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受けそうなら連載にしたいシリーズ

孤児を引き取ったのはもう十年も昔のことですが、いつまでも相手を見つける気がないのでこちらから相手を見繕ってやることにしました

 目の前にはラブレターが積もっている。

 ほんの一ヶ月ほど放置しておいただけで、未読分が溜まって辞書並みの厚さになっていた。

 ため息をつきながら、中身を開いて目を通す。『タルチジオ様へ』……間違いなく俺宛だ。

 いつも通りの見慣れた字、見慣れた文体、見慣れた内容――――七人分の愛の塊。

 記されているのはプラトニックな愛の言葉から始まって、直接的な求愛のセンテンス、ものによっては官能小説じみた言及や人に見せられないような下品なワードのオンパレードまで。

 読み切ったころには気分が悪くなって、俺は机の上のコーヒーを一気飲みした。

 嫌な気持ちになったのは、身の毛もよだつような変態作文を読まされたからではない。

 むしろ問題は、それを送ってきた相手の方にある。

 『この』送り主にこれだけ熱烈に告白されたということが、求婚されたということが、俺にはずしんと重くのしかかってくるのだ。


「父さん、ちょっと見て欲しい書類が……ってそれ、まさか」


 部屋に入ってきた『息子』が、ぎょっとしたような顔をする。

 まあ、そんな顔になるよなあ。俺だってそんな顔してえよ。

 そして何もかも見なかったことにして不貞寝したい。それで物事が解決するなら、こんなに楽なことはない。


「ああ。そのまさかだよ。またあいつらだ……」


 だがベッドに入ったところで、世界は何も変わらない。

 俺は目の前の現実を受け止めて、その上でどう行動するか考えなければならないのだ。


「……このストーカーじみたラブレターを送ってきたのは、お前の『姉妹』で、俺の『娘』たちだ……!」


 泣きたい気持ちを飲み込みながら、俺は絞りきるように声を出した。


●――――●


 あらかじめ言っておくと、俺ことタルチジオ=アルベルティは童貞だ。

 結婚もしていないし、当然血の繋がった子供もいない。

 ここで言う『息子』『娘』とは、俺が世界中を巡って引き取った戦災孤児たちのことである。

 十年前に終わった戦争は、大陸全土を巻き込んで、多くの死傷者と戦災孤児を生んだ。

 一線で戦い続けてきた俺は、有り余る年金と報奨金を何かに使えないかと考え、彼らの内の一部を引き取って自分で育てることに決めたのだ。

 色々と苦労もあったが、引き取った十五人は皆すくすくと健康に育ち、立派な若者になってくれた。

 もう半分以上の『息子』や『娘』が俺の家から巣立って、それぞれの人生を歩んでいる。

 最後に残った三人も近々卒業予定だったから、正直俺は気を抜いていた。

 これで十年がかりの大仕事に終止符を打って、清々しい気分で終われると暢気していたりした。


 突然やってきたラブレターの津波は、まさにそんな俺の呑気のんきを吹き飛ばしてくれた爆弾だったのだ。

 俺が育ててきた十人の女の子のうち、既に巣立っていたのは八人。そのうち七人から届いた求婚のニュアンスを含むラブレターは、俺にとっては困惑と懊悩の象徴でしかなかった。


●――――●


「……このラブレターが厄介な理由は大きく分けて三つある。語りたいからお前ちょっとそこに座れ」

「はい、父さん」


 先ほど部屋に入ってきた『息子』――――スヴェンをソファーに座らせた上で、俺は部屋を歩きながら話を進める。

 スヴェンはまだ俺の家に残っている子供たちの一人で、年齢は下から数えて二番目。

 大人しそうな銀髪の優男だが、これで意外と運動ができる。頭もそれなりに切れるから、憲兵の試験を受けるのがいいと勧めた。ついこの間その試験を終えたところで、今は結果待ちの自由時間モラトリアムだ。まあこいつなら十中八九受かるだろう。

 優柔不断で他人に判断を任せる傾向があるが、官憲に属するならそういう気性も悪くないだろう。

 ……と、スヴェンの話は今はどうでもいいな。

 大事なのはラブレターについてどうするか、だ。


「第一に俺と娘達あいつらとの関係は父と娘だ。普通親子が結婚したりはしない。そもそもずっと親子として暮らしてきたんだ。今更そんな目で見られるわけがない。それは分かるな」

「はあ……ええ、まあ」

「第二に、俺にとって子供達は皆大切な存在だ。誰かを特別扱いしたりはできない。一人だけならまた多少話も変わったかもしれないが、複数の娘が同時に俺にアプローチをかけてきている以上、誰か一人の思いに答えるわけにはいかない。これも分かるな」

「……はい」

「そして第三に、世間体の問題だ。一応俺は戦災孤児を支援するという理由でお前らを育ててきたわけでな? ここで俺が養子に手を出したら、『あのロリコン英雄、ついに本性表したってなるだろ? 最悪の場合、お前達にまでよからぬ噂が飛び交うかもしれない。それはできない。これも分かるな?」

「ええ。大丈夫です」

「最後になにより、年齢差だ! ラブレターを送ってきたうちの娘の年齢は、最高でも二十一。一番下だと十六だが……俺は今年で四十路になる! 義理云々関係なく、親子並みに歳が離れているんだ! こんな年の差婚しても、娘達が幸せになるとはとても思えない!」

「……それは、父さんの偏見が入ってるんじゃ……」

「なんだと?」

「……いえ、なんでもないです」


 スヴェンはすぐに引っ込んでしまった。もう少し推しが強くなってもいいと思うんだが、こればっかりは性格だからな。


「オホン……まあ、年齢差と世間体はともかくとしても、特に深刻なのが一つ目と二つ目だ。俺にとって、今回ラブレターを寄越してきた七人は、全員同列の可愛い娘だ。間違っても恋人候補じゃない」

「じゃあ、断るんですか?」

「断るくらいで解決するならそうしたいんだがな。実は既に一回全員にその辺の話を伝えた後だったんだ」

「へ?」

「伝えた上で、心変わりするかもしれないからと引き続きラブレターを送り続けられている」

「……ええ……」


 スヴェンはどん引きしていた。うんうん、お前もそう思うよな? 俺だってどん引きしてるよ。

 だって怖いもん。いつからうちの娘達は俺にこんな歪んだ愛をぶつけてくるように育ってしまったの?


「……事情を伝えた上でそれは確かに怖いですね。いっそお父さん、さっさといい人を見つけて結婚するというのはどうですか?」

「ん?」

「別の相手を見つけてその人とくっつけば、姉さん達もチャンスがないと思って諦めるでしょう。それにお父さんなら……」

「……確かにそれは名案だが……いい人とか、いないからなあ」

「ええ?」


 誰が四十過ぎた童貞のおっさんと結婚したいだなんて思うものか。

 十五人の子供を収容するため買った家だけはでかいのが残っているが、その他の財産は子供達を育てるのにほとんど使い切ってしまった。

 しかもその家だって、市街地から少し離れたところにあって、決して住みやすい立地とは言えない。

 要するに俺は家を持っているだけの偏屈童貞おじさんなわけだ。こんな物件に魅力を見いだす女の人なんていないだろう。


「お前らみたいに若ければまた違うだろうけど、俺はもういい歳だし……」

「いやいやいや!? お父さん、何を卑下してるんですか!? 現在進行形で七人に告白されてて、どうしてそんなコメントが出てくるんですか!?」

「それまで一度だって告白なんてされたことないのがこの俺だぞ? 娘達が最近一斉にモーションを起こしてきたのも、多分遅れてきた『はしか』みたいなもんだろう。ほら、学校の先生とかに憧れて恋してる気持ちになるようなアレだよ。そういう補正がなければ俺はしょせん、この年齢まで童貞を拗らせてきた非モテでしかないのさ」

「自分が見えてなさ過ぎですよお父さん……童貞を拗らせてるのはきっと、モテないのとは別の理由ですよ」


 呆れたような目で俺を見るスヴェン。なんでそんな目で見られているのか分からないが、いずれにせよ『いい人』を見つけるという作戦が使えないのは間違いないだろう。

 適当な誰かに偽装結婚してもらうというのも一つの手だが、うちの娘たちはそのへんについての嗅覚が異常にいい。偽装ではすぐにばれてしまうだろう。

 そもそも嘘をついて誤魔化すというのは、それはそれで心が痛むものがある。

 しかしなあ、『いい人を見つける』というのはなんか使えそうな気がするんだが、なんとか上手くやれないものか……。

 うーん……。

 あっ。


「そうだっ!」


 突如降って湧いた思いつきに、俺は勢いよく手を打った。

 びっくりしたスヴェンはソファがひっくり返りそうになるほどのけぞった。


「うわっ!? いきなりどうしたんですか?」

「そうだ。俺に『いい人』を見つけるのは無理でも、あいつらに見つけることならできるじゃないか! だってうちの娘たちは、みんなあんなにも器量よしなんだから!」

「……お父さん? 一体何を……」

「だから、見つけてやるんだよ。俺にプロポーズしてきた罰当たりな娘達に、俺なんかよりもっと相応しい相手を! 俺なんか眼中になくなるくらい良い相手を見繕ってやれば、きっとあいつらも俺なんかに入れあげなくなるに違いない!」


 この名案は、俺にとっては天啓に等しいもので、ひらめいたときには思わず小躍りしそうになったほどだった。

 そうだ。これなら誰も傷つけず、よりよい方向に改善する流れで問題を解決できるじゃないか!

 こんなに頭の良いやり方を思いつくなんて、俺ってひょっとして天才か何かなんじゃないか!?


「……お父さん……」


 一方でスヴェンはといえば相変わらずのローテンションで、俺が沸き立っている様を白けた目で見つめている。

 おいおい、何が気にくわないというんだ。

 これ以上の解決策は、他に存在しないだろう?


「父さんがいいならいいんですが、それ絶対父さん自身の相手を見つけるより大変だと思うんですけど……」

「んなわけあるか! うちの娘たちなら、気に入る相手は即見つかるに決まってるだろ! ……まあ、難しい部分もある。あいつらに釣り合う男を見つけるのは、確かに少々骨が折れるだろうな!」

「い、いやそういうことじゃなくて……」

「よーし! それじゃあ俺は寝る! お前もあったかくして寝ろよ! 今日は冷え込むらしいからな!」

「えっ、あっ、ちょっ……!?」


 ああ、頭がすっきりした。

 広がっていた暗雲が、一陣の風で吹き飛んだかのようだ。

 ここしばらく、ずっとラブレターのことで悩んでいたせいで全然熟睡できていなかったが、今日は久々にゆっくり眠れそうだ。

 気持ちいい気分が途切れる前にと、俺は急いで寝室へと向かう。

 そして流れるように着替えてベッドに入ると、案の定吸い込まれるように眠ってしまった。


●――――●


 父さんが去って行ってから、は机に並ぶラブレターを眺めた。

 色とりどりの封筒から取り出された便せんには、姉さん達がそれぞれの字で綴った愛の言葉が記されている。

 恐らく便せんは、今日開いた分だけで三百枚近くにのぼるだろう。

 熱の込もった文章の山は、しかしきっと水増しや文字数稼ぎを含まない。

 思いの丈を、姉さん達それぞれのやり方で自由に綴った結果、自然にこの文字数になってしまったのだろう。


「……『俺なんか眼中になくなるくらい良い相手』……か」


 姉さん達がそれだけ思いを寄せる理由も分かる。

 何故なら僕たちはこの十年という月日の中で、何度も父さんに助けられ支えられ、導かれて強く育ってきたのだから。

 積み重ねてきた思い出が、感謝の気持ちが。それによって育まれた父さんへの思慕の心が。そのままラブレターの厚みに現れているのだ。


「それはつまり、このラブレターの厚みを超えるほど好きになれる相手を見繕わなきゃいけないってことですよ、お父さん」


 ちゃんと分かってるのかな、そこんとこ。

 多分分かってないんだろうな。父さん、あれで結構抜けているところだらけだから。

この後、まだ家に残っている三人の子供達を連れたまま、『久しぶりに顔を見に来た』という名目の元娘達の今の生活を見て回りつつ、近くに相応しい男がいないか探ったり、悪い虫がついていたらぶっ飛ばしたりするアクションラブコメロードムービーを考え中です。

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