「構いませんよ。何か用ですか?」

「実は、ここにいる子供をメイドとして雇い入れたいのです」


ダイスさんはオーガスタの事情を軽く話す。その間、メイド長はオーガスタを目を丸くして見つめていた。まるで初めて会った時のダイスさんのようだ。何なら顔立ちも少し似ている気がする。


ダイスさんの話が終わった後、メイド長は黙って彼の顔を見ていた。彼は何も言わない。彼女は首を振ると大きくため息を吐いた。


「わかりました。とりあえず先にあなたの部屋を決めましょう。確か……。」


メイド長は何かのファイルをパラパラとめくった。そして急に立ち上がるとオーガスタの横を通り抜けてドアを開け、部屋の外をたまたま歩いていた少女を捕まえて言った。


「アリスを呼んできてくれないかしら」

「アリスですか?」

「ええ」

「かしこまりました」


アリスという少女はすぐにやってきた。ありきたりな茶色の髪に、ほんの少しそばかすのちった顔。好奇心旺盛そうな丸い瞳が愛嬌のある、可愛らしい少女だ。


「メイヤー夫人、お呼びでしょうか」

「アリス、あなた今同室の子がいなかったわよね?」

「はい」

「ならこの子の面倒を見てくれないかしら。新人よ」

「どこに所属する子ですか?」

「まだ決まってないの。決まるまではあなたが教えてあげて」

「わかりました」

「あ、先に湯浴みをしてあげなさい。湯殿を使っていいわ」

「はい」


「ちょっといいですか?」


そこでダイスさんがアリスに呼びかけて何やら耳元でささやいた。アリスは不思議そうな顔をしていたが、首を傾げながらも頷いて、オーガスタを部屋の外へ誘った。


ドアが閉まると、アリスという少女は急に喋り出した。


「ねえ、あなた、いいところの出なの?」

「どういう意味ですか?」

「やだ、敬語はやめてよ。これから同室になるんだから。ダイスさんに目をかけられてるんでしょ? ダイスさんの紹介なんて滅多にないもの。どこかの貴族とか、大金持ちの商人とか?」


「いや、そんなんじゃ。ダイスさんって、そんなに偉い人なの?」


「え、知らないの!? ダイスさんは実質この城のナンバーワンよ。そりゃもちろん本当は次期領主様の第二王子殿下か、領主代理のライノーツ公爵様が一番偉いはずなんだろうけど、軍を動かせるのはあの人だもの」


「え? 領主様じゃ動かせないの?」

「動かしたいのなら、軍に自分のことを信用させないと」

「信用させる? 従わせるのではなく?」

「そう。騎士達が忠誠を誓うのは主人ではなくここに住む人全てだから」


そうなのか。知らなかった。どうやらここについて学ぶことはまだまだ多そうだ。


納得するオーガスタだが、アリスは不思議そうに呟く。


「でも、身分じゃないなら何でダイスさんに気に入られたのかしらね」

「……別に、気に入られたわけではないと思う」


オーガスタはこれまでの自分の状況を思った。彼は自分を保護するために自分にこの仕事を紹介したのだ。


しかし、彼が語ったことは全てだろうか。オーガスタは急に不安になった。もし、保護は建前で他に何か理由があるとしたら?


「ふーん。まああの人は何考えてるのかわからない感じがするし。私もよく知ってるわけじゃないから、そういうこともあるのかも。ほら、お風呂に着いたよ。あなた、何かあったの? すごい汚れてる。早く綺麗にしちゃおう」


アリスはオーガスタを引っ張ってあっという間にオーガスタの服を剥き、上からお湯をかけた。オーガスタはその勢いに何もできない。


「ちょ、ちょっと。自分でできるって」

「まあいいからいいから」


アリスは今度は石鹸でオーガスタをごしごし洗った。


「ん? このあざ……不思議な形。薔薇みたい」


オーガスタが諦めてされるがままになっていると、アリスはオーガスタの鎖骨の下辺りを見ていた。そこにはくっきりとあざのような模様がある。


「生まれた時からあるの。何だかわからないんだけど」

「へぇー。不思議だねぇ」


そんな風に話をしながらも、アリスの手は止まらない。石鹸を洗い流すと、今度はなんだかよくわからない液体を全身に塗られた。


「何これ」

「香油。他のメイドの私物だから本当は勝手に使っちゃいけないんだけど、こっそりね。え、ちょっと待って。すごい綺麗! 珍しい色の髪なんだね」


アリスは香油を塗ったオーガスタの髪をすくった。ほら、と鏡の前に立たされると、そこには見たことないような髪をした人がいる。普段はあまり手を加えずボサボサのままだが、それが香油によって艶々に仕上がり、元の色と相まってまるで朝焼けのように光っていた。


「しかもあんた、結構整った顔してるじゃん! もったいない。磨けば光るよ。この前髪とか、目を隠しちゃうじゃない。これ、切っていい?」


アリスはオーガスタの前髪を払った。しかし、すぐに目を丸くする。


「え、目の色綺麗。藍色? こっちも珍しいね。ってちょっと、なんで隠すの」


オーガスタは長い前髪を元のように戻した。


「目立つのは好きじゃないの」

「それはわかるけど……でも前髪長いのも目立つよ? それにメイドになるなら髪の毛はくくるから、これは邪魔になるんじゃない?」

「…………」


アリスはどこからかタオルを取り出してオーガスタの体を拭きながら言った。


「とにかく、髪の毛乾かしたら前髪切ってあげる。だからあんたは大人しくしてなさい」


押しに弱いオーガスタは結局最初から最後までアリスに言われるがままだった。


「あ、自己紹介するの忘れてた。私はアリス。12歳よ。一年前からここで働いてるの。私おしゃべりだから同じ部屋でうるさいかもしれないけど、よろしくね」

「あ、えっと、私はオーガスタ。10歳。私はあまり喋らない方だから、うるさいくらいが丁度いいよ」

「ならよかった。あ、はい。これ着て」


アリスはオーガスタにメイドのお仕着せを手渡した。紺色のスカートに、真っ白なエプロン。髪の毛は後ろで結い、キャップに入れる。あとはアリスが前髪を切れば、メイド姿のオーガスタの完成である。


「サイズはどう? うーんこれなら大丈夫かな。この服はどうする? 高級そうだけど」


オーガスタは自分が着ていた服を見た。そういえば連れ去られた時に何故か着替えさせられたんだった。


(こんな服いらないけど、捨てるのはもったいないしなぁ)


「それ、何かに使える? 私はさすがに着れないから」


普段着には少々豪華すぎるのだ。おそらく自分は商品として着飾らせられたのだろう。


「え、じゃあこれ売ってもいい? そしたら新しい服が買えるよ」

「じゃあそれあげる」

「何言ってんの! ダメだよ。これ絶対いいお値段するよ!?」


そうは言っても、自分に大金はいらない。


(あ、でも日用品とか何も持ってないんだっけ)


「なら靴と衣類に変えたいかな。でもどうすればいいのかわからないから……」

「私お店知ってるから今度行こうよ! 連れて行ってあげる」


アリスは年相応の様子ではしゃいでいる。その様は大人びた子供と接することが多かったオーガスタには、微笑ましく見えた。

しかし、心の片隅では純粋だな、と皮肉気に思う自分がいる。あげると言われても遠慮できる控えめさも、当たり前のように赤の他人である私に向ける優しさも、人から奪わなければ生きていけなかった自分には、多分もう無くなってしまったもの。


少し年上のこの少女は、オーガスタにはすこし眩しく見えた。


「……ありがとう」


お礼の言葉は小さな声だったが、アリスはにっこりと笑った。



 2人がメイド長の部屋に戻った時、ダイスさんはもういなかった。


「アリス、あなたはとりあえず寮のオーガスタの部屋の準備をしてきてくれないかしら。備品は倉庫にあるから、わからなかったら先輩達に聞いて」

「わかりました」


アリスが出て行き2人になると、メイド長はオーガスタに向き直った。


「まだ自己紹介をしてなかったわね。私はダリア・メイヤー。ここのメイド長です。この城のことは私が取り仕切っているので、わからないことがあれば遠慮なく聞いて頂戴」


「はい。あの、よろしくお願いします。オーガスタと申します」


「あなたはお辞儀の仕方から直さなくてはなりませんね。まあそれはじきに覚えるでしょう。それより仕事の話ですが、とりあえず一通りこなせるようになってもらわないといけないの。先程ジェームズと相談して、あなたを王子殿下付きのメイドにすることにしたから。ただあなたはまだ何も知らないから、仕事を覚えることから始めてもらいます。一番最初は厨房に行きなさい。できるようになったら異動してもらいます」


ちょっと待て。さらっと言われたので思わず流してしまったが、この人今とんでもないことを言わなかったか。


(王子殿下付き!? そういうのって私みたいな庶民ではなくもっと貴族とか身分の高いお方がやるんじゃ……)


しかしメイヤー夫人はそんなことは意に介さず、どんどん話を進めた。


「今日はアリスにこの城を案内してもらって。仕事は明日からでいいわ。朝制服を着て厨房に行くこと。先輩方に教えを乞いなさい。彼らには新人が来ると話しておきます。よろしいですか?」

「は、はい」


メイヤー夫人はにっこり微笑んだ。


「では、アリスが来るまでお茶でもしませんか。少しお話ししましょう。あと……」


彼女は急に真顔になった。


「これから話す話は全て忘れて頂戴」


迫力のある雰囲気で告げられたのは、紛れもなく命令だった。疑問を覚えるも頷く以外に選択肢はない。


「……はい」

「では、話を始めましょう。あなたが仕えるであろう、第二王子の話よ――」





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