【第18話】学院長 グラム・アーウィン
レイは昼休みに、学院長室に呼ばれていた。
きっかけは、間違いなく放課後実施の予定で申請した、ネイトとの模擬戦だろう。
レイだけが呼ばれた理由についても、彼は正確に理解していた。
フォーレス魔法高等学院の学院長を務めているのは、退役軍人の国家魔法師である。
名をグラム・アーウィン。
現役時は大将を務めた経歴を持ち、実力、実績ともに疑いようのない大物だ。
かつての戦友である元帥のガレオとは今も親交があり、今回レイの入学が実現したのも、彼の存在によるところが大きい。
学院に入学する前も含めて、実際に会うのは初めてだが、今後のことも踏まえ、敵に回さない方が賢明だろう。
多少の諫言は甘んじて受け入れる方向で、レイは学院長室の扉を叩いた。
「どうぞ」
低く落ち着いた声音に招かれて、部屋に入ったレイは、案内に従い皮張りのソファに腰かけた。
少し遅れて、60代半ばと思しき痩せ気味の男性が対面に腰を下ろす。
男性は初老のどこにでも居そうな見た目をしているが、その存在感が、纏うオーラが、常人ではないことを証明していた。
「初めましてだね、ゼロ。いや、ここはレイ君と呼ぶべきか」
「ここではそれでお願いします。どうやら俺のことはご存知のようですし」
「勿論知っているとも。こう見えて私も国家魔法師の端くれなのでね」
「国家魔法師でも知っている方が少数派なのですが…いえ、愚問でしたね。
それよりも今回、なぜ俺は呼ばれたのでしょう?」
グラムはレイの入学を取り計らった張本人だ。
任務やレイの立場を、理解していないはずがない。
そのことを思い出し、話を先に進めることにする。
「君が1-Aのネイト・ファラス君と模擬戦をすると報告を受けたのでね。
そこに至った経緯を聞きたかったのと、模擬戦に際して一つだけ条件を出したいと思ったのだよ」
「ご心配には及びません。俺とて、曲がりなりにも未来ある魔法師を、潰そうなどとは考えていませんので」
「それを聞いて安心したよ。では、何故こういった事態になったのだね?」
グラムは、当然ナダラの森での一件を知っている。
それを踏まえた上で、一刻も早くネイトから共魔石を回収する必要があることを、レイは説明した。
「なるほど、まさか裏でそんな事態になっていようとは。
ファラス家の嫡男については、これまでも何度か問題の報告は上がっていたのだよ。
しかしここまで度を越した行動に出るとは思っていなかった」
「共魔石を回収する絶好の機会でしたので、模擬戦を受けました。
ついでに、潰さないとは言いましたが、今後も付き纏われると面倒ですので、一度叩いておこうとも」
「それは学院側としても願ってもないことだ。ファラス家に限らず、貴族たちのここ最近の暗躍は目に余るものがあったのだ。
その筆頭であるネイト君を君が正すことで、周囲へのけん制にもなろう。
加えて、君が圧倒的な戦闘を見せてくれれば、1stと2ndの隔たりを軽減することも期待出来るな。
これを機に、2ndで腐ってしまっている生徒達の意識改革も出来れば……あとは――」
何やら、グラムが勝手に盛り上がって話を大きくし始めている。
厳粛な印象に反して、存外にミーハー気質なのかもしれない。
「いや、俺にはそこまでする意図は無かったのですが」
「しかし、このことは既に学内で情報が拡散しているだろう。当然、ギャラリーも多くなることが予想される。
こう言ってしまっては何だが、時既に遅しではないかね?」
グラムにここまで言われて、レイもようやく盲点に気づく。
これはあくまで個人的な模擬戦だと思っていたのだが、よく考えてみればこんな話題が学内で広まらない理由はない。
対外的に見れば、これはサラのバディの座を賭けた決闘に他ならないのだから。
しかも、組み合わせは『1st VS 2nd』というのだから、その話題性は折り紙付きだろう。
何故そこまで考えが至らなかったのか、レイは周囲に無関心すぎる自分の性分を久々に後悔した。
そうしてしばらく考え込むレイに、グラムが言葉をかける。
「レイ君、噂は既に多くの生徒に共有されてしまっているだろう。
無観客試合というのも不可能ではないが、前例が無いので相応の理由が必要になる。
ここは敢えて多くの観客の前で試合することで、サラ王女殿下のバディの座に対する疑問符を払拭する機会としてみてはどうだろう?
今後のことも考えるのであれば、結果として君の抱える煩わしさを軽減することに繋がり、延いては任務に集中できるのではないかね?」
「…そんな容易に望む展開になるとは思えませんが」
「模擬戦には私も立ち会おう。これでも一応は学院長という立場なのでね。
それなりの発言力は持っているつもりだ」
レイにとっては、損はないように思える申し出ではあるが、どうにも訝しさが拭えない。
「こうなってしまった以上ありがたい提案ですが、それであなたにどんなメリットが?」
「先ほども言った通りだよ。これを機に1stと2nd双方の生徒達の意識改革が図れればと思っている。
つけ加えるとしたら、今後私が困った際には、君にも協力をしてもらえるとありがたいな」
本音はそこか。
つまり、その協力とやらが必要になる明確な何かが既にあるということだ。
元大将というだけあって、一筋縄ではいかないだろうと思っていたが、やはりギブ&テイクの関係は避けられないようだ。
とはいえ、レイとしても今後も含め、学院長の助力を期待できるというのは、決して小さくないメリットになる。
「内容によりますが、俺ごときに手伝えることであれば」
これが彼に張れる精一杯の予防線だった。
「もちろんだよ。お互い持ちつ持たれつでいこうじゃないか」
こうして、学院長の協力を取り付けたレイは、どこか上手く利用されている違和感を伴いながら、学院長室を後にした。
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レイが去った室内で、グラムは未だソファに腰を落ち着けた状態で緊張を解く。
「あれがゼロか……。フォーレスが諸外国だけでなく、国内でもその存在を秘匿し続けてきた禁忌の魔法師。
表面上は好青年な印象だが、決して権力に屈するタイプではないだろう。
一先ずは、模擬戦で実力の一端を知ることからか。だが彼がいれば今年の煉魔大もあるいは……」
などと独り言を溢しながら、大量に積まれた書類の山から一枚の紙を取り出して眺めるのだった。




