【第3話】王国魔法軍
レイはフォーレス城に隣接して建つ王国魔法軍の本部を訪れていた。
今いるのは軍本部の最上階の一室だ。
革張りの重厚感のあるソファに腰かけ、大理石のテーブルを挟んで初老の軍人と対面している。
「自国の姫相手に随分と手荒な真似をする軍が存在するらしいな、元帥殿」
レイに向かい合って座っているのは、フォーレス王国魔法軍のトップである元帥・ガレオ・ダルランだった。
「やはり気づいたか。しかし今回の一件は陛下の指示によるものだった。お前の力を疑うわけではないが、こういった特殊な護衛の任務は初めてだろう。確認の意味合いもあった」
「ならば最初から信頼できる奴に任せればいいものを」
「そう言うな。まぁ、陛下としてはサラ様が今回の一件で考えを改めて、
城に戻ることも期待していたみたいだが」
「ったく、国王の溺愛ぶりにも困ったものだ」
「レイ、お前は……」
「勘違いしないでくれ。俺は自分の時間を悪戯に奪われたくないだけだ」
「そうか。しかしそういう意味では、普段の任務よりは幾分かプライベートな時間を持てると思うぞ?無論、緊急事態となれば話は別だが」
「当たり前だ。じゃなきゃ誰がこんな仕事受けるか」
「今回はテストだったが、サラ様が学院に入学されたことは公にされている。
これからこういったことがいつ起こるとも限らん。注意を怠るなよ」
「はぁ、分かったよ。まったく面倒だな」
「あともう一つ。あまり目立ちすぎないでくれよ。今回は特例中の特例なのだからな」
「俺も目立つのは好きじゃないんでね。せいぜい努力するよ」
その後、幾つか今後の方針を確認したところで、2人の密談は終了となった。
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軍本部内を通り抜けて、帰路に着くレイに気付いた軍の魔法師兵たちが、
その場に立ち止っては敬礼していく。
対するレイの対応はというと、振り返ることもなく手の平をヒラヒラと泳がせるだけだ。
とある事情から、軍内部でレイに対する命令権を持つのは元帥のガレオだけなのだが、兵士たちの態度を見ても、彼の軍での立場はそこそこ上のようだ。
こういった堅苦しい空気は苦手なレイが、早々にこの場を立ち去ろうとした時だった。
「あっ、レイ君~」
この場の空気にそぐわないなんとも緊張感のない声に呼び止められ、レイは気怠げに振り返る。
すると、声のした方から20代前半の女性が、
敬礼したままの兵士たちの間をスキップするように向かってくる。
そのステップに呼応するように、女性を象徴する2つの膨らみを上下させながら。
「はぁ…。ナタリー、何か用か?」
「いや~、久しぶりに見かけたからつい、ね。急いでた?」
「別に。先週まで任務で国外に出ていたからな」
「そっか、無事で良かったよ」
「心配などいらん」
「ふふ、それもそうだね」
彼女の名はナタリア・クルーエル。
フォーレス国内に30名しかいない国家魔法師の一人であり、
その中でも上位7名で構成される
大国フォーレスの最高戦力『七星』の一角を担っている。
ナタリアの序列はNo.5。
治癒系の魔法を得意としており、その実力、美しい容姿、妖艶なスタイルから、国内外で人気が高く、『聖母』の二つ名で知られている。
しかし、当の本人はそんな肩書きとは似ても似つかないフランクな性格の持ち主だ。
「そういえば、次の任務ってサラ様の護衛なんだよね?」
ナタリアの唐突な質問に、レイは驚きを露わにする。
この任務はレイ自身も3日前に知らされたばかりだ。
いくら七星とはいえ、そこまで緊急で通達されるとは思っていなかったのだ。
「……情報が早いな。一応、極秘任務のはずなんだが?」
このレイの疑問に対して、次に不思議そうな顔をしたのはナタリアだった。
「七星には昨日通達されたよ?ここまで長期間のレイ君の不在は軍にとっても影響が大きいからね~」
考えてみれば当然なのだが、通達されたのが、
彼が入学試験を受けた日と同日というのはどうなのだろう?
しかし、そんな居心地の悪い疑問を表情に出したりはしない。
「まぁ、それもそうか。しかし、不在というわけではないんだがな」
「こーら!サラ様の安全が最優先だよ。万が一あの子に何かあったら私が許さないから」
ナタリアが以前から、サラを妹のように可愛がっているのは、レイも知っている。
ついでにもう一人、同様にサラを溺愛している者も知っている。
「その万が一が無いように俺が担当するんだ」
レイの返答にナタリアが満足そうに頷く。
「そっか。うん、確かに。これ以上の適任はいないもんね」
どうやら、ナタリアは自分がとんでもない皮肉を言っていることに気付いていないらしい。
もっともレイがそんなことを気にすることはないのだが、
「さて、俺はそろそろ戻る」
「あ、今度こっちの任務も手伝ってくれない?予想以上に厄介な魔物が多くてちょっと苦戦しちゃってさ」
どさくさに紛れてそんな図々しいお願いまでする始末。
「勝手なことを言うな。さっきの言葉は嘘だったのか?」
「もちろん本心だよ。でもほら、休みの日とかさ。だめ?」
ナタリアがわざとらしく胸の前で両手の指を交差させて、見上げるように請う。
大抵の男ならこれだけで瞬殺だろう。
「話にならん。休養を取るから休日なんだ。じゃあな」
「ちょっ、レイく~ん」
今度こそナタリアの言葉に振り返ることなく、レイは軍本部を後にした。




