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9. フォールストン城

 そしてオーガスタは現在、城外の軍備施設にいた。ここには兵士が普段過ごす場所に加え、訓練場や、武器庫、兵士用の食堂や寮もあるらしい。


彼らはオーガスタを連れてとりあえず食堂に向かった。ちょうどお腹が空いていたところだ。よく考えたら、親父さんのところで朝食を食べて以来、何も食べていない。


というか今は昼間のようだが、一体あれからどのくらい経っているのだろう。気を失っていたので時間の感覚が曖昧だ。



 オーガスタは目の前に出された食事を黙々と食べた。兵士達が自ら作っているのか、味は大味だったが、それでも空腹では美味しく感じられる。それに、孤児院にいた時はまともな食事がある事の方が珍しいくらいだったのだ。あるだけでもありがたい。


 満腹になった頃、団長アランが話を切り出した。


「ここでは人目もあるし、詳しいことはダイスさんが来てからにするが、手持ち無沙汰だからとりあえず軽く質問を始めてもいいか?」

「あんた相変わらずせっかちねぇ」


ジークが口を挟んだ。


「うるさい。ここでダイスさん待ってるだけじゃ暇だろ」

「暇って……。あからさまに退屈なのを出してんじゃないわよ。一応これも仕事なんだから」

「別にいいだろ」

「怒られても知らないわよ。アランちゃんがいいならもう止めないわ……」

「だからここでは団長と呼べって」

「威厳もないのによく言うわ」

「は!?」


軽口を叩き合う2人を、オーガスタはいつものように無表情で見つめていた。本人的には特に何も思っていないのだが、2人は白い目で見られたとでも思ったのだろうか、こほんと咳払いして仕切り直す。


「まずは君の名前を教えてくれ」

「オーガスタです」


ジークは横に座って紙に何か書きつけていた。それを横目にアランの質問は続く。


「年は?」

「10歳」


そこでジークが驚いて顔を上げた。


「え? あなた10歳だったの? もっと下だと思ってたわ。その歳ならもう立派に小さなレディね。思わず抱き上げちゃったけど、失礼だったかしら」

「いえ」


(こんなに大きな人に抱き上げられたことなんてなかったから楽しかったし……)


オーガスタは高い位置から見た景色を思い出した。ほんの少しだけ表情が緩む。しかしそれは本当に僅かな変化だったので、他の人は気がつかなかった。


「えーと次は……ああそうだ。住んでいる場所を教えてくれ」


そこでオーガスタは詰まった。孤児院のことを言うべきか、それとも領都と言うべきか。でも領都に住んでいる訳ではないし、孤児院のことを言うならこれまでの経緯を話さなければならないかもしれない。それは言って大丈夫なのだろうか。


「親御さんに黙ってここに連れてきてしまったから、君のことを伝えたいんだ」


オーガスタが黙っていると、アランがそう言った。


「私に親はいません」

「それなら保護者の方は?」


オーガスタは渋々話し始めた。


「私はサナル村の孤児院の出です。でも、私があの人たちに捕まった時は、領都にいました」


オーガスタはこれまでの経緯をかいつまんで話した。アイルラン伯爵の話を出すと、2人とも思案げな顔をする。


「アイルラン伯爵……? どういうことだ?何か関係があるのか……?」

「さあ……」


それはこっちが聞きたいくらいだった。結局、自分が何故こんなにも狙われるのか、未だにオーガスタはわかっていない。ラルフたちも詳しいことは知らなかったし、ルベール夫人は教えてくれなかった。


「これはダイスさんに聞いたほうがいいかもね」


ジークも神妙な顔だ。


「私がどうかしましたか?」


そこに、城の玄関口で会った人がやってきた。この人がダイスさんらしい。アランとジークは互いに目配せした。


「場所を移動しましょう」


オーガスタたちがやってきたのは会議室みたいなところだった。今日は移動が多い。アランとジークが正面に、ダイスさんが横に座る。まずジークがダイスさんにさっきまで書いていた紙を差し出した。


「こちらが報告書です。これまでの彼女の経緯までが記されています」


ダイスさんが静かにそれを読む。


「アイルラン伯爵ですか。彼がこの子に関わっていたと」

「その事について意見をいただきたい」

「……厄介な予感がしますね。少しあなたに質問してもいいですか? このアイルラン伯爵はどのような名目で貴方を孤児院から連れ去ったのですか」


ダイスさんはオーガスタの方に顔を向けた。


「直接は言われませんでしたが、おそらく院長先生には私がアイルラン伯爵の庶子だと言ったんだと思います」


「なるほど。それであなたはその事に対して疑問を持った。それでそこから逃げ出した。そうですか?」


「まあ、そうです。院長先生にも注意されたので」


「ふむ。他に何か知っていることはありませんか?」


「えーと、アイルラン伯爵は曙色で藍色の瞳の子供を探していたそうです。そして私が見つかったら、なるべく早く王都に来るよう指示していた。護衛として雇われた人がそう言っていました」


「なるほど、曙色かぁ」

「その目、藍色だったのね」


アランとジークはオーガスタの髪と瞳を見て納得していた。確かに、不思議な風合いなので、形容し難い色ではある。だからこそこの言葉がしっくりきたらしい。

ダイスさんはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「少し調査が必要かもしれませんね……。この件は後回しにしましょう。それより、あなたが捕まった賊についての情報を教えて下さい」


そう言われて、オーガスタは居住まいを正した。アランも真面目な顔になり、質問を再開する。


「じゃあまず、連れ去られた時の状況が知りたい」


オーガスタはそれに答えていった。その後もいくつか質問をされる。


「そういえば、私の値段を決めていた人も、ものすごく珍しい見た目でした」

「珍しい見た目?」


「はい。若く見えたのに髪は真っ白で、目が少し赤みがかってるんです。あと、顔に仮面をつけていて、貴族みたいな格好をしていました」


「……それはもしかしたら頭領かもしれん」


アランが腕を組みながら言った。


「あの組織は“猫の手”と呼ばれる、いわゆる人身売買組織だ。奴隷などの人身売買だけでなく、暗殺者とか裏の仕事の斡旋なんかもしているらしい。あそこの特徴は、組織としてはそんなに大きい方ではないということ。上層部はほんの一握り。開設された当初から殆ど変わっていない。そして足りない人員は、そこら辺で適当に雇う。破落戸とか、怪しい商売やってる商人とか、時には貧民すらな。だからなかなか尻尾が掴めない。捕まるのは与えられた情報の殆どない、そういう奴らだからだ。そしてここの最大の特徴は、この頭領。目立つ容姿に、奇抜な格好。自ら売り物の金額を決める。それが俺たちが今まで得ていた情報だ。ただ真偽が確認できなかった。君の情報で信憑性が増したよ」


「こんなのが役に立つんですか?」


「ああ。かなり。まあ本音を言うと、君がいた奴らのアジトが特定できればなお良いんだが、相手も馬鹿じゃないから君にそれを悟らせるような真似はしなかっただろう。これだけわかれば十分だ」


「問題はあたしたちがその情報を上手く活用できるかどうかよねん。あなたを早く解放してあげたいし」


「あ、保護のことですが、私から提案があります」


そこでダイスさんが急に会話に入った。


「オーガスタ様が保護されている間、滞在場所に困るでしょう。こき使うみたいで申し訳ないのですが、暫くの間、メイドとして働きませんか? 今人員が足りないのですよ。それに、使用人として紛れていた方が、騎士団に少女がいるより目立たないでしょう。アイルラン伯爵のこともありますし、あまり目立つようなことは控えた方がいい。もちろん、働いてもらった分お給金は渡しますし、寮があるので衣食住も提供できます。どうですか?」


オーガスタは驚いた。


(仕事の依頼!? なんて都合のいい。というか何で様付け?)


ちょうど仕事を探していたところを攫われたのである。ダイスさんの丁寧な口調には違和感があったが、この提案は渡りに船だった。


「その提案、引き受けたいです」

「それはよかった。ここ最近の悩みの種が解消されました」


ダイスさんは何故かいい笑顔である。オーガスタは何だか急に嫌な予感がした。しかしここでやっぱりやめますとは言えない。好条件なのは確かなのだ。


 仕事、と聞いて、オーガスタは思い出したものがあった。


「あの、領都でお世話になった人がいるんですけど、言付けを頼めませんか?」


親父さんと女将さんはどうしてるだろう。心配してないといいが。結局ギルドへは行けなかったし。そういえば、親父さんからもらった紹介状、どこへ行ったのだろう。服のポケットに入れて、それで……。


「構いませんよ。何と?」

「勝手にいなくなってすいません。迷惑をかけますが、暫く戻れないようです。ラルフたちのお金は、使わなかった分は好きにしていただいて構いません。心配なさらないで下さいと。あ、あと、貰った紹介状を盗られてしまったかもしれません。ごめんなさい。必ずお礼と謝罪に行きます。と言っておいてください」


ジークはオーガスタの言葉を紙に書き写すと、インクを乾かすようにひらひらと振った。


「これをどこに届ければいいの?」 

「えっと、領都の“やすらぎ亭”っていう宿屋です」

「りょーかーい。聞いていたわね? これを届けて」

「は」


ジークは紙を後ろに控えていた兵士に渡す。


「他には何かありますか? 給金や待遇のことなど」

「いえ。大丈夫です」

「あなたの安全を考えて、外部との連絡を制限するかもしれません。それは大丈夫ですか?」


本当なら、孤児院にも連絡をとりたい。ルベール夫人には戻ると伝えてしまった。しかし、それは危険ではないだろうか。いっそ生死がわからないくらいの方が、私を探している相手にも説得力がある気がする。


「ええ。大丈夫です」


オーガスタはそう答えた。


「それはよかった。では、改めまして。私はこのフォールストン城で家令を務めております、ジェームズ・ダイスと申します。これからも何度か関わることになると思いますので、お見知りおきを」


ダイスさんが深々とお辞儀をする。向かいで何故か2人か変な顔をしていたが、オーガスタはそれをダイスさんが自分に丁寧に接するからかと思った。


このダイスさんは相当偉そうに見えたが、領主ではなかったらしい。そういえば領主はまだ公務をするには幼い第二王子なのだと聞いたことがある。ただオーガスタは貴族の暮らしには疎いので、家令がどのくらい偉い地位の人なのかはわからなかった。


「はい。よろしくお願いします」


かくして、オーガスタは思いがけない場所で職を得たのである。

読んでくださっている方、ありがとうございます。評価やブックマーク等、お待ちしています(*´ー`*)

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