【第22話】明かされる真実
魔道商キュクロプスの店主ラムジー・アルベリヒは、シルバーバンクルの入ったクリアボックスを、レイたちの前に置いた。
このバンクルは、昨日までネイトが身に着けていた物だ。
それが何故、今このような状態になっているのか、サラには全く理解できなかった。
そのサラの様子を見て、ラムジーが説明し始める。
「今はこの箱に入っているから効力を封じられておるが、本来、こいつは人の住む場所にはあっちゃならねぇもんだ。サラ様は、共魔石という石をご存知かの?」
「共魔石……。いいえ、初めて伺います」
ラムジーが箱の中に視線を落とす。
「バンクルに装飾された緑色の石が、その共魔石なんじゃが、こいつには非常に危険な効力が備わっておるんじゃ」
「危険な効力…ですか?」
「左様。共魔石はの、魔物を引き寄せる魔力を発しておるのじゃ」
「――――!?――――」
サラが一瞬言葉に詰まる。
魔物を誘き寄せる石があるなんて、聞いたことが無い。
詳しくは分からないが、それでも使いようによっては、町一つ程度なら簡単に滅ぼしかねない、非常に危険な物だということだけは容易に理解できた。
何故かそれを所有していたネイト。
理不尽な模擬戦を受けてまで、それを奪い取ったレイ。
そして今、その石はこのラムジーという老人に預けられている。
自然、サラは自身の内にあった疑問の解の端緒を導き出す。
「レイ、貴方は知っていたのですか?それであんな無茶な提案を?」
「――これだけが理由じゃないが、説明が遅れたことについては謝ろう」
「いえ、そんな危険な物だったのであれば、貴方の行動は理解出来ます。ですが、何故貴方がそこまでする必要があったのですか?」
「…………」
レイは直ぐには答えなかった。何か言葉を選んでいるようにも見える。
直後、店のドアが不意に開き、一人の男が入ってくる。
「それは、貴女を護るためですよ。サラ様」
店に入るなりそう口にしたのは、七星の一人、デューク・サルエストだった。
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「サルエスト卿!?何故ここに…。いえ、それよりも私を護るというのはどういうことでしょう?」
驚くサラに、デュークがその端正な笑顔を向ける
「僕はここの常連なのですよ。そして、先ほどの言葉はそのままの意味です。
貴女に脅威が及ぶ可能性が高いと判断したため、レイは最優先でその石を回収したのです」
「……一体、何故レイがそんなことを?」
「それが、彼に与えられた任務だからですよ」
サラの表情が凍り付く。
デュークの口にした任務という言葉が意味するところを、サラは正確に理解していた。
普通、学生を対象に任務などという言葉は用いない。
つまり、対象者は少なくとも、学生の身分ではないことになる。
「では……レイは…」
「お察しの通りです。レイは魔法軍所属の魔法師です。
国王陛下の命により、サラ様のフォーレス魔法高等学院入学に際して、軍から学院に派遣された護衛ということになります」
揺れる瞳で、震えながら声を絞り出すサラに、デュークはきっぱりと明言した。
思えば、最初からどこかが、何かがおかしいと感じていた。
―― 学生らしからぬ落ち着き払った態度、知識量
―― 奇怪な魔法を使う賊を一瞬で無力化し、高ランクの魔物を単独で討伐する並外れた戦闘力
―― それだけの実力がありながら、2ndに在籍している矛盾
少し考えれば、気付けたはずの違和感はいくつもあったのだ。
それでも、彼の持つその強さに一種の憧れを抱いていた。
それは、自分が目標とする人に対する憧れに、どことなく似ているように感じた。
この人の近くにいれば、本当の強さを学べるかもしれない。いや、学ぶだけじゃなく、自分も彼のように、そして彼女のように強くなりたい。
そう思えたからこそ、バディを申し込んだのだ。
だがその実、彼は任務で護衛のために派遣された軍の魔法師だった。
結局、自分はどこまでいっても王女という立場から逃れられないのか。
言葉にならない無力感が、サラの心を満たしていった。
「………少し…一人にして下さい……」
その言葉を最後に顔を伏せて、サラが店を出ていく。
その背中には、声を掛けがたい、明確な拒絶の意思が表れていた。
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サラがいなくなった店内で、レイがデュークに厳しい視線を向ける。
「どういうことか説明してくれるんだろうな?」
「勿論だよ。僕は君への伝令の任を受けて来たんだからね」
「伝令だと?」
「そうさ。共魔石の一件を受けて、先刻、国王陛下より元帥を介して命令が下ったんだ。
敵の正体が掴めない現状において、隠密を優先して護衛することは、サラ様を今以上の危険に晒すことになりかねない。
よって、サラ様にだけは護衛であるレイの立場を明かした上で、護衛の任を続けられたし、とのことだ」
「つまり、無用な誤解を与えて、サラが無茶な行動でもしたら堪らないということか」
「まぁ、端的に言えばそうなるね」
ひとまず納得した様子のレイに、今度はこれまで経過を見ていたラムジーが口を開く。
「レイ、お前サラ様に自分の立場を伝えなんだか?」
レイとラムジーは昔からの顏馴染みだが、当然ながら今回の任務についてラムジーは何も知らない。
こうなっては隠す意味も無いと判断し、レイは説明を始めた。
「今回の任務に俺が選ばれた最大の理由は、軍内部も含めて、俺の知名度がほとんど無かったからだ。
国家魔法師以上となると、サラだけでなく他の生徒にも顔が割れている。普通の学院生活に拘るサラが、そんな奴に身辺警護を許すはずがない。
そう思った国王が、俺を指名したというわけだ」
「そんなことは、お前が選ばれてる時点で察しがつくわい!要は、護衛が皆の注目を集めなければ、それで良かったのじゃろ?
ワシが聞きたいのは、何故サラ様にまで隠す必要があったのかということじゃ」
「サラに対して、事前に俺の立場を知らせていれば、あいつは必要以上に俺と距離を置こうとしただろう。
サラは良くも悪くも素直すぎるからな。そうなれば、余計に護衛するのが難しくなる。
だから、暫くは普通の学生として接し、陰から護衛する方針になったんだ。まぁ、それも今更だが」
なるほどと、ラムジーがその口元に蓄えた髭を撫でる。
レイが再びデュークに向き直る。
「デューク、俺はサラを追う。共魔石のことは任せる」
「了解だよ」
デュークの返事を聞いたレイは、急いでサラの後を追いかけた。