【第19話】立ち会い
放課後、学院の訓練場には全校の約8割の生徒が詰めかけていた。
安全を考慮してか、監視の大義名分による単なる興味か、教師にも足を運んでいる者が多くいるようだ。
訓練場は、縦横400m×200mにも及ぶ広大なアリーナに加え、二階スタンド席は5000席を備える、魔法の実技用に造られた屋内施設。
アリーナは透明な防御シールドによって、8区画に仕切られている。
各部屋は普段は施錠されており、申請することで使用が可能となる。
屋内とは思えない規模だが、魔法を使った実践的な訓練が目的となれば、妥当な広さだろう。
しかし、今日はその内の1部屋しか使用許可が下りていない。
そして、その1部屋を囲むように、集まったギャラリーが椅子取り合戦を繰り広げていた。
アリーナからその様子を見ていたレイは、今更ながら、どうしてこうなったのか分からなくなっていた。
いっそ観戦料でも取りたい気持ちになってくる。
レイは嘆息しながらも、向かいに立つネイトへと視線を戻した。
「逃げずに僕の前に立てたことは褒めてやろう」
「注目されることはあまり好きじゃないないのでな。さっさと終わらせよう」
ネイトの尊大な態度に付き合うことなく、レイが淡々と告げる。
「おいおい、結果が分かりきっているからって、早々と降参はやめてくれよ?
お前は僕の力をサラ様に認めてもらうためにも、愉快に踊ってもらう必要があるんだ」
「ナダラの森であれだけの醜態を晒しておきながらそれだけ言えるとは、お前も存外に肝っ玉が据わっているじゃないか」
「き、貴様ぁ!!」
意気揚々と煽るつもりが、レイに心理的な急所を抉られて、ネイトが逆上する。
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二人が舌戦を繰り広げていると、不意に部屋に入ってくる者が二人。
直後、スタンドから大きなどよめきが巻き起こる。
一人は、この模擬戦の主役の一人であるサラ。
そしてそのサラの伴って入室したのは、学院長・グラム・アーウィンだった。
グラムは学院長という立場以前に、国内にその名を轟かす国家魔法師の一人。
学内でお目にかかれる機会が限られていることもあって、生徒からは信仰すら集める存在だ。
さすがに、その学院長が直々に模擬戦に立ち会うとは思っていなかったのだろう。
ネイトが驚愕に目を見開いてたじろいでいる。
共に入室したサラの方も、どこか動揺した様子を隠せていない。
しかしレイと目線が合うと、途端にムッとした表情でプイッと顔を背けた。
サラは、この模擬戦に全く納得していなかった。
まず、自分の意思に関係なく、しかも選定期間が過ぎているにも関わらず、バディの座を賭けた模擬戦が決定してしまったこと。
そして何よりも、ここ数日で順調に良好な関係を築けていると思っていたレイが、あっさりとバディ辞退の条件を受け入れたことがショックだった。
彼にとって自分は、所詮はその程度の存在だったのかと、寂しさと悔しさが入り混じった感情で、心がいっぱいになる。
周囲に対して極端に無関心だということは、理解していたつもりだった。
それでも、バディを受けてくれたこと、嫌々ながらも休憩時間などを共有してくれていたことから、少しずつ信頼関係を築いていけると感じていたのだ。
しかし、その淡い期待は脆くも崩れ去った。
消化不良の感情は、どうしても隠すことが出来ず、サラの表情に影を落とす。
レイはサラの表情から、その心情をなんとなく察していた。
レイは基本的には無気力な男だ。
もっと適格に表現するならば、事なかれ主義者と言えるだろう。
無駄なことはしたくないし、いつでも平穏に、何事も楽に過ごしたいと思っている質なのだ。
だからこそ、そういった面倒事が外的要因で引き起こされることを極端に嫌う。
誰かと関わりを持つということは、同時に感情の摩擦を伴うものだと思っている。
それは、彼にとって煩わしい以外の何物でもない。
人の感情というものは、いつでもトラブルの原因となる危険を孕んでいるから。
故に、それを未然に防ぐ最善の手段として、彼は周囲への徹底的な無関心を貫いてきた。
このような思考・人格を形成するに至ったのは、彼の特殊な生い立ちが関係している。
決して鈍感だとか朴念仁なのではない。
むしろ、他人の感情や周囲の変化に人一倍敏いからこそ、無為に関わらないようにしているのだ。
だからこそ、今のこの状況は彼にとっても好ましいものではなかった。
しかし、ネイトが身に着けたバンクルを放置するという選択肢はない。
あれがある限り、いつまた【グランベオ】クラスの魔物が寄ってくるとも限らないのだ。
それこそ、後々非常に面倒な事態になる。
執拗にレイに関わってくるネイトも含め、後顧の憂いを断つために、今は注目の的になることも甘んじて受け入れて、この場に立ったのだ。
(サラの誤解を解くのは、とりあえず後回しだな。まったく……気が滅入る)
今ここで何を言っても意味がないため、一先ず問題を棚上げにして、レイは模擬戦に意識を切り替えた。
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周囲を一瞥して、グラムがレイとネイトに声をかける。
「今回は僭越ながら、私が模擬戦の審判をさせてもらうことになった。よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
「学院長直々にお立合いいただけるとは、大変光栄です!1stの代表として恥じぬ戦いをご覧にいれます!」
サラだけでなく、学院長にもアピールできるまたとないチャンスだと考えたのか、ネイトは俄然やる気になったようだ。
そしていつも以上に白々しい殊勝な挨拶の後に、獰猛な目でレイへと向き直る。
「模擬戦を開始する前に、ルールを確認しておこう。
まず、本件は魔法技能による訓練であるため、直接的な物理攻撃は禁止とする。
また致死性の高い魔法を、直接相手に向ける行為についても禁止だ。
使用した場合は私が止めるが、ルール違反で敗北となるから注意するように。
勝敗については、片方が降参した場合、または戦闘不能となった場合、私が続行不能判断した場合に決する。何か質問はあるかね?」
「ありません」
「そのルールで問題ありません」
グラムの説明に、レイとネイトが了解の意を返す。
「それと、今回の模擬戦でレイ君が敗北した場合は、サラ君のバディを辞するという条件だが、これは受理しよう。
対して、ネイト君が敗北した場合は装備品の譲渡だったが、それを先に預かってもいいかな?」
グラムに言われて、ネイトが右手のバンクルを外してグラムに手渡す。
しばらく興味深そうに、受け取ったバンクルを眺めたグラムだったが、やがて神妙な面持ちで居住いを正す。
「それでは、模擬戦を開始する。双方準備はよいな?」
レイとネイトが位置に着いて向き合い、戦闘態勢を取る。
「始め!」
大勢のギャラリーが食い入るように見つめる中、学院長グラムの合図によって模擬戦が開始された。




