【第1話】入学式
ここは東の魔法大国フォーレスの王都ソルフォードにある国立フォーレス魔法高等学院。
唯一の国立魔法高等学校であり、国内で最難関といわれる試験を突破した者だけが入学を許可される。
その日、この学院内はかつてないほど色めき立った雰囲気に包まれていた。
今日は新入生の入学式が行われることが主な理由なのだが、
それだけであれば毎年の通例となっているため、ここまでの騒ぎにはならない。
この事態の最大の要因であり、生徒たちの関心の対象は新入生の一人の少女であった。
『サラ・ソルフォード』
大国フォーレスの王女にして、次期王位継承者である彼女が、
今年、このフォーレス魔法高等学院に入学することになっていたためだ。
国内最高とまで言われる美貌を持ち、入学試験を首席で合格した彼女が入学式で新入生代表挨拶をするとあって、新入生・在校生に関係なく、生徒たちは期待と緊張で一色に染まっていた。
―― 特に男子生徒が落ち着かないことは言うまでもない
その中で、一際冷静な男子生徒が一人。
レイ・ゼーノクスはサラと同じく、今年入学する新入生の一人だが、
その表情はどこか浮かない。
「はぁ……。今思えば、多少目立つとしても、俺より適任者がもっといただろうに」
誰にも聞かれることのない文句は、せめてもの抵抗か。
彼がこの学院に入学することを知らされたのは、3日前。
当然裏口入学などではなく、臨時で実施された入学試験をパスしたのだが、
本人の意志に関係なく決まった話のため、この有様だ。
「任務とはいえ、まさかこの年で初めて学生になるとは思わなかったな」
本人はそう言うが、レイは今年で16歳になるため、
世間一般的には学生の身分が普通だ。
彼のズレた発言には彼の生い立ちが関係している。
レイは幼くして国軍に属し、今日まで軍の魔法師として任務をこなして生きてきた。
当然学校に通ったことなどなく、教育課程で学ぶべき魔法技能はとうの昔に習熟済みだ。
彼がこの学院に入学した理由は、まさにその軍の任務であった。
「国王の勅命というから何事かと思えば、王女の護衛とは。
まぁこの際だ、暇な時間は有意義に使わせてもらうとするか」
そんなやる気の無い言葉と共に、レイは入学式の行われる大講堂へと足を向けたのだった。
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フォーレス魔法高等学院には毎年300名の新入生が入学する。
そのため在校生を含めると900名にもなる大規模な学院のため
―― 国内の魔法師を目指す若者の数を考えれば、エリート中のエリートなのだが
大講堂もそれなりに大きく、座席数も多い。
しかし、レイが大講堂に足を踏み入れた時、構内には異様な光景が広がっていた。
入学式に限らず、新入生が最前列から順に座り、上級生ほど後列の席に座るというのが
この学院の作法になっているのだが、
―― 不文律であって明確な規則ではない
今の状況は全く逆になっていた。
上級生としての誇りからか、後列に座る生徒もいたが、やはり大半は前列に陣取っていた。
新入生の間でも、可能な限り前列に座りたいのか椅子取りゲームのように
座席を確保する様がそこかしこで繰り広げられている。
理由については推測するまでもないが、改めてサラの人気ぶりが伺える。
「これから通学するのだから、目にする機会はいくらでもあるだろうに。ご苦労なことだ」
皮肉を言いながら、レイは出入り口に最も近い最後列に座った。
程なくして入学式が始まる。
式は順調に進み、ついに新入生代表挨拶の順番となる。
次の瞬間、構内はしんと静まり返り、全員の視線は登壇した一人の少女へと固定される。
まるで時が止まったかのように、生徒たちは呼吸すら忘れてその少女を見つめる。
王家の特徴である煌びやかな黄金色の髪を腰上まで伸ばし、瞳は澄んだオーシャンブルー。
まるで女神が地上に舞い降りたかのような錯覚さえ覚えるその美貌に、
生徒だけでなく教師たちまでも釘づけになっていた。
そしてサラの透き通るような声によって、紡がれていく新入生代表の挨拶を、
その美貌に見惚れながら、耳を傾けるのであった。
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入学式が終わり、1年生のクラス分けが張り出され、新入生たちの間に緊張が走る。
この学院では1クラス50人の計6クラスに振り分けられるのだが、その方法は完全な成績順である。
学年が上がる際に昨年の成績を基に次年度のクラスが編成されるのだが、
1年生の場合は入学試験の成績が採用される。
そして
上位3クラスが1st、
下位3クラスが2nd
というステージに分けられ、それぞれ異なるカリキュラムをこなすことになる。
―― なお同ステージの3クラスは、生徒の能力が平均になるように割り振られる
クラス分けの掲示板を見て、歓喜に沸く者がいる一方で、がっくりと項垂れる者もおり、当に明暗くっきりといった状況がそこかしこに広がっていった。
「ふむ、やはり1st、Aクラスか。そして俺は…2nd、Eクラスか、気楽で良さそうだ」
護衛対象と自分のクラスを確認したレイは、
この騒々しいことこの上ない場所から一刻も早く脱するために、教室のある校舎へと足を向けた。
入学初日ということもあり、その日はカリキュラムの説明や必要書類の配布など
事務的な内容だけで終了となった。
しかし、レイの本当の仕事はこれから始まる。
学院には警備員の魔法師が常駐しており、教師もいるためそこまで気を配る必要はないのだが、通学中など学外の場所ではどうしても安全とは言い切れないため、護衛が必要となる。
―― 送迎をすれば済む話なのだが、目立つことを嫌ったサラの強い意向により却下された。レイが護衛に選ばれた小さくない理由の一つである
「さて、Aクラスに直接行くのは目立つからな。校門で待つか…と、これは急がないとな」
レイは急いで校門に移動した。