【第21話】魔道商キュクロプス
翌日、学院内は模擬戦の話題で持ち切りだった。
当然と言えば当然の展開だろう。
1年生同士とはいえ、1st上位のネイトを2ndの生徒が一蹴したのだから。
しかし、議論されているのは、結果に関してだけではない。
とりわけ話題の中心になっていたのは、サラ王女のバディが使った魔法についてである。
――全方位から飛んでくる無数の斬撃を受け流した謎の回避魔法。
――銃を遥かに凌ぐ高威力の、系統すら不明な攻撃魔法。
これらは、国が開示する全系統の基礎魔法~上位魔法の何れにも該当しない魔法だった。
サラ王女のバディを務め、未知の魔法を使いこなす、2ndとは思えない圧倒的な実力を持つ謎の1年生。
残念ながら、これだけ話題全部盛りのような人物を放っておいてくれるほど、学内世論というのは寛容ではない。
分からないことは当事者に聞けば良いという実直な理論に従い、野次馬が1-Eの教室に押し寄せていた。
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サラは、自席で物憂げな表情を浮かべていた。
それは、朝から続いた自分の相方に関する質問攻めに、疲れたことだけが原因ではない。
昨日の模擬戦の後、サラはレイに声を掛けようとしたのだが、彼はネイトのバンクルを学院長のグラムから受け取るなり、足早に帰ってしまったのだ。
まるで目的の品が手に入ったら、もうここに用は無いとでも言いたげに。
――あの時、彼の視界に自分は映っていただろうか?
――それともやはり、自分も彼にとっては取るに足らない存在なのだろうか?
――彼のこと、今後のことを考えるなら、バディは解消した方が良いのだろうか?
そんな考えが頭を過る。
――でも、今更彼以外の人とバディを組むなんて出来そうにない。何より、自分は彼からまだ何も学んでいない。
――いやそれでは、まるで自分も彼を利用しようとしているだけみたいではないか。
結局、纏まらない考えが溜息となっては、また虚空に消える。
何度繰り返したか分からない堂々巡り。
――。
「サラ、大丈夫?」
見かねたのだろう。シェレンが心配そうにサラに声を掛ける。
「えぇ、大丈夫よ。シェレン」
サラが気丈に返すも、今度はシェレンが溜息を吐く。
「なんだかなぁ。全然平気に見えないんだよねぇ。サラってさ、感情隠すの下手だよね」
「え?そ、そうかしら」
焦るサラを見て、シェレンが可笑しそうに笑った。
「でも、その素直なとこがかわいいんだけどね」
「かわっ、もうシェレン!こんな時に揶揄わないで」
耳まで真っ赤にして恥ずかしがるサラを見て、ケタケタと一頻り笑った所で、シェレンは不意に真面目な表情になる。
「でもさ、レイ君も酷いよね。結局何の説明もしてくれないなんて」
サラは俯いたまま、何も言えないでいる。
その様子を見ていたシェレンが、咄嗟に閃いたようにサラに提案する。
「そうだ!じゃあさ、私がレイ君に真意を確認してくるよ」
サラが途端に驚いて顔を上げる。
「それは、ダメよ。これは私と彼の問題なのに」
「朝からずっとそんな調子じゃ、いつ解決するのか分かったもんじゃないわ。
任せて、私がビシッと言ってきてあげる」
「ちょっと、シェレン」
颯爽と教室の出口に向かおうとするシェレンの背中に、サラが慌てて立ち上がり声を掛けた時だった。
突然、シェレンが立ち止まり、こちらを振り向く。
「サラ、お客さんみたいだよ?」
シェレンに言われてサラが視線を向けると、教室の出口にはレイが立っていた。
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レイとサラは、放課後の帰り道を共にしていた。
1-Aを訪れたレイは、放課後に連れていきたい場所があると、サラを誘った。
サラにとっても、断るという選択肢はなかったため、今こうしてレイの言う、とある場所へと向かっている。
学院を出てからメインストリートを少し外れて、裏路地に入った所でレイが足を止める。
「ここだ」
そして彼が入っていったのは、看板すら掛かっていない古ぼけた建物の、地下へと続く階段だった。
王女であるサラにとっては、あまりにも馴染みのない場所だ。
レイを信用しないわけではないが、サラは警戒しながら階段を下りていった。
階段下のドアから中に入ると、その先には、まるで骨董品屋のような光景が広がっていた。
だが、よく見ると骨董品に見えた物は全て魔道具のようだ。
室内は薄暗く、少し埃っぽい。
サラが訝しみながら周囲を見渡していると、奥に山積みにされた本の向こうから、老齢の男性が顔を出す。
「おや、客かの?ってなんじゃ、レイか」
「おいおい、この店一番の上客を捕まえてそれは無いだろ?ラム爺」
「毎度厄介な依頼ばかり押し付ける奴のどこが上客じゃ!昨日のアレも――。
なんじゃ、レイ。こんな所に女子を連れ込みおって……」
文句の途中で、男性はレイが一人ではないことに気づいたようだ。
薄暗いため、はっきり顔は見えないようだが、シルエットから女性であることは分かったようだ。
今度はそちらについてのお小言を始めようとしたのだが――。
サラが灯りの下まで移動して顔がはっきり見えた途端、男性の顔面が驚愕に染まる。
「お邪魔致します」
「サラ王女殿下!?なんでこんなところにお姫様がいらっしゃるんじゃ!?」
ぺこりと頭を下げるサラを前に、男性が狼狽える。
「私も事情は良く分かっていないのですが、彼に連れられて参りました」
言いながらサラが、レイの方を見る。
途端に男性がレイを睨みつけて、詰問する。
「レイ、これは一体どういうことじゃ!説明せい!」
「分かったから落ち着けラム爺。また血圧が上がるぞ」
「誰のせいじゃ!誰の!」
小さく溜息を吐いたレイが、サラの方を振り向く。
「ここは俺が昔から贔屓にしているキュクロプスという魔道具屋だ。
そして、そこで熱くなってる爺さんが、店主のラムジー・アルベリヒ。
俺は親しみを込めて、ラム爺と呼んでいる」
「ラムジーさん、初めまして。サラ・ソルフォードです」
レイの紹介を受けて、サラがスカートの両端を手で持ち、今度は淑女としての礼を執る。
対して、ラムジーは慌てながらぎこちなく頭を下げた。
「ラム爺、今日彼女を連れてきたのは、昨日持ち込んだ物について、彼女にも知ってもらうためだ」
「あの石のことか?今はもう安全だが、なんでまた?」
「それも併せて説明する。とりあえず持ってきてもらっていいか?」
レイに言われて、ラムジーは訝しみながら店の奥へと入っていった。
「レイ、その石というのは何でしょうか?」
「見れば分かる」
そう言われて、待つこと十数秒。ラムジーは全面ガラス加工の、謎の箱を持って戻ってきた。
透けて見えるその箱の中には、昨日レイがネイトから勝ち取った、シルバーバンクルが収められていた。